第4話 お城でした

(待て待て待て待て待て!!私、女だし!・・・いや、そういうことじゃなくて!!)


────ダメだ、何とかして意思疎通かいわしなければ私の名前がタロウになる。

やばい、とで冷や汗が垂れた。


実を言うと話す方法についてはもう既に当てがある。何故それを使わないか、それは単に気が進まないだけで・・・。初対面の人とコミュニュケーションがとれるか不安なだけで・・・決して人見知りとかじゃなくて・・・。


「じゃ、けって──」


(いよぉし、使うかぁ!!)


即断即決。


青年の一言によりさっきまでの葛藤はあっさりと消える。もう、使うしかない。コミュニュケーションがどうのとか言ってる場合じゃない。


青年が言い切る前に魔法を発動。

────第1階級魔法念話《テレパシー

青年に向かって青いエフェクトがかかり、無事魔法が発動出来たことを確認してから、ストップをかけた。


『ちょぉっと待てい!!』


「うわっ、何?誰?・・・ああ、なるほど。」


その青年の様子に内心舌打ちする。


───さすがに反応早いな・・・。一瞬で気づいたか。


言葉が話せないなら口に出さない方法で伝えればいい。脳内に直接言葉を送る念話───本来は遠くにいる者と話すためにこの魔法は使われるが、今回は口に出さないという性質を利用した。まさか、こんな使い方をするなんて思わないだろう。


案の定、そう思わなかった青年は驚きの表情を作りながらも器用に笑顔をも作り、


「なぁーんだ、意思疎通できたんだね。じゃあ、わかってるよね?」


『・・・?』


私はわざと首をかしげる。

いや、本当はわかってはいるのだが・・・その希望を無くしたくないというか。現実逃避というか。


当然のことながら青年はその希望をあっさりとぶち壊した。


「うん?もちろん、君を持ち帰るってことだよ?もちろんいいよね?」


『・・・。』


(つまりテイクアウトですね、わかります。)


どうやらさっきの出来事で気に入られてしまったらしい。一体あの出来事のどこに気に入られる要素があるのだろうか。


(でもまあ、予想通りではあるな。)


「・・・やっぱりかー」と、心の中でため息をつきながら、青年を見据えて訊く。


『因みに拒否権は。』


「うん、ない。」


即答。


思わず「ですよねー」と苦笑いをした。こうして希望は完全に消え去ったのだ。まあ、わかっていたことだけれども。


満面の笑みで答えられ、ため息をつく。あの怪しい発言(閉じ込める云々)からして、どうせ拒否なんてできないって予想はできていた。

やはり、逃げた方がいいのか───再びそんな考えが頭に浮かぶ。


(・・・無理だろうな。それも。)


如何せん、相手の本気が分からない故に逃げることもできない。下手なことをして、逆鱗には触れたくない・・・少なくともこいつだけは。得体の知れないこいつには。


(となると、ついて行くしかないのか・・・。うーん・・・従えばすぐには敵対してこないだろうしな。)


仕方なく、了承の意を伝える。


『・・・了解。ついて行くよ。』


「わーい、嬉しいなあ。俺はアヴィル、よろしくね、タロウ。」


『よろ、』


最後に呼ばれた名前に思わず、よろしくと言いそうになるのをぐっと堪える。

まだこの問題が残っていたのだ。この名前ネーミングセンスの問題が。

深々と心の中でため息をつくと、ひとつ深呼吸をして、


『待て待て待て待て、ちょっと待て。いいか、私は女だ。』


「うん?それがどうかしたの?」


キョトンとした顔で聞き返される。それを眉をひそめて見上げた。


『・・・普通、タロウは男の子につける名前じゃないのか?』


「え?俺はいせ・・・ある場所での大人気の名前だって教えてもらったよ?・・・女の子の名前として。」


それは明らかに間違いだ。ある場所がもし地球ならば。

大人気と言うより、定番と言うべきだろう。もちろん偽名の。


「・・・違う?」


ニコニコとした無邪気な笑顔を見て何かいたたまれなくなる。何故だろう、こんなやばそうな奴なのに。


(・・・誰だよ、真逆なこと吹きこんだ奴は。)


なら、もしかして───、


『・・・男の子はハナコ?』


「うん!よく分かったねー、やっぱこの名前は有名なの?」


『いや、そうじゃなくて・・・。』


少し気の毒になった。いや、さすがに自分の名前に関する事だから教えなければ。


『たぶん、それ逆。』


「うん?」


『男の子がタロウで、女の子がハナコだと思う。それに人気じゃない、決して。』


「・・・へえ?」


───ゾクリ


私が説明すると、アヴィルは何故か笑みを深くした。まるで獲物を見つけたような、そんな笑みだ。


(・・・なに、これ。何だろう。)


────


自分の意志とは無関係に、突然の寒気に身震いし身体が警戒する。

やはりこの青年は危ない。だが、いきなり何故・・・?


