第一章 アティス王国の建国祭

第161話 アティス王国の建国祭①

 時節は『十二の月』。

 それもすでに中盤に差し掛かり、最も寒さが増す季節。

 しかし、アティス王国の王城区。騎士学校一階にある講堂は、木枯らしが吹く窓の外とは裏腹に、熱気に包まれていた。

 今日の講習も無事終了し、橙色の騎士候補生の制服を着た騎士候補生達が、帰宅の準備などでガヤガヤと騒いでいるためだ。


 と、その一角で、


「なあなあ! 今年も建国祭が近付いてきたよな!」


 バンッ、と講堂の長机を両手で叩き、大きく身を乗り出してきたのは、ブラウンの髪を持つ小柄な少年――エドワード=オニキスだ。

 その隣には、苦笑じみた笑みを見せる大柄な少年が立っている。

 若草色の髪が特徴的な少年。エドワードの友人であるロック=ハルトだ。


「建国祭か。確かにそろそろね」


 と、エドワードに答えるは、長机の席に座る少女達の一人。

 アリシア=エイシス。

 腰まである絹糸のような栗色の髪と、切れ長の蒼い瞳が印象的な少女。

 スレンダーなその肢体に、蒼いサーコートを纏う綺麗な少女だ。


「もうそんな時期なんだね。今年ももうじき終わりかぁ」


 と、アリシアの台詞に続いたのはもう一人の少女。

 サーシャ=フラム。

 肩にかかる程度まで伸ばしたその髪は銀色。さらに琥珀色の瞳と、抜群のプロポーションが魅力的な、アリシアとはまたタイプが違う美しい少女だ。

 彼女は短い赤外套を付けた女性用のブレストプレートを着装しており、銀色のヘルムを机の上に置いていた。

 彼らは全員が十七歳。このアティス王国騎士学校に通う一回生だ。


「今年は本当に色々あったよね」


 そう言って、笑みをこぼすサーシャ。

 思い起こせば、今年は本当に色々あった。


「えっと何があったかな?」


 サーシャは指を折り、記憶を振り返る。

 特に今年は生まれて初めて経験したことが多い。


「みんなで海に行ったし、外国にも行ったよね。初めて実戦を経験したし、固有種の魔獣と戦った。テロリストとも遭遇したよ。他には私限定だと誘拐までされた。しかも誘拐されたのは二回もだよ」


「は、ははは、なんか凄い年だったわね」


 アリシアが頬を引きつらせて相槌を打つ。

 改めて言われると、凄まじい年だ。


「確かに凄いな。去年とは大違いだ」


 と、呟いたのはロックだ。

 大柄な少年は腕を組み、「う~む」と唸っている。


「それに加え、俺とエドの場合、今年は愛機が三回も大破したぞ」


「ああ、ガチで出費が痛てえ――って、それは、今はどうでもいいんだよ!」


 と、エドワードが脱線しかけていた話題を強引に戻す。


「俺が言いたいのは建国祭のことだよ! け・ん・こ・く・さ・い!」


 力いっぱいそう告げて、エドワードは三人の同級生を順に睨みつける。


「この呑気で平凡な国における数少ないビッグイベントなんだぞ! お前らもっとテンション上げろよな!」


 言われ、サーシャ達三人は互いの顔を見合わせた。

 アティス王国建国祭とはその名が示す通り、この国の建国を祝う祭りだ。

 年末である『十二の月』の二十七日~三十日の期間で行われる祭典であり、その期間は露店が王都中を埋め尽くし、王城では王家主導の展示会などを開き、闘技場は夜通し開きっぱなしでトーナメント大会を行う。そんな騒々しい三日間だ。

