第二章 初めてのお客様

第4話 初めてのお客様①

 アッシュ達は工房へ行くのをやめ、喧嘩見物へと切り替えることにした。

 鎧機兵同士の喧嘩という言葉に興味を抱いたのだ。


 農作業や物資の運搬、たまに馬の代わりに馬車を引くなど、多岐に渡って活躍する鎧機兵だが、その本質はれっきとした兵器である。そんなものが街中で喧嘩をするなど常識では考えづらい事態だ。興味がわくのも仕方がない。


(まあ、流石になんかの間違いだと思うんだが……)


 そして人の流れに乗ること十分。

 辿り着いたのは、両脇に三階建ての民家や店舗が軒を連ねる大通り。馬車が数台通れるぐらい広い道が三分の二も人垣で塞がれていた。


 アッシュは片手でユーリィを守りながら野次馬をかき分け、最前列へと辿り着く。

 そして、そこで目にしたのは――。


「……おいおい、マジで鎧機兵を呼び出してんぞ……」


 花屋らしき小さな店舗の前で、その三機の鎧機兵は対峙していた。すでに軽い乱闘でもあったのか、路上には色鮮やかな花弁が散乱している。


 しかし、好奇心から来てみたが、まさか、本当に街中で鎧機兵同士の戦闘が起こっているとは。しかも周りの人間は止めるどころか煽っている。


 もしかして、この光景は日常茶飯事なのだろうか……?

 腕を組みアッシュがこの国の治安について、かなり真剣に悩み始めていたら、


「あの白い鎧機兵一機に対し、青と緑の二機が敵対しているみたい」


 と、ユーリィが周囲の野次馬から得た情報を教えてくれた。

 アッシュは彼女の言葉を頭に入れ、三機の鎧機兵を見極めるように凝視する。


「ふ~ん……。コンビの方は、どっちも騎士型の槍兵か」


 青と緑の二機の全高は、どちらも民家の一階と同じ程度――三・三セージルほどだ。尾の長さはおよそ五セージル。ほぼ標準的なサイズの機体である。


 外装も似ているので、同一の工房のものか、もしくは工場の既製品なのだろう。

 そこまで判断すると、アッシュはコンビの鎧機兵に見切りをつけ、残る白い機体へ視線を移す。その機体は右手に長剣を構え、左腕には小さな円盾を付属品のように付けていた。


「こっちのは騎士型の剣士だな……。しっかしまあ、随分と年季の入った機体だな。多分四世代ぐらい前の骨董品だぞ、あれ」


「でも、私はあっちの方が好き。昔の物語に出てくる騎士みたい」


「へえ~、どんな物語の騎士なんだ?」


「昔、故郷で読んだ《ドードンの冒険》の主人公」


「……それ、俺も読んだことがあるが、確か主人公の太った騎士が、やたらと酷い目にあうやつじゃなかったか?」


「うん。きっと、あの鎧機兵も面白いことをしてくれる予感がする」


「……お前の好きの判定基準は、面白いことを期待出来るかどうかなのか……」


 アッシュは改めて白い鎧機兵を、まじまじと凝視する。

 やはりかなり古い機体だ。

 オートバランサー機能が未熟だった時代の代物だろう。

 

 元々鎧機兵は少しずんぐりむっくりした印象があるのだが、この白い機体はさらに丸々としている。重心を安定させるために両手両足が平均より一回りは太く、バランサーでもある背からのびる尾に至っては、まるで樽を直列に繋げたような滑稽さだ。


