第3話 飼い主でした

次はここをどう出るか、だ。

まず、魔法を使わずしての脱出は無理だろう。森の広さがどうあれ動けないこの体では不可能だ。

だからといってここにいたままだと、どんな危険が来るかわからない。

────ぶっちゃけると、魔法が使えてアイテムも全てあるなら、保護者にんげんは要らないし、安全な街にでもいれば1人でも生きていけるだろう。なんせ、食事睡眠休憩・・・・・・全て必要ないのだから。


「・・・あうう。」


うーむ、と短い腕を無理やり組んで唸る。


(一応、念のためMPはあまり使わない方がいいか。とんでもない強敵が現れた時のために備えておこう。───それよりも、暗いな・・・。)


もっさりとした木々の葉が、すっかり綺麗になくなり、よく見えるようになった空に目を向け、ため息をついた。


今は夕方を過ぎたあたりだろうか、先程まで見えていた太陽らしき物体が見えなくなっている。

辺りはまだ薄暗い程度だが、木々がなくなったお陰で見晴らしは良くなったものの、恐らく、これから更に魔物達は活発になるはず。油断は禁物だ。


今更ながらライトノベルに感謝する。これが無かったら何も知らないままここに来ていたことだろう。そうなってしまったら・・・悲惨な目にあいそうだ。

───テンプレでよかった。この世界を知っていてよかった。


心の中で感謝し、改めてこれからの事を考える。

ここが森の中だとすると、冒険者が魔物を狩りに来るかもしれない。そうなると少し厄介になる。

なぜ、こんな所に赤ん坊がいるのか───疑問に思わないはずがない。

すぐに思いつくのは『魔盲』だから捨てられた、という事。しかし、それは多分ありえない。


魔盲というのは魔力が全くない者のことを指す。普通ならば、全ての生物は僅かでも魔力を持つものだ。それが、全くない。この世界の場合は知らないが、ライトノベルでは魔力の安定する5歳から魔力の測定をするという。その時に魔力の大きさ、質、属性が明らかになるのだ。


逆に5歳にならないと、魔力の有無はわからない。赤ん坊でわかるわけがない。

そうなると別の理由で捨てられたと判断するが、単に貧乏で捨てられたならばもっと人気ひとけのある街中や教会にでも捨てるだろうし、わざわざこんな危険そうな森まで来ないだろう。


そして、最終的には『何かよくわからない忌み子、しかも魔物に食べられていない不気味な赤ん坊』となる。しかも魔法を使った暁には『危険な化け物』という言葉も付くことだろう。

好んで近づく者はいなさそうだ・・・。


「・・・うう。」


そうして考えた結果、人にはできるだけ協力的にし、生命の危機などの緊急事態の時以外には魔法は使わない方がいいという結論に至った。

友好的にかつ平和的に───どの世界でもこれが一番だ。



あれから体内時計で数時間が経った。

魔物らしき気配もなく、木々が円状になくなり見晴らしはかなり良い、食べ物もいらないので、平和的なこのままの状態が一番いいが・・・。


「あ、見つけた。」


・・・どうやらそうも言ってられない状況らしい。


(・・・っ。)


弾かれるようにして身を強ばらせる。

人とも魔物とも違うこの気配に、背筋を冷や汗が一筋垂れた。

そういや気配とか魔法も使ってないのによく分かるな、とふと疑問に思う。しかし、すぐに首を振った。

今はそんなことを考えている暇はない。


(魔物さっきとは強さがまるで違うって・・・。でも怖いというよりは、危ない?いや、あまり変わりはないか。何者だよ・・・こいつ。)


ひとつ確実なのは、人間・・ではないということか。


生命の危機のはずなのに、何故か冷静な思考にふっと肩の力を抜く。


「・・・うあ。」


何故だろう。この青年からは殺意も敵意も感じられない。だからなのか簡単に意識が緩んだ。


(・・・どうする?相手に敵意は無さそうだから、魔法は止めておくか。下手に刺激して、戦いに転じたら最悪だし・・・。それに、なるべくこいつと戦いたくはないな。)


