160円。
千歳
第1話
わたしは昇降口を出たところで、いつものように校庭を見渡した。そして、ベンチに座る少年を見つける。
燃え上がるような夕空の下、背中を丸めるその人は、遠目でも憔悴し切っているのが分かる。
わたしは校舎裏の自動販売機まで走った。スポーツ飲料を買うためだ。
160円。
少し高めなその値段は確認するまでもない。硬貨を入れる。
取り出し口の向こうにガタンと落ちたペットボトルを、取る。
小走りに戻ると、その背中はまだあった。
背後に歩み寄る。
「はい」
ペットボトルを差し出した。
その人は肩越しにチラリとわたしを見て、何も言わずに受け取った。
キャップを開ける音がした。間を開けず、次はトロリとした飲料水が喉を滑り落ちる音がした。
ゴクリゴクリ。低い音とともにその人の喉仏は上下に激しく揺れ動いた。
わたしはその見慣れた光景を、記憶の上書きをするため見続けた。
その人は、わたしの初恋の人だ。
入学してすぐによく話すようになり、仲良くなっていく内に好きになり始めた。
ただ、仲良くなり過ぎたのだ。――友達として。
二年半の間、わたしたちは友達だった。そして、それは今も変わらない。
わたしの恋心は今も変わることなく、心の奥底でユラユラと心許なく燃えている。ただ、それだけ。
その人はわたしのその炎に気づくことはなく、こうして今日もいつものように、部活後のスポーツ飲料を友人の手から受け取るのである。
ペットボトルの中身が半分程になり、その人は口から離した。
「やっぱり、飽きたな」
わたしその人をまじまじとみつめる。
「飽きたの?」
「そう、飽きた」
「甘いの好きでしょ。なんで?」
「好きなものでも、毎日だと飽きてくるんだよ」
わたしは暫し、言葉に詰まらせた。
毎日毎日、目の前の人に同じ飲料水をあげ続けたのはわたしだ。飽きさせてしまったのは、わたしだ。
「なんか、ごめん」
わたしの言葉に、その人はなぜか戸惑っている。
口を幾度か開け閉めし、最終的にはぎゅっと閉ざしてしまった。
「ん?どうしたの?」
「あーいや…」
しばらく言いにくそうに目を泳がせている。
しかし、わたしの顔の中心でその瞳は止まった。
口がぱかっと開き、一瞬の間の後、低い声が、けれどいつもよりはうわづった声が響いて聞こえてきた。
「ごめん、さっきのは嘘。やっぱり、好きなものは毎日でもいいや」
紅潮した頬が鮮やかなその人の顔を見て、わたしの頬は自然と緩んだ。
「うん。分かった」
夕闇が迫る中、強く燃え盛っている空のように、今まさに、わたしの中の炎も燃えようとしている。
160円。 千歳 @lilymkd
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