第326話 ファイティングなメイドさん2③

「……王女殿下」


 その時、ガハルドが、ルカに声を掛けた。

 鋼の巨人と話をしていたルカは、キョトンとした顔を向ける。


「再会をお喜びになっているところ、恐縮ではありますが、そろそろ皆さまを王城までご案内したく申し上げます」


 言って、恭しく一礼する。


「あ、はい」とルカはこくんと頷いた。


「そ、それじゃあ、お願いします」


「はっ、承知致しました」


 ガハルドは、リーゼ達に目をやった。


「馬車は二台ご用意してございます。レイハート殿達は積もる話もありましょう。王女殿下とご一緒にどうぞ」


 続けて、娘の方に視線を向けて。


「アリシア。お前達は私と一緒でいいな?」


「うん。いいわよ。けど……」


 アリシアは、ようやく黒髪の少年を解放したミランシャに目をやった。


「ミランシャさんはどうしますか? そっちに乗ります?」


「う~ん、そうね」


 ミランシャはあごに指先を置いた。

 彼女は両方の知り合いだ。どちらに乗っても会話に困ることはない。


「うん。決めたわ」


 ミランシャは、ポンと手を叩いた。

 そしてアリシア、サーシャ、ユーリィへと順に目をやり、


「アリシアちゃん達とは久しぶりだし、そっちの馬車に乗せてもらえる? 色々と話したいこともあるし」


「あ、それは私達も……」


 そう答えるのは、サーシャだった。

 本当にミランシャが、あの黒髪の少年に乗り替えたのかは気になるところだった。

 まあ、それを直に聞くのは、ガハルドやロック達もいるので無理だと思うが、触りぐらいなら探れるだろう。


「(けど、本当のところ、どうなんだろう?)」


「(分からないわ。情報が少なすぎるもの)」


「(私は、シャルロットさんの方が凄く気になる)」


 と、サーシャ、アリシア、ユーリィがこそこそと話していると、


「まあ、コウタ君と離ればなれになるのは名残惜しいけど」


 彼女達の心情を知ってか知らずか、そんなことを言い出すミランシャ。

 ますますもって疑わしい。

 三人の少女が、訝しげな眼差しを向けたその時だった。


「……では、ミランシャさま」


 不意にシャルロットが、ミランシャの元に近付いてきた。


「私はそろそろ」


「あっ、そうね。リーゼちゃん! コウタ君!」


 ミランシャは手を振って、異国の少女と少年を呼んだ。

 そこには鋼の巨人とルカ。蜂蜜色の髪の少女と、黒髪の少年の姿があった。

 鎧の幼児達や小さなメイドさん、ジェイク少年はすでに馬車に乗車しており、続けて乗る寸前だった二人は、互いの顔を見てから、ミランシャ達の元に近付いてくる。


「あのね。シャルロットさんが、そろそろ行くそうよ」


 ミランシャがそう告げると、


「……そうですの」


 シャルロットの主人が、神妙な声で呟いた。


「分かりましたわ。シャルロット」


 続けて、彼女は言う。


「くれぐれも宜しくお伝えください。なにせ、あの方はわたくしにとっても……」


「承知しております。少しでもお嬢さまの力になれるよう努力致します」


「頼もしい限りですわ。流石はシャルロットです。ですが、あなた自身の気持ちのことも充分に気にかけてくださいね」


「……恐れ入ります」


 シャルロットは、わずかに頬に染めた。

 それを見て、何故かミランシャが少しムスッとした。


「……ムウ。本当なら、アタシだってすぐに行きたいのに」


「それは仕方がないですわ。ミランシャさまはハウル公爵家のご令嬢。流石にアティス国王陛下の謁見よりも優先する訳には参りませんわ」


 と、リーゼが告げる。


「……え?」


 その時になって、ずっと様子を窺っていたアリシアがキョトンとした顔をする。


「シャルロットさん? どこかに行かれるんですか?」


 と、シャルロットに尋ねる。

 全員の視線がシャルロットに集まった。

 そして――。


「はい。私は、これから先にクライン工房に向かおうと思います」


 ………………………………。

 ………………………。

 ……数瞬の間。


「「「ええっ!? なんでっ!?」」」


 叫んだのは、アリシア、サーシャ、ユーリィ。そしてルカの四人だった。

 らしくもなく大声を出した愛弟子に、鋼の巨人が驚いている。


