第一章 ロマン・チェイサー
第252話 ロマン・チェイサー①
四大陸で構成された自然豊かな世界・ステラクラウン。
この広大な世界には実に多様な職業が存在している。
国と民を守る騎士。
多くの客人をもてなす料理人。
煌びやかな工芸品を売買する販売店員。
そして人が乗る巨人――鎧機兵のメンテナンスを行う職人など。
多くの人間が何かしらの職業についてこの世界を支えていた。当然ながらどの職も需要があって成り立っているのだが、中には一風変わった職業が存在する。
その一つが『神学者』と呼ばれる職業だった。
いわゆる神話の研究と、遺跡の調査などを行う仕事である。
とは言え、仕事と言ってもこの職は他職業に比べてとにかく儲からない。
神話に関して何かしらの発掘をしても多大な報奨金が出る訳でもなく、国や企業の助成金で細々と成り立つ職業だ。
正直、日々を暮らしていくには割の合わない仕事だった。
まともな判断力を持つ者ならば、まず敬遠するような職種である。
しかし、だからこそか、この職業に就く者は変わり者がとても多かった。
よく言えば、自分の知識欲にすべてを委ね、真実を求めて突き進む者達である。
ゆえに、彼らは別名こうも呼ばれていた。
――
◆
「――ふははっ!
暗い暗い遺跡の中。
古に繁栄した王族の墳墓であり、ちょっとした迷宮にも等しい石造りの通路をランタンの光だけを頼りに、彼は相棒と呼べる存在と共に奥に進んでいた。
「浪漫なくして何が男だ! なあ、お前もそう思わんか!」
と、相棒に語りかけるが何の返事もない。
それもそのはず。彼の相棒は犬の姿をしていたからだ。
体毛が極端に薄く、筋肉質のまるで刃を彷彿させるような黒犬だ。
対し、主人である彼は陽気な笑みを崩さない人物だった。
年齢は四十代半ば。瞳は黒く、若干白髪もあるが髪も黒い。
もみあげから顎のみを覆う髭を生やしており、濃い茶系統の登山服に似た服を纏い、頭部には黒いカウボーイハットを被っている。
「まったく! 最近の若者は浪漫に無関心で嘆かわしいことだ! こんなにも心踊ることなどそうはないというのに!」
と、男は意気揚々に語るが、やはり誰も答えない。
暗い通路をただ相棒の黒犬だけが、無言で追従していた。
「おおっ! 見よ! ランド!」
男が不意にランタンを掲げて通路の壁を照らした。
ランドと呼ばれた犬が首を上げる。そこには恐ろしい竜の姿が描かれていた。
人々を襲い、世界を焼き尽くそうとする三つ首の魔竜の姿だ。
「やはりここにも《悪竜》の伝説があったか!」
壁画を見つめる男の眼差しはまるで少年のモノだった。
年齢的には引いてしまうほどの憧憬の眼差し。
ランドはそんな主人を見て――驚くべき事に犬でありながら溜息をついた。
「おお、しかも何という保存状態……。ぬう、願はくは愛娘ちゃんにも見せたいぞ」
言って、服の中からペンダントを取り出し、ロケットを開く。
そこには椅子に座る五歳ほどの少女の姿が映っていた。十年ほど前の写真なのだが、男にとって目に入れても痛くないほど溺愛している愛娘だった。
「もう少し光があれば写真機が使えるのだが……」
と、男は無念そうに呻く。
その様子をランドは冷めた眼差しで見つめていた。
それから、鋭い牙の並んだアギトをゆっくりと動かした。
「……な、なに!」
すると男は愕然とした表情を見せた。
「馬鹿な! 俺の愛娘ちゃんはこんなことに興味がないだと! い、いや! そんなはずないぞ! ランドよ!」
ランドは何も語っていないが、男はそんなことを言い出した。
そうしてしばし唖然としていたが、不意にふうと息を大きく吐き出し、
「だ、だがまあ、お前の話にも一理ある。なにせ愛娘ちゃんは女の子だからな。こういった男の浪漫には関心が薄いのかもしれん。しかし、根気よく話せば――」
と、言いかけたところで再びランドがアギトを動かした。
「な、何ということを言うのだ!」
男はさらに愕然とする。
「俺は愛娘ちゃんにウザがられてなどいない! 確かにこないだ久しぶりに会った時、抱き上げて頬にキスをしようとしたら容赦なく蹴られたが、あれはきっとただ照れていただけなのだ! 何とも愛らしいではないか!」
ランタンを持っていない手を横に薙ぎ、力説する男。
ランドはかぶりを振った。
「むぐうぅ……」
相棒の態度に男は納得のいかない顔で呻いていたが、これ以上ここで口論(?)しても何の意味もないので、再び歩き出した。ランドも後に続く。
そうして一人と一頭は通路の奥へと進む。
その間も男はずっと浪漫について熱く語り続けていたが、不意に言葉を止めた。
通路を向け、小さな部屋に辿り着いたからだ。
四方の壁には装飾品と壁画。中央には石造りの棺がある。
この部屋は、墳墓の主人の眠る棺を収めた場所だった。
「……ふむ」
男は顎髭を一撫でし、棺に近付く。
それから片膝をつくと床にランタンを下ろし、力を込めて棺の蓋を開けた。
ガコンと重い音を立てて蓋が地面に下ろされる。
誇りが微かに舞う中、おもむろに男は棺の中をのぞき込んだ。
――中にはミイラ化した貴人の遺体があった。
元は女性なのだろうか、朽ちかけた衣服は女物のように見える。そして指を組むミイラの胸元には一つの『鍵』が収められていた。
「失礼するぞ」
男は遺体から『鍵』を取り出す。
銀色に輝く『鍵』だ。貴金属ではないようなので価値は低いだろう。だが、これこそが男が望んでいた『宝』だった。
「さて。これでようやく準備が整った」
目的の『鍵』を手に入れ、男はニヤリと笑う。
そして――。
「では、久しぶりに旧友達の顔でも見に行くことにするか」
銀色の『鍵』を頭上に掲げると、とても楽しそうにそう呟いた。
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