新約⌒捌ノ神話目碌、 黒い木の中の世界

シウタ

魔女ニーナ

 世界はある一人の行いによって播種の過渡を辿った。

 天使や龍/竜、をはじめとした数多の架空の生物が人の想いの元に、願望、欲望、切望、希望そして業によってこの世に生を受け、ともに育み、暮らし、そして争った。

 そんな世界線のお話。




 黒い木の中にある世界、消えていった人達がいる。


 僕は電車に乗っていた。日はまだ高く日差しが暖かかった。膝には黒猫が一匹寝息を立てている。乗客は僕ら以外にはいない。

 どこまでも続く大きな水溜り、その上を一筋、線路が続く、その上を一両の列車が優しい波紋を作りながら走っていた。

 小さな砂浜と一軒家、洗濯物が干してあって誰かが住んでいるのだろう。時々遠くに大きな陸地も見えた。


 「終点です、この列車は車庫に入ります。どなた様もお忘れ物のないようにご注意ください」

 列車が停車し車掌が告げる。僕達は駅に降りた、駅といっても水の上に駅舎はない、大きく広く平らな岩があるだけだった。

 僕が車掌に目で告げると彼は指を指した。その先に陸地はあったがそこまでどうやっていくのだろう。

 電車の扉が閉まる。そういえば車庫も見当たらないし線路の先もないのでどうするのかと思ったら列車は水の中に入っていった。

 沈み行く電車を僕らは眺めていた。

「お客様お待たせしました」

 突然声をかけられ振り返ると巨大なガマ蛙が水面から顔を覗かせていた。

「どうぞ背中にお乗りください、岸までお運びいたします」

 黒猫=黒木蓮(コクモクレン)はびっくりして僕の体を駆け上り肩の所で縮こまった。

「乗ったら最後水に落として丸呑み、なんてことにはならないだろうね?」

 僕は半笑いで尋ねた。

「人を食べる趣味はございません、それにこの背中の手すりをご覧ください、日ごろからこの駅の橋渡しを行っております」

 ガマ蛙、彼の背中には馬の鞍のようにはめ込まれた乗る場所があった。

「ささ、どうぞご遠慮なさらずに」

「これ立って乗るの」

「作用でございます、揺れますのでお掴まりを、出発進行!」

 水の中を滑るように進む、僕らのことを気遣ってより静かに泳いでくれているように思えた。

 遠くに見えた対岸もあっという間についた。

「ありがとう助かったよ、疑ったりしてごめんなさい」

「いえいえみんな最初はそう思います、でも」

 そう言うと彼は大きな口を開けてはにかんだ。

「あの電車に乗ってここに来られるような方々がそのような心配をされるのが可笑しくてね、みんな普通を装いたがるのでしょう」

「いやあ、出会うもの全てが特別とは思えなくてね、これが普通の反応だと思うよ」

「特に旦那の様なお方が私に飲み込まれる心配など余計可笑しくてね……いやいやこりゃ失敬、決して」

「そんなことも知っているんですね」

「ええ、だって私は存在しない者」

「なんだかここでお別れするのはもったいない気がしてきました、お仕事はいつ終わりますか?」

「そうですね17時には」彼は腕時計を見ながら答えた。

「そのくらいにまたここへお邪魔してもいいですか?」

「もちろん」

 そう約束を取り付けて彼と別れた。


 木が生い茂る小道を黒猫と歩いた、以前もここに来た気がして懐かしかった。その時は夜だったけど。

 道がひらけると右手に門のようなものがあって奥に家が見えた。黒猫はそこへ入っていった。

 黒猫、彼女が来るのを知っていたように玄関の扉が開いて老婆が猫を迎えた。

 僕も門を潜って彼女の敷地にお邪魔した。

「おやおや、今日は珍しいお客様だね」

 そう言うと笑う顔がなんとも柔らかく自然と心が温かくなった。

「あの突然すいません、彼女が急に中へ入っていくものだからつい」

「子猫は自由だ、そんなことは気にしなくていいんですよ。さあさあお茶にしましょう、中へどうぞ」

「お邪魔します、ニーナ」

 ニーナとは老婆の名前ではない。ここでは敬称、とりわけ魔女や年齢を重ね尊敬に値する知識や器量を備えた女性のことをそう呼ぶ。

「どうぞお座りになられて、お嬢ちゃんは何がいいかい?」

 黒木蓮は僕の後ろに素早く隠れると、幼い少女の姿で僕の袖口を掴み恥ずかしがり屋な顔を覗かせた。

「えっと、僕と同じで珈琲牛乳、甘いやつでお願いします」

「あいよ、婆ちゃん特製のを作ってあげるからね」

 彼女は見た目の割りに腰も曲がっていない、そして機敏に薬缶を火に架け、戸棚から豆を取り出し、いろいろな用意をしていた。

「どうしたんだい黒蓮(クロハス)、外でその姿になるのは珍しいね」

 袖口にまだ隠れている彼女に小声で話かけた。

「そうかい? 他と変わらんと思うがね」

 ニーナは台所から声をかけてきた。

「彼女が……こいつ、黒猫だった黒木蓮が外で人の姿になるの僕はじめて見ます」

「お嬢ちゃん、いい名前だね」

 振り返って皺をよせて笑う。

「あなたはここを借りているだけなんですね」

「難しいことはいいんだよ、それはあんたが一番わかってることだろう」

珈琲のいい匂いが部屋を満たした。


「さぁおあがり」

 ニーナは横長い机の誕生日席に座っている、それを斜めに僕と黒蓮は仲良く並んで椅子に座り珈琲牛乳をいただく。

 黒蓮はその甘さに満足したのか小さい口でよく飲んでいる。

「そんなに慌てなくていいんだよ」

 その飲みっぷりにニーナも満足しているようだ。

 僕も甘いものを飲んで体の緊張が取れた。

「時に坊や、何しにここに」

 唐突な質問、坊やだなんて、といってもニーナからすれば僕も子供である。

「その、随分遠くまで来てしまったのですが散歩なんです」

「たしかに散歩するには丁度いい世界だがね」

「前には蛙、後ろには鬼がいるってだけの世界で私も退屈で、坊やと嬢ちゃんに会えてばあちゃんは嬉しいよ」

「鬼がいるんですか?」

「蛙には会った、んじゃ鬼にも会わなくちゃね。ちょっくら鬼退治に裏の山にでも行っておいで」

 ニーナは桃太郎の話でも聞かせているように簡単に言う。

「ただし彼女と同じでいくんだよ坊や」

 僕は黒蓮の方を見た。途端に背は縮み机は大きく、椅子の上では床に足がつかない。

 珈琲牛乳を飲み終えた黒蓮は満足げに口を半開きにしていた。

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