―覚醒―

 急いで森を進んでいる最中、突如、左方から矢が飛んできた。矢は僕の前をすれすれで飛び、木の幹に突き刺さった。

 「シュウ! 下がって!」

 僕とティアは木の幹を盾にするように下がった。

 さらに、立て続けに矢が三本飛んでくる。二本は木の幹に突き刺さり、一本はティアが剣ではじいた。

 ……矢が複数本飛んできたということは、敵は複数と考えるのが自然だ。

 「ティア、敵は複数かもしれない。それに、ここは足場もよくないし、僕らの位置を知ってる相手の方が有利だ。ここは逃げるべきだよ」

 「そうね……でも」

 次の瞬間、ティアが前に飛び出た。再び矢が飛んでくるが、ティアはそれらを、剣ではじいていく。

 「こいつらは執拗に追ってくるわ! 今ここで倒す! シュウはそこに隠れていて」

 「……でも!」

 ティアは飛んでくる矢を次々とはじきながら前へ進む。

 僕はその間木の陰に隠れて彼女を見守ることしか出来ない。……僕は無力だ。こうして守られることしか出来ない。こみあげてくる葛藤に、ギュッと唇を噛む。

 その時。

 「こいつ……何者だ……?」

 木の陰から声がした。

 「そこ!」

 ティアは声の聞こえた方へ素早くジャンプし、

 「てえい!」

 弓矢を持つ男を切りつけた。

 「ぐっ……」

 切られた男は地に伏した。

 息をつく間もなくティアは一歩飛んで、隣の木の陰にいた男に切りかかった。剣先は見事に男の右腕をとらえた。

 男は地に伏して、悶え苦しんでいる。

 ティアはそのまま、前にダッシュして、隠れていた男に迫る。

 だが、その時突然、僕の背後の木の陰から男が現れ、僕の首元に短剣を押し当てた。

 「女ぁ! お前が粋がれんのもそこまでだぁ!」

 「シュウ!」

 「こいつ……てめえのツレだろ? こいつを殺されたくなければ、剣を今すぐ離せぇ!」

 「くっ……」

 ティアの剣術をもってすればこんな男、一瞬のうちに倒せるだろう。僕がティアの足かせになるわけにはいかない!

 「ティア! 僕のことはいいから、はやくそいつを倒すんだ!」

 「………………」

 しかし、ティアは動こうとしない。

 「どうしたぁ? 早く剣を離さねえとこいつの襟元切り刻むぞぉ!」

 「……分かったわ」

 「駄目だ、ティア! 剣を離しちゃこいつらの思うつぼだよ!」

 僕の静止を無視してティアは今にも剣を落とそうとしている。下を見て動こうとしない。

 「シュウ……ごめんね。でもあたしは、あなたを犠牲にしてまで生きようとは思えない」

 「ティア! バカなことはやめてよ!」

 しかし、僕の叫びもむなしく、ついに彼女は剣を手から放してしまった。

 「ハッハァ! 今だやっちまえ!」

 男は、ティアに向けて矢を放つ。矢がティアの胸に到達するその寸前、ポポが飛び出した。放たれた矢は無情にもポポの小さな体を貫通した。

 「ポポちゃん!」

 「ポポ!」

 「チッ! 邪魔しやがって!」

 ポポは地面に落ちて、それからピクリとも動かない。ポポ……どうしてきみが……こんな目に? それは、ティアの盾にならなきゃいけないのは僕なのに。それなのに、僕は恐怖で足が竦んで動けなかった。

 「おっと、動くなよ女ぁ」

 男がティアの首元に剣を押し当てる。

 「くっ…………」

 「やれぇ!」

 その言葉を皮切りに、ティアの後ろにいた男が、短剣を取り出して、ティアの背中に突き刺し、そして引き抜いた。

 ティアの背中からは大量の血がドバっと噴き出した。彼女はそのまま、ドサッと倒れた。背中からはまだ、ドクドクと血が流れ出ている。流れ出る血の勢いは止まらず、倒れたティアは言葉を発さない。

