第253話 ロマン・チェイサー②

『 拝啓。親愛なるお師匠さま。

  

 私が帰国にしてそろそろ一ヶ月になります。私は元気です。

 お師匠さまもお元気でしょうか?


 色々とお伝えしたい事はありますけど、今回は近況をご報告したいと思います。

 実は、私に弟か妹が生まれることになりました。

 それで今、私はエリーズ国騎士学校を休学して帰国しているのですが、どうやら

 お父さんは以前から校長先生とやり取りをしていて、私の弟か妹が生まれるまで

 私はアティス王国の騎士学校に通うことになりました。

 『四の月』から私はアティス王国王立騎士学校の一回生です。

 生まれてくるのが女の子なら相談の上でエリーズ国に戻る事になりそうです。

 けど、もし生まれてくるのが男の子なら王位継承権も変わるため、その時は

 このままアティス王国に残る事になります。

 唐突な話でごめんなさい。

 もしかしたら私はお師匠さまと同じ学校にはもう通えないかもしれません。

 それはとても寂しいです。

 けれど、たとえ学校に戻れなくても、もう一度エリーズ国には行くつもりです。

 その時はまたお会いしてください。お師匠さまに見せたいものも沢山あります。

 それと……紹介したい人も出来ました。

 とてもカッコ良くて強くて素敵な人なんですよ。

 お仕事をしている年上の人なので一緒にエリーズ国には行けないかもしれない

 けど、その人は皇国の出身なので、里帰りとかでお師匠さまに紹介する機会は

 必ずあると思います。楽しみにしてください。


 では、またお会いできる日を楽しみしています。

                

                          ルカ=アティス 』



       ◆



「……ふふっ」


 時刻は放課後。

 アティス王国騎士学校、その屋上にて彼女は微笑んでいた。

 年は十五歳ほど。淡い栗色のショートヘアと、澄んだ湖を彷彿させるような水色の瞳を覆う長い前髪が印象的な少女だ。整った顔立ちに加え、身に纏った中央に赤の太いラインを引いた橙色の騎士服は年齢離れした女性的なラインを描いている。

 ルカ=アティス。

 先日入学したばかりのアティス王国騎士学校の一回生の生徒である。

 屋上で足を横にして座る彼女は、実にご機嫌だった。


「……ウム! ゴキケンダナ、ルカ!」


 その時、開けた大空から一羽の小鳥がルカの肩に止まった。

 銀色の輝く体を持つこの鳥の名はオルタナ。

 ルカが制作した自律型鎧機兵だった。


「うん。そうだよ。オルタナ」


 ルカはオルタナの顎を指先でさすりつつ、周囲に目に向けた。

 屋上にいたのは彼女だけではなかった。他にも四人の人間がいたのだ。


 まずは胡座をかいて座る二人の少年。

 大柄な体躯と短く刈りそろえた若草色の髪が特徴的な少年――ロック=ハルトと、ロックとは対照的に小柄な体格であるブラウンの髪を持つ少年――エドワード=オニキス。


 次いで彼らの隣でルカと同じ姿勢で座る二人の少女。

 腰まである絹糸のような長い髪に、切れ長の蒼い瞳。スレンダーな肢体もあって凜とした雰囲気を持つ美しい少女――アリシア=エイシス。


 そして最後の一人。

 琥珀色の瞳と、綺麗な顔立ち。肩まで伸ばした綺麗な銀色の髪。そしてルカ以上のプロポーションが際立つ少女――サーシャ=フラムだ。

 ただ、彼女の場合は他の人間よりもさらに特徴がある。

 全員が着ている騎士服の上に短い赤のマントが付いた女性的なフォルムのブレストプレートを装着しているのだ。

 それに加え、横には銀色の無骨なヘルムを置いてある。

 今やこの学校において知らない者などいない彼女のマストアイテムだった。

 サーシャ達は『四の月』で進級した二回生の生徒だった。


「お姉ちゃん達と一緒の学校に通うことになるなんて思わなかった」


「確かにそうね」


 と、アリシアがルカの言葉に首肯する。


「うん。ルカはてっきり留学先の学校に戻る思ってたから」


 と、アリシアに続いたのはサーシャだ。


「けど、同じ学校に通えたのはいいことだよ。何か困ったことがあったら言ってね。私とアリシアは勿論……」


 そこで置物のように黙り込んでいた二人の少年を見やる。


「ハルトとオニキスも助けてくれるから。いいでしょう? 二人とも」


「あ、ああ、別に構わねえよ」


「う、む。先輩として面倒をみよう」


 と、やや緊張気味に答えるエドワード達。

 彼らはルカが王女であることに未だ緊張が解けずにいるのだ。


「まったくもう」


 そんな小心者の級友達に、アリシアは呆れたように肩を竦めた。


「いい加減慣れなさいよ。一緒に街の散策とかもしたでしょう」


「け、けどよ」「う、ううむ」


 すっかり萎縮して声に覇気のない二人。

 アリシアは「……情けない」と呟き、サーシャはクスクスと笑った。


「あ、あの、ハルトさん。オニキスさん」


 すると、話題の当事者であるルカが二人に声をかけた。


「わ、私なんて、その、まるで王族らしくなくて怒られているし、その、そんな気にしないで……・あっ! そ、そうだ!」


 そこでポンと柏手を打つ。


「あの、ハルトさん達は、仮面さんとも親しいんですよね。だったら、その、仮面さんの好きな食べ物とか知ってますか?」


「「―――っ!」」


 ルカの唐突な質問に凍り付いたのは、サーシャとアリシアだった。

 表情は一切変えないまま、その場で動かなくなる。


「い、いや、その……」


 同級生の少女達の異変に気付き、空気の読めるロックは言葉を詰まらせるが、


「ん? 師匠か? 確か鳥の唐揚げとかが好きだって言ったな」


 と、空気を全く読めないエドワードが何も考えずに答える。


「そ、そうですか!」


 ルカは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。今度、作ってみます」


「へ? 王女さまがなんで料理を?」


 と、キョトンとするエドワード。隣に座るロックは額を手で覆っていた。

 対し、ルカは指先を絡めつつ頬を染めて答えた。


「そ、その、お母さんが、まずは胃袋を掴めって」


「「――――ッ!!」」


 意外と戦略を考えているルカの台詞に絶句するサーシャとアリシア。


「……ウム! ルカハ、ヘンジンガスキダカラナ!」


「「――――ッッ!?」」


 続くオルタナの直球過ぎる言葉に、少女達は目を見開いた。

 が、そこへさらに追い打ちがやって来る。


「うん。大好きだよ」


 ルカがはにかんだ笑みを零したのだ。


「ル、ルカ……?」「ま、全く躊躇いがないわね」


 サーシャとアリシアは唖然とした。

 これは何というか……凄い。好意を隠そうとさえしていない。とある事件を経て、彼女達の可愛い妹分は完全に目覚めていることを改めて思い知る。

 一方、エドワード達は、


「えッ!? マジなのか! それ!?」「……いや、姫殿下とは何度かクライン工房へは行っただろ。その時の様子に全く気付かなかったのか? エド」


 と、今更としか言えないやり取りをする。

 そんな中、ルカはオルタナの顎を撫でて微笑んだ。


「仮面さん、いま何をしているのかなぁ」


 ルカの無邪気な声に、サーシャ達は何も言えなくなった。

 そしてオルタナが飛翔する。

 今日もアティス王国の空は青かった。

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