夢屋

ジャック孟玩

第1話

  ガヤガヤと活気づいていた昼間と違って今はシンと静まり返っている。コツコツと地面を鳴らす革靴の音だけが通りに響いていた。


 坂井大輔は立ち止まり、先程買ったタバコを背広のポケットから取り出すと、慣れた手つきで最初の一本に火をつけた。最近は何処も禁煙で、落ち着いてタバコも吸えやしないと思いながら、タバコをふかすと、再び革靴の音を響かせはじめた。


 周りはもう寝息をたてているのが大半だろうと思い、腕時計を見る。もうすぐ二時になろうとしていた。


 なにが悲しくてこんな時間になるまで働かないといけないのか。毎日多くの仕事を押しつける上司の顔を思い出すと、タバコが短くなるのにそう時間はかからなかった。


 ふと見慣れない建物が目立ち始めた。どうやら道を一本間違えたらしい。まあどうせ少し帰るのが遅くなったところで、今は気にする必要がないと自分に言い聞かせると、自宅の方向へ道なりに進んでいった。


 大輔は道を進んでいると、あるものを見つけた。ブロック塀に貼られている小さな看板だった。そこには

『夢売ります 夢買います 夢屋』と書いてあった。


 何だこれは。大輔は不思議に思い、その看板の手前で足を止めた。『夢屋』とあるが、何の店なのか。大輔はその店に興味を持つと、辺りを見渡した。だが、周りには小さなアパートや住宅があるだけで、それらしい建物は見つからなかった。


 おかしい。再度看板を見る。先程と変わらない文字があるだけだった。やはりおかしい。普通、看板というものは電話番号や住所又は案内図などが記されているはずだが、この看板を見てもそのようなものは無かった。


 誰かの悪戯かな、大輔はそう思った。

「全く、しょうもない事しやがって」

 大輔はそう呟きながら、剝がしてやろうと看板に手をかけたが、途中でばかばかしくなりやめた。


 疲れてるな俺。大輔は小さなため息をつくと、ブロック塀に背中をあずけ二本目のタバコに火をつけた。タバコの煙が暗い夜空に吸い込まれていく。それを目で追いながら、大輔はあの夜の事を思い出していた。

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