エピローグ

第31話 エピローグ

 二週間後のある昼下がり。クライン工房二階の茶の間にて、アッシュ、ユーリィ、サーシャの三人は、事件のあらましについて話し合っていた。

 

 アンディ=ジラール事件。

 今回の件は、そんなひねりもない名前が付けられたらしい。

 

 あの後、ジラールは、第三騎士団に身柄を拘束されることになった。

 容疑は未成年者略取及び、「ラフィルの森」の大規模破壊活動。ちなみにアッシュが穴だらけにした街道も、何故かジラールの罪になった。


 ……しかし、その罪状の中に、《黒陽社》に関わるものはなかった。

 ジラール家と《黒陽社》の繋がりは、第三騎士団団長に告げていた。

 事態を重く見た騎士団長は任意同行でジラール家当主、ゴードン=ジラールに事情聴取を行うが知らぬ存ぜぬの一点張り。どうにも捜査が混迷し始めた矢先、別の事件が起きた。


 《黒陽社》に貸し出していたジラール家の工場で、大火災が起きたのである。

 火災の原因は放火だった。露骨なまでの証拠隠滅だが、火災の件を知ったゴードンの茫然自失の表情からすると、彼は本当に何も知らないようだった。


 その後、結局、《黒陽社》に関わるものは、この国からまるで煙のように消えてしまい、この件に関わる調査はそこで手詰まりとなってしまった……。


 その結果を騎士団長から聞いた時、アッシュは苦虫をかみ潰すような思いをした。

 放火の実行犯は、恐らく《黒陽社》のあの二人だろう。

 あの闘いから三日後のこと。

 アッシュは歩ける程度に修復した相棒に乗って、再び「ラフィルの森」にまで赴いていた。あの時破壊した二機の鎧機兵を回収するためだ。

 

 ――《黒陽社》の最新鋭機。調査しておいて損はない。

 だが、訪れた場所には、戦闘の痕跡はあったが機体の残骸は欠片もなかったのだ。


 あの時、連中の死亡をいちいち確認する気にもならなかったので、そのまま放置したのだが、それがまずかったようだ。


(……まさか、証拠を根こそぎ消して、すぐさま撤退するとはな)


 完全に後手に回ったのは口惜しいが、今更どうこう言っても仕方がないだろう。

 ともあれ、アンディ=ジラール事件自体は無事解決したのだ。


 今回の件を簡単にまとめると、サーシャを《星神》と勘違いしたジラールが彼女を拉致して『ラフィルの森』の別館に監禁。サーシャは隙を見て自力で脱出し森へと逃げ込むが激怒したジラールは隠し持っていた最新鋭の鎧機兵でサーシャの後を追う。


 そして森林を破壊しながらサーシャへと迫るジラールの前に、彼女を捜索していた第三騎士団が現れ、激戦の末、ジラールの捕縛に成功する――といったものだった。


 この第二の故郷で平穏を望むアッシュは、騎士団長に交渉し、今回の件に細工をしてもらったのだ。事件の被害者であるサーシャのことだけは、騎士団長にもどうしようもなかったが、どうにかアッシュとユーリィの関与については隠してもらうことが出来た。


 結果として大きな借りを作ってしまうことになったが、それも仕方がない。

 なにせ今回の事件は、すでに国中に広まっているのである。


 この国では滅多にない《星神》に関わる事件。話題にならないはずがない。

 騎士団長の話では、ジラールの罪状自身は、従来ならそこまで重くはないのだが、今回の事件はその知名度も考慮し、特例として相当重い処罰になるらしい。


 父親であるゴードンは「横暴だ」と喚いているらしいが、アッシュは鼻で笑う。

 危うく大量虐殺が起きる寸前だったのだ。重罰は当然だろう。


 それに何よりもユーリィとサーシャを傷つけたことは、到底許せる事ではない。

 とは言え、相手が牢獄の中にいては殴ることさえ出来ない。だからこそ、せめて重罰になってくれないと納得がいかないのだが……。


「まあ、あの野郎の処罰はもう団長のおっさんにでも期待するしかねえしなあ」


 アッシュは気持ちを切り替え、サーシャへと視線を向ける。卓袱台越しに座る彼女はヘルムを脱いでいて、その銀色の髪を惜しげもなく晒していた。


「……結局、メットさんが、ハーフってことも知れ渡っちまったな」


「別に構いませんよ。四六時中、ヘルムをかぶるのは結構しんどかったですし」


 言葉とは裏腹に、サーシャは両手で抱えたヘルムを愛しそうに撫でる。

 その仕草を、アッシュは穏やかに見つめていた。


 しかし、サーシャの細い指先がヘルムの真新しい凹み傷に触れた時、


「あっ、そういや大丈夫なのか? あの時、なんかすっげえ音がしてたけど」


 と、つい訊いてしまった。ピシリ、とサーシャの笑顔が固まる。

 そして顔色がどんどん青ざめ、最後には左側頭部を手で押さえて震え始めていた。

 一方、アッシュの隣に座るユーリィは無言で、ずずっとお茶をすすっている。

 

 それはおよそ一時間前。工房前でのこと。

 サーシャとユーリィは、アッシュとの同居について最終討論を行っていた。

 アッシュはやはり傍観者を決め込んで、遠目から彼女達の様子を見守っていた。

 

 議論自体はユーリィの方が優勢だったようだ。

 淡々と持論を語るユーリィの前に、サーシャは完全に呑まれていた。


 が、不意にサーシャがフッと笑う。

 怪訝な顔をするユーリィの前でサーシャは頬を赤らめながら両手で自分の肩を掴み、まるで仕草をした。

 その上、何やら「どやぁ」といった感じの笑みを浮かべている。アッシュは不思議そうに首を傾げたが、ユーリィの方は、何故か表情が消えていき……。


 ――ドンッ!