 しかも、今は同じ騎士型と対峙しているため、その体型の差は必要以上に強調されてしまっている。あれでは、かの物語の主人公を連想されても仕方がないだろう。


「どんな面白いことをするんだろう」


「……お前の中では、すでに面白いことをするのが前提なのか」


「うん。私の予想では、きっと胸から上がなくなる」


「中の操者に死ねと!?」


 あまりに物騒なことを宣うユーリィに、呆れていたアッシュだったが、


「「「おおおおッ!」」」


 突如沸き上がった歓声に、思わず三機の鎧機兵へと視線を戻した。

 ――どうやら戦闘が始まったようだ。


『ひやあああああああ!』


 拡声器から、かけ声なのか、それとも悲鳴なのか判別しにくい声を上げて、白い鎧機兵が走り出す。その姿に、アッシュは驚愕で目を見開いた。


「ば、馬鹿な! あれが鎧機兵の動きだと!」


 尾を揺らし駆け抜けるその姿は、想像を遥かに超え――鈍重だった。

 アッシュの脳裏に、かつて戦場で出会った数多の鎧機兵達の姿がよぎる。その中にも、あれほど遅い機体は存在しない。


 初めて出会う戦慄にアッシュは身震いした。白い機体から目が離せない――。


 子供の足に匹敵する速度で、白い鎧機兵は剣を水平に構え突進する。

 敵も負けじと槍を突き出した。――が、白い機体はさらに加速する。槍の穂先に一切恐れを見せない。


 固唾をのんで見守る野次馬達。自然と緊迫した空気が場を満たす。

 そして――槍と剣、それぞれの軌道が交差する時、観衆の声は見事に唱和した。


「「「あ、刺さった」」」


『ひやあああああああああああ!?』


 きっと今回のは悲鳴だろう。顔面に槍の穂先が突き刺さった白い鎧機兵は、混乱して剣を振り回す。手足をバタつかせる姿は、まるでパニックをおこした鶏のようだ。


 敵の鎧機兵もいきなり顔面に槍が突き刺さるとは思わなかったのだろう。

 驚いて槍を手放していた。二機とも不審者を避けるかのように白い機体から距離をとっている。


 そんな周囲に構う余裕もないのか、白い鎧機兵は動き回り、今度はダンスのようなステップまでふみ始めていた。怯えるように二機の鎧機兵が、さらに一歩、二歩と離れていく。

 その独特なダンスはますます激しさを増していった――が、不意に終曲を迎える。


 前のめりにつまずいたのである。

 だが、白い鎧機兵の不幸はまだ終わらない。前方に倒れてしまったので、真っ先に地面へ辿り着いたのは、顔面に刺さった槍の石突だったのだ。


 石突は地面からの衝撃を、首を通して胸部へと伝えた――。

 槍を起点にした全体重の荷重を受け、操縦席のハッチでもある胸部装甲のジョイント部はメキメキと嫌な音を上げる。機体が前に傾くにつれ地面と頭部との間を橋渡しする槍が弓なりにたわんでいき、ジョイント部の悲鳴はより大きさを増していった。


 そして――白い機体が、遂に倒れる。

 しかし、観衆の注目は、倒れた鎧機兵よりも、転倒と同時にガゴンッと打ち上げられた影の方に集まった。思わず全員が空を仰ぎ見る。


 青い空に見えるのは、槍が突き刺さった頭部と胸部装甲。

 遥か上空へと弾き飛ばされた鎧機兵の上半身が、陽光に照らされて燦々と輝いている姿がそこにはあった――。




「ほ、本当に胸から上がなくなった!?」


 目の前の状況にアッシュは唖然とした。まさにユーリィの予言通りだ。

 そして、恐る恐るユーリィの様子を横目で確認する。


 ユーリィはその小さな拳を胸の前に置き、ギュッと握りしめていた。爛々と輝いた瞳はこう語っている。――よくやった。お前はやれば出来る子だ、と。


 アッシュの顔が引きつる。

 かつてここまで嬉しそうなユーリィの顔は見たことがない。


(た、他人の不幸に対して、なんつう嬉しそうな顔を……。お、俺はユーリィの育て方を間違えたのか……?)