 「ティア!」

 「ハッハァ! どうだぁ、やられる側の気持ちはぁ! 今頃、剣に塗っておいた毒が回って体中が痺れ、のたうつような痛みが駆け巡っているはずだぁ。アニキィ敵はとったぜぇ!」

 ティアの目は閉じ、息も絶え絶えの状態だ。大量にあふれ出た血が、真っ赤でドロドロとした血だまりになっている。僕は目の前の光景に愕然とする。ティアが……。ポポが……。二人はどうしてこうなった? 僕だ。僕のせいだ。

 「ついでだ……てめえも死ねぇ!」

 僕は首を切りつけられ、その場に倒れた。

 薄れゆく意識の中、男の声が聞こえる。

 「まだだ、まだ俺の憎しみは収まらねえ!」

 男がティアを殴りつける音が聞こえてくる。すでに死にかけているティアをこの男は殴り続けている。何度も、何度も殴りつける。

 ……何故だ? 何故こいつはティアをあんな目に……? やめてくれ。頼むからもうやめてくれよ。殴るなら僕を殴れ! 

 しかし、それらの思いは言葉になる事はなかった。しかし、その思いのひとかけらが漏れ出た。

 「………………めろ」

 男は気にせず、殴打を止めることはない。

 「……やめろよ」

 僕は力を振りしぼり、死ぬ気で立ち上がる。全身の筋肉が悲鳴を上げる。脳は休めと命令する。それらすべてに逆らって僕は再び二つの脚で立ち上がった。

 男は殺気に満ち満ちた目で僕を睨みつける。

 「あん?」

 「やめろって言ってんだろ!」

 瞬間、僕の身体がまばゆい青い光に包まれ、僕の身体からあふれ出るような力が湧いてきた。それだけでなく、それまでピクリとも動かなかったポポの周りに丸い陣が浮かび上がり、ポポの周囲をくるくると回り始め、ポポを幻想的な淡い青い光に包む。やがて光が消えると、ポポの姿はどこにもなく、そこには一つの剣が落ちていた。蒼色の輝きを放ったその剣は僕の方にびゅんと飛んできた。飛来した剣をキャッチする。……軽い剣だ。

 「てめえ、何しやがった?」

 口を開くや、二人の男は短剣を携えて僕に向かってきた。しかし、不思議と僕は恐怖を感じることは微塵もなく、剣の先を相手の方に向ける。

 すると、頭の中に言葉が浮かんでくる。僕は口を開きその言葉を淀みなくつぶやく。

 【ヘルフレイム】

 僕がそうつぶやくと、燃え滾るような業火が、剣を渦巻くように出現し剣は赤く変化した。業火はまるで獣のように男たちに迫っていく。焼け打つような業火はそのまま男たちを焼き尽くした。辺りはすっかり焼け野原だ。

 炎が消えるころには男たちはすでにこと切れていた。

 ……横たわっているティアの顔色がいよいよ蒼白になる。

 「ティア…………ごめんね……今助けるから……」

 僕の声に反応するように、剣からは業火が消えて、緑色に変化する。

【リザレクション】頭に浮かんできた言葉を呟くと、剣先から小さな光の粒が現れる。光の粒はティアを包んでいく。

 「ぐっ……」

 剣から痛みが流れ込んでくる。

 「うああああ!」

 叫ぶほどの激痛が僕を襲った。が、僕は剣を手放さず、その痛みにこらえていた。やがて、痛みが徐々に収まっていくにつれて、ティアの顔に生気がもどっていく。

 土色だった彼女の顔はみるみる元の芸術的に美しい白を取り戻していく。

 僕は、ティアの顔を見てほっと息をつく。そして脳から分泌されるアドレナリンがなくなったのか、スイッチが切れたように急に力がなくなってティアの横にそのまま倒れた。

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