特別編 in 2017

2月14日(火)-前編-

特別編-The Valentine’s day in 2017-




 年明けになると、僕の通う八神高校も、栞の通う天羽女子高校も3年生は数日ある登校日を除いては自宅学習となっている。

 寒い日が続いており、時々、雪が降る日もある中、僕と栞は大学受験に臨んでいる。

 1ヶ月前に実施されたセンター試験は、僕も栞もそれなりの点数を取ることができた。大手予備校の予想結果によると、滑り止めの私立大学については共に余裕で合格判定。第1志望の国公立大学については、僕は安全圏内、栞はボーダーライン上という感じ。

 私立大学のセンター利用試験、そして、2月に入ってからは私立大学の一般試験が受け続けている。

 滑り止めの大学については、栞といくつか違う大学を受験しているけれど、同じ大学の同じ学科については今のところ全て合格できている。今のところ、いい流れに乗れているので、来月上旬の第1志望の大学の試験まで繋げたいところ。

 お互いに登校日ではなく、試験がなければ、基本、僕と栞はどちらかの家で一緒に勉強をしている。今日、2月14日もそうだ。


「栞、次はこの問題をやってみようか」

「うん」


 栞が苦手としている数学の勉強をしている。滑り止めの私大では必要ないところが多いけれど、本命の国公立大学では必要になる。栞の場合、数学さえそれなりにできるようになれば、ボーダーラインよりもずっと上にいけるんじゃないかと思っている。


「ねえ、悠介君。この問題が解けたら……口づけしてくれる?」

「もちろん」


 去年の年末辺りから、問題を解くことができたら口づけをする方法を取り入れたところ、栞の勉強の効率がぐんと良くなった気がする。もちろん、教える僕にとっても、凄くためになっている。


「……口づけの前払いをしてくれると、もっと早くできるかも」

「本番では速さも重要だけれど、まずは確実に解くことが大事だよ?」

「……口づけしたくないの?」


 栞は甘えた声で僕にそんなことを言ってくる。


「それに、この問題を解いたら……ちょっと休憩しない? 今日は、その……バレンタインデーだし、悠介君にチョコをあげたいから……」


 そういえば、今日は2月14日。バレンタインデーだった。試験が続いていたからあまり意識していなかったな。ということは、


「それに、今日はルゼちゃんの誕生日だし!」

「……そうだったね」


 今日は栞も僕も好きなアニメである『ご注文はねこですか?』のメインキャラクターのルゼちゃんの誕生日なのだ。

 そういえば、去年のバレンタインデーは日曜日だったから、栞と一緒にアニメ系のお店に行ったな。ゴールデンウィークのような温かさだったことも覚えている。


「たまには休憩も必要だよ。この問題を解いたら、ごちねこのBlu-ray観ようよ! チョコケーキを食べながら!」


 ごちねこ……ああ、『ご注文はねこですか?』のことか。


「そうだね。じゃあ、早く観られるように頑張ろうね」

「うん!」


 今は午後3時前だし、今日ぐらいはちょっと多めに休憩してもいいだろう。もちろん、この数学の問題が解けない限りは休憩させないつもりだけれど。


「じゃあ、口づけをお願いします」

「……しょうがないな」


 目を瞑ってしまっているので、口づけをしなければ勉強は再開しないだろう。

 僕はいつもよりもちょっと長めに栞と唇を重ねた。


「はい、じゃあ……この問題を頑張って解きましょう」

「……う、うん」


 そう言いながら、栞の目線は数学の問題集には移らず、僕のことを向き続けられている。


「何だか、今日はいつもより口づけが長いよね。バレンタインデーだから? チョコを渡していないのに、お返ししてくれた気分だよ……」

「ホワイトデーのときには受験も終わっているだろうから、そのときにたっぷりとお返しするよ。だから、今は数学の問題を頑張ろうね」

「うん、分かった!」


 おお、今日一番のやる気に満ちた顔だ。これは早く解けそう。


「じゃあ、まずは自力でやってみようか。できるところまででいいから」

「うん!」


 そう言って、栞は数学の問題を解き始めた。この問題の難しさなら、自力で解けるのが理想なんだけれど、果たして栞は1人で解くことができるかな?

 栞のノートをちらっと見てみると……うん、なかなかいい感じ。考え方の方向性は合っている。あとは、その考え方を用いて解を導き出すことができるか。


「ううっ、できない……」


 考え方は合っていたんだけれど、計算ミスをしてしまって答えを出すことができなかった。


「ちょっと無理そう? 考え方は合ってるよ。計算の途中から間違ってる感じ」

「……どこから間違ってる? そこを教えてくれるかな。自分で解きたい」

「分かった」


 僕は解答と栞のノートと見比べて、間違っている箇所を見つける。


「ここかな」

「結構初めの方だね。これじゃ解けないわけだ。ここまでは合っているんだね?」

「うん。そこまではバッチリ。あとは計算をきちんとやれば答えを出せると思うよ」

「分かった。頑張ってみるね。間違ったら、そのときに言ってもらってもいいかな?」

「了解」


 さて、これで答えに向けて一歩前進かな。

 解答を見ながら、栞のノートを見ていくけれど、間違いをしたポイントを指摘したからか、栞は間違いをすることなく最後まで解くことができた。


「うん、これでOK。考え方は合っていたから、あとは計算ミスをしないように気をつければ大丈夫だと思うよ。同じような問題をこなして慣れていこうか」

「そうだね。ありがとう、悠介君」

「この問題はほぼ自力で解いたじゃないか。凄いよ」


 分からないと泣かれたことが随分と遠い昔のように感じる。よくここまでできるようになったなぁ、と僕はちょっと感激している。


「じゃあ、問題も解けたからご褒美の口づけをお願いします」

「……よく頑張ったね」


 僕はさっきよりも更に長く栞と口づけをする。

 すると、栞は気持ちが段々と興奮してきたからなのか、僕のことを抱きしめてなかなか唇を離そうとしない。


「んっ……」


 栞からそんな声が漏れる。最近、たまにこういう風に口づけをするようになった。本人曰く、たまにこのくらいしないと受験勉強の疲れが取れないとのこと。

 ようやく唇を離したときには栞の顔は真っ赤になっていた。


「じゃあ、バレンタインデーのプレゼントを持ってくるね」


 そう言って、栞は部屋を出て行った。

 バレンタインデーのプレゼントか。チョコと言っていないので、ちょっと期待してしまうけれど。楽しみにして待つことにしよう。

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