何故だか本能が戦うな、と言ってる。言われなくともそのつもりだったが、思いもよらぬ事態に眉をひそめた。


「あうう!!」


「・・・ふぅん?」


その時一瞬、青年が声をもらしたほんの一瞬で姿がすっ、と掻き消える。

慌てて警戒レベルを一段階引き上げた。何か未知なる能力か?───しかしすぐに首を横に振った。


(・・・いやこれは魔法だ。)


詠唱も何も聞こえなかったが、このエフェクトは間違いなくこれは魔法。EWOに慣れ親しんだからか、自然と頭の中にその魔法名が浮かぶ。


瞬間移動テレポーテーション、ね。そりゃまあ、魔法くらいは使えるか。こんな気配のヤツだし、人間じゃないっぽいし。)


思いの外、自身が冷静だったことに若干驚いた。案外、取り乱さないものなのか。

瞬間移動特有の空間が歪むような錯覚の後、すぐ側から気配がし、そこに移動したのだとわかる。

私は特に驚くこともなく、ただそこに目を向けた。


「・・・!?」


その事に青年は驚愕する。まさか移動先を読まれるとは思わなかったのだ。しかも、赤ん坊に。

たとえそれが偶然だとしても。


───へえ、こんな小さい赤ちゃんが、ねえ?・・・これから楽しめそうだ。


内心、ほくそ笑む。青年はにこやかに眼下にいる獲物あかちゃんに語りかけた。


「どーもこんにちは。いや、こんばんはかな?」


一言で言うと、まさに美少年。歳は大学生くらいか、成人はしていないように見えた。

すっと透き通るような白い肌に、それを引き立たせる様な艷めく黒髪、その中で鮮血を吸い取ったかのような紅い瞳だけが異彩を放っている。

女とも見まごうような容姿だが、纏っているモノは女のソレではない。

まるで夜の闇に浮かぶ月のような妖しさ。桜色の唇が弧を描き、表情カオは笑っているようだが、何故かぞわりと悪寒が背筋を走る。


(確かにこいつは、危ないなぁ。ほんと。)


いつでも動けるように身体はゆったりと落ち着けてはいるものの、内心ひやひやである。


そんな青年の口が、開いた。


「ま、いいや。君は知ってると思うけど、ペットのポチ───さっきの魔物───が君を食べようとして歯が砕けたんだって。・・・ああ、別に報復とかじゃないよ?だって、弱かったら負けるのは当たり前じゃないか。」


始終、ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべてはいるが、謎の不気味さを感じる。間違いなく、こいつは強者だろう。本当に何者なのだろうか。

頭の隅でそんな事を考えながら、自分を覗き込む青年を見つめる。


(・・・明らかに飼い主じゃないすか、さっきの魔物の。そうか、ポチって名前だったのか。・・・名付けにセンスないのね。あれか、完璧な人はいないっていうあれか。)


とりあえず、どうでもいい事を考えて気を紛らわすが、どうしても青年に目がいってしまう。何というか不思議な妖しさがあるのだ。

風で青年の黒いローブの裾が揺れる事さえも、妖しく見えてしまい、一瞬目をそらした。


(うわぁ、稀に見る美少年だからといって動揺し過ぎだ。平常心、平常心。)


惚れた腫れた、などという青春の欠片のような感情は朽ち果ててはいるが、どうも美少年イケメンに対する耐性は持ち合わせてはいないらしい。・・・残念ながら。


はあ、と情けなくてため息をこぼす。

そんな様子も気にせずに青年は話を続けた。


「でね、来てみたらまぁるく木がなくなってるし、その中心には赤ちゃんがいるし・・・。それにその血、ポチのでしょ?凄いねー、あいつの自慢の牙を砕くなんて。あいつ───血塗ブラッディウルフはランクSSの魔物だし、世間一般的に結構強いらしいから気に入ってたんだけどなあ・・・ま、俺にとっちゃ。」


