第二章 鋼の騎士、アティスに立つ

第320話 鋼の騎士、アティスに立つ①

 ――ザザザ、と波音が響く。

 その時、一人の少女が、海を眺めていた。

 しかしながら、彼女が『少女』であると気付く人間は少ないだろう。

 何故なら、彼女は全身を覆う甲冑を身につけていたからだ。

 全体的に丸みを帯びたシンプルな装甲で、色は紫がかった銀――紫銀色。

 甲冑の特徴としては、背中に大きなバックパック。ヘルムには女の子としての証か、可愛さを意識したような、猫耳らしき出っ張りがあった。

 ただ、身長が二セージルにも届く巨漢なので気休めにもなっていなかったが。


『………………』


 彼女は無言のまま、遠くを見つめた。

 彼女が立つのは船首。視線の先には港の光景が見える。

 まだ少し遠いが、彼女にとっては何の問題もない距離だ。

 港で忙しく働く人達の姿さえも捉えることが出来る。


「……メルサマ。モウジキ、トウチャク」


 と、彼女に告げるのは、傍にいた子供だった。

 何故か、彼女の甲冑とよく似たデザインの全身鎧を着た幼児である。

 差異としては、鎧はやや玩具めいていること。装甲の色は紫色であること。背中に、プラプラと揺れる小さな尾があることか。


『……そうですか』


 彼女は自分を呼んだ幼児に目をやった。

 その子供以外にも、同じ姿の子供達が二人いる。


『では、そろそろ降船の準備をお願いします』


「……了解」「……ラジャ」「……マカセテオケ」


 そう言って、鎧の子供達は船内に向かって駆け出していった。

 一人になる少女。

 彼女はもう一度だけ港に目をやった。

 そして彼女は呟く。


『……いよいよなのですね。ルカ』



       ◆



 アリシア達が、港湾区に着いた時、まだ鉄甲船の姿はなかった。

 だが、代わりに見つけたものある。


「あ、ルカの馬車だよ。あれ」


 サーシャが指差す。

 多くの帆船が停泊する中、港に二台の大型馬車が停車していた。

 一台だけでも十人は乗れる王家御用達の豪華な馬車だ。

 その近くに、佇むルカの姿も見える。


「ホントね。ルカもいるし。ていうか、うちの父親もいるじゃない」


 ルカの隣にはアリシアの父――ガハルドの姿もあった。

 騎士服の上にサーコートを纏う普段の格好だ。

 カイゼル髭をたくわえ、厳格さを具象化したようなガハルドは、アティス王国の三騎士団長の一人だ。ルカの護衛も兼ねて、他国の客人の出迎えに来たのだろう。

 すると、ルカとガハルドの方も、アリシア達に気付いたようだ。


「あ、お姉ちゃん達!」


 ルカが華やかに笑う。


「どうやら間に合ったみたいね」


 姉貴分であるアリシアが、ルカの頭を撫でて答えた。


「うん。来てくれてありがとう。ユーリィちゃんも」


 ルカはユーリィの手を取って微笑んだ。ユーリィも微笑む。

 何だかんだでこの最年少コンビは本当に仲が良かった。


「お久しぶりです。エイシス団長」


 と、生真面目なロックがガハルドに頭を垂れる。

 エドワードもつられるように「ども」と頭を下げた。


「うむ。久しぶりだな。ハルト君。オニキス君」


 ガハルドは友好の笑みを見せてそう告げるが、すぐに面持ちを改めて。


「お前達」厳しい声で念を押す。「王女殿下の親しきご学友とはいえ、相手は他国の公爵家の方々だ。くれぐれも失礼のないようにな」


「分かってるわよ」


 アリシアが苦笑を零して返す。

 と、そうこうしている内に、汽笛の音が響いた。

 全員が目をやると、そこには大きな船影があった。

 帆船とは明らかに違う鉄の船だ。

 間違いなく目的の船だろう。


「お師匠さまの船だ!」


 ルカが瞳を輝かせて喜ぶが、サーシャ達は少し眉を寄せていた。


「あれ? あの船ってどこかで見たような?」


「うん。そうよね。既視感があるっていうか……」


「確かにな。はて……?」


「ん? 鉄甲船のデザインって全部同じじゃねえのか?」


 奇妙な違和感を覚えるが、船は停滞することもなく着港した。

 そして完全に停泊してから、鉄製の桟橋が降ろされる。

 ルカを先頭に、サーシャ達は駆け寄った。最後にガハルドが神妙な足取りで到着し、緊張の面持ちで船の様子を見守る。

 ――と、


「……トウ!」「……ワレ、イチバンノリ、ナリ!」「……リクチダ!」


 先陣を切ったのは、三人の子供達だった。

 頭上に大きなサックを抱えた、何故か鎧を纏う幼児達だ。

 短い足ながらも、脚力と安定感は抜群で、三人は駆け足で港に降り立つと、両手で抱えていたサックを降ろした。


「――零号さん達!」


 ルカは感極まった声で叫ぶ。

 すると、幼児達は一斉に振り向いた。


「……オオ!」「……ルカダ!」「……オレノ、ヨメ!」


 鎧を来た幼児達は飛び跳ねるような勢いで、ルカの元に駆け寄った。

 三人はルカの周りを、ぐるぐると回り始めた。


「……アニジャ! アニジャ!」


 すると、ユーリィの肩に止まっていたオルタナまで騒ぎ始めた。

 幼児達は足を止めた。


「……オルタナダ!」「……アニジャ! イマコソ!」


「……ウム!」


 よく見たら、一人だけヘルムの上に金の冠を持つ子供が両手を天にかざした。


「……キケ!」鎧の幼児が朗々と叫ぶ。「……小柄ナカラダ二、高出力ハイパワー! 《星導石シンゾウ》燃ヤシテ、キョウモイク! メルサマ、マモル鋼ノキシ団!」


 そして、雄々しく名乗りを上げる。


「……オノノケ! タタエヨ! ワレラ、メルティアン魔窟キシ団、ナリ!」


「……メルティアン!」


 幼児の一人が、虎が伏すように腕を構えて左側に立つ。


「……メルティアン!」


 幼児の一人が、竜の口のように腕を構えて右側に立つ。


「……メルティアン!」


 オルタナが、金の冠の上に止まって大鷲のように翼を広げた。

 どういう訳か、幼児達の腹辺りから『ドドーン!』と音が鳴った。

 ルカだけが「わあぁ」と喜ぶ中、全員が呆気に取られていた。

 そして――。


「……うわあ、初っ端から随分と濃いのが出てきたなぁ」


 エドワードの呟きが、全員の声を代弁していた。

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