―世界を翔る翼―
渦巻く空間を乗り越えて、僕とティアは時の扉をくぐり抜ける。扉を抜けた先では、ユーリとフロルが待っていた。
「よう! 遅かったじゃねえか」
「おかえり」
微笑むユーリとフロルに、僕もティアも同じ言葉を口にする。
「「ただいま」」
やがて、時の扉は閉じてゆく。そして……なくなった。
ポポは四人を背中に乗せてダークサイドを飛び立つ。時のきざはしを通って、出た先はメルヴモント。
「これからどうしようか……」
僕が皆に問いかけた。
「とりあえず、私は村の復興かしら」
と、ユーリ。
「俺は、兄さんの弔いをしないと」
と、フロル。
「ティアは?」
「あたし? あたしは特に……皆についていくわ」
「にしてもさ」
フロルが話し始めた。
「俺らって世界救ったんだろ? でも誰もそのこと知らないんだよなあ」
フロルの言葉に、ユーリがくすっと笑った。
「あら、何かお礼でも欲しかったの? 現金な男……」
「うるせえ! 俺はそんなんじゃねえ! ただ……何と言うか、こう……」
「別にいいじゃないか」
「シュウ?」
「僕たちが知っていればそれでいいんじゃない?」
「シュウの言うとおりね」
「まあ、それでいっか」
こうして、僕らの誰も知らない、それでもとっても壮大な冒険の旅は終わった。
「さて、日も暮れてきたぞ」
僕たちの目の前には赤々とした夕焼け空が広がっている。僕は、輝かしいまでのその空模様がまるで、僕らを祝福しているように思えた。
その日は近くの街の宿屋に立ち寄って僕らは疲れた体を休めた。
僕がベッドに横になり、寝息を立てようとした時だった。ふと、頭の中に声が響いてきたのだ。あの、低くてしゃがれた声が。
「よく、戻って来たなシュウ」
「この声は……ゲンジイ?」
「お前はこの世界――レイゼンベルグを救ったのじゃぞ、もっと胸を張れ」
「僕はただ……本音で向き合っただけだよ」
「……そうか。だがな、そろそろ、お前も元いた場所へと帰らなければならん」
「えっ?」
「お前は帰らなければならん。本来、この世界に在るべき存在ではないからな……」
「そう……」
「そもそも、お前はどうしてこの世界にやって来たのか知っているか?」
「いや……わからない」
「わしにも分からん。じゃが、あの時お前と会ったのは偶然とは思えぬのじゃ」
あの時って……気が付いたら僕がいたあの真っ白な空間のことか……
「…………」
「どうした?」
「どうして……あの時、助けてくれなかったの? もしかしたらゼロは助かったかもしれないだろ!」
「……わしは歴史に介入してはならないのじゃ。ゼロがああなってしまったのは運命だったのじゃ」
「そんなの……納得できないよ!」
「……だがな……ゼロは最後の瞬間本当に穏やかな気持ちだった。お前も見ただろう、ゼロの顔を……」
あの時、僕とティアを振り返ったゼロの表情は本当に晴れやかな感じだった。長年の憑き物が取れたかのような。
「シュウ。ポポに乗って、最初にお前がレイゼンベルグに来たときにいた場所へと行け。わしはそこで待っておる」
そして、声は聞こえなくなった。
そうか……僕はもう帰らなくちゃならないのか……。ポポはゲンジイの声が聞こえていたようで、外で飛び立つ態勢に入っていた。
《――シュウさん……もう行くんですか? お別れの挨拶はよろしいのですか?》
「いや……いいよ。湿っぽいのは嫌だし。行こう、ポポ」
《――シュウさんがいいのであれば……》
僕はポポの背中に飛び乗った。
僕が元の世界に帰るってことは、この世界からいなくなるってことだ。それは、ティアとのずっと一緒に居るっていう約束を破ることになってしまう。だから、僕はあえて、何も告げずこの世界を去ることにした。
ポポが全速力で飛んでくれたおかげで、程なくして僕は森にたどり着いた。
「来たか……シュウ」
そこには、ゲンジイが立っていた。
《――次元神様! こんなところにいてよろしいのですか?》
「今回は特別じゃ」
「それで、ゲンジイ。どうやって帰るの?」
「その前に言っておくことがある」
「言っておくこと?」
「まず、お前が元の世界に帰ったと同時に、この世界でのお前の記憶は人々から消え去る。つまり、ティアやフロルやユーリ、その他、お前を知っている者たちは、わしとポポを除いて皆、お前のことを忘れてしまう。これは世界を安定させるため仕方ないことなのじゃ。本来存在しないお前の記憶は世界の時間軸に少なからず影響を及ぼしてしまうからな」
皆は僕のことを忘れてしまう……。でも……それでいいのかもしれない。ティアは僕との約束を忘れることが出来るのだから……。
「うん。僕は……それでいいよ」
「もう一つ。お前は元の世界に戻る際、レイゼンベルグでのことを記憶から消してやることも出来る。逆に残しておくことも出来る。どうするかはお前次第じゃ」
レイゼンベルグでの記憶……。ティアやフロル、ユーリ、そしてポポに出会ったこと。皆と一緒に、生まれてはじめての冒険をしたこと。死にそうなくらい辛かった戦い。それらを、記憶から消してしまったら、僕は皆がいないことを寂しいと思うことはないし、辛いことを思い出すこともないだろう。けれども、僕は忘れるなんて嫌だ。ここに来てからの日々をなかったことになんてしたくない。たとえ、そのために思い悩むことになったとしても。
「僕は忘れたくないよ。ここに来たこと。皆と出会ったこと」
「そうか……分かった」
「でも……僕が記憶を消さないことで、時間軸への影響は起きないの?」
「それくらいはわしが何とかしてやろう。お前一人くらいなら何とかなる。さあ、ポポ。用意はいいか?」
《――はい》
「シュウ、ポポの背中に乗るのじゃ。わしの力でお前を元の世界に飛ばしてやろう」
ゲンジイは両手をポポに向けた。ゲンジイの手が光を帯び始めた。光はだんだんと強くなって、やがてゲンジイの手を離れポポの全身を包んだ。
「ふう。これで大丈夫なはずじゃ。シュウ……達者でな」
ゲンジイはにんまりと笑って見せた。
僕を乗せたポポは天高く飛んでゆく。どこまでも、どこまでも高く。下を見ると、雄大な大地が広がっている。
《――シュウさん。お別れは寂しいですが、私はシュウさんのこと忘れませんから》
「僕も……ポポのこと忘れない」
やがて、壮大な姿を僕に見せつけていた大地が霞んできた。それでもなお、ポポは天空へ向かって飛び続けた。それはまるでロケットのように高く……高く……。
僕は何かまっしろなものに包まれているような気分だった。それは僕をふわりと包み込むと、やがて僕の意識は遠ざかっていった――――。
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