第393話 少女は輝く②

(……これから、どうしようか)


 ガヤガヤ、と騒々しい道筋。

 多くの店舗が並び、人と馬車が行き会う場所。

 そこは、王都ラズンの市街区にある大通りの一つだった。


 アリシアは、一人でその場所を歩いていた。

 格好は、アティス王国騎士学校の制服のままだ。

 親友であるサーシャも、妹分であるルカの姿もない。

 今は一人で歩きたい気分だったのだ。

 ――一人ならば、必要もないから。


(……アッシュさん)


 キュッ、と唇を噛む。

 正直に言って、オトハが彼と結ばれた話はショックだった。

 表面上は普段通りのふりをしたが、内心では酷くショックだったのだ。

 恋愛において不器用で、男勝りな性格。

 オトハは、一番自分に似ているタイプだと思っていた。


 そんな彼女が結ばれた。

 あの鈍感極まるアッシュと結ばれたのだ。


 その理由も分かる。

 まさしく、かつてオトハ自身が語ったことだった。


(アッシュさんにとって特別であるほど、彼は貪欲に求めてくる)


 オトハは、アッシュにとって戦闘訓練の師だ。

 凛々しき戦乙女。彼に戦う力と術を与えてくれた女性だ。

 そして、恐らく彼が人生で最も落ち込んでいる時に出会った人。

 アッシュが、オトハを大切に想うのも当然だった。


(……そしてそれは他の皆にも言える)


 アリシアは、歩きながら視線を落とした。


 ――まずはユーリィ。

 アッシュの愛娘である《金色》の少女。

 誰よりも長くアッシュの傍に居続け、そして、支え続けた女の子。

 アッシュが、彼女を大切にしていないなど有り得ない。


 ――親友であるサーシャ。

 彼女はアッシュの愛弟子だ。《星神》のハーフでもある《銀色》の少女。

 サーシャに対して、アッシュは本当に優しく笑う。

 彼女の頭を撫でる仕草には、紛れもなく深い愛情があった。


 ――幼馴染で妹分でもあるルカ。

 しばらく見なかっただけで一気に成長したルカ。

 ただ、穏やかな性格は変わらない。この平和の国の優しい王女さま。

 平穏を強く望むアッシュにとって彼女は平和の象徴だ。その穏やかさだけで愛しいのだろう。アッシュの彼女に対する甘やかしぶりは、ある意味ユーリィ以上かもしれない。


 ――気風の良い姉貴分のミランシャ。

 アッシュと同じ《七星》であり、ハウル公爵家のご令嬢。

 多分、アッシュは、彼女をオトハに並ぶほどに信頼している。

 それは、同時に、オトハと同じぐらい大切に想っているということだ。出なければ、家出してきた彼女を受け入れたりしない。決して失いたくない戦友だ。


 ――最年長で最も大人びているシャルロット。

 レイハート公爵家のメイドさん。影日向から、アッシュを支える女性。

 彼女は特殊だ。彼女だけは、アッシュが力尽くで手に入れた女性なのだから。

 オトハの言う通り、本当にアッシュが大切な者に対して貪欲ならば、アッシュが彼女を手放すことはないだろう。


 そして……。


(……サクヤさん)


 アリシアは足を止めて、顔を上げた。


 ――サクヤ=コノハナ。

 アッシュの幼馴染であり、恋人であり、婚約者だった人。

 今のアッシュの根源を造った女性。もう一人の《金色》。

 彼女がどんな人なのかは、まだ分からない。

 けれど、アッシュにとって、最も大切な女性であることには違いない。


 ――みんな、アッシュにとって、大切な人ばかりだった。


 だが、自分はどうだろう?


(…………)


 アリシアは空を見上げたまま、蒼い双眸を細めた。

 行き交う人が、足を止めたアリシアを不思議そうな顔で避けて通る。


(……分かっている。私には他の皆のような強い繋がりがない)


 戦闘の師でもなければ、愛娘でもない。

 愛弟子でもなければ、平和の象徴でもない。

 勿論、背中を預ける戦友でもなく、その手で奪われたような存在でもない。

 ましてや、根源たるような存在ではなかった。


(……私だけは)


 アリシアだけは、圧倒的に繋がりが薄い。

 強いて挙げるなら、『妹分』というのが適切か。

 しかし、仮に、そんな自分が政略結婚などを強制させられたとして。

 誰かに奪われる危機が訪れたとして。

 ただの『妹分』にすぎない自分を、彼は奪い去ってくれるだろうか?


(……有り得ないわね)


 思わず、自虐の笑みが零れる。

 基本的にアッシュは真面目な人間だ。

 多くの人間に迷惑をかけてまで、そんな真似を強行するとは思えない。

 自分が彼に奪われる情景が、まるで想像できなかった。


(……私は)


 他のメンバーに比べて、これといったアドバンテージがない。

 出会いからして平凡だった。

 ただ、友人であるサーシャから紹介されただけ。

 その程度の出会いなのだ。


(私だけが明らかに劣っている)


 アリシアは視線を伏せて、再び歩き出した。

 本当は、ずっと気付いていた。

 自分だけが、他のメンバーよりも明らかに劣っていることには。

 しかし、それをずっと誤魔化してきたのだ。


 アッシュの鈍感にかこつけて。

 アッシュの鈍感さなら、当分は誰も選ぶことはない。


 ましてや、ハーレムなどあり得るはずもないと内心では思っていた。

 誰も選ばれなければ、優劣がつくこともない。

 劣っていることを理解しているからこそ、今の状況にホッとしていたのだ。


 ――なのに、オトハが結ばれてしまった。

 その上、かつての恋人であるサクヤまで現れた。

 均衡は、完全に崩れてしまった。


(私は、きっと……)


 アリシアは走り出した。

 それなりに人通りの多い道を縫うように走る。


(私は選ばれない)


 仮にサーシャ達の言うようなハーレムが実現したとしても。

 きっと、自分はそこにいない。

 自分はアッシュには選ばれない。

 アリシアは、そんな予感を抱いていた。


(………っ)


 強く唇を噛んで速度を上げる。

 彼女の視線は、完全に下を向いていた。

 そして人混みを抜けて、広い道に飛び出した。

 馬車が高速で走るような道だ。

 アリシアはそんなものには構わず、そこも走り抜けようとした。

 左右も確認しない。俯いてそのまま駆け抜けようとした、その時だった。


 ――がくんっ、と。

 いきなり首の後ろの襟を強く引っ張られたのだ。


(――――えっ)


 が、動揺する前に、馬車が凄い勢いで目の前を過ぎた。

 あのままでは馬車にひかれるところだった。

 アリシアは茫然とした。

 すると、


「おし! 良くやったぞ! ララザ!」


 そんな声が後ろからした。

 アリシアが茫然とした顔のまま振り向くと、そこには馬に乗った青年がいた。


「ア、アッシュさん……?」


 アリシアが彼の名を呟くと、アッシュは愛馬の首を撫でた。

 彼女の襟を咥えて引っ張ったのは、アッシュの愛馬・ララザDXだったらしい。

 何故か、ララザの横には、メルティアのゴーレム――王冠付きなので多分、零号が荷物のように縛り付けられていた。


「……おい。アリシア」


 そしてララザを充分に労ってから、アッシュは怒った顔で言う。


「一体、何してんだよ。危ねえじゃねえか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る