第一章 子連れ傭兵
第285話 子連れ傭兵①
深い森の中に火花が散る。
続いて轟音が響き、木々が金属片と共に打ち砕かれていく。
金属片を撒き散らすのは一機の鎧機兵だ。
一般的な全長は三・三セージルほど。太い四肢と、背中には長い竜尾を持ち、全身に鎧を纏う鋼の巨人。人が乗り、操縦する兵器だ。
巨体の上に中身が機械。当然重量の方も相当なものなのだが、その鎧機兵は砲弾のような勢いで吹き飛んでいた。
そしてさらに数本の大木を粉砕し、ようやく停止。両腕が千切れかけた無残な姿でその場に倒れ伏した。
『ひ、ひいいいいいいいいい――ッ!?』
誰かの悲鳴が森の中に木霊する。
その声に呼応するように一機の鎧機兵が地面を強く踏みしめた。
全身を漆黒の鎧装で固めた鎧機兵だ。
鎧のデザインそのものは縁取りに金の装飾が目立つ程度の凡庸な機体だ。しかし、特筆すべきはその風貌だった。
閉ざされた口元には無数の牙。後頭部からは伸びる白い後髪。額当てには二つの出っ張りがある。その姿はまるで伝説にある煉獄の『鬼』のようであった。
そして鋼の鬼は竜尾を大蛇のように動かし、地面を叩く。ただそれだけで十数機もいる鎧機兵達は揃って機体を振るわせた。
『ち、ちくしょう! 舐めんじゃねえ!』
――が、中には自分を奮い立たせる者もいた。
両手持ちの斧を大きく振り上げ、鋼の鬼に突進する。
対し、鬼はゆらりと拳を突き出した。
――ズドンッ!
黒い拳が胸部装甲に突き刺さる。大きな亀裂が走り、金属片を周囲に撒き散らして両手斧の鎧機兵もまた嘘のような勢いで吹き飛んでいった。再び木々を粉砕し、遙か後方にて白煙が巻き上がった。
新たな犠牲者に周囲は沈黙に包まれた。
『……まだ続けるのか?』
その時、不意に鬼が口を開いた。まだ相当若い少年の声だ。
鬼を取り囲んでいた鎧機兵達は大破した数機の仲間の残骸に何度も見やり、激しく動揺した様子を見せる。と、
『――ビビってんじゃねえ!』
斧を両手に持つ一機が、怒号を上げた。
機体の鎧装が他の鎧機兵とは違う。この盗賊団を率いる頭目の愛機だった。
操縦シートに座る頭目は右目を片手で押さえていた。鎧機兵戦に至る前。眼前の鬼を操る操手に斬り裂かれた痕だった。失明こそしなかったようだが、止血した包帯が痛々しいぐらいに真紅に染まっている。
だが、戦意だけは一向に衰えることはなかった。
『こいつはたった一機なんだぞ! 数で押せばいいんだよ!』
と、手斧を鬼に向けて言い放つ。
ボスに鼓舞されて部下達も少しだけ表情を改めた。
だが、これだけではまだ足りない。
そう感じた盗賊の頭は、さらに士気を上げるために提示する。
『野郎ども! ボーナスだ! こいつを殺した奴には金貨二十枚だ!』
『『『お、おおおおッ!』』』
現金なもので部下達は一気に士気を上げた。
『おお!』『マジっすか! お頭!』『久々のボーナスっすか!』
と、今までの怯えや沈黙が嘘のように次々に声を上げる。
盗賊の頭は痛む右目を押さえつつ、
『ああ。こいつはそれだけやべえ相手だ』
苦痛に満ちた声でそう告げた。
『正直、金貨二十枚でも割が合わねえかも知んねえ。そうだな……』
一拍おいて、盗賊の頭は下卑た笑みを浮かべて告げる。
『野郎ども。さらに追加ボーナスだ。こいつが連れていたターゲット。こいつを殺した野郎にはあの小娘を一晩貸してやる。まだまだガキだが女であることに変わりはねえ。あの小娘の初物をくれてやるよ。仕込むなり弄ぶなり好きにしな』
一瞬の沈黙。
そして、
『『『お、おおおお、うおおおおおおおお――ッ!』』』
先程以上の歓声が上がった。
所詮は盗賊などに身を落とすような輩だ。略奪・陵辱は得意分野。その中でも新雪を踏みにじることに至上の喜びを抱く人種だった。
とは言え、鬼が連れていた少女はまだかなり幼いのは事実だ。普段ならば食指が動かない者達も多いはずなのだが今回だけは違っていた。あの神聖さすら抱く美しさを穢せると思うだけでゾクゾクと背筋が震えてくる。ほぼ全員が目の色を変えていた。
『さあ! 野郎ども!』
この上なく士気が上がり、盗賊の頭は口角を上げる。
『この野郎をぶち殺すぞ! いくぜ!』
『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!』』』
一斉に鎧機兵達が武器を天に掲げた。
一方その傍らで、
『……最悪だな。てめえらは』
鋼の鬼は、忌々しげに吐き捨てていた。
次いで怒りを表すように、両の拳を胸板の前で叩きつける。
『うちの子の前で最低な会話をしてんじゃねえよ。いつもは気丈なこの子が俺の後ろですっかり怯えちまってるじゃねえか』
『はンッ! そいつは悪かったな。けど安心しな』
盗賊の頭は卑しい口調で言い放つ。
『てめえを始末した後には、すぐに喜びや喜ばせ方も教えてやっからよ。売る前にある程度仕込んでおくのも俺らの役割なんでな』
『………………』
口を開けば下衆な台詞しか出てこない男に、鬼はもう何も言わなかった。
ただ、小さく嘆息して心に決める。どうやらこいつらは生かしておいてもロクなことにはならない輩らしい。
『さあ! 覚悟しな! 小僧!』
言って、自ら先陣を切る盗賊の頭。
部下達も怒号を上げて頭の後に続き、鋼の鬼に襲い掛かる!
対する鬼は、悠然と拳を構えて――。
そして殲滅が始まった。
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