マジカルスイートソースとおかしな青果な日常

明石竜 

第一話 誰にでも嫌いな食べ物はあるはずだよね?

「琴葉(ことは)お姉ちゃん、おトイレ長ぁーい。早くしてぇー。おしっこもれちゃうぅぅ。うんこしてるのぉ?」

「違うって果鈴(かりん)、トイレが長いってだけでうんこって思わないで」

「果鈴、リコーダー机の上に置きっぱなしになってたよ。今日いるんでしょう?」

「あっ! いっけなーい」

「はいこれ」

「ありがとう紗菜々(さなな)お姉ちゃん」

四月下旬のある水曜日の朝、七時十五分頃。

東京郊外、それなりの閑静な高級住宅街で暮らす夏川家三姉妹の間で繰り広げられた、ちょっとした騒動である。

長女、紗菜々。高校一年生。

次女、琴葉。中学二年生。

三女、果鈴。小学四年生。

そして両親の五人家族。 

紗菜々はあのあと自分のお部屋へ向かい、

「おーい、颯太(そうた)くーん。朝だよ。起きてーっ!」

 ベランダに出て、トライアングルを叩きながら大声で叫んだ。

すぐ向かいに同い年の幼馴染、初谷颯太が住んでいて、彼のお部屋と紗菜々のお部屋はほぼ同じ位置で向かい合っているのだ。

(……もう朝かぁ。まだ眠い。二時近くまでテレビゲームしてたからな。今日は早めに寝よ)

颯太はたいてい、紗菜々の出す声と打楽器音で目が覚める。起き上がるといつものようにベッド上の布団を畳み、この春入学したばかりの高校の紺色ブレザー型制服に着替え、通学鞄を持って部屋から出た。

階段を下り、朝食を取るためキッチンへ向かう途中、

(先に済ませとくか)

颯太はトイレの扉を開けた。

「……」

 先客がいた。颯太は少し顔をしかめる。

「おはよう颯太お兄ちゃん。琴葉お姉ちゃんがおトイレを使ってたので、颯太お兄ちゃんちのを借りに来ました」

 果鈴だった。ウサギさん柄の可愛らしいショーツを膝の辺りまで脱ぎ下ろして便座に腰掛け、ちょろちょろ用を足している最中に出くわしたのだ。

「……またか」

「今回は小だけなので、すぐに済みますので」

「そういう問題じゃなくて、自分ちのトイレを使ってね」

「颯太お兄ちゃんちももはや自分ちみたいなものですから」

トイレットペーパーをカラカラ引きながらにっこり笑顔で言い訳され、

「じゃ、何度も言ってるけどせめて鍵はちゃんと掛けて」

 颯太は呆れながら扉を閉めてあげ、キッチンへと向かっていく。

 果鈴に初谷宅のトイレを使われることは週に二、三回はあるのだ。

「果鈴ちゃん入ってたのね」

「ああ、何度注意してもやめてくれないよな、あの子」

「べつにいいじゃない」

 このことは颯太の母は快く容認している。

「俺としては迷惑なんだけど」

 颯太がイスに腰掛け一息ついていたら、

「おばちゃん、おトイレ使わせて下さり、ありがとうございました」

 果鈴がキッチンへやって来て、きちんとお礼を言いに来た。

「どういたしまして。またいつでも使ってね」

 母は嬉しそうな笑顔で言う。

「はい、使わせてもらいます」

 果鈴はにっこり笑顔でこう伝えてキッチンをあとにし、自分のおウチへ戻っていった。

一三〇センチに届かない小四のわりにはやや小柄な子で、丸っこいお顔、ぱっちりした瞳が愛らしく、ほんのり栗色なおかっぱ頭をいつもフルーツなどのチャーム付きダブルリボンで飾っている。今日の服装は紺地にコアラの刺繍が施された長袖セーターと赤いミニスカート、膝よりちょっと下まで穿いた水色の靴下だった。

「礼儀正しい子なんだけどな。またちゃっかり俺の皿の卵焼き一つつまみ食いしていったよ」

 颯太は軽く苦笑いする。

高校理科教師を勤める父は毎朝七時過ぎには家を出るため、一人っ子の颯太の平日朝食時はいつも母と二人きりだ。

「颯太、相変わらずキウイとりんご残してるわね」

「べつにいいだろ。ごちそうさま」

「あっ、颯太、今日枕カバー洗濯しときたいから、持って下りといて」

「分かった、分かった」

颯太が身支度をほぼ整えた七時五〇分頃。ピンポーン♪ とチャイムが鳴らされ、カチャリと玄関扉の開かれる音と共に、

「おはよー颯太くん、おば様」

のんびりとした声と、

「改めておっはよう! 颯太お兄ちゃん、おばちゃん」

元気で明るい声と、

「おはようございまーす」

 眠たそうな声が聞こえて来た。

「おはよう、すぐ行くから」

 颯太は通学鞄を肩に掛け、玄関先へと向かう。

 訪れて来たのは、お隣のあの三姉妹だ。

学校がある日は、いつもこの時間帯くらいに迎えに来てくれる。

「颯太くん、また果鈴が迷惑かけてごめんね」

「いや、まあ、気にしてないから」

紗菜々は面長ぱっちり垂れ目、細長八の字眉が可愛らしい、高校生としては少し幼く見えるおっとりのんびりとした雰囲気の子で、さらさらしたほんのり茶色な髪をいつも花柄リボンでポニーテールに束ねている。背丈は颯太より十センチほど低い一六〇センチくらいだ。

「颯太お兄ちゃん、琴葉お姉ちゃんあたしに嘘ついたんだよ。本当はう、んむぐぅ……」

「こら果鈴、恥ずかしいから颯太お兄さんには言わないで」 

慌てて果鈴のお口を塞いだ琴葉は、濡れ羽色の髪をいつも赤いリボンで二つ結びにしている。丸顔&丸眼鏡ちょっぴりニキビそばかすありで、見た目は地味で大人しそうな感じだが、三姉妹の中では一番積極性のある子らしい。背も一番高く、一六三センチほどある。制服の黒セーラー服姿がよく似合っていた。 

この四人で通学路を進むさい、颯太が一番前、紗菜々が一番後ろを歩くのが昔からのスタイルだ。 

「今日の給食最悪だよ。野菜炒めとワカメの酢の物と、切り干し大根の煮物と、豆ご飯だし。琴葉お姉ちゃんの学校は、今日はチキンカツとシューマイとエビチリが出るみたいだから羨ましいよ」

 果鈴はげんなりした表情で伝えてくる。

「健康的なメニューのオンパレードじゃない。果鈴、今日の給食も残さず食べなさいね」

 琴葉は微笑み顔で優しく注意。

「はーい」

 果鈴はむぅーっとした表情で返事した。

「給食、高校入ってからまだそんなに経ってないけど懐かしく感じるな」

「私もー。また食べたくなっちゃった。高校はお弁当持参か購買か学食だもんね」

 颯太と紗菜々はふと一月半ほど前までの思い出に浸る。

「学食って自分の好きなメニューが選べるから楽しそう。あたしの小学校も学食になればいいのになぁ。それじゃぁね」

 初谷宅の門を出て徒歩一分足らず、最初の曲がり角で果鈴は別れを告げる。ここから五〇メートルほど先の小さな公園が集団登校の集合場所になっているのだ。

「果鈴ちゃん、相変わらず野菜嫌いみたいだな」

「そうなのよ。特にピーマンとセロリ。あとアスパラガスとゴーヤーも」

 琴葉は困惑顔で伝える。

「それ全部、子どもの嫌いな野菜の代名詞だもんな」

 颯太は微笑んだ。

「カレーやハンバーグやグラタンやチャーハンに細かく刻んで入れても器用にのけるの。野菜ジュースにしても飲んでくれないし。たけのこ、大根、春菊、そら豆も、食べてはくれるけど出したら嫌そうな顔するの」

 琴葉は加えて伝える。

「そっか。そういう野菜が嫌いで食べれない。俺にはその気持ちはよく分からないな」

「颯太くんもいちごとか、みかんとか、ぶどうとかパイナップルとかが苦手なくせに」

 紗菜々ににこやかな表情で指摘された。

「確かにな。酸っぱいし」

「私は酸味の効いたフルーツが苦手な人の気持ちがよく理解出来ないよ。ビタミンも豊富で体にとってもいいのに」

「あの酸っぱい感じは男は普通苦手だと思うけど」

 颯太は軽く苦笑いする。

「果鈴は酸っぱい系の果物は大好きよ。けど苦い・独特のにおい系野菜も必要不可欠だから、果鈴に何とか好きになってもらいたいわ」

「私もそう願うよ。あと颯太くんの酸っぱい系果物嫌いも克服して欲しい」

「ワタシも同じく。颯太お兄さんがそれを克服すれば、果鈴もきっと苦い・独特のにおい系野菜嫌いを克服してくれるはずよ!」

「いや、俺のことはべつにそのままでいいだろ」

「ダメダメ。颯太くん、このいよかんは甘くて美味しいよ。食べてみて。はいあーん」

 紗菜々は鞄から一つ取り出し、皮を剥くと中の実の一粒を口に押し込もうとしてくる。

「持って来てたのかよ。紗菜々ちゃん、俺、こういう系の果物は嫌いだって何度も言ってるだろ」

 颯太は非常に迷惑がった。

「颯太くん、高校生にもなって嫌いな食べ物があるのは良くないよ。一粒だけでもいいから食べて」

「いらない、いらない」

「颯太くん、みかんを食べないとビタミンCが不足して病気になっちゃうよ」

「俺、今年の健康診断も全く異常なかったし、健康体だから」

「今は大丈夫でも、年取ってから絶対つけが回ってくるよ」

「他の果物や野菜で栄養補ってるから大丈夫だって」

「大丈夫じゃないよ。えいっ!」

 紗菜々はにこやかな表情で主張し、いよかん三粒を颯太の口にサッと放り込んだ。

「紗菜々ちゃん、ひどいな」

 道路に吐き出すわけにも行かないので颯太は渋々噛み締めた。口中に果汁が広がり、颯太は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「颯太くん、甘くて美味しいでしょ?」

