第60話 決戦の果てに④
ふう、とアッシュは息をついた。
そして、真紅から漆黒に戻った《朱天》の右腕に目をやる。
(……「屠竜」か。相変わらずとんでもない切れ味だな)
アッシュの愛機・《朱天》の右腕は無残に切り裂かれていた。
コミカルに言えば、スライスされたと表現すべきか。
右手の中心から肘にかけて、装甲ごと半分切り落とされている。ここまで破損すれば普通、人工筋肉や鋼子骨格などがこぼれ落ちるものなのだが、あまりに鋭利すぎてそれすらない。内部まで完全に切断されているのだ。
(右腕は完全に使い物にならないな。けどよ……)
アッシュは、続けて前を見やる。
そして、ふっと皮肉気な笑みを浮かべた。
『一応、俺の勝ちだよな。オト』
「…………」
オトハは不貞腐れた顔をして何も答えない。
《朱天》から見て斜め前方――。
大樹にもたれかかるようにして《鬼刃》は座り込んでいた。
『お~い、オト。何か返事しろよ。怪我はしてねえよな?』
アッシュが再度そう問いかけたら、
「……うるさい! この卑怯者め!」
と、オトハがそんな台詞を吐いた。アッシュはやれやれと苦笑する。
そして改めて《鬼刃》を見る。その姿は想像以上に酷い状態だった。胸部装甲は頭部ごとどこかに吹き飛び、右足は逆方向に捩じれている。ほぼ大破に近い状態だ。
手加減できる相手ではなかったとはいえ、やりすぎた感は拭えない。
と、そんなことを考えていたら剥き出しになった操縦席からオトハが叫んできた。
「くそッ! クライン! お前卑怯だぞ! 何が《虚空》に並ぶ闘技だ! 何が《十盾裂破》だ! お前、あの闘技――」
オトハは歯を軋ませてから、なお吠える。
「即興で作ったんだろう! ただ私を嵌めるために!」
『……ははっ、やっぱバレたか』
言って気まずげに笑うと、アッシュは《朱天》を《鬼刃》の傍まで寄せて、
「悪りいなオト。お前の想像通りだよ。あの闘技は、要は全力の突進を誘うためだけにでっち上げたもんだ。あんな技、さっきまで考えたこともねえ」
と、宣いながら近付いてくるアッシュを、オトハはキッと睨みつけた。
「やっぱりそうか! 攻撃主体のお前にしてはカウンター技なんて不可解な闘技だとは思ってたんだ! ああ、くそッ!」
と、露骨に舌打ちするオトハ。彼女は大変御立腹だった。
まあ、それも当然だろう。彼女は互いの必殺の奥義をぶつけ合うような決戦を望んでいたのだ。だからこそ、挑発にも乗ったというのに――。
「見損なったぞクライン! お前があんな小手先の技に走るなんて!」
「いや、小手先っていうほど楽な技でもねえんだが……」
アッシュはポリポリと頬をかいた。
《黄道法》、構築系闘技――《十盾裂破》。
そんな技など存在しない。ただ不慣れな構築系で十枚の盾を作り、その場でピンと思いついたそれっぽい名前をつけただけだ。
それもすべて、オトハの愛機・《鬼刃》に必殺の刺突を放ってもらうためだった。
――結局、アッシュは力のぶつけ合いではなく、技を用いた策を選んだのだ。
あの激突の瞬間。《鬼刃》の刺突は次々と十枚の盾を貫いていった。
しかし、その代償に《鬼刃》の突進は、わずかではあるが減速したのだ。
そして「屠竜」の切っ先が《朱天》の右手に触れた時、外へと右手を大きく払い、刺突の軌道をずらしたのである。わずかに減速していたからこそ出来た技だった。
そうして「屠竜」が右腕を切り裂いてゆく中、《朱天》は右手を払ったことで連動した左の拳を《鬼刃》の側頭部に叩きつけたのだ。
変則的だがカウンターである事に違いはない。その威力は絶大だった。横からの衝撃に《鬼刃》の頭部、胸部装甲は弾け飛び、そのまま吹き飛んで大樹に激突した。
そして――今に至るのである。
「~~~~ッ! くそうッ! 何故だ! 何故あんな技に頼った! 別に《虚空》でもよかったじゃないか!」
