第27話 夜の女神と、星の騎士③

 ――ドンッ! 


 光の騎士が繰り出した延髄蹴りを《朱天》は右腕の手甲で受け止めた。大地を踏みしめた黒い巨人の左足がわずかに沈み込む。

 騎士はさらに連撃を加える。巨体とは思えぬ俊敏さで胴、貌、肩を狙って華麗な足技を撃ち出す。《朱天》は両腕を巧みに動かしその猛攻を凌いでいた。


 攻防のたびに轟く砲撃のような炸裂音。明らかに《朱天》は劣勢に立たされていた。こうも足技ばかりを繰り出されては、リーチの差から手が出せない。


 それを勝機と捉えたのか、光の騎士が大技に入る。一度後方に跳躍し間合いを確保。そして前転で加速させた大技――胴回し蹴りを放つ!


 それに対し、《朱天》は両腕を十時に組んで天に構える――が、


 ――ズドンッッ!! 


(や、やべえェ、こいつは――)


 ギシギシギシッ――と悲鳴を上げる両腕。ゾッとする危険を感じたアッシュは、攻撃を受け止める防御から、荷重を受け流す回避へと対応を切り替えた。


 使うのは《衝伝導》。両腕の荷重は恒力の流れに乗って、足から大地へと注ぎこまれる。《朱天》の両足を中心に幾つもの亀裂が地表を走り抜け、大地を打ち砕いた。


 黒い巨人の周辺は、瞬く間に地表の欠片で埋め尽くされる――。

 アッシュは舌打ちした。

 こんな攻撃を受け続けては《朱天》といえど長くは持たない。

 

 だからこそ――攻勢に出る!

 

 グウオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!!

 

 《朱天》が雄々しい咆哮を轟かせた。裂帛の気迫を放つ黒い巨人に、危機を察した光の騎士は間合いを取ろうとする。――が、《朱天》は逃さない!

 騎士の右足を両手で捉え、背負いながら地面に叩きつける!


 《光星体》の顔面が地にめり込んだ。さらに《朱天》は足を掴んだまま巨体を反転。追従して騎士の頭部が地を削った。そのまま徐々に遠心力をつけ、《朱天》はほぼ真上へ向けて光の騎士を放り投げた。


 勢いよく宙を飛ぶ光の騎士。それを見据え《朱天》は右の拳を腰だめに構える。

 そして、ギシリと拳を鳴らし、


 ――ドゴンッッ!! 


 落下してきた光の騎士の胸板に、漆黒の拳を炸裂させた!

 恒力値・五万六千ジン。その威力たるや攻城兵器にさえ匹敵する。ビシリッと《光星体》の胸板に亀裂が入り、次の瞬間、その巨体をかき消した。

 吹き飛ぶ速度があまりに高速だったため、まるで消えたように見えたのだ。

 遥か前方の地面に叩きつけられる光の騎士。――が、漆黒の拳の威力はなお留まらない。

 

 騎士の体はそのまま大地を削る。

 岩土を砕く音が絶えることなく鳴り響き、砂塵が直線上に舞い上がった。数秒間に渡り続いたその轟音は、砂煙と共にようやく風に散る。


 すると、その場所には一人の少女が倒れていた。 

 《光星体》が解けたユーリィの姿だ。


『――――ッ!』


 アッシュは思わず息を呑む。横たわる少女の腹部には大きな裂傷があった。恐らく《朱天》の拳が《光星体》を貫き、彼女にも直撃したのだろう。

 すでに治癒を始めているようだが、あまりにも痛ましい傷跡だ。


(……ユーリィ。ちくしょう、やっぱ全力で挑めばこうなっちまうのかよ)


 手加減すれば殺される。本気でやるしかない。

 たとえ傷を負わせたとしても、《聖骸主》の治癒力ならたやすく治るはず。そう分かっていても、傷ついたあの子の姿はアッシュの心に耐えがたい苦痛を与える。


 出来るものならば、今すぐあの子の元へと駆けよりたい。

 しかし、その想いを振り払うように、アッシュはかぶりを振った。

 サーシャが今頑張っているのだ。

 師である自分が、ここで負ける訳にはいかない。

 

 アッシュは血が滲むほど唇を強くかみしめ、再び黄金の少女を凝視する。

 ――彼女は、すでに立ち上がっていた。

 幽鬼のようにゆらゆらと揺れる少女は、右手で自らの腹部に触れる。


 そして、血に染まった手を見つめて……。


「――――――――――――――――――――――――――――ッ」


 初めて傷を負わされた少女は、言葉ではない声を上げた。

 その叫びに、宙に漂う千を超える銀の星が一斉に黄金の少女の頭上へと集う。

 それは、まるで夜空に浮かぶ銀河のようだった。

 アッシュの顔に緊張が走る。――接近戦は危険とみて、遠距離戦に切り替えたか!


 今まで彼女が一度に操った星の数は数十程度。しかし今回は違う。まさに掛け値なしの全力だ。そして星々は煌めき、銀河の奔流は黒い巨人に牙を剥く。

 攻撃範囲は、およそ半径百セージル。どこにも逃げ場などない絨毯爆撃だ。

 咄嗟に《朱天》は両腕を交差させ、防御態勢をとるが、


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ――!! 


 地響きの如き轟音が、黒い巨人を飲み込んだ!

 まるで窓ガラスを打つ豪雨のように、災厄の星々が《朱天》と大地に降り注ぐ。

 凶悪なまでの圧力に身動きさえとれない。――まずい、押し潰される!


