4月25日(金)-後編-

 午後4時。

 僕は鏡原駅の改札を出る。

 どうしてここにいるかというと、昼休みに栞から放課後に鏡原で会いたいと連絡が来たからだ。

 夕方だけあって、改札を出ると天羽女子高校の制服を着ている女子が多い。改札近くで待ち合わせすることになっているけれど、こんなにも多いと栞のことを見つけられるかどうか不安になる。


「悠介君、ここだよ~」


 しかし、僕のそんな不安はすぐに吹き飛んだ。

 先に栞が僕のことを見つけてくれて、彼女は小さく手を振って自分の居場所を知らせる。八神高校の生徒は数えるほどしかいないから、僕のことを見つけるのは容易いのか。


「栞。待たせちゃった?」

「ううん、私もついさっきここに着いたところだよ」

「そっか」


 そういえば、電車の中以外で栞と一緒にいるのは初めてのことだ。

 それに、よく考えたらこれってデートというやつじゃないだろうか。そう思うと、急にドキドキしてきた。


「そういえば、鏡原で会いたいっていうことだったけど、これからどうする?」


 栞からは放課後に鏡原で会いたいというメッセージだけだった。どこかに行きたいなどという具体的な内容は一切ない。


「悠介君と一緒にゆっくりしたくて。この近くに喫茶店があるの。そこでゆっくりしたいなと思って。それに恋人同士になったから電車以外でも会いたかったんだ」

「なるほど。そういえば、初めて会ったのも、お互いに好きになったのも、恋人になったのも全部電車の中だったもんね」

「うん。だから、悠介君と電車から飛び出したいなぁ……って」


 なるほど。そこで駅の近くにある喫茶店でゆっくりとしようと考えたのか。もし、僕が決めていいと言われても、どこかゆっくりできるところにしたと思う。

 栞はそっと僕の手を握ってくる。


「さっ、行こう!」

「うん」


 僕は栞に手を引かれる形で喫茶店に向かう。

 栞が天羽女子高校の制服を着ているからか、何回か同じ制服を着る女子からの視線を感じた。女子校だし、高校生の男子と手を繋いで歩いているところを見つけると気になってしまうのかな。