 紗菜々はいよかんの残りの部分を幸せそうにもぐもぐ頬張りながら問いかけてくる。

「どこが甘いんだよ。めちゃくちゃ酸っぱかったぞ」

 颯太は飲み込んだ後、不機嫌そうに言い張った。

「いよかんの美味しさが分からないなんて、颯太くんかわいそう」

「颯太お兄さん、いよかんですら酸っぱく感じるなんて、人生を九〇パーセントは損していますよ」

 紗菜々と琴葉は哀れんでくれているようだ。

「いや、損でもないだろ」

 颯太は鞄から水筒を取り出し、中の濃いめの麦茶を飲んで口直しした。

 その後も三人仲睦まじく楽しそうにおしゃべりしながら歩き進んでいき、

「それでは、また夕方」

初谷宅から八百メートルほど先の交差点で琴葉とも別れた。

その後は颯太と紗菜々、二人きりで近隣では二番手の公立進学校、都立松早川(まつはやかわ)高校へ向かって歩き進む。所属するクラスも今は同じ、一年三組だ。

「優実乃ちゃんおはよー」

 紗菜々は自分の席へ辿り着くと、先に来ていたすぐ前の席の幼稚園時代からの幼友達、富永優実乃(とみなが ゆみの)に挨拶した。

「おはよう、紗菜々さん」 

優実乃はいつもと変わらず明るい表情で返してくれる。背丈は一五五センチくらい。四角顔で細めの一文字眉、四角い眼鏡をかけ、ほんのり栗色な髪をショートボブにしている。見た目そんなに賢そうな感じの子ではないが、東大に毎年二、三名の現役合格者を出すこの高校の新入生テストでも総合二位を取った正真正銘の優等生なのだ。

「優実乃ちゃん、果鈴ったら、四年生になっても相変わらず野菜嫌いが激しくて。野菜嫌いを治せる画期的な方法ってない?」

「それは思いつかないな。対処法は人それぞれ違うし」

「こうなったら、担任の小緑先生に相談してみようかなぁ」

「それはいい案かも。家庭科の先生だし」

 紗菜々と優実乃でこんな会話を交わしていた時、

「やぁ颯太」

「おはよう春雄、今日は朝からやけに機嫌が良さそうだな」

 颯太の幼稚園時代からの親友、牛原春雄(うしはら はるお)が登校して来た。

「そりゃぁ明日、ずっと前から楽しみにしてたマムドの新作バーガーが出るからなぁ」

「やっぱりそのことか。気が早いな」

「颯太、明日の朝、学校行く前にいっしょにマムド寄ろうぜ。新作の五段重ねスパイシージューシー近江牛バーガーいち早く食いたいし」

「俺はいいよ。一人で行ってくれ」

「やっぱ嫌か。つれないなぁ颯太」

春雄は大のファーストフード好きなのだ。物心つく前から十数年間、ほぼ毎日ファーストフード店のメニューを堪能しているらしい。そんな食生活が祟ってか、身長は一六六センチで男子高校生の標準より低めだが、体重は百キロを優に超えてしまっている超肥満体型なのだ。スポーツも超苦手である。丸顔坊ちゃん刈り太めの一文字眉、細い目で愛嬌のある顔つきのためか、幼稚園の頃から小学四年生頃までは春ちゃん春ちゃんと多くの女の子達からも慕われバレンタインチョコもたくさん貰えていたのだが、五年生以降は次第に……。

「春雄さん、おはよう」

「春ちゃんおはよう」

 優実乃と紗菜々は、今でも快く接して来てくれる数少ない女の子だ。

「あっ、おはよう」

春雄は上機嫌なにこにこ顔で返し、のっしのっしとグラウンド側前から四番目の自分の席へ向かっていった。

 それから少しして、

「春雄君、今日は機嫌が良いと思っていましたが予感的中ですね」

颯太のもう一人の幼稚園時代からの幼友達、魚返秀道(うおがえし ひでみち)が登校して来た。彼の出席番号は春雄の一つ前なので座席も一つ前だ。背丈は一七三センチと標準より少し高めだが、体重は五〇キロにも満たないかなりの痩せ型。

その原因は彼の食生活にあると颯太達は確信している。春雄とは対照的に、脂っこい肉料理は体が受け付けないらしい。その代わり魚介類が全般的に大好物とのこと。

見るからに貧弱な体格ではあるが、至って健康体な彼は現時点ですでに東大理Ⅰに合格出来そうな学力を有する秀才君で七三分け、四角い眼鏡、逆三角顔。まさに絵に描いたようながり勉くんな風貌である。

「やぁ秀道、数Aの宿題、全部分かったか?」 

「もちろんだとも春雄君、楽勝でしたね」

「さすが秀道、おれは全くやってねえ。白紙なんだ。今回も写させてくれ」

「はいはい喜んで。どうぞー」

 秀道は快く数Aのプリントを渡してあげた。

「サンキュー。これで助かったぜ」

 春雄はさっそく秀道の導き出した解答を丸写しし始める。学校の宿題に関して小学一年生時代から秀道に頼りっきりなのだ。

「秀道、春雄を甘やかすなよ」

 こうした光景をこれまで数え切れないほど目にして来た颯太は、無駄だと分かってはいたが呆れ顔で一応忠告しておいた。

八時半の、朝のSHR開始を告げるチャイムが鳴ってほどなく、

「皆さん、おはようございます。昼間は暑いくらいになって来ましたね」

 クラス担任の小緑先生がやってくる。背丈は一五〇センチくらい。ぱっちり瞳に卵顔。色白のお肌。さらさらした濡れ羽色の髪はおかっぱにしている、清楚な感じの小柄和風美人だ。来月には三十路を迎える二九歳。とはいえまだ二〇歳くらいにも見られる若々しさを保っているそんな彼女はいつも通り出欠を取り、諸連絡を伝えた。

 これをもって朝のSHRが終わり、

「小緑先生、私の妹が小学四年生になってもピーマンとかセロリとかアスパラガスとかの野菜嫌いが治らなくて困ってるの。何か良い方法はないでしょうか?」

紗菜々はさっそくあの件を相談しにいった。

すると、

「あるわよ。そういうお野菜が嫌いなこと自体を克服するのは難しいけど、ドレッシングや、カレーパウダーみたいな香辛料、シロップ、ソースなんかをたっぷりかけて味を誤魔化しちゃえばいいのよ。先生の四歳の娘も、夏川さんの妹さんが嫌ってるお野菜が嫌いだったけど、手作りソースをかけてあげたらあっさり喜んで食べてくれるようになったわ」

 小緑先生はにこやかな表情でこんな朗報を伝えてくれた。

「それも前にいろいろ試してみたんですけど、私の妹には上手くいきませんでした。ピーマンの味が残ってるって」

 紗菜々は苦笑いする。

「そっか。でも先生お手製のスイートソースなら、きっと上手くいくはずよ。ちょうど調理実習室に材料揃えてあるから、今日の放課後までに新しく作っておくわ」

「ありがとうございます。お忙しいのに」

「いえいえ、今日は空き時間が多いから」

 小緑先生は謙遜気味に伝えて、教室から出て行った。

「相談してよかったね、紗菜々さん」

「うん、どんなソースなんだろう?」

 紗菜々は期待に胸をふくらませた。

       ※

その日の四時限目の授業が終わり、お昼休みに入ると、

「今日は一週間振りに母ちゃんの手作り弁当なんだ。学食のおれの好きなメニュー、大方食い尽くしたからな」

 春雄は椅子とお弁当箱を持って颯太の席の側へのっしのっしと移動して来た。

「春雄、弁当箱、この前のよりさらにでかくなってないか?」

 机にで~んと置かれた巨大な三段重ねのお弁当箱に、颯太はやや引いてしまう。

「昨日母ちゃんに新しいのを買ってもらったんだ。何が入ってるかな?」

 春雄はわくわく気分で弁当箱のふたをぱかりと開けた。

「とんかつにビーフステーキに、手羽先に、予想は出来てたけど肉ばっかりだな。デザートのドーナツまで何個か入ってるし。体にものすごく悪そう」

 中身を見て颯太は呆れ顔で呟く。

「おう、高級名古屋コーチンのだ。母ちゃん太っ腹」

春雄は満面の笑みを浮かべ大喜びだ。

二段目には焼きそば、三段目にはオムライスが入っていた。

「一段目だけでも一人前としてはじゅうぶん多過ぎだろ」

 自分の弁当を置くスペースがほとんど無くなり、颯太は若干迷惑がる。

「春雄君、食生活がますます酷くなりましたね」

「春雄さんの食事量、高校に入ってからまた一段と増えてる気がするわ。見るだけで胃がもたれそう。三千キロカロリーは超えてそうね」

「春ちゃん、お相撲さんの食事量並だね」

 秀道と紗菜々と優実乃も自分のお弁当箱を持って近寄って来た。

「春雄さん、グレープフルーツ分けてあげる。はい」

「私は野菜サラダをあげるね。春ちゃんの分も余分に作っておいたの」

 その二人は自分の弁当箱からお箸を使って春雄の弁当箱に移そうとしてくる。

「いや、おれ、それ系のは嫌いなんで」

 春雄は弁当箱をさっと持ち上げ回避した。

「春雄さん、何度も言ってるけどそんな乱れた食生活送ってたら、近い将来絶対生活習慣病よ。手遅れになる前に正さないと」

「春ちゃん、お肉や甘いお菓子ばっかり食べちゃダメだよ。野菜と果物とお魚さんもいっぱい食べなきゃ」 

「それは重々分かってるのだが……」

 紗菜々と優実乃にしつこく忠告され、春雄はたじたじだ。けれども嬉しがっているようにも見えた。

「春雄君はこれを全て平らげた上、お菓子まで食べるものですから呆れますよん」

 秀道は好物のカタクチイワシのメザシを齧りながら呟く。

春雄の鞄の中にはスナック菓子類もいつもたくさん詰められていて、休み時間に間食しているのだ。これはお菓子の持ち込みが禁止されていた幼稚園時代から続く、良い子はマネしちゃいけない習慣である。そんな大食漢な彼だが、テレビ番組の大食い企画に出てくる連中にはさすがに歯が立たないと感じているようだ。

