世界壊しのデミゴッド

第1話

その冬の日は雨が降っていた。オンボロアパートにも冷たい隙間風が吹き込んでいて、部屋の中は寒かった。私は傘立てに傘を差しこんだ所で固まっている。私は我が家の全てである一間の奥を見ていた。そこには短い紐に吊られて揺れる人影があった。薄暮の薄青光に浮かび上がるそれはとても馴染み深い人間だった。私はどうするでもなく立ち尽くすことしかできなかった。何かの考えも感情も浮かぶにはまだ早かった。ただ首を吊って死んでしまった兄を見ていることしかできなかった。



都会は夜も眠ることなく騒がしい。昼ほどではないにしても人は行き交い、車もひっきりなしに走っている。ビルにも灯りのついた窓が並び、遠くで救急車だのパトカーだののサイレンが鳴っていた。年がら年中人気というもの消えることはないのかもしれなかった。

 そんな街の一角で突然マンホールの蓋が弾け飛んだ。雑踏を行く人々は一瞬呆気にとられたが、すぐにわが身を守ろうとマンホールからどよめきながら離れていく。一人残らず離れたころようやく蓋は地面に落ち、コンクリートの路面にヒビを入れた。それとともにもう一つ地面に落ちたものがあった。人間だった。人相の悪い小男だ。そして人々の注目を浴びるマンホールの中から大男が現れた。ぼさぼさの髪に小汚い外套を着た、みるからに堅気でない男だった。大男はマンホールから出ると小男の横にかがんだ。様子を伺っているようだった。小男は気絶しているようでピクリとも動かなかった。

「あぶねぇだろうが! 気を付けろ!」

 一人のおっさんが叫ぶとそれを合図に人々はまた何事もなかったように歩き始めた。

「スマン」

 大男はボソリと言った。おっさんに応えたらしかったが、おっさんはとっくに行ってしまっていた。大男はぼさぼさの髪を掻いた。

 大男はロープを取り出し、小男を縛り上げると、もう一度マンホールに入っていった。そして、もう一度出てきたとき、マンホールの前には細身の男が立っていた。うさん臭い丈の合っていない安いスーツを着た、胡散臭い男だった。

「いやぁ、どうもありがとうございました、比馬さん。天晴れなお手並みでしたよ」

「分かり切ったお世辞を言うな、滝田」

 比馬はそう言ってマンホールの中から長い棒を地面に放った。長刀だった。

 比馬は賞金稼ぎだった。荒事をこなすことで金を稼ぐのが生業だ。滝田はその業界の仲介人。二人は馴染みの仲だった。

「いえいえ、ちゃんと本心も含んでますよ。さて、この男は警察に任せるとして。あ、報酬は後日口座にに振り込まれます、いつも通り」

「わかった」

「それはともかくとして。次の仕事の話をしてもいいでしょうか」

「また随分と早いな」

「ええ、依頼人がかなり焦ってるみたいで。その上かなりの腕っぷしが必要な仕事なんですよ」

 滝田は携帯の画面をスクロールさせながら言った。最近発売された最新のものだったが、比馬は特に興味を示さなかった。

「どんな仕事だ」

「一言で言うと神狩りです」

 比馬は長い前髪の下にある目を細めた。さすがに『神』という単語に多少の動揺はあるようだった。

「本気で言っているのか」

「ええ、神性種の討伐です。結構な大物のようですよ」

「本当に討伐が必要なのか」

「ええ、向こうもできる限りの対応はしたそうですが。『呼びかけ』もまったく受け付けないし、神性が高すぎて強制還元もできないそうです。まだ、発生初期なのでさほど動きはないそうですが、それでも4人死んでいます。これが覚醒したら大事だということで、討伐するしかないんだそうです」

「むぅ・・・・」 

 比馬は腕を組んで考えこんだ。話を受けるか考え込んでいるらしかった。滝田が資料の画像をみせても生返事を返すだけだ。

「どうします。たしかに危険性はかなりのものですが、その分報酬も相当のものです。断るんなら他に回しますけど」

「いや、受けよう」

「お、本当ですか」

「いろいろ思うところもあるからな。何より確実な食い扶持が欲しかったところだ」

「いあぁ、助かります」。何人か当たったんですけど全員フラれて困ってたところだったんですよ。さすがは比馬さんです」

 滝田はすぐさま携帯でメールを打った。その間に比馬はマンホールの蓋を元に戻して刀を担いだ。

「その道路の日々の弁償はこちらでいたしますよ」

 滝田がメールの送信音とともに言う。

「報酬から差し引きではないのか」

「この仕事を引き受けてくれたんですから、出血サービスです」

「調子のいいことを」

 比馬は小さく溜息をつく。滝田の調子への意味と、次の仕事への意味の両方だった。滝田は金のやりくりに関してはとにかくケチだった。その滝田が出血サービスするほどの仕事なのだ。相当のものなのは確実だった。