「へ? はあ!? ユ、ユーリィ!?」


 アッシュは度肝を抜かれた。完全に無表情となったユーリィが、いきなりサーシャの左側頭部めがけて上段蹴りを喰らわせたのだ。その速さはまるで閃光だ。


 安全靴で補強された蹴撃はサーシャを勢いよく半回転させ地面に叩きつける。ヘルムの少女はくの字となって倒れ込んでしまった。ぐったりとして動く気配がない。


 ユーリィは「よし」と呟くと、驚愕で凍りつくアッシュに向けて告げる。


「――ふう。やっとメットさんを説得出来た。これからも、アッシュとずっと一緒に暮らしてもいいって言ってくれた」


「いや!? メットさん絶対そんなこと言ってねえだろ!? 今ぶちのめしたし!?」


 思わずツッコミを入れるアッシュ。

 すると、ユーリィは不満そうに唇を尖らせて、


「……何? アッシュも天罰いる?」


「いらねえよ! つうか、天罰って……、メットさん、一体何をしたんだ……?」


 ユーリィは何も答えない。

 話は終わりとばかりに工房の奥へと消えていくだけだった。

 アッシュは唖然としつつもとりあえず昏倒しているサーシャを看護する事にした。


 鉄製のヘルムを少し凹まされた少女は、完全に白目を剥いている。

 ……どうやら聖骸化を経て、足技はユーリィの必殺技へと昇華されたらしい。




「そ、その件はもういいですよ。少し卑怯かなって思っていましたし……」


 ちらちらと怯えた瞳でユーリィを見つめた後、サーシャは「それよりも」と言って立ち上がり、二人に外へ出るよう促した。

 そして工房の外まで出ると、サーシャは腰に差した短剣を抜刀する。

 その刀身の状態に、アッシュは眉をしかめた。


「……そいつは随分とひでえ状態だな」


「……はい。色々バタバタして、今まで持ってくることが出来なくて」


 続けてサーシャは、ひびだらけの短剣を正眼に構えて、愛機の名を呼ぶ。

 彼女の前方に転移陣が現れ、そこからは――。


「うわぁ……。ひでえ……」「これは、ちょっとかわいそう」


 ただ登場しただけで同情されるほど、《ホルン》の状態は酷かった。

 一言でいえば、腰より上がないのだ。

 両腕も胸部装甲も、もちろん頭部もない。

 かろうじて残っている両足も明らかに関節の向きがおかしい。職人が百人いたら、百人とも買い直せと告げる損傷レベルだろう。

 

 サーシャはすがるような瞳で、アッシュの顔色を窺う。


「あの……直ります? 《ホルン》は祖父から貰った大切なパートナーなんです」


「う~ん、直せねえ事もねえだろうが、正直買い換えるより金がかかると思うぞ」


 サーシャの琥珀色の瞳に涙が溜まる。

 実は、今回の事件でサーシャの家の借金は、なし崩し的になくなっていた。

 元々違法に近い借金であったため、騎士団長が手を回してくれたのだ。数ある不幸の中で、唯一良かった結果である。


 しかし、それでもフラム家が裕福ではないことに変わりない。

 当然、鎧機兵が購入出来るほどの金銭的余裕があるはずもなかった。

 もはや泣き出す寸前の愛弟子に、アッシュは苦笑して頬をかく。

 ――やれやれ、仕方がないか。


「まあ、うちなら低予算で何とかなるよ。ユーリィの力もあるしな」


「うん。私が所々で《願い》を叶えれば、きっとそんなにお金はかからない」


 二人の言葉に、サーシャの表情は一瞬輝く――が、


「で、でもユーリィちゃんの力って、そんな簡単に使っていいんですか?」


 と、不安げに尋ねる。アッシュはユーリィと視線を交わした。笑みを浮かべて頷くユーリィの頭をくしゃくしゃと撫でながら、アッシュは答える。


「個人的には、あんま使いたくはねえんだけど、まあ、ユーリィ自身がそうしたいって言うんなら構わねえよ。……ただし、あくまで普通の《願い》程度ならな」


 そして、ユーリィが《星神》としての言葉を付け加える。


「結局、私達、《星神》が《願い》を叶えるのは、《願い》を持つ人を助けてあげたいと思うからなの。……私はメットさんを助けてあげたい」


 ユーリィの言葉に、思わずサーシャの目頭が熱くなる。

 とりあえず友情の証として側頭部の痛みは忘れることにした。サーシャは気持ちを切り替え、改めてアッシュ――クライン工房の主人を見つめる。


「……えっと、それじゃ、《ホルン》の修復、お願い出来ますか?」


 アッシュとユーリィは、お客様に笑顔を向けると、声をそろえて歓迎した。


「「クライン工房へようこそ!」」



                                    

 第1部〈了〉

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