      ☆

 六時限目後の休み時間。

「次の化学、また途中で寝ちゃいそう」

「わたしも気持ちはよく分かるわ。あの先生の話し方は子守唄ね」

 紗菜々と優実乃がトイレから出て教室へ戻ろうと廊下を歩いている時、

「夏川さーん、例のソース、作って来たよ」

 小緑先生に背後から声をかけられ、ソースを手渡してくれた。

「小緑先生、私の妹のためにここまでして下さり、本当にありがとうございました」

「いえいえ、どういたしまして」

薄黄色のドロッとした半液状で、プラスチック製五百ミリリットルサイズのボトル満タンに詰められていた。

「見かけはカスタードソースっぽいね」

紗菜々はそれをじっくり観察する。

「これを数滴お野菜に垂らせば、びっくりするほど味が変わるわよ」

 小緑先生は自信たっぷりに伝えてくる。

「どんな成分が含まれてるんですか?」

 優実乃も興味津々な様子で横から覗き込んだ。

「私もどうやって作ったのかすごく気になります。小緑先生、作り方教えて下さい」

「それはヒミツ♪ あなた達で分析してみてね」

 残念ながら教えてくれなかった。小緑先生はそそくさ職員室の方へ向かっていく。

「小緑先生、ケチな一面もあるのね」

「優実乃ちゃん、悪口言っちゃダメ。小緑先生苦心の作だろうから、教えたくなかったんだよ」

        ※

夕方四時半頃、颯太と優実乃も夏川宅キッチンへおじゃました。

「果鈴はやっぱり今日もどっかへ遊びに行ってるみたいだね」

紗菜々は隣接するリビングのソファーに置かれたランドセルをちら見したのち、

「さっそく試してみよう」

 鞄から例のソースを取り出し、ふたを開けてみた。

 続いて鼻を近づけ、においを嗅いでみる。

「メロンのとっても甘い香りがする♪」

「どれどれ……あっ、本当だ。いい匂い♪ これは本当に効果ありそうね」

 優実乃は同じようにしてみて、大いに期待を持った。

「俺のとこまで匂って来た。確かに食欲をそそるいい香りだな。とりあえず、適当な野菜に少しだけかけて味見してみたら?」

 颯太が提案すると、

「それじゃ、ピーマンで試してみるね」

 紗菜々は冷蔵庫から果鈴の最も苦手としている緑ピーマンを一つ取り出した。水洗いしてからまな板に置き、ソースのボトルを傾け数滴たらしてみた。

 すると、

「えっ!」

「うわっ、何だ?」

「うっ、嘘でしょう?」

 信じられない変化が起きた。三人とも我が目を疑う。

 なんとピーマンの表面に、人間の目と口のような模様が現れたのだ。

 さらに、

「おっす、おらピーマン」

 言葉まで発したのである。

「しゃっ、しゃべったぞ」

「確かにしゃべったよね? このピーマン」

「うん、わたしにもちゃんと聞こえたわ」

「なんでそんなに驚いてるんだよ? さあみんな、おらを食べてくれ」

 ピーマンは三人に向かってパチッとウィンクまでしてくる。

「無理です無理です」

「かわいいけど、なんか怖いよ」

「これ、現実なのか?」

 三人は恐怖心も芽生えた。

「おらのお顔をお食べ」

 ピーマンはにこにこした表情を浮かべて、まな板の上でぴょんぴょん飛び跳ねる。

「無理だって」

「悪いのですが、ピーマンさんがかわいそうで」

「私、人の顔してしゃべるピーマンなんて、食べれないよ」

 三人は恐怖心がますます強くなってしまった。

「みんなピーマンが嫌いなのかよ。こうなったらおらから無理やり」

 ピーマンは怒りに満ちたような表情を浮かべ、颯太のお口目掛けて飛びついて来た。

「うぐぉっ!」

 直撃された颯太は思わず少し齧ってしまう。

 その約一秒後、

「あれ? ピーマンなのに、特有の苦味がないし、甘くてめっちゃ美味いぞ」

 ハッとさせられた。

「食べやすくなってるだろ? マムドのハンバーガーなんかよりもずっと美味いぜ」

 少し欠けたピーマンは得意げな表情で自負する。

「いや、さすがにそこまでじゃないな」

「なんだとっ! このおらがマムド以下だとぉ?」

 颯太に即否定され、ピーマンは悔しそうな目つきをした。

「栄養価はきみの方が絶対高いよ」

 颯太は軽く苦笑いしながら優しくフォローしてあげる。

「そんなの当然だっ!」

 ピーマンはむすぅっとしながら言った。

「ピーマンくん、けっこう渋い声だね」

 紗菜々からこう言われると、

「そうか?」

 ピーマンは照れているのか少し黄色くなった。

 そんな時、

「ただいまー」

 琴葉が帰ってくる。

「琴葉さん帰って来たよ」

「これ、いきなり見られるとまずいよな?」

「琴葉絶対びっくりするよ。とりあえず、この子は隠しておこう」

 紗菜々はとっさに雪平鍋を裏返し、ピーマンに被せる。

ピーマンの姿はすっぽり隠れた。

 その約五秒後に、琴葉はキッチンへやってくる。

「おかえり、琴葉」

「こんばんは、琴葉ちゃん」

「琴葉さん、久し振り」

 紗菜々達三人は冷静に出迎えた。

「靴が多いと思ったら、やはり皆さんおじゃましてたんですね。いらっしゃいませ」

 琴葉はぺこんとお辞儀した。

「ところで、キッチンで集まってお料理でもしてたの?」

 続けてこんな質問をする。

「えっとね、果鈴がピーマンを美味しく食べてくれるように、ちょっとした工夫をしようと思ったの」

 紗菜々はにっこり笑顔で説明した。

「そうなんだ。今回は颯太お兄さんと優実乃お姉さんも協力してくれるみたいだから上手くいくかも。んっ、何これ?」

 琴葉はまな板横のソースの入ったペットボトルが目に留まる。

「琴葉さん、これはね、小緑先生お手製のソースよ」

「担任の小緑先生が、野菜嫌いな四歳の娘さんのために作ったんだって。それで上手くいったみたい」

優実乃と紗菜々は冷静に伝えた。

「そうなんだ。紗菜々お姉さん達の担任の小緑先生って家庭科の先生だったよね。そのお方お手製のなら果鈴にも効果ありそう。どんな味がするんだろう?」

 琴葉が疑問に思っていると、

「こいつは食べ物に意思が宿る魔法のソースらしいぜ」

 こんな声が響き渡った。

「さっき颯太お兄さん何か言った?」

「いや、俺じゃない」

 まずい、ばれる。

 颯太は背筋がヒヤッとなる。

 声の主は説明するまでもなくあのピーマンだった。

「ぃよう、おさげのかわいいお嬢さん」

 ピーマンはへたの部分を使って雪平鍋を持ち上げ自力で中から脱出すると、琴葉に向かってパチッとウィンクした。

「……ピーマンが、しゃべった?」

 琴葉の表情が凍りつく。

「やっぱり驚かれちゃったか?」

 ピーマンはハハハッと笑った。

「琴葉、このソースをピーマンにかけたら、こんな風になっちゃったの」

 紗菜々はにこやかな表情で伝える。

「マジで!? 野菜に意思が宿るようになるソースを発明するなんて、小緑先生は偉大過ぎるっ!」

 すると琴葉はソースにかなり興味を示し、興奮気味になった。

「このソース、お魚さんにかけたらお魚さんがしゃべり出したりして」

 こう思いつくとさっそく冷蔵庫からアジを一尾取り出し、ソースをかけてみた。

「何も変化しないね。あっ、ひょっとしてお魚さんは、元々意思を持った生き物だからかも。野菜とか果物とか、植物が元になってるやつじゃないと無理なのかも……鶏肉にかけてみようっと」

