かみゆう!

花しみこ

00.わたしのおなまえなんですか?

 お前お茶淹れるのうまいよな、なんてのんきにお茶をすする、人間離れした緑色の髪した男性は、まさにそのまま人間じゃない。由緒正しいこの水神社、なんとその主、祭神さまである。

 それに「ありがとうございますー」とのほのほふよふよ返すのはわたし、浮くほど軽い体重と半分透けた身体がチャームポイントの、つまりいわゆる幽霊ちゃん。山間の町の川のそば、ちょっとめずらしい二階建ての上階本殿の中で、わたしたちは二人のんびり暮らしている。

 ずずーっと湯のみを傾けるそのひとの背中はちょっぴり丸まっていて、ばしんと叩いてやりたいところだけど、わたしは神様に触ることができないので見るだけ。お茶を淹れたり、本を開いたり、なんていうそんなに重くないものは練習したら持てるようになったし、触るだけならほかのなんでもできるので、これは神様のほうの問題だと思う。よくわかんないけど。

 わたしがこの神社に住むようになったのは、この神社で死んじゃったから……なんて理由じゃなくって、ただ他に行く場所がなかったから。

 一年前、わたしはなんだかよくわからないまま幽霊になってて、よくわからないままぼんやり歩いていた。足がないから浮いてたっていうほうが正しい?

 幽霊なんだからきっと成仏できない理由があるんだろう、と思ったんだけど、なんとわたし、生前の記憶が一切ない。未練もわかんないし、なのに成仏できないし、「わたしはだれ? ここはどこ?」とうんうん唸ってた。ら、神様が話しかけてくれて、「思い出すまでここに居たらいい」と言って、この飾池かざち水神に連れてきてくれた。

 それに甘えて、わたしは神社の神様スペースにお邪魔し、仲良く過ごしているというわけである。

 神様がお茶を置いたのを見計らって、低めの位置で正座した。

「神様、気づいたことがあるんですわたし」

「んあ? どうした変な顔して」

「とってもとっても大事なはなしなんですよ!」

 きりっ。まじめな顔をしてみせれば、神様も首を傾げながら身体をむけてくれる。

「大事な? なんかわかったのか」

「じゃないですけど、ほんとに大事なことなんです」

「なんだよ」

「あのですねっ」

 鼻息荒く前のめり。神様は涼しいつり目を眇めて続きを促す。

「わたしいま、─名前がないんです!」

「はあ?」

「ミーちゃんにだってミートローフって名前があるし、」

「ミートローフ」

「雨の日に階段下で寝てる野良猫もそばつゆって名前があるんですよ!」

「このあたりネーミングセンスないやつ多いの? 名付け親ひとりだよな? おまえじゃないよな?」

「だからわたしも名前がほしいんです!」

「無視か」

「いつまでも『幽霊』なんていやなんですー!」

 うっうっ。涙なんて出ないけど顔を覆うと、神様はたじろいだようだった。

「名前って言っても」

「なにがいいと思います?」

「自分で考えろ」

 ええーっ、いいのが思いつかないから聞いてるのに! ぶうぶう口を尖らせて、ばしばし肩を叩くふり。緑色した髪がさらり、複雑に輝く。

 神様は呆れたふうに目を細めて、ちゃんとしていた姿勢を崩して胡座に肘を乗せた。

「俺が名付けると、神の眷属に近くなる。生きた人間の魂は強いから、オマエが生きてたら名付けたところで神に近い存在になるだけだ。が、オマエ幽霊だから弱すぎて死ぬ」

「し、死んでるのに!?」

「死ぬ」

「そんな恐ろしいことが……案を出して貰うのもダメなんですか」

「駄目だろうなあ。生きてりゃ名付けてかっさらっても良かったが」

「ままなりませんねえ」

 となると、自分で考えなきゃいけないってことに。

 神様に考えてもらおー、と思ってたから、案は一切全くない。生きてたときの名前なんてかけらも思い出せないし、ぱっと思いつくのだってなにもない!

 なにがいいかなあ、肉じゃが……、オムライス、やきそば……。うむむ。

「待て悪い予感がする、猫に名付けたのオマエじゃないんだよな?」

「違いますよお。わたしの猫じゃないですもん」

「安心した。そうだな、花の名前とかいいんじゃないか」

「お花! 牡丹とか薔薇とかですか」

「どっちも似合わないけどな」

「わかってますって!」

 でもお花かあ。たしかに、何のお花でもだいたいかわいくなる。

 印象深いお花がなかったか、ここ一年ほどの記憶を総ざらいして候補を考えていく。昨日は水仙が咲いててかわいかったのよね。ロウバイもいい香りがしてる。秋には紅葉が綺麗だった、夏のひまわりとか露草も好き。

 この神社からでもいろんなお花が見える。わたしの好きなお花だと決まりそうもなかったから、見上げた隣の顔を思い出す。神様はどのお花が好きかな。聞くのはなんとなくはずかしくって、いろんな花を思い浮かべた。

 神様が好きだって言った花。ふーむむ、そうだなあ、藤とか? 藤の花はこの神社にも咲き、一緒にお花見もした。わたしも好き。でも、ふじちゃんって呼ばれるのはしっくりこない。

 ふじ、……ふじこ? イヤそれはなんだか恐れ多い! 音読みでとうこ? とう、とう……。

 うなっている横で神様はお茶を飲み干し、自分で注いで湯飲みを置いた。俺がやるとどうもうまくない、なんて言う。ふふふん、そこまで言うならわたしがずっと淹れてあげよう。考えがいったん逸れて、これでいいじゃん、と思った。

「名前、とわにします!」

「永久?」

「そうです!」

「花の名前はどこいったんだ、それにずっとこのまま幽霊でいる気か」

 ふ、と苦笑して、でも、と続けた。

「良い名前だな」

 そのときの神様の顔がやけに優しくて、突然恥ずかしくなってきてしまって、奪い去るよう湯飲みを持って「お茶いれなおしますね!」と飛び立った。

 顔の熱さに負けて、だからわたしは気づけなかった。神様が、小さくなにかつぶやいたこと。



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