―旅立ち―
ティアを連れて教会に戻った僕たちは、おいしそうな匂いに鼻をひくつかせる。ユーリさんが朝食を準備して待ってくれていたのだ。
「おかえりなさい。二人とも」
「ただいま」
「……ただいま」
三人でテーブルに座る。テーブルの上には、こぶし大のパンが数個とオニオンスープが置いてある。出来立てのパンの香ばしい香りとオニオンスープの香りが合わさって、実に食欲をそそる香りを醸し出している。
「それじゃあ……」
「「「いただきます!」」」
ティアは笑顔でパンを手に取って食べている。ユーリさんはティアを横目でにこやかに見ながらオニオンスープを口にする。二人の笑顔を見ていると、僕も自然と笑顔になった。口に運んだパンの味は今まで食べたどんなパンよりもおいしく感じられた。
やがて、食事が終わると、ユーリさんが
「……よかったね、ティア」
ティアは少し恥ずかしそうに
「うん」
とつぶやいた。
ユーリさんはにんまりと微笑み、
「さてと、これから二人はどうするの?」
「まず、聞いておきたいんだけど、ティアは何で魔物に襲われているの?」
しかし、ティアはそっぽを向いてまともに答えてくれなかった。
「……言っても信じないからヤダ」
そんなティアに対し、ユーリさんはお姉さんのような口調で話しかける。
「ティア、そんなこと言わないで、教えなさい。せっかくシュウも協力するって言ってくれたんだから……」
ティアは僕の方をちらと見やり、
「……おそらくこの剣のせいよ」
「……剣?」
僕はティアが鞘から出した剣を眺めた。みごとにまっすぐな刀身で柄の部分には数字の0のような装飾が施されている。刃こぼれ一つしておらず、少なくとも、ウィンリーブスの武器屋で見たどの剣よりも強い剣だと思った。磨き抜かれた刀身は、剣をしげしげと見つめている僕の顔を鮮やかに写しだしている。羅列された0の装飾が、こちらを見ているように感じた。
「あたしを襲ってきた魔物は皆言ってたわ。『剣を渡せ』って」
「だから、ティアはその剣が原因だと思っているのね?」
「うん」
その時だった。僕の頭の中に声が響いてきたのは。
……声が聞こえる。ポポではない。
《――きみは何者だ。僕の声に耳を傾けるなんて》
「きみは誰? どこにいるの?」
《――ボクはゼロ。伝説の剣とも呼ばれているけどね》
……もしかしてこの剣が?
ティアとユーリさんは二人して妙な顔つきで僕を見る。
「……シュウ、急にぼーっとして、どうしたの?」
「ティアには聞こえないの? この剣の声が」
「はあ? 剣がしゃべるわけないじゃない」
「ポポ! ポポなら分かるよね?」
《――いえ、私にも……》
「……シュウ。疲れたんじゃないの?」
ユーリさんも剣の声が聞こえないみたいだ。
《――シュウって言ったね。僕の声が聞こえた人間はきみが初めてだよ。》
「……ゼロ。きみはもしかして魔物に狙われているの?」
《――それはそうだよ。だってボクは古の英雄が使ったとされる剣なんだ。魔王がボクを目の敵にしていても不思議ではない》
「魔王? 魔王ってなんなんだ?」
《――そうだね……平たく言えば諸悪の根源ともいうべき存在だ。奴はボクのかつての持ち主、古の、伝説の英雄に倒された。……が、悠久の時を経て復活したのさ》
「……魔王? ……時を経て復活? スケールが大きすぎてよく分からない」
《――それで、復活した魔王ゼルネスは再びこの世界を混沌に陥れようとしている。その証拠の一つが……魔物だ。彼らは本来ここに存在しない、いわば外道の存在だ》
「……つまり、魔物がいるということは、魔王がすでに復活しているってこと?」
《――まあ、そういうことだね。早く何とかしないと手遅れになるよ》
「……どうすればいいんだ?」
《――きみは質問ばっかりだね。……今のボクには魔王を倒すほどの力はない。オーブの力を借りる必要がある》
「オーブ?」
《――オーブはボクの分身のようなものさ。古の時代、魔王が滅びた後に、ボクの力が各地に分散していったんだ》
「要は、そのオーブとやらを集めないと、ヤバイってこと?」
《――そゆこと。じゃあ頼んだよシュウ。ボクの言葉を聞ける唯一の人間よ》
それっきり、声は聞こえなくなった。……何やらでっかい話になって来たぞ……。
突然、隣に座っていたティアにどつかれた。
「シュウ! あんた一人でぼーっとしてんじゃないわよ!」
僕はゼロから聞いた話を二人に伝えた。話を聞いた二人は、理解の許容量を超えたのか、天井を見上げ、沈黙していた。そして、最初に口を開いたのはティアだ。
「そもそも、オーブなんてどう探せばいいのよ? そんなのあたし聞いたこともないわ」
僕自身、どうすればよいか分からない。
だが、そんな状況を打開せんとポポがつぶやく。
《――オーブかどうかは分かりませんが、大きな力の波動を感じるのです》