疑問を感じたところで、ぱっとアヴィルの表情が変わった。


「なぁーんだ。そうだったんだね、ありがと。・・・後であの嘘つき巨乳ババアを殺っておかなきゃ。」


『・・・どういたしまして。』


───・・・後半の殺人宣言は聞かなかったことにしよう。


ひとつの危機を乗り越え、ほっと胸をなでおろす。これからいつも一緒だと考えると気が気ではないが、それはその先々に対処をしていけばいいだろう。もちろん、さっきの笑みにも。

幸いなことにアイテムも魔法もあるのだから。


「じゃあ、君の名前は?」


『私は・・・。』


───そうだ、そういえば名前考えてなかったな。


本名からとってもいいが、ここは異世界(仮)、せっかくなら違うのでもいいだろう。

しばらく考えた後、結局桜もち@粒餡からとることにした。

すぐにわかるはずだ。EWOのプレイヤーなら。


『本名はサクラモチ、サクって呼んで。』


「ふぅん、ネーミングセンス無いんだね?」


───失礼な、これにはちゃんとした意図があるんだぞ。それにお前にだけは言われたくない。


このサクラモチという名前には意図がある。もちろん桜もち@粒餡というニックネームからとったというのもあるが、ひと目で転生者だと気づかせる目的もある。

決してネーミングセンス皆無という訳では無い。決して。


少しいらっと来たので、私はわざとらしくにっこりと微笑んだ。


『あは、貴方程ではないよ。』


「・・・喧嘩売ってる?」


『まさか、これからよろしくね。』


両者共に笑顔で挨拶を交わす。その表情の裏には冷え冷えとした何かがあった。


暫くの両者の沈黙の後、先に口を開いたのはアヴィルだった。

そういえば、と話を切り出す。


「さっきの俺の手加減・・・した攻撃、どうやって耐えたの?なんか魔法使ったでしょ?」


───まあ、そりゃ魔法使わなきゃ装備なしで耐え切れるかわかんなかったしね。手加減・・・した攻撃を。


表には決して出さないが、心の中で口を尖らす。手加減という所をわざわざ強調しなくたっていいのだが・・・。

少しムスッとして、返す。


『ただの第5階級魔法である防御盾シールドを、第11階級魔法の倍加魔法ダブルで効果を2倍にしただけのこと、ただそれだけ。』


「なぁーるほど、ただそれだけ、ね。」


───第5階級魔法更には第11階級魔法を、、ねえ?


アヴィルの笑みが一層深くなる。嬉しいのだ、自分以外の強者ばけものに会えたのだから。

そうとも知らずに私は眉をひそめた。


『・・・なんか含みのある言い方ね。』


アヴィルはそれには答えず、ただ意味ありげに笑った。

それに対し、私は肩をすくめる。


『まあ、それはどうでもいいんだけどさ。私を持ち帰って具体的にどうするの?』


「育てる。」


(おいおい、ちょっと待て。育てるも何も、)


『先、断っておくけど私はアンデットだよ?食事睡眠要らないの、つまり放っておいても勝手に育つの。』


「じゃあ、ずっと眺めてる。」


『変態か。』


思わず頭を抱えたくなる。どうしてこうなるんだ。


「ま、俺としては俺の傍にいてさえくれたらあとは自由にしてくれても構わないんだけどね。」


『・・・。』


───つまり一緒にいろと。一緒にいてくれたら何をしても構わないと。そりゃ、こんな美青年に言われちゃ断れないけども。


早々とまずい展開になってしまった。どう考えても、気に入らないことがあってポチのようにお陀仏な未来しか予想できない。ポチは回避したが、もう詰んでる気がする。

ううん、と唸ってるとアヴィルが話題を変えた。


「そうだ、さっき言ってたけど。君、アンデットなんだね?人間じゃないとは思ってたけど、まさかアンデットとは思わなかったなぁ。見た目も骨じゃなくて普通だし。」


どうやら、無意識のうちに種族をばらしてしまっていたらしい。これでは弱点を晒しているのと同じだ。


───・・・これでまた、頭痛の原因が増えたな。


はぁ、と本日何度目になるかわからないため息をつき、


『中身は骨だよ、ただの。全身の人皮を被ってんの。』


それもただの人皮ではない。持ち主の防御力に応じて硬度が変わる優れものだ。つまり、防御服のような役割もある。

それだけではなく、汚れも付きにくいように加工されているため非常に便利だ。万が一破られたとしても自己修復機能だってついているから時間で直る。

半永久的に使える超便利アイテムなのだ。


・・・などど、心の中で力弁しても伝わらないので意味がない。


(・・・これも情報だからなぁ、自慢できないのが辛い。)