 彼が愛娘の教育方針に自信を失いかけていると、再び観衆からどよめきが沸き立った。

 その歓声に鎧機兵達へ視線を戻す。

 すると、そこには白い機体から這い出てくる小柄な少年の姿があった。どうやらあれだけ派手な自滅をしても操者は無事だったらしい。


 騎士候補生であるらしいその少年は、中央に赤の太いラインを引いた橙色の騎士服を着ていた。恐らくこれが騎士学校の制服なのだろう。腰には短剣も差している。

 それは、騎士としてごく一般的な格好だったのだが、


(……はあ? なんだありゃあ……)


 それでもアッシュは、思わず呆気にとられた。

 何故なら、その騎士候補生がブレストプレートとヘルムで武装していたからだ。

 鎧機兵が騎士の鎧の代わりとなって、すでに二百年以上の年月が経つ。

 ここ近年の騎士の武装といえば、鎧機兵を召喚するための短剣かナイフ、もしくは警備用の槍ぐらいだ。


 もはや鎧で武装する――いや、所持している騎士さえいない時代なのだ。

 アッシュはある意味、感嘆とも呼べる声で、


「……中身まで骨董品だったのか」


 と呟いた後、あごに手をやり、騎士候補生の姿をまじまじと凝視した。


「すっげえなぁ、ブレストプレートって、あんなにごっついのか……。初めて見たぞ。なあ、ユーリィ、お前は見たことあるか……って、ユーリィ?」


 何故かユーリィから返事がこない。そう言えば、さっきから随分と静かだ。

 訝しげに思ったアッシュは、ユーリィに視線を向け――再び顔を引きつらせた。


 ユーリィの瞳が先程にも増して輝いている。「次は何をするのだろう?」と明らかに期待した顔でヘルムの候補生を見つめていた。


 ……アッシュは、今のは見なかった事にしてヘルムの候補生の方に視線を戻した。

 ヘルムのフェイスガードを下ろしていたため、表情までは分からなかったが、どうやら彼は愛機の無残な姿を見て愕然としているようだ。


 流石にもう闘えないだろうと誰もが思ったが、少年はそうは思わなかったらしい。

 ヘルムの候補生がいきなり腰の剣を抜刀する――が、ひびの入った刀身を見て我に返ったのか、そのまま納刀し直した。恐らくその短剣は壊れた鎧機兵の召喚器なのだろう。ならば白い機体にリンクして、ダメージを受けているのは当然だった。


