第269話 レディース・サミット④
「………な、なに?」
ポツリ、と零れ落ちる困惑した声。
女性のみの聖域である女湯にて、声の主――オトハは頬を強張らせていた。
そんな年長者にアリシアは畳みかける。
「だから本音トークですよ。折角女同士だけで集まったんですから、包み隠さない本音での女子トークをしましょう」
「い、いや待て。唐突すぎないか? そんな話をするなんて一言も――」
「じゃあ、早速始めるわよ。では、まず!」
オトハの声を遮り、早速アリシアが話を切り出した。
「アッシュさんが好きな人! 挙手して下さい!」
「――な、なんだと!?」
あまりにも直球な発言にオトハが愕然とする。
――が、数秒後にはさらに息を呑んだ。
発言者のアリシアを含めて、この場にいる少女達全員が手を上げたからだ。
「お、お前達……」
「あれぇ? オトハさんは違うんですかぁ?」
と、アリシアが意地の悪い笑みを見せて尋ねてくる。
オトハは「ぐぬぬ」と呻くが、結局、右手の指先だけを湯から突き出した。
アリシアはそれを一瞥し、
「まあ、それでもいいでしょう。けど、これで全員参加が決定したわね。ようやくサミットが開催できるわ」
「待て。何だそのサミットと言うのは? 本当に私は何も聞いていないぞ」
と、オトハがツッコむが、それもアリシアは無視する。ただ、聞く耳を持たないと言うよりも、姉貴分の困惑よりも妹分の行動が気になったのだ。
「う~ん、開催前に確認した方がいいかしら? ねえルカ? 少しいい?」
「? 何、ですか? お姉ちゃん」
「うん。ええっと、あなた、ここで手を上げる意味って分かっている?」
「はい。みんな、仮面さんが大好きなんですね」
と、ルカが手を上げたままニコニコと微笑んで答えた。
「いや、あのねルカ」
アリシアは、少し困ったような眼差しを妹分に向けた。
やはり、ルカは今の状況をよく把握していないように思える。
「えっとね。ここで手を上げるってことは、その、人間的に好きとかじゃなくてね……いわゆる男女の間での……」
と、言葉を選びながらこの場で手を上げる意味を伝えようとするアリシアだったが、その台詞を最後まで言い終える前にルカはにこっと笑い、
「あ、はい。分かっています。その、子供は二人ぐらいが、いいです」
……………………………。
「…………ごめん。あなたを見くびっていたわ」
どうやら無粋な説明など、全く不要だったようだ。
王女さまはこの上なく正しく、なおかつ具体的に状況を把握しておられた。
アリシアは額に指を当てて「はぁ……」と嘆息する。
「結局、ルカのことは推測通りだったってことよね。また一人増えた訳か。けど……あ、そうだ。オトハさんにユーリィちゃん」
と、今度はオトハ達に視線を向けて名を呼んだ。
オトハは訝しげに眉根を寄せ、ユーリィは小首を傾げた。
「サミットの説明はスルーか。この際まぁいいが……それで何の用だ? エイシス」
「どうかしたのアリシアさん」
二人してそう尋ねると、アリシアは神妙な眼差しで二人を見た。
「あのね、二人に一つ聞いておきたんだけど……」
そして、最もアッシュと付き合いの長い二人に確認する。
「ミランシャさんと、あとルカみたいにこれから新しく出会う子は別にして、これ以上恋敵が増える可能性ってあるの? 過去で二人に心当たりのある人物っている?」
「あ、それは私も知りたい」
ポンと手を打って同意したのはサーシャだった。
「例えば先生の騎士時代とか傭兵時代に知り合った女の子で……その、ここまで先生を追ってきそうなぐらい本気の人とか……」
と、自分で説明しているに内に、サーシャの顔は徐々に強張り始めた。
もしそんな人物がいるとすれば、想像するだけで手強そうだったからだ。
すると、オトハはあごに手をやり、
「……うちの傭兵団にいた頃はそんな女はいなかったな。あの頃は私とあいつはコンビだったし、まあ、その、周囲には私があいつの恋人だと思われていたしな」
そう答えてから「お前の方はどうだ? エマリア」と言ってユーリィを見やる。
ユーリィは表情を変えずに翡翠色の瞳を閉じた。
そして数秒が経過して、
「心当たりなら一人だけいる」
キョトンとしたルカも含めた全員がユーリィに注目した。
