第5話 初めてのお客様②
「う~ん。ちょいやりすぎたかな? まさか、あんな勢いよく飛んでいくとは……」
落下の衝撃で四肢がひしゃげた鎧機兵を見て、アッシュは少しだけ反省した。
気まずげに頬をかくアッシュだったが、ふと近づいてくる空色の髪の少女の姿に気付き――顔が引きつった。彼女の目が据わっている。
まずい。あれは不機嫌モードだ。
「あなたの頭カラッポなの? せっかく念押ししたのに……。天罰いる?」
「い、いや! でもこんぐらいは許容範囲だろ。死なねえ程度には手加減したし!」
自己弁護をするアッシュに対し、ユーリィは呆れた瞳で周囲を見渡す。
アッシュもつられて視線を移した。
静寂に包まれていた大通りには、ざわめきが生まれつつあった。
今はまだ小さいが、観衆の声は徐々に熱を帯びてきている。
いずれ好奇心が爆発するのも時間の問題だろう。アッシュは溜息をつき、ユーリィへと相棒の右手を差し出した。
「ユーリィ。相棒の右手に足を乗せろ。このままここにいるとやべえ気がする。逃げんぞ」
ユーリィはこくんと頷く。元よりそのつもりで近付いたのだ。
相棒の右腕でユーリィを抱えたアッシュは、人の囲いが薄い場所を探すため、周囲を見渡し――ふと彼の姿が目に留まった。アッシュが助けたヘルムの候補生だ。
腰でも抜けたのか、今はまるで女の子のような格好で地面に腰を下ろしている。
少年の姿を見て、アッシュは少し考えた。彼をこのままここに残していくのは不憫な気がしたのだ。とりあえず、相棒の空いた左手を差し伸べてみる。
「おい! 兄ちゃん! 俺達と一緒に行くか?」
『へ? 一緒に行くって?』
相変わらずヘルムのせいで、くぐもった聞こえにくい声をしている。少しばかり不快にも思ったが、アッシュはとにかく用件だけを伝えることにした。
「お前もここに残っても面倒なだけだろ? なら俺達と一緒に逃げるか?」
ヘルムの候補生は一瞬キョトンとしていたが、すぐに状況を察し、まるで壊れた人形のように首を縦に振る。そしてあたふたと黒い機体の左手に片足を乗せ、腕にしがみついた。
「おし! 二人とも、しっかり掴まっておけよ。跳ぶぞ!」
『と、跳ぶって?』
ヘルムの候補生の声を無視して、アッシュは操縦棍を通じて相棒に飛翔の意志を伝えた。
それに応え、黒い鎧機兵は両足の膂力を解放する。
『へ? な、何? ひ、ひやあああああ!?』
本日三度目の奇声が響く中、黒い鎧機兵は飛翔した。人の囲いを軽々と跳び越えて、盛大な音を立て着地する。続けて二人の人間を抱えたまま駆け出した。
そうして、黒い機体は唖然とする観衆を置いて消えていったのである。
「よし。ここまで来たら、もう大丈夫か」
アッシュは人気のない路地裏で停止すると、相棒の両腕を地面へと下ろす。
ユーリィは軽やかな足取りで着地するが、騎士候補生は腰が砕けたようにへなへなと倒れていった。
そんな対照的な二人の様子がおかしくて、アッシュは口元を緩めてしまう。
ともあれ、二人とも無事で何よりだ。
安心したところでアッシュは相棒から降りると、ハンマーで相棒の右腕を軽く叩きすぐさま離れる。すると機体の足元に転移陣が現れ、相棒は静かに沈んでいった。
これで黒い鎧機兵は待機座標――クライン工房へ一足先に戻ったはずだ。
感慨深く相棒を見送ったアッシュ。が、そこで驚愕の事実に気付いてしまう。
「しまった! さっきの場所で店の宣伝をすりゃあ良かったんだ!」
「……やっぱり天罰いる?」
「ま、待て! 話せば分かる――ってか、はあ、マジで失敗したよなぁ」
さっきの人数、場所、何より注目度は、まさに宣伝の絶好の機会だったのだ。
アッシュは力なく呻いた。
調子に乗って本来の目的を見失うとはなんという体たらくだ。
ユーリィも自分も気付かなかった落ち度からか、それ以上は何も言わない。
しばし重い静寂が場を包む。――すると、