私にとっても弱かったな、と心の中でつぶやく。別に張り合うとかではなく、EWOの時と比べて本当にそう思ったのだ。


(・・・世間一般での結構な強さがあの強さ、か。ランクSSってあんなに弱かったっけ?・・・うーむ、さすがにあれじゃ弱すぎだろう。)


ランクSSというものが、この世界ではどのくらいの強さなのかはわからないが、青年の苦笑した表情からしてそこそこ強いらしい。

EWOとの強さの相違に、思わず眉を顰める。


(・・・どういうことだ?EWOでランクSSといったら、私の防御を普通に破れる筈なのだが。EWOと違う世界・・・なのか?)


未知の世界。

本来ならば未知であることに恐怖を感じるだろう。────しかし、EWO経験者プレイヤーの私はコレに魅力を感じていた。


未知?

いいじゃないか、これから知ることができるのだから。

異世界トリップ?

どんと来いや。いや、もう来てるか。


(とはいえ、慎重にならなければいけない事も事実で・・・。それには情報がいるな・・・。この青年の出方次第か。)


相変わらず笑みを崩さない青年に目を向ける。どうもいけ好かないな、と思いつつも不思議なことに何故か頬が緩んだ。

しかし、それは次の言葉で固まる。


「───俺さ、弱いやつって大っ嫌いなの。だからさ、殺しちゃおっかな。ね、どう思う?」


(誰を!?・・・ええ、もちろんポチの事ですよねわかります。)


まるで晩御飯のメニューを提案するような軽さで、自分のペットを殺そうとしている。

────・・・という理由だけで。

たったそれだけの理由で殺そうとしていることに、身震いした。しかも驚くことに、その表情は笑ったまま変わっていない。心底愉しそうな、そんな笑顔。


(うわ、こいつダメだ。色んな意味でダメだ。性格云々じゃなくて存在が。・・・こんなのがいる世界って、大丈夫かな。どうしよう、別の意味で心配になってきた。)


「・・・ねぇ、どう思うって訊いてるんだけど?」


────・・・ぞくり


突然の地を這うような声が背を撫で、鳥肌が立つ。見ると、口元の笑みはそのままに目だけが笑っていない。


(冗談じゃない。・・・なんで異世界ここに来て初めて会ったのがこんな奴なんだろう。)


心の奥底から嘆き、全力で頭を横に振る。さすがにこんな事であの魔物モフモフが死なれちゃ後味が悪い。むしろ、死んで欲しくない。モフモフしたい。


「ね、どう思う?」


「・・・あうう。」


当然、言葉は通じないので首を横に振ることで意思表示をする。答えはもちろんNO。あんなモフモフを殺すのは良くない。そもそも自分のペットを殺すのは可笑しいだろう。


必死で否定するとその思いが通じたのか、青年は肩をすくめた。


「・・・うーん、君がそう言うならしょうがないか。」


ま、俺としてはどっちでも良かったんだけどね、と続けて言う。


「だって、今から君の強さが見れるんだもの。」


「・・・あう?」


一体どうやって、と疑問が脳裏をよぎった瞬間、


────ドォオオオオン


耳元で鋭い風が吹いた。


「・・・う!?」


想像よりも大きな音に反射的に身をこわばらせる。───・・・恐らく一瞬であろう青年の動きをしっかりと目で追い、身体を反らした私を褒めて欲しい。


まるで隕石が落ちてきたかの様な大きな地響きがした。ぐらり、と大地が揺れる。

しかし実際は・・・、


「おおー、この衝撃に耐えられるんだ?人間は一発で死んじゃうのに?・・・いいねぇ、そうじゃなきゃすぐ終わってつまらないもんね。」


目を向けると、地面に手をめり込ませたまま笑顔・・で言う青年の姿があった。よくよく見てみると衝撃により地面に割れ目が生じている。

まさにクレーターそのものであるソレを間近で見たことにより、今がプレイヤーであることも忘れて絶望を感じた。

しかも、そのクレーターもどきは木がなくなっている所まで広がっている。


(うわ、衝撃ひとつで人を殺すとかありえな・・・いや、ありえる世界なのかここは。確かにこの衝撃じゃ、レベルが低いと木っ端微塵になりそうだ。)