 琴葉はさらに実験しようとする。

「琴葉さん、研究熱心ね」

「好奇心旺盛だな」

「琴葉は昔からこういう子だから」

その様子を他の三人は感心気味に眺めていた。

「変化なしかぁ」

 琴葉は苦笑いする。鶏肉にかけても、何も起こらなかった。

「今度は卵に」

 これも何も起こらなかった。

「次は、ソーセージね」

 これもまた何も起こらなかった。

「それじゃ、ミニトマトに」

 そうすると、

「こんにちは、アタシ、ミニトマトちゃん。ビタミンC、リコピンたっぷりでとっても体にいいよ」

 目と口が現れてかわいらしい声でしゃべり出した。

「やっぱりワタシの予想で間違いないと思う。これは植物が元になってる食べ物にかけると意思が宿る、魔法のソースね」

 そして琴葉は結論を出す。

「小緑先生は魔法使いだね」

「わたし、作り方を教えてくれなかった理由がよく理解出来たわ」

 紗菜々と優実乃は小緑先生に改めて尊敬の念を抱いたようだ。

「そこの眼鏡もよく似合うおさげの嬢ちゃん、おらの顔を食べてくれないか?」

 ピーマンからウィンクもされて頼まれると、

「もちろんいいよ」

 琴葉は臆することなくそのピーマンを手につかみ、残りの部分を全てお口に放り込んだ。

「琴葉さん、よくやるわね」

「琴葉すごいよ」

「得体の知れないものなのに、怖くないのか?」

「ちょっと怖かったけど、アン○ンマンのお顔を食べるようなものだと思えば。あっ、ピーマンなのにピーマン本来の味が全然しなくてすごく美味しい。これなら果鈴も食べてくれそう」

 琴葉は満足そうに噛み砕いていく。

「ちょっと待って琴葉、果鈴はおばけが苦手だから、意思を持ったお野菜見たら、野菜がますます嫌いになっちゃうかも」

 紗菜々は心配そうに意見したが、

「その可能性もあるけど、紗菜々お姉さんの担任の四歳の娘さんは、それで野菜大好きになったんでしょう? 試してみる価値はあるわ」

 琴葉はこう強く主張する。

「琴葉ちゃんっていう女の子、良い食べっぷりだったわ。アタシも食べて」

 ミニトマトちゃんはきらきらした瞳で見つめてお願いしてくる。

「うん」

琴葉は快くミニトマトちゃんも食してあげた。

 それからほどなくして、

「たっだいまー」

 果鈴も帰って来た。

 約十秒後にキッチンへやってくる。

「颯太お兄ちゃんと優実乃お姉ちゃんも来てたんだね。こんばんは」

 果鈴は愛想よく挨拶し、スナック菓子類がたくさん詰められたビニール袋を棚に置く。

「果鈴、またお菓子いっぱい買って。一日一袋までよ」

 琴葉は困惑顔で注意。

「はーい」

 果鈴は洗面所で手洗いうがいを済ませてからリビングへ。

テレビをつけ、夕方の乳幼児向け教育系テレビ番組を眺めながら、幸せそうにピザ味のポテチを味わう。

琴葉は近寄って、

「ところで果鈴、今日の給食。残さず食べた?」

「うん!」

「本当かな?」

「本当だよ」

「嘘でしょ?」

「本当、本当」

「目が笑ってるよ」

 果鈴に顔を近づけ、しつこく問い詰めた。

「本当は、ピーマンとかを、同じ班の男の子に食べてもらった」

「やっぱりね」

「どうして分かったの?」

「果鈴は嘘を付く時笑う癖があるから」

「琴葉お姉ちゃん、コ○ンくん並の推理力だね」

「誰でも分かるわ。果鈴、今日ね、紗菜々お姉さん達の担任の小緑先生が、野菜が美味しく食べられる魔法のソースを作ってくれたんだって。これを見て」

「そんなのかけても絶対美味しくならないよ」

 果鈴はソースのボトルを目にするや、むすっとしながら言ってテレビ画面に視線を戻す。

「これはね、普通のソースじゃないのよ。ちょっと見てて」

 琴葉は冷蔵庫から取り出した別の緑ピーマンを水洗いしてからお皿に乗せ、リビングのテーブル上に置き、ソースをかけた。

「おっす、おらピーマン」

 これも目と口が現れてしゃべり出した。

「ピーマンが、しゃべったぁぁぁっ!!」

 果鈴は目を大きく見開き仰天する。

「べつに変でもないだろ?」

 ピーマンはハッハッハと笑う。

「果鈴、けっこうかわいいでしょ?」

 琴葉が問うと、

「怖いよぅ」

 果鈴は顔をやや引き攣らせてこう主張する。

「嬢ちゃん、怖くなんかないぜ。試しにおらの顔を食べてごらんよ」

 ピーマンはパチッとウィンクして誘ってくる。

「無理」

 果鈴はにこっと笑って拒否した。

「即効ふられちまったぜ。やっぱおらは子ども達から嫌われ者なんだな」

 ピーマンは苦笑いしてがっくりする。

「果鈴、一口だけでもいいから食べてあげて。ピーマン本来の味は全くしないから」

「果鈴ちゃん、本当に美味しいから食べてごらん。俺が味を保証するよ」

 紗菜々と颯太は強く勧めた。

「果鈴、この子を食べたらお菓子もう一袋食べていいわよ」

 琴葉にこう言われても、

「それでもいらなーい」

 果鈴はやはり拒否。

「まったく、わがままな嬢ちゃんだぜ。こうなったら強制的に」

 ピーマンは果鈴のお口目掛けて突進する。

「むぐぅ」

 果鈴は直撃され、思わずほんの一部だけを齧ってしまった。

舌に触れた瞬間、

「本当だ。ピーマンの味じゃない。お菓子みたい」

 果鈴の表情が綻ぶ。結局全部食べ切ることが出来た。

「よかったな、果鈴ちゃん」

「見事大成功ね」

 颯太と優実乃は安心して自宅へ帰っていった。

「このソース、本当にすごいね」

 果鈴はソースのボトルを眺め、目をキラキラ輝かせる。

「植物が元になってる食べ物は全部意思を持たせることが出来ると思うわ」

 琴葉は自信ありげに主張した。

「ふぅーん。なんか、魔法の薬みたい」

 果鈴は気に入ってくれたようだ。

「果鈴、このソースのことはお友達や、お父さんとお母さんにもナイショよ。びっくり仰天しちゃうだろうから」

「分かった琴葉お姉ちゃん。あたし達だけの秘密にしようね」

「このソースは、私の部屋に置いておこうかな」

「紗菜々お姉さん、ちょっとワタシに貸して。いろいろ試したいから」

「いいよ。でもお父さんとお母さんに見つからないように注意してやらなきゃダメだよ」

「分かってまーす」

 そんなやり取りがあってから少し経ち、

「ただいまー」

 母が買い物から帰って来た。夕方に行くことが多いため、三姉妹の帰宅時はいないことが普通なのだ。

 三姉妹はほぼ毎日、母の夕食作りを手伝っている。

「お米、お米」

 果鈴は楽しそうに無洗米を計量カップで五合量って炊飯器の内釜に移し、水を五合の目盛りまで入れて炊飯器にセット。この作業が大好きなのだ。

「紗菜々、栗の皮剥いてくれる?」 

「お母さん、難しくて出来ないよ。包丁滑って怪我しそう」

「紗菜々、将来は颯太ちゃんのお嫁さんになるんだから、これくらいのことはそろそろ出来るようにならなきゃ」

「お母さん、まだ早いよ」

 紗菜々は照れ笑いして、母の肩をペチぺチ叩く。

「ワタシが剥くわ」

 琴葉が包丁を手に持ち、器用に栗の皮を剥いていった。

 午後七時ちょっと過ぎ。

「ただいまー」

中学音楽教師を勤める父が帰って来て、夏川家で夕食の団欒が始まる。

「サンマさんは、むしりにくいなぁ」

「果鈴、むしってあげるね」

「ありがとう紗菜々お姉ちゃん」

「紗菜々お姉さん、果鈴はもう四年生なんだから甘やかしたらダメよ」

「まだいいんじゃないか? 僕も中学に入る頃までは母さんにむしってもらってたし」

「さすがパパ」

「お父さん、情けないわ」

「母さんもそう思うわ」

 ソースの話題には一切触れず三姉妹は夕食後、それぞれのお部屋へ。

琴葉と果鈴は相部屋だ。約十帖のフローリングなお部屋をほぼ均等に分けている。

琴葉側の本棚には合わせて四百冊は越える少年・青年コミックスやラノベ、アニメ・マンガ・声優系雑誌に加え、一八歳未満は読んではいけない同人誌まで。

DVD/ブルーレイプレーヤーと二〇インチ薄型テレビ、ノートパソコンまであるが、これは三姉妹の共用である。(とはいってもパソコンはほとんど琴葉が使っている)

本棚の上と、本棚のすぐ横扉寄りにある衣装ケースの上にはアニメキャラのガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみが合わせて二十数体飾られてあり、さらに壁にも人気声優やアニメのポスターが何枚か貼られてある。美少女萌え系のみならず、男性キャラがメインのアニメでもお気に入りなのが多いのは女の子らしいところだ。

果鈴の学習机の上は雑多としており、教科書やプリント類、ノートは散らかっていて、女の子らしくかわいらしいぬいぐるみがたくさん飾られてある。収納ボックスにはたくさんのゲーム機やゲームソフトやおもちゃ、本棚には幼稚園児から小学生向けの漫画誌やコミックス、図鑑などが合わせて百数十冊並べられてあった。