「いや、まあ、そう言われるとなあ……」
アッシュは返答に困った。
実は《虚空》を使う選択肢を考えなかった訳じゃない。
今は工房の主人をしているとはいえ、自分もかつては「戦士」だ。オトハが激怒する理由も分からなくもない。
しかし、《虚空》を使った場合、恐らく勝負は五分五分になる。
対し、《十盾裂破》ならば、見極めに失敗しない限り勝率は100%だ。
アッシュとしては、最も勝率の高い手段を選んだだけなのだが……。
(う~ん。一応考えてた言い訳をしてみるか)
「……なあ、オト」
「む、何だ」
やたらと不機嫌に返すオトハ。
久しぶりに見る「銀嶺の瞳」も合わさり少し怖い。
アッシュは慎重に言葉を選びながら、口を開いた。
「あのな、俺、こないだデタラメな速度で飛んでくる槍の穂先を《虚空》で殴りつけたことがあったんだけどさ。その時、ふと思ったんだよ」
「……? 何を思ったんだ?」
怒り心頭でも一応会話に乗ってくるオトハ。
アッシュは少しだけ躊躇った。いくら大らかな――脳筋的とも言う――思考を持つオトハでも、果たしてこれに納得してくれるだろうか。そんな不安がよぎる。
とは言え、他の言い訳も思いつかないので、アッシュはやむえず先を続けた。
「……あのさ、俺は悟ったんだよ。いくらなんでも突っ込んでくる刃物の先端に、拳を叩きつけるのはアホのすることだって」
シン――と、場が静まった。
オトハは何も言わない。アッシュの頬が少々引きつる。
これはまずったかもしれない。金属製の鎧機兵に刃物もくそもない。むしろ鉄の拳の方が有利な可能性がある。流石にこの言い訳には無理があったか。
と、後悔し始めた時だった。
唐突に、オトハはわなわなと震え出し、
「ク、クライン……お前凄いな。それには気付かなかったぞ……。そ、そうか、剣に拳をぶつけるのはアホのすることなのか……」
と、呆然とした様子で呟いている。
「……オ、オト……?」
思わずアッシュは言葉を失った。どうやら彼女は想像以上に脳筋らしい。
ともあれ、納得してくれたのなら、それに越したことはないか。
「ま、まあ、そういうことなんだよオト」
「むむ。確かにそういうことなら仕方がないか」
オトハは、はあっと嘆息し、
「何にせよこの勝負、私の負けだ。クライン。早くエマリアの元へ行ってやれ」
潔く負けを認め、アッシュに先へ行くよう促した。
しかし、彼は何故か動こうとしない。
「……? どうしたクライン?」
オトハは首を傾げた。すると、アッシュはかぶりを振り、
「あのな、オト」
「な、何だ? いきなりそんな真剣な顔で近付いて―――えっ」
思わず困惑の声をもらすオトハ。が、それも仕方がない。
なにせ、無造作に近付いてきたアッシュが大破した《鬼刃》の操縦シートに座っていたオトハをいきなり抱き上げたのだ。それも荷物でも担ぐように肩に乗せてだ。
オトハの頬が赤く染まる。
「な、何をする! 離せクライン!」
「こ、こら! 暴れるなオト! さっきから胸が当たってるぞ!」
「む、むねっ!? へ、ヘンタイッ! お前、いきなり何を――ハッ!」
そこでオトハは愕然とした。
「こ、これはまさか、あれか? あれなのか? 要するに私は戦利品として持ち帰られるのか? その、わ、私はお前の子を産めばいいのか……?」
「何だその発想!? 俺はどこの蛮族なんだよ!? ったく、はあ……」
アッシュは一度深い溜息をもらした後、オトハを担いだまま《朱天》に戻り、彼女を操縦シートの奥に乗せる。オトハはただキョトンとしていた。
「……ク、クライン?」
「あのな、オト」
アッシュはジト目で告げる。
「ここは樹海のど真ん中なんだぞ。それも凶悪な魔獣どもがウジャウジャいるような場所だ。《鬼刃》があんな状態なのに、そんな危ねえ所にお前を置いていけるか」
「そ、それは……」
