Dreamf-5 握られざる拳(B)

    6




「今のは……?」

 オペレーターの一人が、円の攻撃について疑問を持ったらしい。

 当然、吉宗もだ。


「今、あいつ攻撃を急に切り替えよったな」

「はい」


 EXキャリーが出ていない今、スカイベースで境域内を撮影してモニターに映している。


 境域が発生している位相と、自分たちが今いる世界の位相の境は熱量、電気量等あらゆる質量や光の流れが酷く歪んでいる。


 それを利用することによって一方角から多方角カメラを展開することが出来る。


「思いっきり殴ろうとしてたのをいきなり掌底に変えよった」

「なんで」

「あいつ、なんかに気がついたんや」

「え?」

「顔見たらなんとなく分かるやろ」

「はあ」

「もしかしたら、ビーストっちゅうもんは俺らが考えてるもんより、ちょいめんどい何かなんかもしれへんな」

「めんどい?」

「知ってるんは、円だけやろうな」


 吉宗はじっとモニターを見つめる。

 円は相変わらず拳を握ることが出来ずにいるようであった。




      7




「――ッ! ハアッ!」

 ビーストの猛攻を凌ぎ、体勢を崩させて掌底を打ち込む。

 的確に急所に打ち込み、光を散らせ、疲労させる。


「もう一撃!」

 おなじ箇所にもう一度掌底を打ち込み、ビーストを大きく後方へ吹っ飛ばす。

 ビーストの体から散る光が尾を引く。


「クッ! ……はぁっ、はぁ……っ」

 確かに円の攻撃は深いところにまではいり、光を散らせて疲労させた。


 なのに、一向に動きを止めない。

 巨体の上、動きそのものの俊敏性が跳ね上がっている。

 むしろ今、間一髪の戦いによる集中力を使いすぎて限界が近づいている円の方が状況は危うい。


(くっそ、このままじゃやばい。エネルギー切れるよりも先に集中力が切れる――――ッ!?)

 そんなよけいな思考をしてはならなかった。

 生み出されたその隙、すでにビーストは円の目前に。


「ヤベ――ッ!」

 とっさにガードの姿勢をとる。

 が、それよりも先にビーストの攻撃が速かった。

 ビーストの豪腕は、円の鳩尾を確実に狙い打つ。


「ガハッ……! グッ!!」

 エネルギー切れより先に、

 集中力より先に意識が切れてしまう。


「っの野郎ッ……!!」

 円ですら思わず拳を握って反撃に入ろうと――――


 ――――――――ッ!!


「クッ!?」

 そしてまた、響いた。

 響いて、反射的に拳を開いてしまいまた掌底を急所でもないところへと叩きつけてしまう。


 掌底は胸部への攻撃以外深いところに入り込まないようなので、わき腹に攻撃を叩きつけたところで大したダメージは入らない。


(しまっ――!?)

 と、また余計な思考をした。

 束の間、円が反応しきれない早さの攻撃が、円を突き上げ、


「グァアアッ!!」

 後方へと思いっきり吹っ飛ばされた。

 一瞬。ほんの一瞬、円の意識が飛んだ。

 その一瞬――。


(こ……これは……!)

 暗闇のなかに見える点の光が二つ。

 その光からのぞき込めたのは光景だ。

 誰かの記憶。その記憶に映る二人の子供。


 もう一つの光からのぞき込めるのは妻と子供が「いってらっしゃい」といいながら二人玄関で手を振っている。

 二人いた子供の内一人、二つともの記憶にいる。本当に小さい、幼い少女であった。


(……ッ!?)

 なぜ今になってこんなものをみたのだろう。

 そう思ったとき、円は確信した。

 ビーストの正体を。

 自分たちスピリット、人間たちが今まで敵としていた者の正体を。

 地面に倒れ、空を仰ぐ。


「そんな……嘘だ……」

 ふるえる声で思わずそんな事をこぼし、今対峙しているビーストをみる。

 相変わらずビーストは円や恵里衣に殺意を向けている。


「クゥッ……! ハッ! ……はぁっ、円?」

 円の様子がおかしいと、恵里衣は四足のビーストの攻撃をいなし、確実に攻撃を加えながらこちらを伺ってきた。


「何で、あなたたちが……っ」

 膝に力を入れて立ち上がり、ビーストをしかと見つめる。

「絶対に止める……ッ!」

「円? ……ッ、何、この力の流れは!?」


 力を感じる。

 円の内からあふれる莫大なエネルギー。

 あふれ出し、漏れだし、それが靄のように広がっていく。


「何なの、これ……!?」

 恵里衣が扱う力の比ではない、円の放つ力は。

「あなたたちが――」

 その時、円の頭上に細く、赤い光のアーチが幾重も引かれた。


「これ以上壊さないために……ッ!」

 握り拳を作り、

「あなたたちが――」

 その拳を高く掲げ、


「友里を……」

 掲げた拳と入れ替えるようにもう一方の手を天に掲げる。天に掲げられた手が赤い光のアーチにふれると、強く赤い光が輝いた。


「誰かを殺してしまう前にッ!!!」

 その光をみるニ体のビーストは呻き、恐れおののくように少し後へと退いた。


 円の体を縁取るようにコロナの様に赤い光が現れる。

 天に掲げた手をおろすと平行して、

 纏われた赤い光もゆっくりと降りていく。

 

 その様は殻にこもり、

 殻から出る光景と例えられる。

 円の一方の瞳は炎のように紅の色に変わって、オッドアイとなっている。それ以外で目立った変化は見えない。


 だが、間近にいるから感じられる、円自信が放つプレッシャー。

 あふれ出る光の力。



「すごい……」

 恵里衣の口からそんな言葉がもれる。

 これを、人は覚醒というのだろう。

 円は自分の光全てを解放し力を跳ね上げている。


「ここからが本番だ……」

 手首を小さく一回振り、拳を握り、円は構えた。

                                to be continued

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