第143回『序曲』→落選

 ボクは独りぶら下がっていた。渋じいの家の渋柿の木に。他のみんなは先に落ちちゃった。庭が七割、道路が三割かな。道路に落ちた仲間も回収するケチんぼだから渋じい。渋じいは仲間を集めて柿酒を作ってる。早くボクもその中に入りたいなあ。干し柿は絶対いやだ。紐で縛られて寒空に晒されるなんて虐待だよ……。

 渋じいは柿の木を見上げていた。「もう、最後の一個になってしまったか」と。そういえばさっき、孫娘の旦那からもうすぐ産まれそうだと連絡があった。最後の一個は記念の干し柿にしてみるか。道路に落ちそうなのが心配だが……。

 少女は病床から窓の外を眺めていた。向かいの家の大きな柿の木にポツリと一つ残った柿の実。「今日も元気ね、落ちない君」。私、勝手にそう呼んでる。でも、もしかしたら、あの実が落ちたら私の命も……。

 二郎はムシャクシャしていた。今日の野球の試合は完投できそうだったのに、九回裏にライトの一郎と交代させられてしまった。「俺ってそんなに頼りないのかな」。見上げる柿の木が潤んで見える。あの一つ残った実を思いっきり投げてみたら、少しは憂さを晴らせそうなのに……。

 その時、風が吹いた。ボクの体はふっと宙に浮いて――

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