第325話 ファイティングなメイドさん2②

 ――ここに、いた。


「え?」


 パチクリ、とルカが目を瞬かせる。


「シャルロットさん? 仮面……アッシュさんとお知り合いなんですか?」


「はい。ルカさま」


 シャルロットはにこやかに微笑んだ。


「五年ほど前に。その時にユーリィちゃんとも会っています」


「そ、そうだったんだ……」


 ルカは、ただただ驚いた。

 まさか紹介しようと思っていた人同士が、すでに知り合いだったとは……。

 と、その時、


「シャ、シャルロットさん……どうして、ここに?」


 ルカの心情をよそに、ユーリィが強張った表情でシャルロットに尋ねた。


(本当に、どうして?)


 ユーリィにとって、シャルロットの存在は、ミランシャ以上に想定外だった。

 この状況だけは、夢にも思っていなかった。


「あら? 言っておりませんでしたか?」


 一方、シャルロットは、視線を一人の少女の方に向けた。

 その少女――リーゼ=レイハートは、苦笑するように微笑む。


「私はレイハート家のメイドなのです。今回は、リーゼお嬢さまの専属メイドとしてお供させて頂いたのです」


「そ、そうだったの……」


 思わず、ユーリィは呻いた。

 本当に想定外である。

 ミランシャの正妻戦争脱落は吉報だ。

 だが、その代わりに、こんな強敵が参戦してこようとは――。

 しかも、五年前のあの頃と変わらない……いや、あの頃以上の美しさを備えた上での参戦である。流石に強い焦燥と、危機感にかられるが、


(う、ううん、まだ分からない)


 ユーリィは思い直した。

 額面通りに言葉を受け取るのなら、シャルロットは、従者として主人に付いてきただけになる。たまたまその行き先に知人がいた。それだけの事かも知れない。

 ミランシャのように、どれほど強く想っていても、遠く離れていれば人の心は移ろうものだ。まだその可能性は大いにあった。


「シャ、シャルロットさん」


 ユーリィは、恐る恐る尋ねた。


「あれから随分と経つ。もう結婚とかしたの?」


「いえ。縁がなく。と言うよりも、五年前のあの場にいたユーリィちゃんなら、すでに知っているでしょう」


 シャルロットは微笑を以て答えた。


「私がすでに誰のモノなのかを」


「……う、ぐ」


 ユーリィは、たじろぎつつ言葉を詰まらせた。

 愚問だった。そもそも真っ先にアッシュのことを聞くぐらいだ。

 彼女の想いは、今も色あせていないのだろう。


(うう……)


 内心で呻きつつ、ユーリィは、ちらりとミランシャの方にも目をやった。

 ミランシャのスキンシップは、まだ続いていた。

 黒髪の少年の顔は、すでに真っ赤だった。ただ、先程と状況が違うところもあった。

 ミランシャに首を抑えられた少年の左隣には、薄緑色の髪の小さなメイドさん。右隣には楚々たる面持ちの蜂蜜色の髪の公爵令嬢が陣取り、彼の手の甲をつねっていた。

 そして彼の目の前には、鋼の巨人。

 信じがたいが、公爵令嬢だという巨人が両手で少年の頭を挟み込もうとした。

 ミランシャのスキンシップに、三人の少女は、かなり不機嫌になっているようだった。


「ま、待ってメル!? は、離してよミラ姉さん!?」


 少年のそんな声が届いてくる。

 ユーリィは即座に悟った。

 戦場を変えたらしいミランシャだが、新たな場所も激戦区のようだ。

 その様子は、アリシアとサーシャも観察している。

 彼女達のことだ。ユーリィ同様にすぐに状況を察したに違いない。すでに初恋を知るルカもまた、興味深そうに眺めていた。


「うわあ、まるで師匠みてえだ」「ああ。うらやま――い、いやゴホン」


 という、エドワードとロックの呟きも聞こえてくる。

 ちなみにこの場の手持ち無沙汰組としては、ガハルドに、エリーズ国の大柄な少年。三人の鎧の幼児達とオルタナがいる。

 ただ、幼児達とオルタナは、ハイテンションにはしゃいでいたが。


(まあ、いいか)


 ミランシャのことは、とりあえず置いておこう。

 問題は、新たな参戦者のことだ。

 参戦は仕方がない。結局遅かれ早かれの話だ。ユーリィのやるべき事としては、まず、彼女をハーレム肯定派に抱き込まなければならない。

 と、考えていた矢先だった。


「『将を射んと欲すればまず馬を射よ』。そんな言葉がありますが、ミランシャさまは本当に積極的です。私にはとても……」


「……え?」


 シャルロットもまた、ミランシャの方を見ていた。

 しかし、呟いた言葉の意味が分からず、ユーリィが小首を傾げる。と、


「いえ。それではダメですね。ミランシャさまの判断は正しい。強大すぎる《彼女》に対抗するためには、私も、もっともっと積極的にならなければ」


 そんなことを、さらに呟く。

 ユーリィはますます首を傾げた。

 すると、シャルロットが苦笑を浮かべて。


「……ユーリィちゃん」


 とても真剣な顔でユーリィの両肩に手を乗せた。


「……恐らく数日中に、とても重要な話をすることになります。その際は、私とミランシャさま。ユーリィちゃんにルカさま。オトハ=タチバナさま」


 シャルロットは、視線をアリシアとサーシャに向けた。


「サーシャ=フラムさま。アリシア=エイシスさまも交えて、会談を設けたいと考えております。これはミランシャさまも同意の話です」


「……え?」


 ユーリィは瞳を瞬かせた。


「クライン君――あるじさまに関する、とても重要な話です。私達にとって到底看過できない事態なのです。サーシャさま達にも事前にお伝えしておいてください」


「アッシュの? 看過できない? どういうことなの?」


 ユーリィは眉根を寄せた。

 シャルロットの只ならぬ様子に、緊張してくる。


「今はまだご容赦ください。とても重要かつ重大な案件ですので、もう少し状況が落ち着いてから、お話しさせてください」


 今はまだ来訪したばかりだ。

 これから、すべきことも沢山ある。

 ユーリィは腑に落ちなかったが、他ならぬシャルロットの言葉だ。


「……分かった。アリシアさん達にも伝えておく」


 今は、こくんと頷き、承諾した。


「ありがとうございます。ユーリィちゃん」


 シャルロットは微笑んだ。


「では、この件は後日に。それよりも――」


 そして彼女は頬を染めて、聞きたかったことを尋ね始めた。


「クライン君の様子はどうですか? 体調とか崩していませんか? 今もやはり優しいのですか? それと――……」


 怒濤のような質問責め。

 やはり、彼女は強敵のようだ。

 改めてそう思う、ユーリィであった。

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