スキー場で

「こんなの無理だよぉ」


 白銀のスロープを見下ろして、マーロンはストックを握ったまま凍り付いた。


 母親が買い揃えてくれた真っ赤なスキーウェアは、ロッジの中では毛布を体に縛り付けた様に暑苦しく感じた。

 しかし、いざゲレンデに出てみると、刺す様な冷気がまるで針の様に、ナイロン地のスキーウェアのそこかしこから忍び込んで来る。


「クラスにも、スキーで脚を折っちゃった子がいるんだ」


 改めて言葉にすると、自分もそうなる危険性が一段と高まった様に思えた。


「新聞にも、木に激突して死んだ人のニュースとか良く載るじゃないか」


 滑る先には九十九パーセント以上の確率で巨大な障害物が待ち構えており、避けて通れる可能性は一パーセントに満たない気がしてきた。


「どうして君はそんなに怖がりなのかなあ」


 ゴーグルで目を隠したマイケルは、しかし、口元に何だか諦めた様な笑いを浮かべている。


「もう行くよ!」


 叫ぶが早いか、シャッと雪の飛沫が小さく上がった。


 こちらに向けたマイケルのウェアの背中で、大きな「M」のアップリケが光る。

 これは、雪で見通しが悪くなっても双子が互いにすぐ見つけられるようにと、母親がわざわざ蛍光の切れで二人のウェアに縫い付けたものである。


「あ、おい!」


 マーロンは立ち止まったまま、たちまち雪景色の中に小さくなっていくマイケルの「M」の字に手を伸ばした。

 ひらり、と雪の一片が、まるで申し合わせた様に、ストックを握るマーロンの手袋の上に舞い降りる。

 見上げると、一片、また一片と灰色の空から無数の白い欠片が群れを成して落ちて来た。


「待てよ!」


 マーロンは叫ぶ。

 今回ばかりは、というより今度こそは、本当に危険な何かが行く手に待ち構えている気がした。


「置いてかないでくれよ!」


 遠ざかる「M」の字は、徐々に勢いを増していく雪の中で輪郭を失い、指先に残像だけが纏わりつく。


 気付くと、マーロンもストックを切って雪振るゲレンデを滑り出していた。

 ノロノロと進みの悪いスキー板に苛立ちながら、目を皿の様にして「M」の字を探す。


 アップリケを母親が縫い付けた時、ハンバーガーショップのロゴみたいで恥ずかしいと

 マーロンは文句を言ったが、結局はゼッケンよろしく二人とも背中に同じ文字を負っている。


「マイケル!」


 そっちは、そっちにだけは、行っては駄目だ。

 そう叫びたいのに、声が出ない。


「先に行って、待ってるよ」


 強まる吹雪の向こうから、マイケルの弾けた笑い声がこだました。

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