「いょう、お嬢さん。おいらを一束まるごと食べてくれよん」「ぼくに何か用かい?」「やっほー」

 琴葉は冷蔵庫から持ち出したコマツナとタマネギとアスパラガスにあのソースをかけ、意思を持たせた。ちなみにタマネギには皮を剥いてからかけた。

「このソース、本当に面白いな。アメリカで大人気のアノーイング・オレンジみたい。アスパラガス君は目が一つだけか。細いもんね」

 琴葉はにんまり微笑む。

「一つ目小僧みたいでちょっと怖い。ねえ、どれか、これ解ける?」

 果鈴は三野菜に算数ドリルのとあるページをかざした。

「おいらは解けるよん。おいら算数大好き♪」

 コマツナはすぐに返事して、葉っぱの分かれている部分でHB鉛筆を巻くように掴み、算数ノートに答を記述していく。

「すごーい。すらすら解けてる。コマツナくん賢いね」

 果鈴は嬉しそうに眺める。

「小学校の算数くらい楽勝だよーん」

 コマツナは照れ笑いしながら言った。

「果鈴、自力で解かなきゃダメよ」

 琴葉は優しく注意。

「コマツナくんにやってもらって自分は何もしないなんて、キミは卑怯だな」

 タマネギに素の表情で嫌味を言われ、

「どういう風に解くのかを見てるの。あとで自力で解くって」

果鈴は目に涙を浮かばせながらこう言い訳する。

「バカモン。泣くなよ、キミわずらわしいよ。 泣いてもキミの卑怯は直らないし、泣かなくてもキミの卑怯は直せるかもしれないよ」

 タマネギはにこやかな表情で言う。

「違うの、目にしみて来たの」

 果鈴はにこっと笑いながら伝えた。

「ワタシも目にしみてきちゃった」

 琴葉もちょっぴり涙目に。

「あーっ、タマネギ君が泣かしたぁ」

「女の子を泣かすなんて、おまえの方こそ卑怯じゃないか」

 コマツナとアスパラガスはにやにや笑う。

「何だよ? ぼくが悪いっていうのかい? これはぼくの性質だから仕方ないだろ」

タマネギは困惑顔で言い訳した。

「タマネギくんは何にも悪くないよ」

「タマネギ君、気にしないでね」

 果鈴と琴葉はタマネギを撫でて慰めてあげる。

「キミたち、心優しいね」

 タマネギくんもぽろりと涙する。

「タマネギィ、おいらまで涙が出てきたよん」

「おまえの攻撃、目にきつ過ぎる」

 コマツナとアスパラガスにも伝染してしまった。

「ごめんよ、キミたち。涙が止まらなくてつらいだろうから、早くぼくを食べてくれないか?」

 タマネギにうるうるした瞳で要求され、

「タマネギくん、そのお顔見ちゃうとかわいそうで食べれないよぅ」

「それじゃ、ワタシがありがたくいただくわ」

 琴葉はタマネギを手に掴み、さっそく口にした。二人の涙はみるみるうちに止まる。

「いやぁ、タマネギの野郎、正直鬱陶しかったよん」

「おれもー」

 コマツナとアスパラガスも同じくらいのタイミングで涙が止まった。

「こらっ!」

「いでぃっ! 何するんだよん」

「あいだぁっ!」

「タマネギ君を邪魔者扱いしちゃダメでしょ。同じ仲間なんだから」

 琴葉はその二野菜にパチンッとビンタして厳しく注意した。

「ごめんなさーい」

「ごめん、ごめん」

「同じ野菜同士仲良くしなきゃ、ミキサーにかけて野菜ジュースにするわよ」

「それはご勘弁してくれよん」

「その調理法、おれ達にとって一番の恐怖なんだ」

 二野菜はすっかり反省したようだ。

その直後、ガチャリと扉が開かれ、

「琴葉、果鈴」

 母が入り込んで来た。

「なぁに? ママ」

「お母さん、何か用?」

 果鈴と琴葉はビクッと反応する。

意思を持った二野菜は琴葉がとっさに机の引出に仕舞った。

「薄手の長袖、持って来たわよ。そろそろ必要になってくるだろうから」

「ありがとうママ」

「お母さん、いきなり入ってこないで」

「ごめん、ごめん。お風呂も沸いたから、なるべく早く入っちゃいなさい」

 母は二人に手渡すと、速やかにお部屋から出て行ってくれた。

「危なかった。見つかったら説明に困るところだったわ」

「本当だね」

 ホッと一安心する二人。

「おいら、0点のテスト答案になった気分だよん」

「おれ達のこと、母殿に見つかるとまずいのか?」

 二野菜は自ら引出を開けて出て来た。

「その通りよ。野菜がしゃべるのは現代の科学技術では普通のことじゃないから」

 琴葉の説明に、

「そういう理由かよん」

「おれからすれば普通のことだと思うんだけどな」

 二野菜は腑に落ちない様子だ。

「ごめんね。ねえコマツナくん、この子、諭吉っていうんだけどコマツナが大好きなの。エサになってくれないかな?」

 果鈴は部屋隅の方に置かれたガラス水槽のふたを開けた。

 雑食性のクサガメを飼っているのだ。

 そのため三姉妹が野菜や果物などを勝手に持ち出しても、特に怪しまれることが無いわけである。

「そりゃ大歓迎だよん。名誉なことだもん」

 コマツナはぴょんぴょん跳ねながら大喜びしたのち、水槽の中に飛び込んだ。

 陸場の人工芝に着地するや否や、水中にいた諭吉は一目散にコマツナに駆け寄っていき、パクッと齧りついて一束まるごとあっと言う間に平らげた。

「すごーい。諭吉、ピラニアみたいな食べっぷり。いつも以上に食欲旺盛だね」

「この子にとっても美味しく感じられたみたいね」

「おれもあんな風に食われたーい」

 アスパラガスは羨ましがり、自ら水槽へ飛び込んだ。

 しかし見向きもしてくれず。

「おいらは恋愛対象外かぁ。雑食のくせに」

 アスパラガスはしょんぼりした様子で水槽から外へ飛び出た。

「きっとお腹いっぱいになったからだと思うから、気にしないで」

 果鈴は慰めてあげる。

「さてと、紗菜々お姉さん呼びに行こう。アスパラガス君、お母さんとお父さんのいる所に姿を現しちゃダメよ」

「パパとママ、びっくりして気絶しちゃうかもしれないからね」

 琴葉と果鈴はアスパラガスに念を押して注意し、紗菜々を呼びに行った。いつも三人いっしょに入っているのだ。

「おれはこっそり拾われた捨て犬かよ」

 アスパラガスは、しぶしぶ大人しく待つことに。

「あたしさっき、意思を持たせたコマツナくんを諭吉に与えたんだけど、すごい食べっぷりだったよ」

「そっか。あのソースがかけられたお野菜は、諭吉の目には初見でも魅力的に映ったみたいだね」

「でもアスパラガス君は気に入らなかったみたいよ」

 三姉妹が服を脱いで浴室に入り、髪の毛を洗い始めた頃、颯太も自宅脱衣室兼洗面所で服を脱ぎ始めていた。

 それから十数分のち、

(あのソースの件、まだ百パー現実とは思えんな)

体を洗い流し終えた颯太が、湯船に浸かってゆったりくつろいでいたところへ、

「颯太お兄ちゃん、いっしょに入ろう」

 果鈴が入り込んで来た。すっぽんぽん姿で。

「また来たのか果鈴ちゃん」

 果鈴が初谷宅の風呂を頂きにくることは週に一、二度はある。颯太が入っている時に入り込んでくることもしばしばあるため、颯太はタオルを巻いて下半身を隠しているのだ。

ちなみに五年くらい前までは紗菜々と琴葉もしょっちゅう、すっぽんぽんで颯太の入浴時に入り込んで来ていた。

「それーっ!」

 果鈴はいきなり湯船に飛びこんでくる。颯太と向かい合った。

「果鈴ちゃん、体洗ったの?」

「うん、あっちで紗菜々お姉ちゃんに洗ってもらったよ」

「それならいいけど」

まだつるぺたな幼児体型の果鈴、颯太は当然、欲情するはずも無い。

「颯太お兄ちゃん、今日の算数でね、兆までの数習ったよ」

「そっか。俺も小四で習ったよ」

「数字を漢字に直したり、漢字を数字に直したりするの、めちゃくちゃ難しいよ」

「そうかな? 俺は苦労した覚えないけど」

「いいなあ颯太お兄ちゃん」

 颯太が果鈴とそんな会話をしていたら、

「おーい、颯太くーん。果鈴ぇー」

 窓の外からこんな声が。

「颯太お兄さん、また果鈴がご迷惑おかけしてすみません」

 さらにもう一人の声。

 紗菜々と琴葉だ。

「いやいや、べつに迷惑じゃないから」

 颯太は湯船に浸かったまま伝えた。

「やっほー♪」

 果鈴はバスタブ縁に上って窓から顔を出し、姉二人に向かって嬉しそうに叫ぶ。

初谷宅の浴室と、夏川宅の浴室は低い塀越しに向かい合っていて、双方の窓が開いていれば互いの浴室をなんとか覗けるようにもなっているのだ。

「颯太お兄ちゃん、あたしのおっぱいはいつ頃からふくらんでくると思う?」

 果鈴から無邪気な表情でこんな質問をされ、

「五年生頃じゃ、ないかな?」

 颯太は困惑顔で答えてあげる。

「そっか。あたし、まだまだおっぱいふくらんで欲しくないなぁ。琴葉お姉ちゃんにおっぱいがふくらんで来たら颯太お兄ちゃんといっしょに入っちゃダメよって言われたもん」

 果鈴は自分の胸を両手で揉みながら言う。

「果鈴ちゃん、俺、もう上がるね」

 颯太は何とも居心地悪く感じたようだ。

「じゃああたしも上がるぅ」

 颯太と果鈴はいっしょに浴室から出て、洗面所兼脱衣室へ。

「颯太お兄ちゃん、このタヌキさんのパンツ、かわいいでしょ?」

「果鈴ちゃん、そういうのは見せびらかすものじゃないから。しっかり拭かないと風邪引くよ」

「ありがとう颯太お兄ちゃん」

 全身まだ少し濡れたままショーツを穿こうとした果鈴の髪の毛や体を、颯太はバスタオルでしっかり拭いてあげる。果鈴の裸をもう少し観察したいという嫌らしい気持ちはさらさらない。