 鎧機兵も剣も失い、少年にはもう闘う術がない。

 敵の鎧機兵達も決着がついたと判断したようだ。お互いに肩をすくめるジェスチャーをしている。野次馬達もまた幕引きを感じ取り、その熱狂は薄れていった。

 そんな中、アッシュも苦笑を浮かべて隣にいるユーリィへと視線を向ける。


「ここまでみてえだな。ユーリィ、お前にはつまんねえ幕引きかもしれねえが――」


 だが、この馬鹿騒ぎの終幕を告げようとするアッシュの声は、突如響いたバンッという音に打ち消されてしまう。驚き振り向くと、両手を震わせている候補生の姿があった。


「……何だ? 一体何をしたんだ?」


 アッシュの疑問に、一部始終を目撃していたユーリィが答えてくれた。


「両手でヘルムを叩いたの。まるで気合を入れるのに、ほっぺたを叩くみたいに」


「いや、気合を入れるって……はあ?」


 アッシュも含めた野次馬達は、訝しげな視線でヘルムの候補生に注目する。

 すると、少年は両の拳をシュシュッと二度繰り出した後、くぐもった声――多分フェイスガードのせいだろう――で鎧機兵達に対し、堂々と叫んだ。


『まだまだ! 勝負はこれから!』


「「「いや無理だろ!?」」」 


 それはアッシュのみならず、野次馬達、敵の騎士候補生まで含めた大唱和だった。

 ……まあ、唯一ユーリィだけは、嬉しそうに笑みを浮かべていたが。


 そんな周囲の状況に、ヘルムの候補生は一瞬ギョッとするが、


『え、いや、でも、もう少し頑張ってみようかと……』


 それでもへこたれてはいないらしい。

 すると、周囲から堰を切ったように野次が飛んだ。


「だから無理だって!」「もう引っ込めよ!」「もうつまんねえよ!」


『え? え? え?』


 ヘルムの候補生は、ただおろおろとするばかりだ。

 そんなある意味可哀想な少年の姿に、アッシュがどうしたものかと思案していると、ユーリィが、まるでおねだりをするように右手を引っ張ってきた。


「……アッシュ、お願い。あの人を助けてあげて」


 アッシュは軽く驚いた。

 まさか、ユーリィが見知らぬ他人を助けて欲しいと願うとは。

 すると彼の動揺に気付いたのだろう。ユーリィは言葉をつぎ足した。


「あのね、アッシュ。唐突だけど、宿星の逸話は知ってる?」


「本当に唐突だな。また神話の一節か? 確か人の使命は女神が決めるだっけ?」


 ユーリィはこくんと頷くと、まるで神託のように告げる。


「そう。《夜の女神》の眷属にして『曜日』を司る七聖者――《七つの極星》。女神の守護を使命とする彼らと同じように、人にはみな使命がある。それが宿星。そして、あの人にも宿星はある。私は直感したの。あの人の宿星は、きっと――」


 確信をもって、彼女は断言した。


「きっと! 私を笑かすためだけに、生まれてきたに違いない!」


「冗談で言ってんだよな!? それ!?」


 神話まで持ち出して力説するユーリィに、アッシュは深い溜息をつく。――が、少しばかり考えた後、結局ユーリィの「お願い」に応えることにした。


 いずれにせよ、観衆の野次に腰が引けても、握りしめた拳は決して崩さないあの少年を、見捨てるのは忍びないと思ったからだ。


「……やれやれ、仕方ねえか」


 アッシュの決断にユーリィの口元が綻ぶ。が、彼女は釘をさすことも忘れない。


「ほどほどに。アッシュはやりすぎる時があるから」


 アッシュは了承を示すかのように、ユーリィにひらひらと片手を振りながら、ヘルムの候補生と、二機の鎧機兵の間へと歩を進めた。


 突然の参加者に野次馬達からどよめきが沸き上がる。新たな局面に、にわかに期待が膨れ上がったのだろう。観衆は興奮気味に成り行きを見守った。


 だが、当の騎士候補生達は困惑していた。唐突に現れた闖入者をどう扱えばいいのか分からなかったのだ。ヘルムの候補生も、鎧機兵達もそろって首を傾げるだけだ。


 しかし、迷っていたところで何も始まらない。

 鎧機兵の一機――槍を構えた青い機体が、アッシュに問う。


『……何の用だ。見たところ、どこかの工房の職人のようだが』


 その声は明らかに嫌悪の感情で彩られていたが、アッシュは気にもせず提案する。


「なぁここまでにしねえか? この兄ちゃんはもう戦えねえぞ。あんたらの勝ちだ」


『ッ!? 何を! 私はまだ!』


 ヘルムの候補生から不満の声が上がるが、アッシュは完全に無視する。どう考えても、生身で鎧機兵に敵うはずがない。彼の戦いはもう終わっているのだ。


 アッシュは眼前の様子を窺う。二機の鎧機兵は互いの顔を見合わせ相談していた。

 観衆も落胆して、熱気を冷ましていく。――何だ。やっぱりここまでか。


 しかし、状況は思わぬ方向へと進む。ぞろぞろと散り始めた野次馬を背に、青い鎧機兵が意気揚々と戦闘続行の意思を示したのだ。


『ダメだ。これは決闘なんだ。フラムの謝罪を聞くまではやめる訳にはいかない』


 ……フラムというのは、後ろで憤慨しているヘルムの候補生の名前だろうか。

 アッシュは一度だけ後ろにいる少年に視線を向けた。それにしても知り合い同士で鎧機兵まで持ち出すほどの確執とは一体何があったのだろう……?

 

 アッシュは腕を組み、神妙な声音で問う。


「そもそもこの戦闘の原因は何なんだ?」


 すると、その答えは何故か野次馬の一人が、大声で教えてくれた。


「ああ、ナンパだよ! ナンパ! そこの鎧機兵の兄ちゃん達が、店員の女の子を強引にナンパしようとして、それを兜の兄ちゃんが止めたんだよ!」


「ナンパ!? この国ではナンパの失敗で鎧機兵の喧嘩になんの!?」


 ここは本当に平和で有名な国なのだろうか……? 

