第七章 そしてすべての黒幕は……。
第150話 そしてすべての黒幕は……。①
「……なるほど。やはり裏では犯罪組織が関わっていましたか」
応接用のソファーに座ったガハルド=エイシスは、嘆息するようにそう呟いた。
向かい側には赤いサーコートを纏った女性――オトハ=タチバナが座っている。
彼らの前には大理石の机があり、その上には二つのカップが置かれてある。芳醇なコーヒーの香りが室内に漂っていた。
そこはアティス王国・王都ラズンの市街区。
第三騎士団の詰め所――その執務室だ。
「……すまない。エイシス団長」
と、オトハが謝罪する。
「今更だが、読みが甘かったと思う」
マウセルは昨晩以降、行方をくらませていた。
言い訳も出来ない大きな失態だ。アッシュが聞けば溜息をつくことだろう。
それに対し、ガハルドは苦笑を浮かべる。
「まあ、済んだ事です。ただ、ボーガン商会に関してはタチバナ殿も無関係ではない。あの商会がキナ臭いことは、もう少し詳しくお伝えすべきでしたか」
密かに調査していた身としては、予定外の介入で事態が変わるのは正直痛い。
しかし、悔やんでばかりいても先に進まないのも事実だ。
問題はこれからどうするかだろう。
「……キナ臭いと言うと、やはりあの商会は……」
オトハの問いに、ガハルドは無言で頷く。
「これは口外しないことをお願いします」
ガハルドは真剣な顔つきでオトハを見つめてそう告げる。
オトハもまた真剣な表情で承諾した。
「一切口外しないことをお約束する」
「……分かりました。ではお話しましょう」
ガハルドは真直ぐオトハの顔を見据えて切り出した。
「……実は今から三ヶ月程前に、ボーガン商会から内部告発があったのです」
「――ッ!」
静かに息を呑むオトハ。
対し、ガハルドは膝の上で指を組み、話を続ける。
「ボーガン商会社長であるセド=ボーガン氏に違法な動きがある、と。告発者は私とは旧知の間柄でもあり、信用に足る人物だったため、私は調査を進めました。その結果……」
そこでガハルドは小さく嘆息する。
「多額の使途不明金。素性が分からない者達との頻繁な会合。我々は限りなく『黒』に近いという判断を下しました」
ガハルドは再びオトハに視線を向けた。
「そして、さらに調査した結果、セド=ボーガン氏は国外の犯罪的組織と結託して、何か大掛かりな計画を立てていると状況から判断しました。詳細までは不明ですが、違法な建造物を建築しようとしている可能性が高いのです」
「…………」
オトハは黙ってガハルドの話を聞いていたが、不意に唇を開いた。
「だとしたら……今回のクライン工房の買収は……」
ガハルドはおもむろに頷く。
「一見無関係に見えますが、重要な意味を持ちます。それは断言しましょう」
「……エイシス団長」
オトハは眉をしかめてガハルドに問う。
「そのことは、クラインは知っているのか?」
「……いえ、お伝えしていません。これは団の機密情報ですので」
少し責めるような口調になってしまっていたオトハだったが、ガハルドの台詞に何も言えなくなった。いくら当事者であってもアッシュは民間人だ。迂闊に機密を漏らす訳にはいかない。その判断はよく理解できた。
すると、ガハルドは深々と溜息をついた。
「実のところ、私としては、クライン殿とタチバナ殿には事前にお話して協力をお願いしようと考えていました。今回に限り特例の協力者として」
「……そうだったのか? それはそれで思い切った判断だな」
と、オトハは少し目を丸くする。
対し、ガハルドは苦笑を浮かべた。
「まあ、お二人ともただの民間人とは言えませんからな。こう言ってはなんですが、私はそれが最善ならば多少強引な手段も厭わないのを信条にしているのですよ」
「そ、そうなのか……」
結構怖ろしい事を平然と告げる騎士団長に、オトハは少しだけ頬を引きつらせた。
とても治安部隊の長とは思えない不穏な台詞だ。腹黒さが滲み出ている。