アッシュの指摘に、オトハは言葉を詰まらすが、しばらくすると表情を拗ねたようなものに変えて、ぽつぽつと呟き始めた。
「わ、私は『戦士』だ。サバイバル術ぐらい心得ている。お前はエマリアやフラムが心配なのだろう? だったら、私に構わずさっさと行けばいい……」
対し、アッシュは深々と嘆息する。
「あのな、そりゃあ、俺にとってユーリィとサーシャは『守るべき者』だ。優先すべき子達だ。けど、だからといってお前を見捨ててもいい訳がないだろ」
アッシュはさらに言葉を続ける。
「俺にとってお前は『共に戦う者』だ。『守るべき者』とは違うかも知んねえけど、絶対に失いたくねえ人間だってことには変わりねえんだよ」
「ク、クライン……」
どこか感無量といった表情でオトハはアッシュの名を呼ぶ。
そして、そんな彼女にアッシュは自分の意志をはっきりと告げた。
「オト。俺はお前を失いたくねえ。だから、お前が嫌がっても連れていくぞ」
その台詞を聞いた瞬間、オトハの鼓動は跳ね上がった。
それはある意味、彼女がずっと聞きたかった台詞でもあった。
溢れんばかりの歓喜に身体は微かに震え、胸はドキドキと高鳴る。
嬉しい。たまらなく嬉しかった。
顔が火照っていくのがはっきりと分かる。
(うわぁ……うわわわ)
そして一気に感情は高まり気付いた時には、オトハは叫ぶように返答していた。
「――は、はいっ! ついて行きます! 今度こそ!」
「お、おう? そうか」
そんなオトハの謎の勢いに圧されたアッシュだったが、すぐに怪訝な顔をして、
「……けど、なんで敬語なんだ? それに『今度こそ』って?」
と、素朴な疑問を口にする。
すると、ようやくオトハはハッと我に返り、
「な、何でもない! そ、それよりもさっさと行くぞ! 早くエマリア達と合流したいんだろう!」
何かをごまかすようにアッシュを促す。
アッシュはいまいち釈然としなかったが、急いでいるのも事実だ。「ああ、そうだな。急ぐか」と返すと自身も《朱天》の中へ搭乗した。
元々鎧機兵は一人乗り用なので、大人が二人乗るとかなり狭い。
まあ、背中にぎゅむうと押し当てられたオトハの豊かな双丘の感触は結構役得ではあるのだが、今は堪能――もとい、気にしている暇などない。
「さて《朱天》。もう少し頑張ってくれよ」
言って、アッシュは機体の異常を精査する《星系脈》を起動させた。
そして左側面に出てきた数字付き人型図をまじまじと確認し、渋面を浮かべた。
「うわあ、全身が真っ赤で、しかも恒力値が千五百以下って……やっぱ《朱焔》の全開放には無理があったか……」
と、呻くアッシュに、オトハがふふんと鼻を鳴らす。
「私の《鬼刃》と戦ったのだぞ。当然の結果だ」
「自慢げに言うな。くそ、どうすっか。騙し騙しで動かすしかねえのかなあ」
と、その時だった。
一瞬、アッシュの視界にキラリと輝くものが、飛び込んできた。
(……ん? ありゃあ、確か……)
アッシュはしばし思案する。
正直、あまり得意ではないのだが、そうも言ってはいられないか。
(おし。決めたぞ)
アッシュは決断するとオトハの方へ振り向き、
「なあ、オト」
「ん? 何だ、クライン?」
キョトンと首を傾げるオトハに、アッシュはおもむろに口を開く。
「さっきの戦利品の話なんだけどさ。やっぱ貰うことにするよ」
「…………は?」
「まあ、勝負には勝ったんだし、戦利品は貰うべきだよな」
と、アッシュは平然とした口調でそう告げた。
その唐突な宣告にオトハはしばし呆けていたが、次第に目を見開いていき、
「……な? なななっ!?」
と、驚愕の声を上げるのだった。
なお、彼女の肌が首筋まで真っ赤になっていたことは言うまでもない。
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