同じ頃、紗菜々と琴葉は湯船に浸かり、向かい合っておしゃべりし合っていた。

「琴葉、ニキビまた増えたんじゃない? 夜更かしのし過ぎは良くないよ」

「もう紗菜々お姉さん、触らないで。気にしてるのに」

「ごめん、ごめん。ところで琴葉、あの不思議なソースの成分、分かった?」

「いやぁ、分かるわけないよ」

「そっか。やっぱり琴葉にも分からないかぁ」

「紗菜々お姉さん、もう謎のままでいいんじゃない? その方が夢があるし」

「それもそうだね」

 紗菜々が概ね同意した。

その直後、

「やっほぉーっ! どうしても食べられたくてやって来ちゃった」

 こんな声がして、浴室扉がガラリと開かれた。

「この子がアスパラガスくんか。目が一つなんだね」

「細いからね。アスパラガス君、お母さんとお父さんに見つからなかった?」

「うん! ばっちりさ」

 アスパラガスは元気良く返事する。

 その直後、

「琴葉、紗菜々。さっき颯太ちゃんじゃない男の子の声がしなかった?」

 浴室すぐ隣の洗面所兼脱衣室から母の声が。

「気のせいだよ」

「しなかったわ」

 二人は慌て気味に答えた。

「確かにそうみたいね。姿見かけないし」

 母はそう呟いて、リビングへ戻っていった。

「危なかった。もし見つかっちゃったらしゃべるぬいぐるみって言い訳しよう」

「紗菜々お姉さん、この子、ここで食べちゃおう。アスパラガス君も食べられたがってることだし」

「えっ! 食べちゃうの? なんかかわいそうな気が……」

 紗菜々は憐憫の気持ちが芽生えたが、

「食べてくれるのか? 超嬉しいな♪」

 アスパラガスは満足そうににっこり微笑む。

「あっ、ちょっと待って。お湯に浸かったらソースが洗われて、元の状態に戻っちゃうんじゃないかしら?」

 琴葉は少し心配する。

「それなら大丈夫。体の中に浸透してるからね」

 アスパラガスは笑顔で伝えて湯船にポチャンッと飛び込んだ。

「ぬるいなぁ。まあ人間にはちょうどいい温度なんだろうけど」

 ぷかぷか浮かびながらやや不満そうな表情を浮かべる。

「ごめんねアスパラガスくん。もう以上熱くすると私達が参っちゃうの」

 紗菜々は申し訳なさそうに伝える。

「いやいや、きみ達に合わせてくれて大丈夫さ。沸騰してるお湯なら一分くらいだけど、この温度でも数分で食べ頃になれるから」

 アスパラガスは自分の方が悪いなといった様子で伝えてくる。

「アスパラガス君、アメンボみたいね」

 琴葉はにっこり微笑んだ。

「本当だ」

 紗菜々も微笑む。

「潜ることだって出来るよ」

 アスパラガスはそう言うと、お湯に沈み込んで行く。

「アスパラガスくん、すごーい」

「泳ぎ上手ね」

 紗菜々と琴葉は微笑ましく、お湯の中で魚のように泳ぎ回る姿を眺める。

「ぷはぁー」

 二分ほどで浮上。息継ぎをしたようだ。

「そろそろ食べ頃だよ」

 そしてまた背泳ぎしているような状態に戻ってこう伝える。

「もういいの? それじゃ、遠慮なくいただくわ」

 琴葉はアスパラガスを手につかみ、穂先からぱくりと齧りついた。

 すると、

「いってぇぇぇぇぇっ!」

 アスパラガスは悲痛の叫びを上げた。

「大丈夫? アスパラガス君。本当に食べていいの?」

 琴葉は心配そうに問いかける。

「もちろんさ。それがおれの宿命だから。紗菜々って子にも食べさせてあげて」

 アスパラガスはきりっとした表情で言った。

「紗菜々お姉さんもどうぞ」

 琴葉はもう一口齧り、残り半分くらいを差し出した。さっきので目の部分は食べられ、口だけが残っていた。

「いいのかな?」

 罪悪感と少しの恐怖心に駆られる紗菜々、

「もちろんさ。早く楽にしてくれぇー」

 アスパラガスは口をパクパクさせて伝える。苦しそうな声だった。

「それじゃ、いただきます……んっ、いちごポッキーの味がする」

 紗菜々は恐る恐る齧って噛み砕いていく。

「えっ! 紗菜々お姉さんはそんな味がしたの?」

「うん」 

「ワタシは、マツタケの味がしたんだけど」

「そうなの?」

「ひょっとして、食べた人の好みの味がするようになってるのかも」

「そうだとしたら、まさに魔法のソースだね」

「小緑先生ますます天才過ぎる。ワタシも小緑先生から家庭科教わりたいよ。でも紗菜々お姉さんの高校は入るの難しいからなぁ」

「琴葉も今から頑張れば絶対入れるよ」

「そうかな? でも公立だから異動があるのが心配だな」

「小緑先生は今年赴任したばかりだから、琴葉が入る二年後でもまだいると思うよ。そろそろ上がろう」

「ワタシももう上がるわ。すっかり火照っちゃった」

 紗菜々と琴葉がパジャマに着替え、リビングに移動した時には、

「ただいま、紗菜々お姉ちゃん、琴葉お姉ちゃん」

果鈴も戻って来ていた。暗闇で光るフォトプリントパジャマを着付け、リビングで母といっしょにバラエティ番組を視聴中。

今、時刻は午後八時半頃。琴葉と紗菜々もこの番組が終わる八時五〇分過ぎまでリビングでくつろぎ、三姉妹はそれぞれのお部屋へ。

「さてと」

紗菜々は机に向かい数学の宿題を進めていく。彼女のお部屋は約八帖のフローリング。ピンク色カーテンで水色のカーペット敷き。本棚には少女マンガや絵本や児童図書、一般文芸、楽譜が合わせて三百冊くらい並べられてある。ガラスケースや収納ボックスにはトライアングルの他にも小型のピアノやヴァイオリン、フルートなどなど楽器がたくさん置かれていて、学習机の周りにはケーキ、ドーナッツ、アイスクリーム、いちご、みかん、バナナなんかを模ったスイーツ&フルーツアクセサリー、ゆるキャラ系や動物の可愛らしいぬいぐるみ、着せ替え人形、オルゴールなどがたくさん飾られてあり、女子高生のお部屋にしては幼い雰囲気だ。

「果鈴、宿題済ませたの?」

「今日は宿題出てないよ」

果鈴はテレビゲーム、

「そっか。ワタシは今から宿題するからあんまり大音量にしないでね」

「はーい」

 琴葉は英語の宿題を進めていく。

 それから三〇分ほど経ち、

(おトイレ行って来よう)

 紗菜々は数学の宿題が一段落付くと、お部屋から出てトイレに駆け込む。

「んっしょ」

 パジャマズボンとショーツを同時に膝下まで脱ぎ下ろし、便座にちょこんと腰掛けた。

「ふぅ」

 ほっこりとした表情を浮かべ、ちょろちょろ用を足し始める。

 お小水を出し終えて、びっちょり濡れた恥部からお尻にかけて拭き拭きしたあと、

(大きい方も、ついでにしておこう。便意も来たことだし)

 そう決意した紗菜々は、こぶしをぎゅっと握り締め両膝に添え、

「んぅぅぅんっ! んっ!」

 息むっ!

けれどもプスーッとおならがちょっと長めに鳴っただけだった。

(出ない。便意はあるのにな)

 お腹をさすりながら困惑顔を浮かべていた。

そんな時、

「紗菜々ちゃん、うんちが出なくて困っているようだね」

 紗菜々の背後からこんな声が。

「なっ、何!?」

 紗菜々はびくっと驚いて思わず後ろを振り向いた。

「はじめまして。ボクバナナ。生まれはフィリピンだよ。自分で言うのも照れくさいけどボク、便秘に困ってる女の子達からモテモテなんだ。紗菜々ちゃんもボクを食べて、お腹の中に溜まってるうんちをもりもり出そう」

 掃除用具などが置かれてある棚に、目と口のついたバナナが一本。そいつは紗菜々に向かって自己紹介するや、パチッとウィンクする。

「あのソース、琴葉か果鈴がバナナにもかけたんだね。それより、いつの間に入ったの?」

「紗菜々ちゃんが入る時に、いっしょにこっそり入ったんだ。紗菜々ちゃんが頑張ってるところ、一部始終を見せてもらったよ」

「おしっこしてるとこからずっと見てたの? なんか、恥ずかしいな」

紗菜々は頬をカァッと赤くする。

「まあ気にしないで。ボクはバナナだから。さあ紗菜々ちゃん、食物繊維たっぷりのボクの皮を剥いて、きみのお口にくわえて齧り取るんだ! そうすれば、うんちがうーんと出やすくなるよ」