「じゃあ、善は急げといいますし。さっそく現場に向かいましょう」

「もうか。早いな。まるで俺を逃がすまいとしているようだ」

「いいえ、まったくそんなつもりはありませんよ。ただとにかく急ぎの仕事なので」

 滝田は笑顔である。比馬はあきらかなその作り笑いを見てしばらくは大変そうだ、と思った。滝田が先に立ち二人は行き交う人々の流れに交じって歩き始めた。



「いやぁ、結構な有様ですねこれは」

 二人は街からしばらく離れた山の麓の屋敷に来ていた。正確には屋敷だったものだった。壁は砕け、柱は折れ、所々倒壊している。中に入りライトで照らすと床もそこらじゅうが砕け、家具で原型を留めているものは数えるほどしかなかった。何か巨大なものが暴れまわった跡だった。比馬は構わず中に踏み入る。

「ちょっと比馬さん。まだ、完全に安全が確認されてはいないんですよ。もう少し慎重に」

「今は大丈夫だ」

 比馬は何か分かっているらしかった。真っ暗な中を迷わずズンズン進んでいく。

「まったく」

 滝田もおっかなびっくり比馬の後に続く。光がライトしか無い荒れ果てた屋敷の中はいつ何が出てもおかしくないような不気味さだった。時々飛び散った血痕が床や壁で固まっていた。やがて比馬はひとつの部屋の前で足を止めた。壁は崩れ落ち部屋の中は丸見えで、ドアだけが虚しく原型を留めていた。

「さすがですね。ここが被害者の居た部屋です。事の起こった中心ですね」

 比馬はドアの横の崩れた壁をまたぎ中に入った。その部屋は今までの屋内以上にめちゃくちゃだった。室内は瓦礫の山で、何がどう置いてあったか手がかりさえ掴めない。全てが粉砕されていた。比馬はその部屋の奥まで進んだ。滝田がライトで照らすと瓦礫の中心におびただしい量の血が放射状に広がっていた。人間一人分の血液が全てぶちまけられた量だった。

「ここで死んだようですね」

「死人は一人だと言っていたな。この有様で。確かな情報なのか」

「ええ、被害者を殺したら消えたそうです。この部屋以外の状態はその余波によって引き起こされたとか。やはり、まともな相手ではなさそうだ」

「神性種だからな」

「あれ。ひょっとして比馬さん。神性種と戦うのは今回が初めてじゃないんですか」

「戦うのは初めてだ。ただ、昔間近で見たことがある。人間が相手をするものではないな。あれは」

 比馬は、遠く昔を思い出すように目を細めた。

「結局何なんですかね神性種って。神気の塊だとか、人間の願いを聞き届ける神だとか。言う人によってまちまちですけど」

 神性種は世の中に満ちている目には見えない神気の具現化したものだった。その発生には何パターンかあって、依代を媒介にして具現化したり、強大な自然現象の折に発生したろする。しかし、その中でも特筆すべきは人間の意思に応じて発生する場合だろう。原理は良くわかっていないが、神気は人の意思に反応するのだ。核になるもの、人間の意思、その他いくつかの条件が合わさると具現化する。しかし、それも簡単にできるものではなく、大国が軍事利用のため研究に躍起になっても自由な具現化を成功させることはできなかったという過去があった。ちなみに、自然発生したものを自然系、人工的に発生したものを感応系という。

「いや、あれはそんなろくなものじゃない。どちらかと言えば悪魔に近いだろう」

 そう言いながら比馬はしゃがみこみ血痕を触る。こりこりと音が響いた。血液だけではない。粉々になった内蔵や骨も混じっているようだった。どこかに大穴が開いたとか、押しつぶされたとかではなく、文字通り全身粉砕されたようだった。

「で、跡はたどれそうか」

「ええ、何せ神気の塊ですからね。ばっちり残滓を残している様です。検索が終わるまでしばしお待ちを」

 滝田は携帯を取り出ししばらくいじるとポケットにしまった。比馬はその間も血痕をじっと見ていた。

「被害者は何故殺されたんだ」

「おや、珍しい。他人の素性をあなたが詮索するなんて」

「・・・・どうなんだ」

「いえ、まぁ。クライアントのことは深くはお話できないんですけどね。どうも何らかの怨恨が動機のようです」

「怨恨? 感応系なのかその神性種は」

「どうもそうらしいですね。まぁ、この被害者はさる財閥の権力者だったんですがね。ここの前の被害者も為政者だの、金持ちだの、社会的に地位の高い人間ばかりで。しかも全員こういうひどい死に方ばっかりなんですよ。社会に対して憎悪がある人間に感応した個体、という線が強いようです」

「ふむ」

 比馬は腕を組んで考えこんだ。目を細め頭のなかに意識を集中させている。

「何か分かったことでも?」

「いや、そういうわけではないが」

 その時、滝田のポケットの携帯がピロリンと音を立てた。検索が終了した音だった。滝田は携帯を取り出す。

「おや、出たようです。現在地が、えーっと。我々の立っているところから北に20m。って!」

 滝田が言うが早いか庭側の壁が音を立ててはじけ飛んだ。間一髪、二人は身を伏せてそれをやり過ごす。吹き飛んだ壁の向こうからその攻撃の主が姿を現す。怪物だった。腕も足もなく、岩のように脈絡なくでこぼこした胴体。その後ろから二本の触手が伸びている。くちばしをそのまま乗っけたような顔には青く光る目が4つ。それが二人を見つめている。滝田は悲鳴をあげてたじろぎ、比馬は背中の長刀を抜いて化け物に構えた。

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