グレイシア皇国の生誕祭に比べればパレードのような派手な催しなどはないが、間違いなくこの国で最大のイベントである。


 しかし、サーシャ達にとっては毎年恒例のことでもあり、当日になれば適当に楽しもうかといった程度のものだ。今から楽しみにするものでもない。


「子供じゃあるまいし、何をはしゃいでるのよ」


 と、アリシアが呆れた口調でエドワードに告げると、小柄な少年は嘆かわしいとばかりにパチンと額を打った。


「あのなエイシス。お前こそガキじゃねえか。お前知ってんのか? 建国祭のカップル成立率の異常な高さを」


「……え? 何よそれ?」


 エドワードの言葉に、アリシアは眉をひそめた。少し興味が引かれる。

 隣に座るサーシャも同様で、興味津々にエドワードの言葉に耳を傾けていた。

 ――が、続きを語り出したのはロックだった。


「俺達、男子学生の間では結構有名だぞ。建国祭を一緒に過ごしたカップルは過去の統計からして八割以上の割合で結ばれているんだ」


「えっ!? そ、そうなの!?」


 サーシャは大きく目を見開き、唖然とした。

 確かに建国祭ではカップルの姿をよく見かけていたが、その話は初耳だった。

 アリシアの方も驚いた顔をしている。


「ったく。お前らって男っ気が皆無だったからな。どうせ今までは家族と過ごすか、女友達だけで過ごしていたんだろ?」


 と言うエドワードの指摘に、サーシャ達は言葉もなかった。

 まさにその通りだったからだ。

 二人とも今まで建国祭を異性と過ごした経験などなかった。


「ここまで言えばもう分かんだろ。俺のテンションが上がる理由」


 と、エドワードがふふんと鼻を鳴らして本題に入る。


「要するに俺は建国祭を好きな子と過ごしてえんだよ。それが楽しみなのさ。お前らも今まではともかく今年はそうじゃねえのか?」


「「……う」」


 二人して言葉を詰まらせるサーシャとアリシア。

 これまた図星だ。少女達は想いを寄せる異性の顔を思い浮かべる。

 この国の片隅で工房を開く白い髪の優しい青年。

 もし彼と建国祭を一緒に回れたのなら、かなり――いや、もの凄く幸せだ。

 奇しくも同じ青年に想いを寄せる少女達は、青年と腕を組み建国祭を過ごす自分の姿を想像し、思わず頬を染めた。


「……けどよ。残念ながら今のままじゃそれも無理だ」


 が、そこへエドワードが非情の言葉を告げる。

 ロックが「うむ」と頷き、サーシャ達は愕然とした表情を浮かべた。


「な、何でよ! 誘えばきっと――」


「あのな。知っての通り建国祭は家族向けの側面が強えェんだよ」


 アリシアの言葉を遮ってエドワードが語る。


「あの師匠のことだ。間違いなく家族を優先すんぞ」


 その的確すぎる指摘に、サーシャとアリシアは絶句した。

 彼女達の想い人である青年はとても家族思いの人間だ。

 こんなイベントがあれば、率先して家族サービスを実施するだろう。

 その場合、得をするのは彼の愛娘同然の同居人である空色の髪の少女と、彼の古くからの友人であり、現在青年の工房に居候している紫紺色の髪の女性だ。

 きっと三人で仲睦まじく建国祭を回るに違いない。


「な、なんてことなの……」


 ガタンと椅子を倒して後ずさるサーシャ。

 アリシアは肘をついて「むむ」と下唇を噛みしめている。

 流石に見逃せない状況だ。


「そこで朗報だ」


 と、悩む少女達に、エドワードはニヒルな笑みを浮かべて進言する。


「建国祭の当日。俺らも師匠達と合流すんだよ。全員で七人の大所帯。流石に一緒には回れねえ。だったら――」


「ッ! なるほど! ラッセルの時の再現ね!」


 勘のいいアリシアがエドワードの提案を先読みする。


「クジで二・二・三に分かれて建国祭を回る! そうでしょう!」


「あっ、そっか! それなら私達にも二人っきりになるチャンスが!」


 ワンテンポ遅れてサーシャも内容を把握する。

 完全に台詞を奪われ、エドワードは少し肩を落としていた。


「……まあ、そういうことだ」


 そんなエドワードの肩をポンと叩き、ロックが語る。


「当日いきなり押しかけては迷惑だろうが、今から事前に告げておけば師匠も了承してくれると思ってな」


「うん! なるほど。確かにそうね!」


 アリシアが得心のいった顔で頷く。

 それから、サーシャの方に振り向き、


「サーシャ! 早速向かいましょう! アッシュさんの所へ!」


「うん! 行こう! クライン工房へ!」


 そう言って頷き合い、少女達は足早に講堂を出て行った。

 残されたのはエドワードとロックの二人だ。

 彼らは数秒間、その場に立っていたが、


「……ロックよ」


「……うむ」


 少年達はニヒルな笑みを浮かべた。


「上手くいったな。これで運が良ければ、俺はユーリィさんとっ!」


「ああ、俺はエイシスとペアになれる可能性が出来た訳だ」


 それぞれの想い人の名を挙げ、エドワード達はほくそ笑む。

 すべては計画通り。実に上手く誘導できた。


「ゼロだった可能性を覆してやったぜ。俺達は希望を手にしたんだ」


「ああ、後は運を天に任せるだけだ。《夜の女神》よ。願わくは俺達に祝福を」


 ゼロではなくなったと言えど、可能性はまだ低い。

 彼らが想い人とペアになれるかは、まさに神のみが知ることだ。

 エドワードとロックは互いに視線を交わし、静かに頷く。


「よし。そんじゃあ、俺らも行くか」


「そうだな。クライン工房――いや、戦場へ」


 あの場所には恐るべき男がいる。

 エドワード達が束になっても敵わない。

 彼らの好きな人に想いを寄せられている羨ましすぎる男が。


「だけどよ」

 エドワードがふんと鼻を鳴らして呟く。


「俺らだっていつまでも負けっぱなしじゃねえんだ」


「ああ、今回こそは」


 力強く応えるロック。

 二人は悲壮な表情を浮かべながらも、がっしりと互いの腕を交差させた。

 そして、周囲から訝しげな目で見られていることも気付かず。

 少年達もサーシャ達の後を追うのだった。

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