第10話 正気な深桜ちゃんは少し物足りない
変態の野外露出に付き合った翌日、私は睡眠というよりも仮眠というくらいに短い時間眠った後、学校へと向かった。
この朝も案の定リリィや深桜ちゃんが私を巡って変態的会話を繰り広げていたけれど、とてもお見苦しい行動や聞き苦しい単語が乱発していたので割愛。
そして現在、私は教室の端でどんよりとした空気をまといながら次の授業の準備をしているのである。
「昨日あの後そんなことがあったとはねぇ」
そんな私をれいは励ましながらも、どこか他人事のように言う。あの後用事があるとか言って私と別れたれいには罪悪感というものがないのだろうか。あの場面でれいがいれば私は変態に声をかけられなかったかもしれないのに。
私は恨めしそうな目でれいを見るけれど、れいはそれを意にも介さず、それどころか少し上機嫌にも見えた。
何かあったのだろうか。
「れいうれしそうだね、何かあったの?」
「うん、昨日あの後行った古本屋にね、ずっと欲しかった本が売ってたのよ! 地元の古本屋には結構通ってたけど、この辺りはまだまだ開拓できてなかったからさ、いやぁ、もううれしくてうれしくて」
ほーん、そんなことか。
れいの古本蒐集はむかしから知っていたけれど、その買い物に付き合ったことはあまりない。私自身が本をあまり読まないのもあるけれど、どうにもあの古本屋の雰囲気やら空気やらにおいやらが苦手なのだ。
私が読むのはレズ小説くらいだし、ていうかあれ官能小説か。あの作家の本に出てくる女の子のかわいさは異常。
「それはそうと、今朝はずいぶんと静かだったね」
れいは深桜ちゃんを見ながらそう言った。
確かに、ここ最近ずっと私にべったりだった深桜ちゃんは、今朝リリィと少し争ったあとは比較的大人しく登校していた。
まさかとは思うが、私に興味がなくなったとか?
その可能性もなくはなかったけれど、私はこの後もっとひどい目に遭うのではないのかと内心びくびくしている。ただ深桜ちゃんの変態性には慣れてきてしまっている自分も少なからずいるので、あそこもきゅんきゅんしています。どうしようもないな、私。
「……まぁ、静かなことはいいことだよ」
私の学校生活の健全性もある程度は保たれるし。
入学直後からいろいろやらかしすぎて今では一年生の中では知らない人がいないくらいには有名になってしまったからね。ここらでちょっと優等生っぽいところを見せなければ、残りの高校生活が崩壊現象を起こしかねない。
幸いにして私は学業面でも目立っている。入試とかも上位だったらしく、「成績はいいのにねぇ」とか学年主任に残念そうに言われたこともあるくらいだ。
変態は勉強もできる。これは常識だろう。
というか、勉強のストレスを発散するために変態的行為に走る子が多いというのが正確かもしれない。つまり、世の進学校の人たちはみんな変態!(偏見)
しかし、こんなに変態が多い学校もあまりないだろう。というかほとんどないと思う。むしろ変態養成学校と言っても過言ではないくらいには変態が多い。先生たちも苦労してるんだろうなぁ。
「そういや、今日のHRで体育祭の種目誰が出るのか決めるらしいよ」
「え、早くない? 体育祭ってもうちょっとあとでしょ?」
確かまだ一か月くらいあるはず。すでに準備期間に入っているとしても早すぎではないだろうか。
「体育祭準備委員もそのとき決めるらしいから、そのときついでに決めようって感じなんじゃない?」
ほう、つまりは準備委員を早々に決めて、熾烈な戦いになる種目決めに取り掛かりたいのだろう。このクラス、意外と運動音痴多いからね。かくいう私も運動は微妙だったりする。できなくはないけれど、できるとは胸を張って言えない。胸とか張るほどないし。
その点なんでもそつなくこなすれいとか、いろんな種目に引っ張りだこだろう。もうれいが分身して全種目出るとかできないの?