『あ、あの、助けて頂いて、ありがとうございます』
助けたヘルムの候補生が頭を下げてきた。アッシュはパタパタと手首を振り、
「……ああ、別に気にする必要はねえよ。それより兄ちゃん。今後は街中で鎧機兵を使うようなアホな真似はやめんだぞ」
『へ? に、兄ちゃん? いえ、えっと、私は……』
アッシュに叱られ気落ちしたのだろうかヘルムの少年は途中で黙りこんでしまう。
そんな彼に、あまり人と関わりたがらないユーリィが珍しく励ましの言葉を送る。
「あなたは悪い事はしていない。アッシュの言う事は気にしないで。だから――」
そこでユーリィは、少年の手を握りしめ、
「メットさんは、これからも面白い生き様を見せてくれたらいい」
『メットさんって誰!? 面白い生き様って何!?』
「……おいおい、もしかして宿星の話って本気だったのか? ユーリィ」
アッシュは「まったく」と呟きながらユーリィの頭を優しく掴んで、この場から去るために歩くことを促す。このままでは、このヘルムの候補生――ユーリィに「メットさん」と命名された少年が、もっと悲惨な目に遭うような気がしたのだ。
ユーリィは少し不満そうだったが、結局、アッシュの意志に従った。
そして背を向け歩き始める二人。
が、その様子に、残された少年が慌てて声をかけてきた。
『ちょ、ちょっと待って下さい! まだ、お礼もしていません!』
「さっきも言ったが、気にする必要はねえよ。兄ちゃん」
「私もメットさんには、充分楽しませてもらった」
アッシュとユーリィの言葉に、何故か少年は大きく身体を震わせる。
アッシュ達は訝しげに眉根を寄せた。
すると、ヘルムの候補生は憤慨した声で言い放つのだった。
『わ、私は兄ちゃんでもなければ、メットさんでもありませんよ! 私の名前はサーシャ=フラム! れっきとした女ですよ!』
◆
アッシュ達三人は、そろそろ小腹が空いたこともあり、サーシャに誘われるまま同じ市街区内にある大衆食堂に入ることになった。
《獅子の胃袋亭》――。
中々勇ましい名前のその店は、彼女の行きつけの食堂らしい。
店に入ると少し薄暗く、カウンターで店主が黙々とグラスを磨き、やる気のなさそうなウエイトレスが大きな欠伸をしていた。食堂というより酒場を思わせる店内だ。
「ちょっと雰囲気は暗いけど、ここは安くて美味しいんですよ」
笑みを浮かべてサーシャは言う。
若干昼時から外れていたためか、比較的に空席が多い。ざっと見渡し、中央の丸テーブルが一つ空いていたので、その席で食事をとることにした。
気だるそうに近付いてくるウエイトレスを、少し待って欲しいと片手で制し、三人はそれぞれ席に着く。そして、サーシャはそこで初めて銀色のヘルムを外した。
(……へえ。こりゃあまた……)
改めて間近で見た彼女の容姿に、アッシュは少しばかり目を瞠る。
確かにサーシャは女性だった。それも驚くほど綺麗な顔立ちをしていた。
琥珀色の瞳に、栗色の細い眉と瑞々しい唇。あごまで覆う黒い頭巾を被っているため、髪形までは分からなかったが、彼女ならきっとどんな髪形でも似合うだろう。
サーシャ=フラムは、健康的なオーラを放つ十六歳の美しい少女だったのだ。
アッシュは自嘲気味に笑う。
――やれやれ、こんな綺麗な女の子を、男と勘違いするとは。
同じ女性であるユーリィの方は、サーシャの素姓に気付いていたのだろうか。
アッシュは空色の髪の少女に視線を向け――怪訝な表情を浮かべた。
「……ユーリィ? お前、なんでそんな切羽詰まったような顔をしてんだ?」
「……アッシュは黙ってて」
ユーリィはそのまま俯きぶつぶつと呟き始めた。
小声すぎて断片的にしか聞き取れないが、どうやら「これは手強い」とか、「関わり合いになったのは失敗かも」とか、「せっかくライバル達を一掃出来たのに」とか、そういう感じの言葉を呟いている。
……この子にも何か悩みがあるのだろうか?