「アッシュと二人で旅していた頃に出会った人。アッシュよりも年上だったと思う。確か当時二十二歳って言ってたような気がするから今は二十六歳ぐらいだと思う」
「……へえ。私達よりも一回りぐらい上か。結構年上が出てきたわね」
アリシアが内心で警戒しつつ感想を言う。
この情報には全員が興味津々だった。少女達は勿論、そんな女の話は聞いたことがないので、オトハまで真剣な表情でユーリィの一挙一頭足に見入っている。
ユーリィは言葉を続けた。
「藍色の髪が綺麗な人だった。ちょっと無愛想な雰囲気もあったけど。それと、いつもメイド服を着ていた」
「「「メ、メイド服……?」」」
全員が困惑した声を上げた。
「正真正銘のメイドさんだって。主人の護衛も兼ねている自分のことを武闘派メイドって言ってた。ただ、どうも自分の格好に無頓着みたいで、それを説明する時いつもスカートの裾を大きくたくし上げて太ももに巻きつけてある短剣を見せるの。下着が少し見えるのもお構いなし。ちなみに紫だった。だけど、それをアッシュに対してまでするから、流石にアッシュにもツッコミを入れられて……」
ユーリィはふうと吐息を零して湯面に波紋を作った。
「完全に固まっていた。彼女の顔があそこまで赤くなったのは初めて見た。そのせいかもしれないけど、彼女のことは凄く印象に残っている」
「……むう。確かにそれは色々な意味で印象には残るな……」
オトハは神妙な顔つきで呻いた。
「そういう男に免疫がなさそうな奴はまずいな。想いが暴走して、本当に海まで越えてまでやってきそうだ」
「「いや、それをオトハさんが言うんですか?」」
と、声を合わせてツッコミを入れたのはアリシア・サーシャの幼馴染みコンビだ。
まさにオトハがこの国に来た経緯にも当てはまるからだ。
「い、いや、だがなお前達」
自分自身でも自覚があるのか、オトハの頬がやや赤くなるが、
「その、私には一応仕事という名分があったし……ゴホン。それよりも警戒レベルなのはその女一人なのか、エマリア」
少しだけ言い訳しつつも今は強引に話題を戻した。
一方、ユーリィは「うん」とこくんと頷き、
「思いつくのはその人ぐらい。私が知る限りこの国にまでアッシュを追ってやってくる可能性があるとしたらその人とミランシャさんぐらい」
「……そ、そう。けど、一人だけならまだ思いのほか少ないし、僥倖かもね。とにかくこれ以上の恋敵はホントごめんだわ」
と、アリシアが愚痴めいた呟きを零しつつもホッとした表情を見せた。
するとその時、不意にルカがクスクスと笑い出した。
「……ルカ? どうしたの?」
と、ルカの隣にいたサーシャが、妹分の顔を覗きこんで尋ねる。
「うん、あのね。学校――エリーズ国の方だけど先輩から同じような話を聞いたの」
「……へえ」ルカの話にアリシアが興味を向ける。「どんな話?」
「うん。私のお師匠さまと仲の良い先輩の話。その人も綺麗な女の人なんだけど、彼女の好きな人が、鈍感だけど凄くモテるんだって……」
「へえ。そうなんだ。ははっ、別の国にもいるのね。アッシュさんみたいな人」
嫌でも親身になってしまう話に、アリシアは思わず自嘲めいた笑みを見せた。
と言うよりも、ルカ以外の人間は全員が困ったような表情を作っている。
こればかりは苦笑せずにはいられなかった。
「だけど、先輩は他の人達より出遅れてるみたいで落ち込んでいたらしいの。けど、ある日、長い黒髪の、凄く綺麗な女の人に出会って教えて貰ったんだって」
ルカの言葉は続く。
「その女の人の恋人もそんな感じの人だったらしいの。その人は、先輩にこう言ったんだって。そういう人を好きになった以上、苦労するのは当然で、恋敵が多くても諦めたらダメだって。もう覚悟を決めて戦うしかないって」
「……うわぁ、重い言葉だね」
サーシャが実感のこもった感想を漏らした。
「うん。先輩は覚悟を決めたって。諦めないって言ってた。幼馴染みが何ですのって。ようせい?……になんて負けないって」
「あはは、大した意気込みだわ。見習いたいところね」
と、アリシアが言う。
だが、その時ルカの表情はどこか沈んでいた。
「うん。だけど……」
一拍おいて、
「そういう人を好きになると、他の人とずっと戦い続けないといけない」