「深桜さんとかは、何に出るんだろうね」
……ああ、なんとなく深桜ちゃんが今日静かなのが分かった気がした。
あれだ、今日のHRで種目を決めるっていうことを聞いて気分が落ちてるんだ。そうだよねぇ、運動ができない子にとって体育祭とか忌避すべき毒なのに、回避不可能の確定ダメージなのどうにかしてほしいよね。
私が心の中で深桜ちゃんを慰めていると、それを敏感に感じ取った(のかは分からないけれど)深桜ちゃんがこちらに視線を向けてきた。
とっさに目をそらした私だが、それでも一瞬目が合ってしまったこともあって、深桜ちゃんは私とれいのほうへと近づいてくる。
「な、なにかな?」
負のオーラ全開の深桜ちゃんにれいは若干引き気味に声をかけると、深桜ちゃんはそれが聞こえていないのか、私の前で膝をつき、そのまま私の膝に頭をのせてきた。これが膝枕というやつか。できればする側ではなくされる側になりたかった。
「ああ、やっぱりここが一番落ち着きます」
やっぱり体育祭が嫌なんですね、分かります。
いやまぁなんでしょう。こういうところもあるから可愛いと思っちゃうんですよね。
私が無意識のうちに深桜ちゃんの頭を撫でていると、れいはどこか苦々しい表情でこちらを見ていた。
「れい、どうかした?」
その表情が気になったので声をかけてみたが、れいは答えずにそっと指をさすだけであった。
なになに? と私が指をさされた場所を見やると、そこには深桜ちゃんがいた。しかし、その深桜ちゃんをよくよく見ていると、なにやらもぞもぞと下半身をいじくっていた。ついでに私のパンツも見ようとしてた。やっぱり変態は可愛くない。
「はぁはぁ……友梨佳さんの太もも……いい匂い」
ここ学校なんだから自重しなさいよ。いや別に自室ならいいというわけでもないけどさ。
「こら、やめなさい」
私は深桜ちゃんを撫でていた手を止めて、その手でチョップをかます。
「いたいじゃないですか。私、友梨佳さんと違って痛みで快感を得る特殊な人じゃないんですからね」
いえ、私もそんな特殊性癖は持ち合わせておりません。
「そういえばさ、友梨佳ってあの……あれはどうしたの?」
あれとは? ちょっと抽象的すぎて空気を読めて察しもいい私でも分からないですよ。
「ああ、あれですか。あれはまだ付けてますよ。というか、私が管理してます」
うん? 私への問いに深桜ちゃんが答えるの? それに管理って……あ。
「あ~、貞操帯のことね。うん、まだ付けてるよ」
もう最近はすっかりこれにも慣れた。見られながらするのにも慣れたし、何なら付けながらいたすのにも慣れた。
すでに私はどっぷりと変態への世界にはまってしまっていると言ってもいいくらいだ。というかこの変態的行為に慣れすぎて最近はちょっと物足りないとすら思っていたり。
「……友梨佳、あんたはもうこっちの世界には戻ってこれないほど汚されてしまったのね」
ごめんよれい。友人が変態で。
しかし、こんなに変態になってしまった私ですらまだ友人だと思ってくれているのかは疑問だが。
ゆ、友人、だよね?
私が一人心配で胸がいっぱいになっていると、れいは一つため息をついてから深桜ちゃんに声をかける。
「まぁ、本人たちがそれでいいというのなら、私は別に何も言わないけれど。それよりも、深桜さんなんだか今日元気ないけど、やっぱり体育祭関係?」
慣れってほんと怖いよね。常識では考えられないことが起こってたとしても、さらーっと流せるのだから。まぁれいは私と知り合った時からスルースキルカンストしてたもんね。
「はい、私こう見えて意外と体力がないの」
こう見えてって、どっからどう見ても体力なさそうですよ? 深桜ちゃんは。
「だから、学校行事の中で唯一体育祭が大嫌いで」
大嫌いときたか。苦手とか不得意とかではなく、大嫌いと断言するあたり、相当嫌なのだろう。
「あ、でもいろんな人の体育着が見れるのは、うれしいのですけれど」
そうですよね。しかもちょっと天気のいい日とかだったら、余計うれしいです。体育祭の時は天気予報要チェックだな。
「でもほら、私、先生方の間では優等生で通っているので、露骨に嫌な顔はできないのです」
そういうものなの? というか嫌な顔って、適当に体力使わなそうな種目に出ればいいんじゃない? とか思ったけれど、このクラスだとそういう枠はすぐに埋まりそう。深桜ちゃんもわざわざ競争率の高い種目をとりに行かなそうだし、優等生というか、先生方に良い子だと思われている子もそれなりに大変なのだなぁ。
「はぁ……ほんとに嫌です、生徒会補佐」
うん? 体育祭のことじゃないの?
っていうか生徒会補佐って?
「ああ、あれか」
しかしれいは理解したらしく、深桜ちゃんに同情の目を向ける。
なに? 生徒会補佐ってそんなに大変なの?
それよりもこの学校なんか変な役職多くない? 学年総括とか。あれってほんと何してるんだろ。
私がうんうんと悩んでいると、れいが生徒会補佐の説明をしてくれた。
「生徒会補佐っていうのは、いわば次期生徒会役員の候補者みたいな感じだよ。生徒会は基本的に会長、副会長、会計、書記、庶務という五つの役職に各一名から二、三名が毎年選挙で選ばれているんだけれど、選挙に出るためには補佐の経験が半年以上なくちゃいけないっていう規則があるらしいんだ」
「へぇ、そうなんだ。でもどうして補佐の経験が必要なん?」
「まぁ生徒会のお仕事はこんな感じですよって見せるのと、単純に実力を見るのが目的じゃないかな。生徒会役員に選ばれてから、実はポンコツだったとか、仕事できないとか言われたら困るでしょ」
「ふーん、そんな生徒会役員候補生に深桜ちゃんは選ばれたと」
生徒会って名前は聞くけど何してるのか全然知らないんだよね。なんか私知らないことばっかりだな。
「選ばれたまではいいのですが、それの初仕事が体育祭の運営と準備でして」
そういうことね。
つまり深桜ちゃんが楽な種目に出ようが出なかろうが、あまり関係ないってことか。
と、なんだか暗い雰囲気の私たちに似合わないほど陽気でどこか呆けたようなチャイムが鳴り、その場は解散となった。
私は久々に変態じゃない深桜ちゃんを見られて少しうれしく、大いに残念に思ってしまったあたり、変態なんだなと自覚してしまった。
変態ってレベル上がると下げられなくなるし、転職してもどこにもついてくるから厄介なんだよなぁ。対して使いどころのないスキル多いし。
ほんと、厄介な職業だわ。
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