『――《朱天》ッ! 三本目を開け!』


 その絶叫と同時に、《朱天》の三本目の角が、紅い光に包まれる。

 大幅に恒力値を上昇させた《朱天》は両腕で前面の星々を薙ぎ払い、さらに間髪入れず数千ジンもの恒力を全方位へ向けて解き放った。

 《天鎧装》――。《ホルン》の機能であるそれをアッシュは技量のみで再現した。

 恒力による衝撃波はドーム状に走り抜け、銀河の奔流にわずかな停滞を生み出す。


 その間隙に《朱天》は動いた。右へと向かって《雷歩》を解き放つ。機体への被弾を一切気にせず、さらに一歩、もう一歩と雷を呼び続ける。

 そうして《朱天》は転がるように、銀色の嵐の領域を突破した。


 両手をつき獅子のように身構える黒い巨人。

 三層まである装甲は、無数の弾創により第二層まで破壊され所々崩れ落ちてはいたが、どうにか致命的な損傷だけは免れたようだ。ふうっと大きく息を吐き、アッシュは眼前で銀河の奔流が収まっていくのを見届けた。


(――どうにか凌げたか。だが、これでもう三本目かよ。流石に強えェ。出来ればまだ最後の《朱焔》だけは残しておきてえんだが……)


 今や《朱天》の四本ある角の内、三本は鬼火のような真紅の光に包まれている。

 

 ――そう。この四本角の名前こそが《朱焔》だった。大層な名ではあるが《朱焔》とは結局のところ、ただの――外付け動力炉である。

 

 通常、恒力の供給は機体の腹部に収められた《星導石》が行う。

 それは《朱天》も例外ではない。それどころか《朱天》――《七星騎》には《極光石》と呼ばれる極めて稀少な、S級の《星導石》が使われていた。

 

 その恒力値は三万五千ジンを超える。A級の《星導石》で最高品質のものでも一万八千ジン前後であることを考えれば、《極光石》はまさに破格の石だった。


 ――だが、アッシュはその恒力値でも満足出来なかった。


 《彼女》と戦うには、それでも不充分だったのだ。そこで創り上げたのが、A級の《星導石》から加工した四本の角――《朱焔》である。


 《朱焔》は一本につき、九千ジン前後の恒力を供給出来る。

 四本合わせれば、三万六千ジン。

 要するに、アッシュは無理やり恒力値を倍近くまで上乗せしたのだ。

 だが、こんな馬鹿げた仕様には当然欠陥があった。


 許容を超えた恒力値は機体に異常な負荷をかける。恒力値が上がるほど人工筋肉は軋みを上げ、操鋼糸は高熱を発した。大出力に操作も格段に難しくなっていく。


 そして何よりもすべての《朱焔》を解放した時、その問題は最も顕著に現れ出た。

 アッシュは、かつて最後の《朱焔》を使った時のことを思い出す。

 そうだ。確かあの時は――。


(……いつも無愛想なお前が、大泣きしたんだよな……)


 懐かしむように眼前の少女を見つめる。しかし、《聖骸主》となった彼女には当時の面影はない。そのことが深く心に突き刺さる――が、どうやら感傷に浸る暇はないようだ。

 治癒が完了した――それこそ、ドレスごと復元した黄金の少女が、小さな右手を天へとかざした。彼女の意志に呼応して満月が淡く光り出し、そして――。


『……ああ、なるほど。そうやって星を作ってたのか』


 宙に浮いた岩や木が圧縮されていくのを見据えながらアッシュは状況を分析する。

 星々を補充されると厄介だ。先程の突破はそう何度も出来るものではない。ここは何としても妨害すべきだろう。――だが、アッシュは躊躇った。

 今までアッシュが容赦なく攻撃出来たのは、相手が《光星体》だからこそだ。

 しかし今、ユーリィは《光星体》を纏っていない。

 流石に《天蓋層》の方は纏っているとは思うが、《朱焔》を三本も解放した《朱天》の攻撃を防ぎきれるかは疑わしい。


(……ここは《穿風》で牽制するか? いや、それもまずいか。《穿風》だってかなり威力が上がっている。下手すりゃあ、またユーリィを傷つけちまう……)


 どうすれば、と悩み続けるアッシュ。

 そしてその間もどんどん星は生まれていき――。

 結局、彼は一歩も動けず、みすみす銀の星を補充する時間を与えてしまった。


(……何やってんだよ、俺は……)


 何も出来なかった。戦士としては最低の結果である。

 苛立ちについ舌打ちするが、自分の間抜けさだけに仕方がない。ともかく、新たに生み出された星々に対応するために、アッシュは上空を見上げ――唖然とする。


(……な、に……?)


 突如、星々が一斉に四方へと拡散し始め、瞬く間にこの場から消え失せてしまったのだ。

 不可解な状況に訝しむアッシュ。

 意図を探るため、今度は少女へと視線を移し――。


『ッ! ユーリィ!』


 その光景に、思わず目を瞠った。

 黄金の少女が、突然苦しそうに顔を歪め、右手で胸を押さえていたのだ。

 さらに異常は続く。彼女の黄金の髪が明滅し、しかも、闇夜のドレスが右手で押さえる胸のあたりから、徐々に淡い桜色へと変色し始めたのである。


 ――まさか、まさか! これはッ!


『……やったのか……やり遂げたのか! サーシャ!!』

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