何とかその悩みを聞いてあげられないものかと、アッシュが思案していたら、
「あ、あの、お礼なんですけど……」
サーシャが、おずおずと声をかけてきた。
アッシュは困ったように頭をかく。随分と律義な少女だ。
しかし、お礼と言われても本当に困る。
サーシャを納得させる何か良い案がないかと悩んでいると、アッシュの胃袋が補給を要求する小さな警告音を鳴らした。――ああ、これでいいか。
「お礼とか気にする必要はねえよ。まあ、どうしてもってなら、俺とユーリィにここの飯でもおごってくれりゃあいいさ」
すると、サーシャは慌てて、
「そ、それでは私の気が収まりません。それに実は、別に頼みたいことが……」
と、自分の台詞の途中でハッとして口元を抑えてしまう。
(し、しまっ! わ、私の馬鹿! お礼の話をしているのに何先走ってるのよ!)
羞恥で顔がみるみる赤く染まっていくサーシャ。
アッシュは眉をひそめ、
(……頼み事? 初対面の俺にか?)
眼前の少女を興味深く観察する。
詳しく訊いてみるべきかなと迷っていると、いつの間にか鬱状態から復帰していたユーリィが「頼み事って何?」と代弁してくれた。
その直球な問いかけに、意を決したサーシャは頷き、
「じ、実は、お礼とは別に、あなたに頼み事があるんです」
真剣な瞳で告げる。アッシュの口元に、ふっと笑みが浮かんだ。
お礼の話をされるよりも、こっちの方がよっぽどいい。
彼は出来るだけ不敵に見える表情を作り、サーシャに答えることにした。
「なるほど依頼か。いいぜ、話してみな。報酬によっては受けてもいい――ぐお!」
唐突に呻くアッシュ。彼の腹部にはユーリィの小さな拳がめり込んでいた。
ユーリィが凍えるような双眸で、アッシュに宣告する。
「あなたの頭カラッポなの? 私達に依頼の選好みが出来る訳がない。天罰いる?」
少女の冷たい瞳に、腹部を押さえながらアッシュは震えあがる。サーシャもつられるように硬直していたが、話の途中だったことを思い出し、
「あ、あの、話の続きをしていいですか?」
「お、おお、話の腰を折ってすまねえな……。続けてくれ」
サーシャは頷くと、緊張しながらも唇を開いた。
「……実は、私に鎧機兵の使い方を教えて欲しいんです」
その思いがけない言葉にアッシュは目を瞠り、ユーリィは得心がいったと首肯する。
「ああ、なるほど。アッシュの戦闘を見れば考えられる依頼。…………授業代は?」
「えっと、あまり出せないんですけど、これくらいで」
サーシャが口に出した金額は高くもなく低くもない、本当に妥当な金額だった。
ユーリィは少しだけ考え込んだが、すぐに首を縦に振った。
「分かった。この依頼引き受ける」
「待て待て待て待て!」
アッシュには納得出来なかった。ユーリィは何も分かっていない!
「ユーリィ、聞け! 俺はこの依頼に反対だ! 俺が見たところ、この子、笑えんぐらい弱っちいぞ! そもそも自分から槍を顔面に突き立てるような子をどうやって鍛えろって言うんだよ! いや、それだけじゃねえ――」
「アッシュ、アッシュ! それぐらいにしてあげて。彼女死にそうな顔で泣いてる」
と言って、ユーリィは立ち上がり、虚ろな瞳で涙を流すサーシャの頭を優しく撫でる。
少しだけ元気を取り戻したサーシャに微かな笑みを向けた後、ユーリィは真剣な面持ちで、アッシュの瞳を真直ぐ見つめた。
「メットさんはとても真剣に見える。だから、あなたも真剣に答えてあげて」
「え、あの、私の名前はメットさんでは……」
アッシュはあごに手をやった。
なるほど。ユーリィは彼女の真剣さを感じ取ったのか。
しばし熟考した後、アッシュはユーリィの真摯な言葉を重く受け止めた。
「メットさん、あんたに訊きたい。あんたはなんで強くなりたいんだ?」
「……メットさんは定着したんですか?」
がっくりと肩を落とすサーシャであったが、かぶりを振って気持ちを切り替えた。
今は彼の問いに対し、真剣に向き合うべき時だ。
サーシャは静かに黙考し――そして、言葉を紡ぎ出す。
「……あなたは《聖骸主》を知っていますか」
アッシュがピクリと片眉を上げる。
「……ああ、よく知ってるよ」