 駅から歩いて数分。栞お目当ての喫茶店に到着した。個人経営のお店のようで、中も落ち着いた雰囲気だ。ここならゆっくりと栞との時間を楽しめそう。

 20代後半くらいの女性の店員さんに案内され、僕と栞は向かい合う形で椅子に座った。


「私はレモンティーで。悠介君は何にする?」

「僕はホットコーヒーで」


 注文を済ませると栞はほっと一息ついた。そして、恥ずかしそうに僕のことをちらちらと見てくる。


「何だかこうしているとデートみたいだね」

「僕は改札を出てすぐにそう思ったよ。それに僕はデートみたいじゃなくて、デートだと思っているよ。だから、楽しくてたまらないんだ」

「ふえっ」


 どうやら、栞は僕が言った言葉にキュンとしてしまったようで。両手を赤くなった顔に当てる。そんな仕草がとても可愛らしく思える。


「お待たせしました。レモンティーとホットコーヒーです」

「はい! あ、ありがとうございます!」


 栞は驚いたのか甲高い声を出してしまう。そんな栞のことを店員さんはクスクスと笑っている。


「どうぞ、ごゆっくり」


 そう言って、女性は栞にウインクをして厨房の方に姿を消していった。もしかしたら、栞がこれから僕に告白すると思っているのかも。

 僕は一口、ホットコーヒーを飲む。


「……美味しい」


 僕はコーヒーで落ち着くことができたけれど、栞は未だにドギマギしているようで、


「熱いっ」


 カップの取っ手以外のところを触れてしまって、再び大きな声を上げてしまう。そのことで、また恥ずかしがるというスパイラル。僕にとってはその全てが可愛らしいけれど。

 きっと、栞は駅で僕と会ってからずっと緊張しているんだ。だって、初めて電車の外で会って、初めてデートをしているんだから。


「時間はたくさんあるんだ。まずはレモンティーを飲んでから、ゆっくり話そう」

「う、うん。ごめんね、緊張したり、舞い上がったりしちゃって」

「ははっ、気にしないでいいよ。こういうのは初めてなんだから。それに、温かいものを飲むと意外と落ち着くんだよ」

「そうかな」


 そう言いながらも、栞はレモンティーを一口飲む。


「……美味しい」


 ふぅ、とまったりとした様子に。ようやく落ち着くことができたようだ。


「たまには紅茶もいいな。いつもはお抹茶だから」

「確か、茶道部に入部しているんだっけ」

「うん。やっと正式に入部したの。今はまだ先輩の点ててくれた抹茶を飲むことが多いんだけれどね」

「へえ……」


 飲む専門でいいなら、僕も茶道部に入りたいな。ちなみに、八神高校にも茶道部がある。


「お抹茶を点てるのを見ると、先輩に憧れたりする?」

「うん! 2年生の坂井遥香さかいはるか先輩を一番尊敬してるの!」


 こんなに目を輝かせる栞、見たことないな。この様子だと、坂井先輩のことをとても尊敬しているようだ。もし、僕のことを話していたら、こういう表情をしてくれているのかな。


「坂井先輩は可愛くて明るいし、もちろんお抹茶を点てるのも上手だし。それに、彼女もいるし……」

「そういえば、前に1学年上には何組かカップルがいるって言っていたけど、その一組が坂井先輩なんだ」

「うん。坂井先輩の付き合っている人はとても格好良くて可愛いの」

「かっこよくて、かわいい……」


 そんな女性がいるのかなと思ったけれど、栞の表情を見る限り本当のようだ。どうやら、その女子生徒を栞は見たことがあるみたいだし。かっこよさと可愛さを両立できている人がいるのか。


「実はこの喫茶店、坂井先輩と一緒に来たことがあるの。私が、その……悠介君にどうやって気持ちを伝えればいいのか相談したときに」

「急に僕にとっても身近な人になったな」


 坂井先輩のおかげで昨日のような告白に繋がったとしたなら、一度会って是非お礼を言いたい。


「坂井先輩、鏡原が地元みたいで。この喫茶店もオススメの店だからって連れてきてくれたの。それで、悠介君と付き合えるようになったら、絶対に一緒に来ようって思っていたんだ」

「だから、駅から迷いなくここに来たわけだ」


 そういうエピソードを知ると自然と心が温かくなるし、コーヒーも味わい深くなる。


「告白する前に手紙で一度返事をしたよね。あれ、坂井先輩に相談したら賛成してくれたの。手紙には手紙で返すのが一番じゃないかって。気持ちの整理ができていなかったけれど、できるだけ早く返事をしたかったから」

「そうだったんだ……」


 先週の金曜日に僕が手紙で告白して、月曜日は栞の姿がなかった。火曜日に再び一緒になって、そのときに手紙を渡された。まさか、その裏には坂井先輩という人が関わっていたとは。


「手紙を渡したら、あとは告白だけだって。坂井先輩はきっと大丈夫だって言ってくれたんだけど、悠介君の前になると緊張しちゃって」

「そっか。それで、昨日のあのタイミングで僕に直接告白してくれたわけだ」

「うん。急に停車したときに、今だったら言えそうだって思ったから」


 あの告白があって、現在に至るってわけか。

 それにしても、まさかここまで坂井先輩が栞の背中を押してくれていたとは思わなかった。是非、一度でもいいから会ってお礼を言いたい。


「何だか坂井先輩の話ばかりしちゃったね」

「そんなことないよ。栞の一面とか、僕に告白されてどう感じていたのかが知ることができて嬉しい」

「……良かった」


 栞は嬉しそうに笑うと、残っていたレモンティーを全て飲んだ。僕も残っていた一口ぐらいのコーヒーを飲むけれど、すっかりと冷めていた。


「そろそろ帰ろっか。悠介君」

「そうだな」


 気付けば、外も暗くなり始めていた。

 喫茶店の外に出ると、少し肌寒く感じる。もうすぐ5月といっても、日が陰ると意外と冷え込む。

 そんな中でも、僕には温もりがある。僕と繋いでいる栞の手は温かくて優しい。

 僕と栞はゆっくりと鏡原駅に向かうのであった。

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