「……力の……波動……?」
《――はい。今は六つ感じます。》
「六つ……。一番近いのは?」
「ここから、南の方ですね」
「じゃあ、ティア、ひとまず、南にある町へ行ってみようよ」
「そうね、まだ信じられないような話だけど、もし本当に魔王がいるのなら、一発ぶっ飛ばさないとあたしの気が済まないわ。何度も死にかけたのよ」
ティアはこぶしを突き上げるようにしてそう言った。
「それじゃあ出発だ。ユーリさんお世話になりました」
「いいのよ。私には壮大すぎてピンとこなかったけど、ティアがんばってね。これ直しておいたから。」
ユーリさんがティアに渡したのは輝くようにきれいな白銀色のコートだ。
「シュウ、ティアをよろしく頼むわよ」
僕とティアはユーリさんに見送られてレスタ村を出た。
また会える。そう信じて、涙は流さずに笑いながら。
レスタ村を出発した僕たちは目的の街へ行くため地図の確認するところだ。
「ティア、地図持ってる?」
「はい」
手渡された地図はかなり大きい。世界地図と思われるような大きさだ。左上にはレイゼンベルグと書かれている。
「……レイゼンベルグ……?」
「常識でしょ? シュウあんた超古代人なの?」
すかさずポポがフォローしてくれた。
《――ティアさん、シュウさんが知らないのも無理はないんですよ。だって、シュウさんは異世界からやって来たんですから》
ポポのトンデモ発言にティアは驚きのあまり腰を抜かした。しかし、こればっかりは本当のことだから仕方ない。
「い、異世界? ……ポポちゃん、あたしをからかってるでしょ」
「ティア……ごめん。ポポが言うのは本当なんだ。僕は違う世界からここ――レイゼンベルグ? に来たんだ。それで、今までは、自分のいた世界に帰る方法を探していたんだ」
ティアは一瞬僕を訝しむような目で見つめると、はあ、とため息をつく。そして、空を見上げてつぶやいた。
「そう……なの……。あたしよりずっと大変だったんだね」
「そんなことない、だって僕にはポポも……それにフロルもいた」
「フロルって、ウィンリーブスで私たちを襲ってきた奴でしょ」
「うん。……でも、フロルは僕の友達だ。あんなことをしたのにはきっと理由があるんだ」
そうだよ、きっと……。理由もなしにあんなことをするような奴じゃない。短い間だったけど一緒にいたからわかる。それにフロルはゴブリンから僕を助けてくれたじゃないか。フロルの作るスープはとってもおいしかった。彼が見せた笑顔が偽りだとは、僕にはどうしても思えなかった。
「……呆れた。あんたホントにお人良しね。あいつは、おそらくブラックシルフィーの幹部よ」
「ブラックシルフィー?」
「世界中で暗躍している盗賊団よ。あの短剣……あれは、幹部にしか渡されない特別製の短剣だったはずよ」
「なんでティアがそんなこと知ってるの?」
ティアは不意に僕から視線をそらす。
「……ユーリに教えてもらったのよ」
「ユーリさんに? ユーリさんって何者なの?」
「あたしもあまり知らないわ。ただ、世界中を旅してるって言ってた」
世界中をまたにかける旅人か……。なんか、カッコイイな。
「すごい人だったんだね」
「この地図も、ユーリにもらったのよ。それにこれも、〝冒険者セット〟」
「? 何それ?」
「知らな……、ごめん。シュウは知らなくて当然よね。これは旅人には必需品とされている道具なの。コンパスとかテント、火打石みたいに、自給自足に必要なものが入っているの」
そんな便利なものがあったのか。ユーリさんには本当に感謝だな。お金もたくさんあるし、金銭面で困ることは当分な…………あれ?
ポケットの中を探っていた僕はようやく大変な事態が起きていたことに気が付いた。
「ない!」
いきなり僕が叫んだのでティアは驚いた。
「わっ! いきなり何よ!」
僕は涙が出そうになるのをこらえて言った。
「ひぐっ……。百万ルルが無いんだよぉ~」
百万ルルという大金と聞いて、ティアも目を丸くする。
「あんたそんな大金どこに持ってたの?」
「ポケットに入れてたんだ。たぶんあの黒装束の奴らに取られたんだよ~ひっく」
「もう、泣くんじゃないの! 無いものは無い! 割り切りなさい!」
「でもさ~……」
「もう、置いていくわよ!」
「ちょっと待ってよ~!」
ショックだ。魔法の財布ごと無くなるなんて。……トホホ。
初っ端こんなことで大丈夫なのだろうか?
――かくしてシュウとティアの旅は始まった。彼らの旅は様々な人を巻き込んで、やがて、この世界を揺るがす事実に直面することになるのだが……それはもう少し先のお話。
今はこうして手を取り合い笑いあうことが大事。
だって、旅は楽しいものなんだから。
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