「へぇー?ま、どうでもいや。」


つまらなそうに欠伸をするアヴィルに、じゃあ聞くなよ、と息をはく。それと同時にふわっと身体が浮き上がった。


『んなっ、何を・・・。』


「まあまあ、暴れないで。」


よっ、とアヴィルが私を持ち上げる。


「このまま連れてくから。大人しく、ね?」


『・・・。』


(・・・うわあ、初めて男に担がれたよ。お姫様抱っこよりかはマシだろうけど。)


私は返事をせずにそっぽを向いた。荷物のように小脇に抱えられたこの状態で何を言えばいいのだろうか。

・・・内心は羞恥心でいっぱいだが。


さっきまでの景色とは違い、この状態は遠くまで見渡せた。どうやらここはかなり広い森らしい。遠方には低い山も見える。なにやら建物らしきものも見えるが、それもかなり小さい。

ただ、この雰囲気からして日本ではないことは明らかだった。


(人里から離れたところ・・・か。)


「どうする?空の旅にする?それとも転移する?」


『・・・転移で。』


りょーかい、と共にふわっとした浮遊感が襲う。ああ、この懐かしい感覚は。

───第2階級魔法、《転移魔法テレポート

知っている場所ならば、距離に応じたMPを消費して移動できるという便利な基本魔法だ。

だが、


(それを無言か・・・予想できた事とはいえ、無詠唱とは。)


基本魔法とはいえ、無詠唱ではわけが違う。詠唱短縮とは違い、完全に詠唱を無くすとなるとMP消費が大きくなるのは当然だが、魔法が成功する確率も減る。

その上、無詠唱にもコツがいるのだ。簡単にできる代物ではない。




『着いたよ。』


そう言われて目を開けると、一際強い風が下から吹き上げた。思わず目を瞑る。


(下から・・・風?)


ふと下を見ると、小さな木々が見える。それはつまり・・・、


『・・・浮いてる?』


「うん、浮いてる。」


そう言うアヴィルの腰からは1m以上もある漆黒の羽が。

艶やかな黒が月の光を反射して美しく羽ばたく。

なんてことのないようにアヴィルは飛んでいるのだ。それもかなりの上空で。


『・・・人間じゃないとはなんとなくわかっていたけど。』


綺麗な羽だなぁ、と触りたい衝動に駆られるがここは我慢だ。触ろうと手を伸ばせば落ちるかもしれない。いくら魔法が使えるからってわざわざ落ちる必要もないだろう。

よし、後で触らせてもらおう。


いつの間にか夜となり、ふたつの満月が並ぶようにして夜空に浮かんでいる。それを眺め、薄々わかっていたが改めてここは異世界なのだと感じる。


『・・・綺麗。』


来てしまったものは仕方ない。うだうだ言うより、順応していくことが大切だ。

まずは、この青年を何とか上手く利用できれば。それが駄目でも危機回避さえできれば十分だ。


よし、と改めて自身に気合を入れる。


───夢中だったからか、その様子をアヴィルが微笑みながら見ていたなんて全く気づかなかった。


「それよりもほら、前を見てみてよ。」


アヴィルが指をさしながら、言う。それにつられて前を向いた。

そこには、


『・・・お城?』


「うん、俺の家。でかいでしょ?」


黒黒とした石造りのお城。それはまさに西洋ファンタジーに出るような風貌で、幾つかの塔が集まって出来ていた。大きさはちょっとした街ぐらいはある。なかなかの大きさだ。


『・・・凄いねぇ。』


どっしりとした重量感のある黒い城に、青白い月光が降り注ぐ神秘的な光景に思わず見入った。

アヴィルが得意気な顔をする。


「気に入ってくれたみたいで嬉しいよ。じゃ、入ろうか。」


少し名残惜しい気もするが、ひとつ頷く。この様子だと内装もかなり豪華そうだ。


・・・後で城の探検でもしてみようか。

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