と、ルカは蚊の鳴くような声で告げた。
声の真剣さから全員が談笑をやめて王女に視線を向けた。
しばし温泉に静寂が訪れ、湯気のみが立つ。と、
「だけど、私は……」
長い沈黙の後、ようやくルカは唇を開いた。
「アリシアお姉ちゃんや、サーシャお姉ちゃん。ユーリィちゃんの好きな人を争ってまで取りたくない」
昔から争うことは苦手だった。
特に相手が大切と思っていることなら、尊重して上げたかった。
相手の気持ちを知ったと同時に身を退くことは多々あった。
しかし、今回だけは――。
「だけど、仮面さんのことは本当に大好きなんです。ずっと傍にいたい。ギュッとして欲しいんです。だから……」
今回だけは退きたくない。
故に、この旅行の前から彼女は密かに決めていたのだ。
「だから、私は――」
そしてこの国の王女さまは、穏やかではあるが決意を秘めた眼差しで告げる。
「私は一番じゃなくていい、です。五番でも。ずっと傍にいられるのなら」
……ただ、その決意の方向性がどうにもズレていた。
「「「「……………………………………………………は?」」」」
とは言え、決意であることには変わりない。
王女さまの発言に、全員の唖然とした呟きが見事に唱和した。
「―――え? はあっ!?」
「ええええっ!? 何を言ってるの、ルカ!?」
次いで、姉貴分であるサーシャとアリシアが声を張り上げた。おっとりしたまだ幼い少女のとんでもない宣言に、ユーリィとオトハは言葉を無くしている。
「まったくもう!」
アリシアが片手で胸を隠しつつ、湯から勢いよく立ち上がった。
彼女の肌が赤いのは温泉のせいだけではない。
ルカの突然の宣言に当てられてしまったのである。
「いきなり何てことを言うのよ! ちょっとそこ居なさいルカ!」
流石にこの考え方は姉貴分として許容できない。
アリシアは湯の中をジャバジャバ進み、妹分に近付いて叱ろうとした。
すると、ルカは両手で頭を押さえて。
「ひ、ひゥ、け、けど、全部を受け入れている訳じゃ、ないです。その、私は、私と二人っきりでいる時は、私を一番にして、欲しいです」
「いやいや、そうじゃないでしょう! あのねルカ!」
と、アリシアが声を荒らげようとした――その時だった。
「――待って。アリシアさん」
おもむろにユーリィが手を上げたのだ。
空色の髪の少女は一呼吸分だけ間を空ける。
「……うん。私もいま覚悟を決めた」
そしてルカに続き、今度はユーリィがアリシアの想定を超える事を告げてきた。
「……私もルカと同じ意見。ハーレム肯定派」
「――――――え?」
数瞬の静寂。
「ええっ!? ユーリィちゃん!?」
最年少達の信じがたい連続発言に、アリシアは足を止めて目を丸くした。
「ユ、ユーリィちゃん……?」
サーシャも口元を両手で押さえて驚いていた。その傍らでオトハも一瞬だけ軽く目を剥いていたが、今はユーリィの真意を探るように眉根を寄せていた。
「えええっ!? な、なんでそうなるの!?」
思わずアリシアが問い質すと、ユーリィは淡々と答えた。
「アッシュは私を『娘』だと認識している。それは事実だけどもう一つ。騎士時代に私のことで『自分の嫁を育てている』って噂が立てられたことがあるの」
「……ああ、例の『ハイロ』さんの話か」
と、アッシュの騎士時代を少しだけ知るオトハが哀れむような表情を見せた。
「あれには……あいつ、かなりヘコんでいたらしいな」
「うん。そのためかアッシュは結構体裁を気にすることがある。だけど……」
ユーリィは顔を上げて堂々と告げる。
「ハーレムなんてものを築いたらその程度の体裁なんて吹き飛ぶと思う」
「――え? そ、それだけ?」
パチクリとアリシアは目を瞬かせた。
「あの、ユーリィちゃん? それだけのためにハーレムを受け入れるの? 他の女の人とアッシュさんがいちゃつくのよ? そんなのイヤでしょう?」
続けて唖然とした様子でそう尋ねると、ユーリィは微かに眉を落とした。
そして、ほんの少しの間だけ躊躇っていたようだが、すぐに桜色の唇を動かして吐息を零すと、彼女はこの場にいる恋敵全員を順に見つめた。
「イヤじゃないと言えば嘘になる。だけど、ここにいるメンバーならそこまでイヤでもない。ミランシャさんも含めてもいい。それに結局、私の『娘』の立場を吹き飛ばすにはそれぐらいの劇薬は必要だと思う。なら私は手段を選ばない。私は……」