はてさて、プレイヤーの身体はどれくらい耐えられるだろうか・・・───、と青年に目を向ける。


「しゃ、次は当てるね?」


既に拳を振り上げたまま、相変わらずの笑顔で言った。

あんな細い腕の何処に力があるんだろうか・・・多少は筋肉もついてるみたいだけど、そうかあれが細マッチョというものなのか───、などと余計なことも考えつつ今の状況について考える。


────今はEWOでのステータスらしいものの、今は裸である。つまり、弱点に限りなく弱い。弱点の一つに打撃攻撃耐性が低いというものがある。打撃───つまりは殴る行為だ。相手が低レベルならば問題はないが、さっきのクレーターを見るとその可能性はないだろう。

なんせ、消滅魔法と同じ範囲に衝撃が広がったのだから。


(・・・使っちやおうか、魔法。攻撃だと仕留められない可能性もあるから、MP消費の少ないやつ。瞬間移動テレポーテーションか、それとも時間停止タイムストップか、それ以外か。いや、時間停止タイムストップはMP消費が大きかったっけ。なら、敢えて受けて耐えるのもありだけど・・・如何せん威力が分からないからな。いや、どのくらいの強さか知りたいし防御してみようか。)


迫り来る拳を見据えながら悶々と考えた結果、ある魔法を発動する。


(これで耐えられるといいんだけど・・・《倍加魔法ダブル、対象:防御盾シールド》)


魔法の発動と同時に勢いづいた青年の拳が見えない盾に当たり、ミシッと嫌な音が響いた。

しかし、壊れる様子はない。


「・・・ん?」


青年はその様子に一瞬怪訝そうな顔をしたが、次の瞬間には満面の笑みを浮かべている。

その青年の様子に少し嫌な予感がして、眉をひそめた。


(何だろう、見るからに凄く嬉しそうなんだけどこの人。ぱああって効果音が付きそうな笑顔なんだけど。)


拳を離した青年が一言言う。


「うん、気に入った。」


「・・・う?」


誰を、なんて言われなくてもわかる。


(・・・これは間違いなく、私のことだな。)


嫌な予感が的中し、ため息をついた。よりによって危ない人に気に入られてしまったようだ。

続けて青年が言う。


「だって俺が・・・しても壊れなかった初めての存在だもの。めちゃくちゃ気に入った、・・・大切に大切に閉じ込めて、壊れるまで仕舞っておきたい。」


───・・・よし最後の言葉は聞かなかったことにしよう。うん、そうしよう。

改めて危ない人だと認識した瞬間だった。


「というわけで、一緒に住もうよ。欲しい物はあげるから、ね?」


(ちょおおっと待てい!!私はまだ何も言っていないって!!)


赤ん坊の思いは、当然ながら言葉になる事はなく・・・、


「あうあうあー!!」


「そっかぁ、来てくれるんだね。」


心の底から嬉しそうな綺麗な笑み。こんな状況じゃなかったらきっと見惚れていただろう。しかし今は。


(いやいや、待て待てい!違う違う違う!!私はこんな危ない人について行きたくない、断じてない!!例えそれが美少年だとしても!!)


しかし、青年は更に話を進める。


「あ、じゃあ名前決めなきゃだよね。・・・ええっと。」


「うー・・・。」


私の精一杯の抵抗である恨めしそうな唸り声は虚しく風に流された。


「じゃあ、タロウにしよう。」


「・・・あうぇっ!?」

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