思わず無言になるオトハをよそに、ガハルドは淡々と言葉を続ける。
「しかし、今回の一件、国外の犯罪組織も関与している疑いがあるということで、第二騎士団も出張っているのです」
「……第二騎士団?」
オトハは眉をしかめた。
「その騎士団はてっきり魔獣討伐を専門にする部隊だと思っていたのだが、国外の犯罪組織の相手もするのか?」
このアティス王国には騎士団が三つあるが、第二騎士団は主に魔獣などの外敵から王都を防衛する騎士団だと聞いていた。
察するに、その外敵の中には『人間』も含まれると言うことなのか。
「ええ。こういうケースだと第二と第三が合同で対応するのが慣例でしてな」
と、皮肉気な笑みを浮かべつつ、ガハルドが答える。
「第二騎士団長にタチバナ殿達への協力依頼は提案したのですが、あの頑固じじい――もとい、第二騎士団長は民間人など当てになるか、と聞く耳も持たず……」
「それは……まあ、正論だな」
オトハは何とも言えない複雑な表情を浮かべた。
むしろ何でも利用しようとするガハルドの方が、柔軟すぎる気がする。
「確かにそうですな」
ガハルドはカチャリと机の上のカップを取り、口に含んだ。
そして決してコーヒーのせいではないが、苦々しい表情を浮かべる。
「しかし、おかげで面倒な事になってしまいました」
暗に自分の失態を挙げられたと思ったオトハは、頭を深々と下げる。
「……すまない。私が余計な真似をしなければ……」
「……は?」
すると、ガハルドは一瞬だけ首を傾げて。
「あっ、いえいえ、マウセルという人間の一件ではありません。全く別のことです。こちらの話ですよ」
そこでガハルドはカップを机に置き、気まずげに頬をかいた。
それから真剣な顔でオトハを見据えて告げる。
「ともあれ、《黒陽社》はクライン殿と因縁深いと聞きます。流石に民間人だからとは言っていられません。このことはクライン殿にお伝えしましょう。幸い、グランゾには第三騎士団の駐在員もいます。伝書鳩を使えば数日中には連絡できるでしょう」
「それは助かる。私には連絡手段がないからな」
オトハは大きな胸をホッと撫で下ろした。
そして出されたコーヒーを一気に呑み干すと、席を立ち上がる。
「それでは私は失礼する。私の方はしばし様子を見るつもりだが、何かあったら連絡をお願いする。私の方も気付いたことがあれば連絡しよう」
「ええ、分かりました」
ガハルドも立ち上がり、そう答える。
そして、オトハは軽く一礼して退室していった。
「……ふう」
執務室に残ったガハルドは、小さく嘆息すると、おもむろに窓辺に寄った。
それから、ガチャリと窓を開ける。
気が引き締まるような冷たい風を頬に受け、ガハルドは目を細める。
見上げた空は青天だった。風こそ少々強いが、雲はほとんどない。
これならば伝書鳩も軽快に羽ばたくだろう。
しかし――。
「何とも間が悪いな。せめてもう二日ほど早ければ……」
と、呟いて渋面を受かべるガハルド。
今回のマウセルの一件。想定外ではあったが、見方次第ではガハルドにとってかなり好都合な状況でもあった。しかし、時期が遅すぎたのだ。
そのため、対応が後手に回ってしまった。
「……やれやれ、どうも思惑通りにはいかんな……」
かぶりを振り、ガハルドは再び嘆息した。
そして窓を閉め、執務席に座る。ともあれ急ぎ一筆したためなければならない。
ガハルドは机の引き出しから万年筆と便箋を取り出し、筆を走らせる。
それから書き終えた便箋を小さく丸め、連絡用の筒に納めた。
これで準備は完了だ。後はこれを連絡担当者に渡すだけなのだが……。
「……どうにか間に合ってくれればいいのだが」
内心では半ば諦めつつ。
ガハルドは人差し指サイズの筒を静かに見つめて、そう呟いた。
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