 アッシュは先行きに不安を感じたが、今はとりあえず置いておくことにした。まずは眼前の馬鹿二人の相手だ。


「はあ……。そうだな、両成敗にしとくか」


『何だと?』


「だから両成敗。こっちの兄ちゃんの機体はもうボロボロだかんな。お前達の鎧機兵も同じぐらいボロボロになってもらおう。それで喧嘩両成敗だ」


 アッシュの一方的な宣戦布告に、鎧機兵達が反射的に身構える。


『……ふん。俺達の機体をどうするだって? フラムの骨董品はもう動かない。どうやって俺達を倒すつもりだ』


「どうやってか? そりゃあ、俺がやるに決まってんだろ。――俺の相棒でな!」


 宣言と同時にアッシュは、左手で手持ちハンマーを腰から引き抜き、そのまま宙空へ放り投げた。

 放物線を描く銀のハンマーの柄を、今度は右手でパシンッと勢いよく掴む。

 そして、まるで剣のように敵へとかざし、相棒の名を高らかに呼んだ!


「――相棒! 出番だ! この馬鹿どもをぶちのめすぞ!」


 アッシュの呼び掛けに銀のハンマーが光を放つ。

 そして石畳の上に光の線が疾走し、瞬く間に紋様が描かれる。それは鎧機兵を指定座標へと転送させる転移陣だった。


 かくして、まるで死者の国――《煉獄》から這い出るように、両膝を屈めた漆黒の機体が呼び出される。しかし、その大仰な登場に対して返って来たものは――。


『く、くく、あははは! 何だそりゃあ! 何かと思えば業務用の機体かよ!』


『おいおい……。俺達の鎧機兵に、そんなもので立ち向かう気なのか?』


 二機の鎧機兵から失笑がもれる。周囲の観衆からも落胆の声が上がっていた。

 それもそのはず。アッシュが呼び出した相棒は、工房の職人が好んで使用することが多い業務用の機体だったのだ。


 業務用の鎧機兵は、同じ鎧機兵といっても戦闘用のそれとは大きく異なる。

 まず業務用には外装がない。大雑把にその形状を言えば人型の下半身の上に人間が乗れるよう内部をくり貫いた鋼鉄製の巨大な卵を乗せ、それに肩と両腕、太い尾をつけたのが業務用の姿だ。作業の効率を考慮して操者を外気に晒しているのである。


 余談だが、これに頭部が付いたハト胸のような胸部装甲を、両肩の付け根から腹部にかけて覆い被せるように装着させれば、ほぼ戦闘用の姿になる。


 次に出力だ。鎧機兵は腹部に内蔵した《星導石》を用いて大気に満ちる星霊を吸収し、不可視のエネルギー・恒力に変換して動力源にしている。恒力の上限値――恒力値は、個体によって差はあるが、戦闘用ならば最低でも二千五百ジン(恒力値の単位)は確保されている。それに比べ、業務用は千ジン以下のものがほとんどだ。


 肝心のアッシュの機体だが、やはり外装はなかった。

 流線的な四肢は、戦闘型を彷彿させたが、所詮は腰の後ろに小さな工具箱バックパックを装備しているような業務用である。その恒力値も推して知るものだろう。


 操者を守る装甲もなく、出力は二分の一以下。誰もが落胆するのも仕方がない。


 だがアッシュは周囲の反応など気にもせず、黒い機体へと乗り込んだ。

 その機体の中――要は卵の中――は、腹部と背中を橋渡しするように中央部分のみでっぱっていた。まるで馬の背を彷彿させる形状だ。鞍と鐙も設置されている。


 これが《星導石》を内蔵した鎧機兵の操縦シートだった。

 さらにそのシートの前方には、左右側面の両方から細い棒が突き出ており、先端部にグリップが装着されている。鎧機兵を操るための操縦棍だ。これを操者が握ることで恒力が機体に流し込まれ、人のイメージ通りに鎧機兵を操作することが出来るのである。