老いもせず食事も取らず、目的もないまま世界を彷徨い歩き人々を襲う存在。ある程度虐殺した後は、どこかに姿を消して一年ほど深い眠りに就き、目覚めてはまた人を襲う。ただそれだけを繰り返す。それが《聖骸主》だ。
まるで災害のような幽鬼達。
事実、多くの国において彼らは災害指定にされていた。
そんな《聖骸主》を憎み、恨む者達は多い。
聖骸化とは、《星神》が誰かのために自分を犠牲にすることで起きる現象だ。
たとえ自分の命を引き換えにしてでも誰かを救いたいと願った果てにある悲劇だ。
ゆえに、見る影もなく変貌してしまった《聖骸主》を憐れむ者や、または擁護する者も少なからずいるが、憎む者達の数よりは少数派だろう。
彼らは言う。《聖骸主》は無責任な連中の成れの果てだと。自己犠牲などの綺麗ごとで自分に酔い、どれだけ被害が出るのかも考えずに行動した愚か者だと。
辛辣ではあるが、そう思うのも当然だ。
特に身内を《聖骸主》に殺された者にとっては。
自己犠牲とは、言ってしまえば究極の自己満足だ。そんなことでとばっちりのように殺されてはたまらない。身内を殺され許せるはずがない。
だからこそ《聖骸主》を憎む者は多かった。その気持ちはよく分かる。
少なくとも自分に、彼らに対し何かを言う資格など絶対にない。
だが、それでも自分にとって《彼女》は――。
「……あの、どうかしましたか?」
不意に聞こえたサーシャの声に、アッシュはハッと息を呑む。どうやら考えごとに没頭していたらしい。隣ではユーリィが心配そうな瞳で見つめている。
アッシュは苦笑を浮かべ、
「ああ、悪りい。何でもない。話を続けてくれ」
サーシャはこくんと頷き、
「私の目標は、その《聖骸主》なんです」
「……目標? 《聖骸主》を倒したいってことか?」
この少女も《聖骸主》を憎む者の一人なのだろうか。
いささか悲観的になっていたせいか、ふとそんなことを考えた。
だが、アッシュの問いに対し、サーシャは首を横に振る。
「違います。私は――《聖骸主》を救いたいんです」
「…………は?」
アッシュはポカンと口を開けた。
しかし、そんな彼の様子に構わず、サーシャは言葉を続ける。
「……聖骸化をどうにかする方法は、正直まだ何も思いつけていません。ですが何にせよ、暴れる《聖骸主》を取り押さえるために強さは絶対必要になると思うんです」
そう語る彼女の瞳は、どこか悲しそうだった。
――が、すぐに力強い視線に戻ると、
「私は《聖骸主》を救いたい。だからこそ、力が欲しいんです」
真直ぐにアッシュを見つめ、自分の想いを最後まで告げた。
そして、ふうと大きく息を吐き、
(……と、馬鹿正直に言ってみけど、これで良かったのかな?)
サーシャは不安げな視線をアッシュに向け、その反応を静かに窺う。
一方、アッシュは、少女の答えの前に声もなく――ただ唖然としていた。
ユーリィもまた、目を見開いて驚いている。
(おいおい、何だよそれ。それじゃあ、まるであいつじゃねえか……)
思い起こすのは、アッシュの友人である彼女の笑顔。
サーシャの今の言葉は、その友人とまるっきり同じものだったのだ。
『うぬぬぅ、何よ悪い! それがアタシの夢よ! アタシはいつの日か《聖骸主》を救ってみせる!! それに対策だってあるのよ! 思うに聖骸化から救うには――』
不意によぎった友人の声に、思わず笑みが零れてしまう。
(……まったく。こんなに遠く離れていても、あいつは俺に関わってくんのかよ)
そして、友人と同じ夢を持つ少女を見つめて、
「はは、《聖骸主》を救うか……。これはまた随分と大きく出たな」
するとその言葉が気に入らなかったのか、サーシャが少しだけ頬を膨らませた。
そんな少女の様子に、アッシュは困ったように頬をポリポリと指でかく。
何ともはや、少し拗ねる所まであいつと一緒とは……。
「ははっ、そんなに怒んなよ。別に馬鹿にする気はねえからさ。ただ、少し昔の友達のことを思い出してな。あいつも同じようなことを言ってたんだよ」
「? 昔の友達ですか?」
サーシャが不思議そうに首を捻っていると、ユーリィが眉をしかめて、
「……………あんな無神経な人を思い出さないで」
(? 急にどうしたんだろ、この子?)
