第319話 お持てなしをしよう!②

「え! ルカのお師匠さまが遂に来たの!」


 アリシアは、パチパチと瞳を瞬かせた。

 オルタナからの一報。

 それは、ルカの師匠の来訪を告げるものだった。


「噂の鎧の師匠か」


 ロックが腕を組んで唸る。


「予想よりも随分と早く来たな」


「……ウム! アニジャタチハ、テッコウセンニ、ノッテイタ! グングン、ウミヲスンデタ! トテモハヤカッタゾ!」


 と、ユーリィの肩に乗ったオルタナが告げる。


「鉄甲船に?」


 サーシャが目を丸くした。


「流石は公爵令嬢だね。鉄甲船で来たんだ」


 鉄甲船は帆船と違い、恒力を動力に風の影響を受けずに進む船だ。

 以前、サーシャ達はグレイシア皇国の名家――ハウル公爵家が所有する鉄甲船に乗せて貰ったことがあるが、帆船は比べものにならない速さだったのを憶えている。

 ただし、かかる費用も比較にもならないそうだが。


「あの速度なら納得の到着か」


 アリシアも当時のことを思い出したのか、ふっと笑った。


「……ウム! ユエニ、シュツジンデ、ゴザル!」


 と、オルタナが飛翔して催促する。

 アリシア達は互いの顔を見合わせた。

 今回の件は事前に、ルカからお願いされていた。

 ルカ曰く、師匠や先輩に、アリシア達を友人として紹介したいそうだ。

 可愛い妹分の頼みに、アリシア達は快諾していたが、


「どうするよ? 俺ら、この格好でいいのか?」


 エドワードが、自分の制服姿を差して率直に尋ねる。

 正直、来訪は、一週間から二週間後だろうと考えていたため、まだこれといった準備をしていなかったのだ。

 アリシアとサーシャは、少し困った顔をした。


「そうよね。相手は公爵令嬢だし、ドレスの方がいいのかしら?」


「けど、今から家に戻ってドレスに着替えていたら、到着に間に合わないよ」


 オルタナの話では、港湾区に来て欲しいとのことだ。

 ルカは、すでに向かっているらしい。

 アリシア達は「う~ん」と唸った。

 すると、


「いや、そこまで気張らなくていいだろ」


 パイプ椅子に座ったまま、アッシュが言う。


「もしドレスとか貴族服が必要なら、ルカ嬢ちゃんの性格なら事前に言ってるだろ。嬢ちゃんとしては、本当にお前らを友達として紹介したいだけだと思うぞ」


 そこで頭上で旋回するオルタナに目をやった。


「オルタナ。ルカ嬢ちゃんはどんな格好で迎えにいったんだ?」


「……ウム? セイフクダッタゾ!」


 アッシュは二カッと笑みをアシリア達に向けた。


「なっ。お前らもその格好でいいんだよ。それに制服って立派な礼服だしな」


 再び互いの顔を見合わすアシリア達。


「そ、そうですね」


 サーシャが代表するように、ホッとした心情を呟いた。


「ああ、そうさ。ただ……」アッシュはユーリィに目をやる。「ユーリィだけは私服に着替えた方がいいな。余所行きの服があるだろ」


「うん。ある」


 ユーリィがこくんと頷く。

 が、その後に少し眉根を寄せて。


「けど、私も行っていいの? まだお仕事もあるし」


「ははっ、構わねえって」


 アッシュは陽気に笑った。


「何だかんだでユーリィがルカ嬢ちゃんと一番仲がいいしな。もうじきオトも学校から帰ってくるだろうし、手は足りるよ」


 言って、アッシュは立ち上がるとユーリィの傍に寄った。


「今日は友達の頼みを聞いてやりな」


 くしゃり、と空色の髪を撫でる。

 一方、ユーリィは子猫のように目を細めて。


「うん。分かった。けど、多分、色々話し込んだりしたら遅くなって、今日はルカの家に泊まることになるかも」


「ん。それも構わねえよ。そん時はオルタナに連絡させてくれ。けど、ルカ嬢ちゃんの家って王城になるんだよなあ……」


 庶民的なアッシュにしてみれば、何とも腰が引けるスケールだ。


「あんま迷惑はかけちゃダメだぞ」


「うん。分かってる」


 再び、こくんと頷くユーリィ。


「大丈夫ですよ。先生」


 二人のやり取りを見ていたサーシャが言う。


「ユーリィちゃんはいい子ですし、もし王城に泊まることになったら、私とアリシアも一緒に泊まる予定ですから」


「ええ。元々その件だけはルカとも話してましたし。サーシャとユーリィちゃんからもお願いされていますから、私に任せておいてください!」


 自信満々にそう告げて、慎ましい胸をドンと叩くアリシア。

 その傍らでサーシャとユーリィは、誰も気付かれない微笑を見せていた。

 アリシアはまだ知らない。

 ルカと、ユーリィと、サーシャ。

 彼女達が、今回のお泊まり会で、未だハーレム否定派であるアリシアを、完全に肯定派に落としてしまおうと目論んでいることを。

 これだけは、ルカと先に決めておいたのである。


(そろそろ、アリシアさんにも覚悟してもらわないと)


(うん。そうだね)


 と、視線だけで意思の疎通を行うユーリィとサーシャ。

 それに気付く者も誰もいなかった。


「まあ、ともかくさ」


 エドワードが言う。


「ユーリィさんが着替えたら、早く港湾区へ行こうぜ。まだ余裕はあっけど、早く行っとくに越したことはねえだろ」


「ああ、そうだな」


 ロックが頷く。サーシャ達も首肯して同意した。


「じゃあ、少し待ってて」


 そう告げて、ユーリィが二階に上がる。

 十五分後。

 降りてきたユーリィは、白いワンピースを纏っていた。


「行ってくる。アッシュ」


「おう。行ってらっしゃい」


 アッシュは再び、ユーリィの頭を撫でた。


(……むう)


 完全な子供扱いに不満も感じるが、頭を撫でられることはやはり嬉しい。

 何とも複雑な気分だが、それも今日までだ。

 今夜のお泊まり会で、まずアリシアを完全に落とす。

 その次は、どっちつかずのオトハだ。

 ユーリィはサーシャに目をやった。

 同志は静かに頷いた。


(いよいよだね)


(うん。五人の意思統一が出来たら攻勢に出る)


 総力を以て、この朴念仁を攻略するのだ。

 ただ、ルカも含めた彼女達のこの戦略が、事態を大きく動かす一役を買うことになるのだが、それは後の話である。

 ともあれ、そんな愛娘と愛弟子の思惑など知る由もなく。


「ん。そんじゃあ行ってこい」


 今はにこやかに送り出す、アッシュであった。

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