(んじゃあ、よいっしょと……)


 アッシュはシートにまたがると鐙に足をはめ、深く屈伸する。

 そして身体を前に傾け、操縦棍を両手で握りしめた。馬で早駆けする時に似た姿勢。これが鎧機兵の乗り方だ。


 続けて、アッシュは操縦棍を握り締め、機体全体に恒力を流し込む。

 ブン、と起動音を立て、黒い鎧機兵がゆっくりと立ち上がった。


「おし、今日も絶好調みたいだな相棒」


 言って、アッシュはシートを片手でポンポンと叩く。


「んじゃ、そろそろ始めるが、いいか?」


 戦闘準備が整ったアッシュは、久しぶりの戦いに若干胸を躍らせながら、二機の鎧機兵へと問いかける。

 ――と、意外にも槍を持つ青い鎧機兵の方が困惑した声を返してきた。


『……本当にやるつもりなのか?』


 どうやら、その鎧機兵の操者はまだ少しは良識があるらしい。誰が見ても無謀な挑戦をしようとするアッシュを、たしなめようとしていた。


 アッシュは、眼前の青い鎧機兵に乗る騎士候補生の評価を少しだけ改める。

 が、残念ながら相方は意見が違うようだ。


『ま、いいんじゃねえの? やりたいって言うんならさ』


 下卑た笑みを浮かべているのが、容易に想像出来る声だった。

 その声にアッシュは少し考えた後、狙いを定めた。

 ――こいつは後にとっておこう。まずは青いのからだ。


『しかしだな、業務用と戦うなど、幾らなんでも……うお!?』


『どうした――って、うわ!?』


 騎士候補生達は、特に――槍を持つ青い鎧機兵は驚愕する。

 一体いつの間に移動したのか、黒い鎧機兵が眼前にいたのだ。しかもその右手はしっかりと槍を抑えている。


 慌てて振り払おうとして、青い鎧機兵はさらにギョッとした。


 両手で持っているというのに槍がまるで動かない。

 何度試しても微動だにしないのだ。

 青い鎧機兵の醜態に、やれやれとアッシュは苦笑する。


「おいおい、ビビりすぎて腰に力が入ってねえよ。それに――」


 不意に鋭く目を細めて、


「ちょい武器に拘りすぎだな。そんなに痛い目にあいてえのかよ?」


 そう言うと必死に逃れようとする槍の鎧機兵の胸部に黒い鎧機兵が左掌を添えた。


 そして――ズンと鈍く重い音が、周囲に散る。


 その時、青い鎧機兵の操者は、まるで身体の芯を打ち砕かれたような錯覚に陥った。彼の操る鎧機兵は、おもむろに槍を手放してふらふらと後退する。


「あ、ちょい待て」


 不意に黒い鎧機兵の左手がのびた。

 そして、ふらつく青い鎧機兵の頭部をむんずと掴む。


 途端――ベキベキィガゴンッと、不可解かつ大きな音が市場に響いた。

 一瞬の沈黙。その光景の前に観衆全員が唖然としていた。


「あー……悪りい。多分脆くなってるから、気をつけろって言いたかったんだが」


 と、やや気まずげにアッシュは宣う。

 彼の操る黒い鎧機兵は、今両手に荷物を持っていた。まず右手には槍を。そして左手には青い鎧機兵の頭部を。しかも土台の胸部装甲ごとごっそりとだ。


 まるでコルク栓のように、胸部装甲をくり貫かれた青い鎧機兵――。


 その機体の中にいる騎士候補生の少年は、ただポカンと口を開けていた。

 アッシュは相棒に両手の荷物を放り捨てさせた後、一応訊いてみる。


「ええっと、まだやるか?」


 ぶんぶんぶんと勢いよく首を左右に振る少年。そして胸に大穴を開けられた機体は、ガクンッと腰を落としてその場に座り込んだ。


 アッシュは視線を下に向け、機体内の少年の様子を窺う。顔色こそ青ざめていたが、どうやら怪我まではしていないようだ。ホッとしてわずかに口元を綻ばせる。

 この少年に対する仕置きはこの程度でいいだろう。


(さて、そんじゃあ、次は――)