「シャ、シャルロットさん」


 ルカは、シャルロットの元に駆け寄った。


「ど、どうして、仮面さんのところに?」


 ここに至って、ルカの女の直感が正常運転をし始めていた。

 シャルロットがであることを、ようやく理解したのだ。


「……仮面さん?」一方、シャルロットは小首を傾げた。「それは、もしかして、クライン君のことなのでしょうか?」


「は、はい」ルカはコクコク頷く。「そ、それより、どうして……?」


 それは、アリシア達にしても問い質したいことだった。

 すると、シャルロットは少しだけ遠い目をして。


「どうしても……どうしても、彼に早くお伝えしなければならないことがあるのです。これは道中、船の中で、皆で決めたことです」


 瞳を伏せる。


「私達の中で彼と面識があるのは。すぐに会いに行っても困惑されないのは、私とミランシャさまの二人です。しかし、ミランシャさまには国王陛下との謁見があります。ですので、私が選ばれました」


「………………」


 ルカは困惑しつつも、シャルロットの顔を見つめていた。

 サーシャ達も、エドワードとロックも含めて眉をひそめていた。

 どうやら色恋沙汰とはまた違う、重い話のようだ。


「……アッシュさんに、どんな話が?」


 アリシアが、神妙な声で尋ねる。

 声にはしなかったが、サーシャも真剣な眼差しで見つめている。

 それに対し、シャルロットは、


「申し訳ありません。アリシアさま。サーシャさま。今は申し上げれません」


 深々と頭を下げてそう告げる。


「これもまた、とても重要な話なのです。少なくともクライン君よりも先に知るべきではないと思っています。これはミランシャさまも同意見です」


「……え?」


 アリシアは、ミランシャに目をやった。


「ごめんなさい。アリシアちゃん」


 ミランシャはそう侘びると、続けてサーシャとユーリィ。ルカにも目をやった。


「アタシとシャルロットさんは成り行きで知ったけど、これは、まずはアシュ君が知るべきことなの。それまでは言えない」


「……どういうこと? ミランシャさん」


 ユーリィが、鋭い面持ちで問う。

 ユーリィにとってアッシュは想い人であると同時に、たった一人の家族だ。

 こんな思わせぶりなことを言われては、引き下がれない。

 先程のシャルロットの言った重要な案件といい、捨て置けなかった。

 すると、ミランシャは、


「ごめんね」


 真剣な顔で謝罪した。続けて、


「けど、この件は明日になったら分かるわ。それまで待って欲しいの」


「………………」


 ユーリィは沈黙する。

 言いたいことは沢山ある。しかし、きっとミランシャにしろ、シャルロットにしろ、決して答えてくれない。そう思った。


「すみません。ユーリィちゃん」


 シャルロットも謝罪する。


「では、私はそろそろ」


 そして、シャルロットは黒髪の少年に目を向けた。


「行ってきます。コウタ君」


「……はい」


 少年は頭を下げた。


「お願いします。シャルロットさん」


 一拍おいて、


「……さんにも、宜しくお願いします」


「……はい。承知致しました」


 そう言って、シャルロットは全員に深々と礼をすると、サックを背負って歩き出した。

 クライン工房の場所は、事前にミランシャから聞いているのだろう。

 足取りに迷いはない。ただ少しばかり緊張はあったようだが。

 奇妙な雰囲気がこの場に残る。が、


「さあ! 行きましょう!」


 ミランシャが、元気な声を上げた。

 そして、アリシアとサーシャの背中を押し出す。


「積もる話もあるわ! 答えられることなら馬車の中で答えてあげるから!」


 そう言って、ニコッと笑う。

 ただ、一瞬だけ去りゆく藍色の髪のメイドさんの後ろ姿を一瞥し、


(――お願いね。シャルロットさん)


 今や頼れる同志である女性に願う。


(上手く、アシュ君に伝えてあげてね。まあ、そのためになら、少しぐらい先に彼に甘えるのも許してあげるからさ)


 全く揺らぐことのない想いを、今も変わらず胸に抱きつつ。

 そんなことを思う、ミランシャだった。

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