第五章 その場所へ
第331話 その場所へ①
ガラララッ、と馬車が走る。
数は二台。十人は乗れる大型馬車だ。
先日、ルカとガハルドが用意したものと同じ馬車である。
当然ながら、乗っている人物達も昨日と同じだ。
ただ、各馬車に乗っているメンバーは、いささか入れ替わっているが。
「けどよ、コウタ」
エドワードが笑う。
「お前らも変わってんよな。わざわざ街外れのクライン工房に行きてえなんて」
言って、黒髪の少年の肩を叩く。
現在この場所に乗っているのは、御者を除けば八人。
エドワードにロック。アリシア、サーシャ、ユーリィにルカ。なお、オルタナは零号たちと一緒に、もう一台の馬車に乗っている。
エリーズ組からは、コウタ少年と、鋼の巨人・メルティアお嬢さまだ。
ロック、エドワード、コウタ、メルティアが一つの長椅子に並び、他のメンバーが向かいの席に座っている状況だ。メルティア以外はそれぞれの制服を着ている。
親睦を深めて欲しいとの理由で、ミランシャが推奨した組み合わせだった。
「確かに。ミランシャさんやシャルロットさんはともかく、他のメンバーは別の場所に行っても良かったのではないか?」
女性陣がそれなりに親しくなる中、一晩経って男子組も結構親しくなっていた。
「……う~ん。そうだね」
コウタは、ポリポリと頬をかき、
「けど、リーゼとかは、タチバナさんに凄く会いたがっていたしね」
『そうですね。リーゼにとって、憧れの女性剣士だそうですから』
と、ドーンと一人だけ座りもせず立つ鋼の巨人が言う。
そもそも、体格的に椅子に座れないようだ。
「そ、そうなの……」
こればかりは、そうそう慣れない。
少し目に隈ができたアリシアが、頬を引きつらせて相槌を打つ。
彼女の隈は、昨晩、孤軍奮闘しつつも力及ばず倒れた戦士の証だった。
アリシアは頑張った。頑張ったのだが、やはり多勢に無勢だった。
何より、世間的な体裁面を除けば、心のどこかで「まあ、それでもいいかな」と思う自分がいたのが致命的だった。
正妻戦争はフェアに。その後は合議制で順番を決める。
明け方近くでは完全に開き直って、そんなことまで自ら提案していた。
ともあれ、アリシアが、ポツリと呟く。
「オトハさんに憧れかぁ。その気持ちは私もよく分かるけど……」
そこで、コウタに目をやった。
「なら、コウタ君は、アッシュさんに憧れているの?」
「……え?」
コウタは、目を軽く見張った。
数瞬の沈黙。どうしてか返答がこない。
奇妙な間に、アリシアだけでなく、サーシャ、ユーリィも首を傾げた。
エドワードとロックも少し訝しむ。
ただ一人。アティス組では、ルカだけは神妙な眼差しを見せていた。
『……コウタ』
不意に、メルティアが、少年の名を呼ぶ。
黒髪の少年は顔を上げた。
「うん。そうだね」
指先を組んで微笑む。
「多分、ボクよりあの人に憧れている人間はいないよ。今も昔も」
そう告げた後も、沈黙が続く。
馬車の車輪の音だけが響いた。
「(……ねえ、アリシア)」
サーシャは、小さな声で幼馴染に尋ねた。
「(さっきの間って、何だったんだろ?)」
「(……分からないわ。何故か一瞬だけ複雑そうな表情をしてたけど)」
アリシアは、あごに指先を置いた。
「(もしかして、コウタ君って、アッシュさんと知り合いなのかしら? 昨日、シャルロットさんが、もう一人アッシュさんの知り合いがいるって言ってた気がするし。ねえ、ユーリィちゃん)」
アリシアは、視線をユーリィに向けた。
「(コウタ君に見覚えってある?)」
「(……ううん)」ユーリィはかぶりを振った。「(それは私も昨日から考えていた。けどシャルロットさんとミランシャさん以外は、初めて会う人ばかりだった)」
そう言って、眉根を寄せるユーリィ。
すると、何故か慌て始めたのは、ルカだった。
「え、えっと。お姉ちゃん達。コウ君は騎士として仮面さんに憧れているの」
と、フォローらしきものを入れるが、返ってコウタは困惑した顔を見せた。
「え? あの、ルカ? 確か昨日までボクのこと先輩って呼んでたよね?」
そんな風にツッコむが、ルカはニコっと微笑んで。
「コウ君。私のことはルカお姉ちゃんって呼んでいいよ」
「う、うん。ルカ。何となく君にそう望まれる理由は分かるけど、一応、ボクの方が年上だからお姉ちゃんはちょっと……」
「よ、呼んでくれないの、ですか……?」
何故か、しゅんとするルカ。
コウタは慌てた。
「え、えっと。その、ど、努力はするから」
「ホ、ホントですか!」
パアッと表情を輝かせるルカ。
そんな二人のやり取りにも疑問を抱きつつ、馬車は走る。
そうして十分後、馬車は一つの店舗の前で止まった。
ようやく目的地に到着したのだ。
もう一台の馬車もすでに止まっている。
ミランシャを筆頭に、そちらのメンバーはすでに降りていた。
「それじゃあ私達も降りましょう」
アリシア達は、順番に馬車から降りた。
アリシア、サーシャ、ユーリィ。ルカ。
続いてエドワード、ロック。メルティア。
そして最後に降りたのは、コウタだった。
「…………」
黒髪の少年はただ無言のまま、クライン工房を見つめていた。
「ここが私の先生の工房なの」
と、愛弟子であるサーシャが紹介する。
「……うん」
兄によく似た彼の黒い瞳には、隠せない緊張が宿っていた。
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