 バナナくんはそうお願いして、紗菜々の手のひらにぴょんっと飛び乗って来た。

「そんなこと、バナナくんのあどけないお顔を見ると、かわいそうで出来ないよ」

 紗菜々はバナナくんのお顔をじーっと見つめるうち、情が移ったようだ。

「問題ないさ。ボクの役目は人間やおサルさん達に食べられることだもん。長い間置いとかれて腐らされちゃう方がボクはずっと悲しい気分になるよ」

 バナナくんはきらりとした目つきで紗菜々のお顔を見つめながら伝えた。

「そう? それじゃ、食べようかな?」

 紗菜々は右手でバナナくんを持ち、左手で皮をべりっと剥いていく。

「いてててっ」

 バナナくんは両目を×にし、お口も歪ませた。

「大丈夫? バナナくん。剥くのを止めようか?」

 紗菜々は心配そうに話しかける。

「平気、平気。気にせず中が全部見えるまで剥いてね」

 バナナくんは苦笑いを浮かべながら伝えた。

「本当に大丈夫?」

 その後、紗菜々はバナナくんを気遣うように皮をゆっくりそーっと剥いていく。中の果肉が半分くらい見えてくると、上の部分をはむっと優しく齧った。

「んっ♪ 甘くて柔らかくて、すごく美味しい。私今までこんな美味しいバナナ、食べたことないよ」

 予想以上の美味に、紗菜々は目を大きく見開く。

「そうでしょう? えっへん」

 バナナくんは得意げな表情だ。

 紗菜々が果肉を全部食べてから数秒後、

「なんか、便意がさっき以上に強く来た。今度こそ出そう。んぅん、んっ!」

 皮だけになったバナナくんを後ろの棚に置くと、もう一度こぶしを握り締めて息んでみる。

「頑張れ頑張れ紗菜々ちゃんっ!」

 バナナくんはしおれた姿勢ながらもきらきらした目つきで応援してくれた。

 ほどなく、

「ふぅ、三日振りにお通じが来てお腹すっきりしたよ」

 紗菜々はほっこりとした表情を浮かべた。恥ずかしいからかすぐにレバーを引いて出した物を流す。

「おめでとう紗菜々ちゃん、よく頑張ったね」

 バナナくんはタコ足状に四枚に剥かれた皮のうち二枚でパチパチ拍手してくる。

「いやぁ、褒められるほどのものじゃないと思うんだけど。スルッて楽に出たよ。痛みも無くむしろ気持ち良かった♪ ありがとうバナナくん」

「どういたしまして。紗菜々ちゃんのすっきりした表情が見られて、ボクも幸せだよ。紗菜々ちゃんも、うんちをした時はウォシュレットを使うの?」

「うん。だってそうしないときれいに拭けた感じがしないし」

 紗菜々はそう伝えて、ウォシュレットのおしりボタンを押す。

「さすが現代っ子だね。でもボクを食べた後に出るうんちはウォシュレットなんかに頼らなくてもいいくらい切れが良くて、ほとんどお尻に付かないよ」

 バナナくんが得意げにそう言った。

 その直後、

コンコンッ! と扉をノックされる音が。

「「!!」」

 紗菜々もバナナくんもびくっと反応した。

「誰か入ってる?」

 外から問いかけて来たのは、母だった。

「うん、私、今、大きい方してるの。まだしばらくかかりそう」

 紗菜々はバナナくんに向かってしーっの指サインをしながら伝える。

「そっか。紗菜々、今日は出そう?」

「さっき出たよ。バナナサイズのが三本出て便秘も解消した」

「それは良かったわね」

 母はホッとした様子でリビングの方へと戻っていく。

「危ない、危ない。ばれるところだったよ」

 紗菜々は安心して停止ボタンを押し温水を止め、トイレットペーパーを千切って濡れたお尻を拭き拭きしていく。

「紗菜々ちゃん、ボクがお尻を拭くの手伝ってあげようか?」

 バナナくんはその様子を背後から楽しそうに眺めていた。

「いや、それはやめて。赤ちゃんみたいで恥ずかしいよ」

 紗菜々がお尻を拭き終えショーツとパジャマズボンを穿いて、水を流そうとした時、

「ところで紗菜々ちゃん、颯太君っていう男の子が持ってるバナナを、きみの中に入れたことはあるかい?」

 バナナくんはにこにこ顔でこんな質問を投げかけて来た。

「颯太くんのバナナ?」

 紗菜々はきょとんとなる。

「通じなかったかぁ。紗菜々ちゃんは純情な女の子みたいだね。男の子のここに付いてるやつだよ。ソーセージに例えられることの方が多いかな?」

 バナナくんはにこにこ顔のまま皮の一つを動かし、紗菜々のパジャマズボンの前側部分をぴっと指した。

「それって、ひょっとして……」

 紗菜々は勘付くと、ちょっぴり頬を赤らめた。

「気付いてくれたようだね」

 バナナくんはくすくす笑う。

「もう、バナナくん。幼稚園児みたいなあどけないお顔のくせに変なこと訊かないでっ!」

 紗菜々は慌ててバナナくんを便器の中に投げ捨て、すぐに水を流した。

「ごめん紗菜々ちゃ……うわぁぁぁっ!」

 ゴゥバァーッと詰まりそうになったが何とか無事流れた音がすると共に、バナナくんの声も途切れた。

 バナナくん、これにてご臨終。

「バナナくん、ごめんなさい。悪気は無かったの」

 心優しい紗菜々は便器を見つめながらぽろりと涙を流す。罪悪感に駆られたようだ。

 やや沈んだ気分でトイレから出ると、

「紗菜々、涙目になってるけど、うんちが硬かったみたいね。お尻切れてない?」

 ちょうど母がリビングから廊下へ移動して来て紗菜々と目が合った。

「うん、大丈夫。心配しないでお母さん」

 紗菜々はそう伝えて洗面所へ。

 手洗いを済ませたのち自室前まで辿り着き、入ろうとしたら、

「紗菜々お姉さん、バナナ知らない? あのソースかけたらぶらぶら踊りながらどっか行っちゃったの」

 琴葉が背後から問いかけてくる。

「やっぱり琴葉の仕業だったんだ。さっきおトイレに来てたよ。でもあの子はもう」

「ひょっとして食べた?」

「うん、あの子が食べてってしつこくお願いして来たから。おかげで便通がすごく良くなって大きい方もいっぱい出た。お腹もすっきりしたよ」

「それはよかったね。皮は?」

「流しちゃった」

「紗菜々お姉さん、それはゴミ箱に捨てなきゃ。トイレ詰まらなかったの?」

「うん、ちゃんと流れたよ」

「詰まるかもしれなかったでしょ?」

「でも、あの子が突然変なこと訊いて来たから」

 紗菜々は頬をほんのり赤らめて、申し訳無さそうに言い訳した。

「どんな質問されたのか大方予想は出来たわ。ところで紗菜々お姉さん、部活は何に入るか決めた?」

「中学と同じで図書部に入ろうかなって思ってる」

「そっか」

「優実乃ちゃんもいっしょだよ。生物部にも入ろうかまだ悩んでるみたい」

「そうなんだ。優実乃お姉さんはリケジョだもんね。紗菜々お姉さん、吹奏楽部にはやっぱり入らないのね」

「うん、松早高の吹奏楽部も練習すごく厳しそうだったもん。顧問の音楽の先生もすごく怖かったし、音楽選ばなくて正解だったよ。楽器演奏は趣味だけに留めとくのが私には合ってるよ」