一拍おいて、
「ずっと、アッシュの傍にいる。あの雨の日にそう誓っている。そのためには、いつまでも『娘』のままではいられないの」
明朗な声でそう宣言する。
それは、ユーリィにとって何よりも優先すべき誓いだった。
誰よりも近くでアッシュが歩んできた道を見てきた彼女の願いであった。
――そこに秘められた覚悟は生半可ではない。
その重さをありありと感じ取り、アリシア達は言葉を失った。
すると、ユーリィは微笑みを零して、
「それとこれもルカと同じ。二人だけの時は私を一番に想って欲しい」
と、希望も口にする。
それだけは絶対に譲歩しない。そんな意思が込められた声だった。
ついでにこの件についても宣言しておく。
「けど、五番はイヤ。私は第一夫人がいい」
「……いや待て。エマリア」オトハがムッとした様子で会話に入ってきた。「そこは、あいつとの付き合いが長い者順だろ」
「私は……」サーシャが湯の中でキュッと拳を固めて告げる。「先生――アッシュが最初にプロポーズした人が第一夫人でいいと思うの」
「わ、私は何番でもいいよ。けど、出来れば、上の方がいいかな」
と、ルカがはにかみながら自分の望みを語った。
「ちょ、ちょっと待って!」
アリシアが青ざめ始めた。
――これはまずい。何やら話がおかしな方向に転がってきている。
ハーレムを肯定すると言っていないオトハやサーシャまで変な雰囲気だ。
「みんな少し落ち着いてよ!」
アリシアは隠していた胸を惜しげもなく晒してまで両手を左右に突き出した。
「――まったくもう! なんでサーシャとオトハさんまでハーレム肯定派みたいになっているのよ! 少しは冷静になってよね! あのね、私達が受け入れようが結局それってアッシュさんがどうするかなのよ! 考えてみなさいよ。あの生真面目なアッシュさんがハーレムなんてものを築く訳ないじゃない!」
と、アッシュの性格を考慮した至極真っ当な意見を出した。
これには、きっと全員が沈黙して冷静さを取り戻すはず。
そう思っていたのだが、思わぬ人物が反論してきた。
「いや、それは……まだ分からないと思うぞ」
それは、アッシュと最も付き合いの長いオトハだった。
アリシアは目を見開いた。
「――え? どういうことですか?」
という問いかけにオトハは少しの間だけ沈黙するが、すぐに唇を開いた。
「確かにあいつは生真面目だ。愛する女は一人でいいと考えているかもしれない。しかしあいつにはその主義以上に強い根源のような想いがあるんだ」
一拍おいて、
「これは本来私が語るべきことではないが、あいつの根源的な想いとは『何も失いたくない』だ。あいつは昔、本当に何もかも奪われ、失ってしまったからな」
不意に語り出したオトハに全員が視線を向けて黙り込んだ。
「あいつは親しい者は本当に大切にする。『何も失いたくない』からだ。しかしな。『何も失わない』ということは、言い換えてしまえば『何一つ手放さない』。もしくは『大切なものはすべて自分のモノにする』とも言えると思わないか?」
「す、すべて自分のモノにする、ですか?」
アリシアがオトハの言葉を反芻する。
オトハは「ああ」と首肯し、
「私はそれらの想いは同じものだと思う。結局、クラインの奴はまだ自覚しきれていないんだ。自分がどれだけ失うことを恐れているかを。自身の手で守るということにどれだけ執着しているのかを。多分、あいつは……」
一呼吸空けて、オトハは満天の空を見上げた。
「本当に心から大切な者に対しては形振り構わない行動に出ると思う。再び失うことが怖いからだ。たとえ人の道に外れようが、自身の手で守れるように何があっても傍に置こうとするはず。守りたいから手に入れる。そして誰にも渡したりはしない。そんな傲慢で狂気にも似た強い想いがあいつの中には間違いなくある。私はそれも含めてあいつを受け入れているつもりだが……」
少し気恥ずかしくなったのか、コホンと一つ喉を鳴らし。
「だが。普通に考えれば大切な者が一人だけとは限らないじゃないか。守りたい者が複数いてもおかしくないだろう? むしろあいつはすべてを失ったからこそすべてを守りたいと願う方が自然なんだ。だから、私はエマリアや王女の意見を否定できない」