サーシャは、アッシュの言う自分と同じ夢を持つ《友達》のことが少し気になったが、ユーリィの機嫌が目に見えて悪くなっていたので話を流すことにした。
それにもっと重要なことがある。
「……あの、それで……どうなんでしょうか?」
アッシュはにやりと笑う。サーシャの答えは彼にとって想像以上のものだった。
「いいぜ、合格だ。鎧機兵の使い方、教えてやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
サーシャが満面の笑みを浮かべる。
そんな少女に、アッシュはやれやれと肩をすくめた。まさか、この国で弟子をとることになろうとは。世の中、何があるのか分からない。
ふと横を見ると、ユーリィもまた複雑な表情をしている。
(そういや、ユーリィの奴は、何故かあいつのことを嫌ってたしな)
もしかしたら、同じ夢を持つサーシャに対しても何か思うところがあるのかもしれない。
しかし、これからサーシャは弟子になるのだ。ここは仲よくしてもらわねば。
(――おし。なら、ここは俺がフォローしとくか)
「なあ、メットさん。それでこれからどうすんだ? いつから教えりゃあいい?」
場を和ますため、アッシュは大げさなぐらい陽気に尋ねてみた。
――が、予想に反し、サーシャはううっと呻いて、
「い、いきなりは無理です。私の鎧機兵……あんな状態ですし」
ああそっか、とアッシュがポンと手を打つ。
「はは、メットさんの鎧機兵、見事にぶっ壊されたもんな」
「……あうぅ。あれだと、多分修理には一ヶ月ぐらいかかるかも……」
すっかり意気消沈する彼女に対し、アッシュはまるで他人事のように言った。
「そっかそっか。じゃあ、教えんのはもう少し後からに――がっ!」
再び、アッシュの腹部に突き刺さる小さな拳。
「ユ、ユーリィ? い、いきなり何を……」
「……あなたの頭カラッポなの? あなたの本業は何? そこで他人事みたいな反応してどうするの。天罰いる?」
恐ろしいぐらい冷たい声と、ズキズキと痛む腹部。だが、その先程を上回る激痛は、アッシュに自分の本業を思い出させた。――そうだ。俺って職人だったんだ。
そして、サーシャは鎧機兵の修復を望んでいる。
「メ、メットさん。あんた、外装どっかに発注するあてはあんのか?」
アッシュの突然の剣幕に、サーシャは困惑しながらも正直に答える。
「い、いえ。ここまで損傷したのは初めてなので発注先を探す必要がありますけど」
サーシャの回答はまさに理想のものだった。アッシュとユーリィは視線だけで意志の疎通を行う。これは好機だ。何としてもモノにしなければならない!
「な、ならうちに発注しねえか? 俺達、街外れで鎧機兵の工房を開いてんだ!」
すかさずユーリィもたたみ掛ける。
「うちに発注すれば、修理の期間、アッシュの鎧機兵を使って指導も出来る」
二人の提案に、サーシャは彼らがつなぎを着ていることにようやく気付いた。アッシュのあまりの戦闘力に気を取られ、完全に失念していたのだ。
(う~ん。あまりお金はないんだけど……。ここで断るのは人としてまずいかなあ)
サーシャは少し考え込むが、二人の表情を見る限り断れる雰囲気ではない。
それにどちらにしろ、外装はどこかに発注しなければならないのだ。
だったら――。
「……分かりました。発注をお願いしたいと思います」
サーシャの言葉に、アッシュとユーリィは顔を見合わせる。そして二人は立ち上がり、パァンと互いの手のひらを叩いた。その表情は歓喜に彩られている。
「お、おおおお、や、やったぞ! お客様第一号だ!」
「うん! これでしばらくは、まともなご飯が食べられる!」
二人の尋常ではない喜び方に、サーシャの顔が引きつった。
「お、お客様第一号って……?」
アッシュとユーリィは、サーシャに笑顔を向けると、声をそろえて歓迎した。
「「クライン工房へようこそ!」」
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