 紗菜々は苦笑いでそう伝えて自分のお部屋へ。

「やっぱそういう理由なのね」

琴葉も自分のお部屋へ。

入ったちょうどその時、

「キュウリくん、すごいステップ」

果鈴は意志を持たせたキュウリと、アクション系のテレビゲームで遊んでいた。

「ぃえーっい! めっちゃ面白いけどキュウリがパワーアップアイテムに出てこないのは残念だね」

キュウリはコントローラの上でぴょんぴょん飛び跳ね、へたの部分でボタンを器用に操作する。

「キュウリ君、ワタシより上手ね。ワタシがなかなかクリア出来なった面をあっさりと」

感心した琴葉は学習机備えのイスに腰掛け、マンガ原稿作業に取り掛かる。学校では文芸部に所属しているのだ。

「きみ、イラスト上手いね。僕のイラストも書いてくれない?」

 キュウリはテレビゲームを中断して机の上に飛び移った。

「お安い御用よ。美術だけはいつも5のワタシの実力見せてあげるわ」

 琴葉は快くイラスト帳に4B鉛筆でササッと描いてあげた。

「おう、僕こんなにかわいいかな?」

 キュウリは照れ気味に大喜びし、再びテレビゲームに戻る。

「果鈴もいよいよ明日から初めてのクラブ活動が始まるね。確か昔遊びクラブだったね?」

「うん、どんなことするのかすごく楽しみ♪ さてと、諭吉にもう一回エサやっとこうっと。キュウリくん、諭吉のエサになってもいい?」

「もちろんさ。ペットに食べられるのは僕らにとって名誉だよ」

 キュウリはテレビゲームをぴたっとやめ、大喜びで水槽に飛び込んだ。

「あっ、ちょっと待って。小さく刻まなきゃ諭吉食べられない」

 果鈴が心配するまでもなく、諭吉は一目散にキュウリに駆け寄っていって、コマツナと同じようにパクッと齧りついて一本まるごとあっと言う間に平らげた。

「マジカルソースの食欲効果抜群ね」

「キュウリくんとっても幸せそうだったね。それじゃ琴葉お姉ちゃん、おやすみなさーい」

「果鈴、明日の授業の用意はちゃんと出来てるかな?」

「うん! 今日はばっちりだよ」

 果鈴はいつものように二段ベッド上の布団に潜ると、一分後にはすやすや眠りついた。

 琴葉は引き続きマンガ原稿作業を進める。

夜十一時頃、颯太が自室机に向かって数学の宿題に取り組んでいると、

「こんばんはです。颯太ちゃま」

 窓ががらりと開かれた。

「びっくりした。ん? これは、いちご?」

 颯太がそれに目を留めるや、

「颯太くーん、いちごちゃんおじゃましてるでしょ」

 紗菜々の声も聞こえてくる。

「これにもソースかけたんだね」

「うん、琴葉がいろいろ試したみたい。よかったらこの子、食べてあげて」

「俺、いちごは嫌いなんだけど」

「颯太ちゃま、ビタミンCたっぷりのいちごを食べたら頭が良くなりますよ。こんな数学の問題も瞬殺出来るよ」

 いちごちゃんは机の上に飛び移り、颯太の目を見つめながらにっこり笑顔で伝える。

「食べてみるか」

 颯太は仕方なく手につかみ、お口に放り込んだ。

 すると、

「ん? 酸っぱさが無くて美味いな。食べてから何か異様に頭が働くし、集中出来る」

 颯太のテンションが一気に高まった。宿題プリントの解答欄をどんどん埋めていく。

「もう終わっちゃった。あのソース、半端ない脳活性化効果だな」

 あっという間に仕上がったそれをクリアファイルに片付けている最中、

「こんばんは、颯太ちゃん」

 窓からもう一つのお客様が。

 意志を持った、いよかんだった。

 ほどなく、

「颯太くーん、この子も食べてあげてね。さっき私がかけたの」

 紗菜々から伝えられる。

「いちごが異様に美味かったし、これもたぶん美味いだろう」

 そう期待した颯太がいよかんを手に取ろうとしたら、

「あたち、こんなことも出来るの」

 いよかんはこう伝えて、ポンッと煙を上げた。

そしてなんと、人間の姿に変わったのだ。

「リアルな擬人化だな」

 颯太はくすっと微笑む。

 八歳くらいの少女に見え、濃いオレンジ色のストレートなロングヘア、服装も濃いオレンジ一色のワンピースとニーソックスだった。

 ただ、大きさは十五センチくらいの手乗りサイズだ。

「颯太ちゃん、紗菜々ちゃんと今のあたち、どっちの方がかわいい?」

「正直言うと、紗菜々ちゃんだな」

 颯太は迷わず即答する。

「やっぱり」

 いよかんちゃんはぷくぅっとふくれた。

「いよかんちゃんももちろんとってもかわいいよ。マスコット的には」

「もう、お世辞言っちゃって。でも嬉ちい。あの、颯太ちゃん、あたち、急におしっこしたくなっちゃった」

「トイレは一階だよ」

「あたち小さいから普通の人間用のじゃ出来ないわ。颯太ちゃんのお口を便器代わりにするから」

「えっ! ちょっ、ちょっと待て」

「こぼれるから上を向いてじっとしててね」

 いよかんちゃんは颯太のお顔に飛び乗って来て、唇の上を跨ぐとワンピースを捲りあげみかん柄のショーツを脱ぎ下ろししゃがみ込んだ。

「ぅぁっ」

 そして颯太の人中とあごに乗せた両足を使って口を強引に開けさせ、ちょろちょろ用を足し始める。

いよかんちゃんのおしっこが颯太のお口の中にどんどん注入されていき、颯太は思わず飲み込んでしまった。

「ふぅ、すっきりしたわ」

 全部出し終え、いよかんちゃんはほっこりした表情を浮かべながらショーツを穿き、颯太のお顔から離れる。

「この味、ポンジュースっぽいけど全然酸っぱくないな」

 颯太はちょっぴり驚いた様子だ。

「美味ちかったでしょ? あたちのおしっこは果汁百パーセントのポンジュースの味がするのよ」

 いよかんちゃんは両手を腰に当て、ふんぞり返って自慢げに言う。

「確かに美味かったけど……」

 颯太は苦笑いした。

「颯太ちゃん、あたちを全部食べて」

「この姿だと、なんか食べ辛い」

「食べてくれなきゃ嫌ぁっ! 時間が経つとあたち、傷んでカビが生えて醜い姿になっちゃうもん」

 いよかんはぷんぷんした様子でお願いする。

「そっか。人間の姿だけど食べ物なんだよな」

「お口に入れる前に、あたちの服を脱がして全裸にしてね」

「いや、それは、ちょっと、かわいそうな気が……」

「服は皮と同じだよ。だから平気」

「そう? それじゃ」

 颯太はイスに腰掛け、いよかんちゃんを机の上に置いてなるべく見ないように服を全部脱がしてあげる。

下はつるつるだったが、胸は少しふくらんでいた。

「颯太ちゃん、どこから食べてもいいよ」

 いよかんちゃんは頬を少し赤らめ、俯きながらそう伝えて恥部を両手で覆い隠す。

「それじゃ、足から食うよ。顔からだと残酷な気がするから」

 颯太はいよかんちゃんを持ち上げ逆さまにして、両足裏を口元へ近づける。

 その時、

 最悪の出来事が。

「颯太ぃー、枕カバー」

 母がノックもせずに入り込んで来てしまったのだ。

「うわっ! かっ、かっ、母さん」

 颯太は慌てていよかんちゃんを床に放り投げる。彼がいよかんちゃんの胸を手でしっかりつまみ、足を口にくわえようとしたところをばっちり見られてしまったわけだ。

「颯太ったら、こういう可愛らしい着せ替え人形さんが好きなのね。男の子だもんね」

 母は床にうつ伏せに転がされたいよかんちゃんをちらっと見て、くすっと笑う。

「母さん、誤解だって」

 颯太は母の方を振り向き、焦るように声をやや震わせながら弁明する。

「はいはい、分かってます。颯太のヒミツの趣味は、紗菜々ちゃんには言わないから安心してね」

 母はにこにこ顔で言い、枕カバーをベッド上に置くとすみやかにお部屋から出て行ってくれた。

「せめてノックくらいしてくれよ」

 颯太は悲しげな表情を浮かべ、机に突っ伏す。

「もう、颯太ちゃん。食べ物を粗末にしちゃメッ! だよ」

 いよかんちゃんはむすぅっとふくれていた。

「ごめん、いよかんちゃん。それじゃ、食べるね」

 颯太は気を取り直してすっぽんぽんのいよかんちゃんを手につかみ、さっきと同じように両足を口に近づけた。

「あたちのお尻や恥部やわきや乳首をぺろぺろ舐めながら、ゆっくり味わって欲しいな」

 いよかんちゃんは頬をほんのり赤らめ照れくさそうに要求してくるも、

「それは俺が変態みたいじゃないか」

 颯太は足の方からぱくっと齧りついた。

 いよかんちゃんの両足がブチッと千切れると、切断面からほんのりオレンジ色の半透明な果汁がブシャーッと噴き出した。それは颯太の口内に絶え間なく注がれる。

(甘くて、めっちゃ美味い。のど越しもすごく爽やかだ。今朝紗菜々ちゃんに無理やり食わされたやつと同じ種類のみかんとは思えん)

 少女の足型化した果肉と共にごくごく飲み込んで感じた予想以上の美味に、颯太はあっと驚いた。

「いたぁい。いたいよぅぅぅぅぅ」

 いよかんちゃんはとっても苦しそうな表情を浮かべ、目から涙をぽろぽろ流す。

 激痛からか、ぴくぴく震え出しもした。

「ごめん、いよかんちゃん。すぐに全部食べて楽にしてあげるね」

「ゆっくり味わってくれて大丈夫だよ、颯太ちゃん。あたち、今すっごく幸せだもん」

 恍惚の笑みで伝えられたものの、

「でも、俺からすると痛がってるいよかんちゃんを見てるのがつらい」

 罪悪感により一層駆られた颯太は、いよかんちゃんの残りの部分を全部口に入れ、すぐさまぐちゃっと噛みしめる。

「いやぁ、ぎゃあぁぁぁっん!」

 その瞬間に出したこの相当痛がっているような声が、いよかんちゃん最後の言葉となった。まさに断末魔の叫びであった。

特有の酸っぱさがなく甘くて瑞々しくて大変美味しかったのだが、

(俺が今まで酸っぱい系の果物食おうとしなかったことが、異様に悪いことしたみたいに感じる)

 颯太はそんな後悔の念に駆られた。

 同じ頃、窓を閉め切っていたため初谷家のさきほどの騒動には一切気付かなかった紗菜々は、

(数学の問い5と7は、自信ないなぁ)

自力で仕上げた数学と古文と英語の宿題プリントをスマホのカメラで写し、優実乃宛に送信した。

 三分ほど後、

今回も全問正解よ。おめでとう。

という文面が返ってくる。

「よかった」

 紗菜々は嬉しそうにお礼のメールを返送した。紗菜々は小学校の頃から優実乃に勉強の手助けをしてもらっているおかげなのか、学業成績はけっこう良い方だ。高校に入ってからでも新入生テストの総合順位は学年上位一割付近だった。ちなみに颯太は紗菜々より少し悪いくらいの成績である。

 まもなく日付が変わろうという頃、部屋の明かりを消し、布団に潜ろうとした時、

(あのソース、家に置いといてお母さんに見つかっちゃうとまずいから、学校に持って行こうっと)

 ふと思い立った紗菜々は、ソースボトルを通学鞄に詰めたのであった。

 琴葉は日付が変わってもイラスト活動に勤しんでいた。

 ぐっすり眠る果鈴をよそに。

 いつもそんな感じである。

(タマネギ君は人間の姿ならこんな感じかな? やっぱ髪型は永○君風だよね? 理想のカップリングはやっぱニンジン君だよね。タマネギ君が攻めでニンジン君が受けかな? じゃがいも君もいいよね。その場合はじゃがいも君を攻めの男爵設定にして、タマネギ君は受けの家来で性奴隷に……って何考えてるんだろ、ワタシ。きゃはっ♪)

 今日は自分が意思を持たせた野菜や果物などを、かっこよくかわいく擬人化したイラストを描いて妄想して二時頃まで楽しんでいたのであった。

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