 と、残る鎧機兵に視線を戻そうとした矢先、アッシュは視界の隅に移ったものにギョッとする。慌てて相棒の足元を確認して――はあっと思わず深い溜息が出た。


 鎧機兵の運用を前提にした頑丈な石畳の街道に、相棒の足型のひびがくっきりと刻みつけられていたのだ。


(うわあ、力を入れすぎちまったか。後で修理費を請求されたりしねえよな……)


 そんなアッシュの苦悩など知る由もなく、残された緑色の鎧機兵は、突然の状況にただ呆然と立ち尽くしていた。完全に硬直したその姿はまるで石像のようだ。

 だが、ざわめき始めた観衆の声に、騎士候補生の少年はハッと我に返り、


『な、何をした! てめえ!』


 裏返った声で問い質す。アッシュは訝しげに首を傾げた。

 彼が今したことは震脚の衝撃を外装に通しただけの基本的な闘技にすぎない。逆にアッシュの方こそ訊いてみた。


「あのさ、《衝伝導》なんて《黄道法》の代表的な闘技じゃねえか。騎士学校とかで習ってねえのか?」


『……はあ? 《黄道法》はともかく闘技とか、その衝……なんたらって何だよ』


 困惑した様子の騎士候補生。

 《黄道法》――。それは、恒力の流れや出力を人の意志で操作する技能のことだ。

 要はこの技能を使って、人体でいうところの『力み』や『脱力』を鎧機兵の人工筋肉に行わせるのである。機体操作の一環で、これもイメージを送るだけで出来る簡単な技能だ。


 そして、《衝伝導》とは、その《黄道法》を技にまで昇華させた闘技の一つ。


 四肢の一つから発生させた衝撃や荷重を、機体内の恒力の流れに乗せて別の四肢から解き放つ闘技。極めれば相手の攻撃を完全に受け流すことも可能になる。

 アッシュの祖国では子供でも知っている有名な闘技だ。


 しかし、眼前の騎士候補生の様子からすると、どうやらこの国では闘技の方はあまり知られていないらしい。これもお国柄の違いかと、アッシュは苦笑をもらした。

 しみじみとするアッシュをよそに残された騎士候補生の方は完全に混乱していた。

 相方がどうやって倒されたのか、まるで分からない――。


 未知の恐怖を覚えた騎士候補生は、目の前の黒い鎧機兵から少しでも間合いをとろうとして――凍りつく。何故か鎧機兵の右足が、ピクリとも動かないのだ。


 慌てて足元に視線を向け、危うく悲鳴を上げそうになった。

 いつの間にか自機の右足に漆黒の尾が巻きついている。このままでは足がもぎ取られそうな圧力だ。鎧機兵の尾の筋力は足の十倍以上あるという。それは業務用であっても変わらない。

 もはや逃げることも出来なかった。


「う~ん。お前の方はきつめにしようと思うんだが……まっ、とりあえず飛んどけ」


 何気なく告げられた言葉。騎士候補生の脳裏に疑問符が浮かぶ。


(きつめ? 飛ぶ? 一体何のことだよ? え? うわッ!) 


 突如襲い掛かる急激な浮遊感に、騎士候補生は息を呑んだ。

 背中にゾゾッと悪寒が走る。

 反射的に瞳を閉じて恐怖に耐えるが、いつまでもごまかしてはいられない。


 少年は恐る恐る瞼を開く――と、そこには今まで見たこともない光景があった。


 右下には、普段見ることのない木造家屋の屋根の上。

 隣には、騒がしく飛ぶ鳥の群れ。

 真下には、誰もが唖然とした表情の――人の輪がある。

 そして、その輪の中央には、雄々しい尾が天を衝く黒い鎧機兵の姿があった。


 騎士候補生は愕然と気付いてしまう。――まさか、自分が今いる場所とは……。

 かくして、天高く放り投げられた少年は、自由落下の恐怖を存分に味わうのであった。

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