オトハはユーリィとルカに目をやった。
続けて少し呆然としているサーシャとアリシアにも順に視線を送り、
「そうだな。仮に……仮にだ。私達全員があいつにとって絶対に失いたくない、その手を離したくないと思うぐらい大切な存在になったとしよう。そして、もしそんな私達が誰かの手によって理不尽に奪われそうになったとしたら、あいつは――」
そこで彼女は小さな吐息を零して、言葉を切った。
次いで、ちゃぽんと湯の中に沈んでいく。彼女は湯の中で膝を屈めて漂う。
少女達は微かに息を呑んで、何も語らずオトハの浮上を待った。
やがてオトハがゆっくりと顔を出した。
少女達は緊張した面持ちでオトハに注目する。
紫紺の髪の美女の頬は、うっすらと上気していた。
そして――。
「……貪欲に」
オトハはとてもか細いが、どこか確信めいた声で告げた。
「きっと、貪欲に私達全員を求めてくると思うぞ」
シン、とした空気が流れた。
誰も言葉を発しなかった。ただ静寂だけが続く。
そうしてさらに数秒が経過し、初めて声を上げた者がいた。
「――ふえっ!? えっ、ええっ!?」
アリシアの声だった。
「い、今の話って、ハーレムの可能性がホントにあるってこと!? う、うそ……えっ、やだっ、えと、流石にそれってうちの親父でも嫌がるっていうか、けど、アッシュさんが爵位を取ったら法的には何の問題もないし……そのっ」
彼女は自分の髪の毛先をくるくると指でかき回していた。
「や、やあぁ……それって、あうっ、け、けど、もし求められるってことが心から大切だってことなら、きっと私、拒絶なんて……そ、それに、形振り構わないとか、貪欲って、その……やあああぁ」
どんどん顔を赤くし、目を泳がせて独り言を繰り返していた。
そして静寂を破ったのは彼女一人だけではなかった。
唯一だと言ってもいいハーレム完全否定派であったアリシアが転がり始めたことを切っ掛けに、全員がそれぞれの反応を見せ始めていたのだ。
まずアリシアの親友であるサーシャ。
彼女は深く俯き、口元をへの字に結んでいる。ぷるぷると細い肩を震わせて琥珀の瞳は羞恥で涙目になっていた。うなじまで紅潮している。完全に茹で上がった状態だ。
何度も両手を頬に当てて「はうああぁ……」と冷却しようとしているようだが、大して効果はなさそうだ。
続けてユーリィ。彼女はずっと無言だった。
ただ、新雪のように白かった肌は見事までに桜色に染まっており、時折、囁くような吐息を零していた。翡翠色の瞳は微かに潤み、どこか遠くを見つめている。やがて「あ、あうぅ。それはダメ……」と呟き、顔の半分をぶくぶくと湯の中に沈めた。
そして最後はルカだ。彼女は自分の顔を両手で押さえていた。
それに加え、長い前髪で瞳を覆っている。完全に顔を隠しているが、唯一露出した耳だけは赤く、「か、仮面さんはやっぱり狼さん、でした」と呟いている。
時々、細い肩を小動物のように震わせてもいた。
全員が全員、分かりやすいぐらいに激しく動揺していた。
原因は極めて明白だ。
貪欲に自分が求められる場面を全員が思い浮かべてしまったのである。
「え、えっと、お前達……?」
少女達の過剰なぐらいの反応に、オトハも流石に動揺した。
――し、しまった。これは誰が見ても自分の発言が切っ掛けだ。
「い、いや、これは、あくまで可能性だけの話だぞ! クラインの奴が生真面目なのは変わりないんだからな! そのっ、ええい!」
オトハは激しく焦りながら、ざばあっと立ち上がった。
そして自分の腰に両の拳を当てると、大きな胸をたゆんっと揺らし、
「――と、とにかくっ! この話はここまでだ! もう終わり! そのっ、いい加減のぼせるぞ! 全員さっさと湯から上がれ!」
と、真っ赤な顔で叫び、強引ではあるがこの場を収めた。
こうして途中からかなり本題から外れた内容になってしまったが、第一回目のレディース・サミットはとりあえず終了したのである。
なお、彼女達がこのサミットの裏で人知れず繰り広げられた戦いがあったことを知ることは最後までなかった……。
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