ハカタ、独立!

麻績村まさひこ

プロローグ


 ひゅるるる。

 ショッピングモールの通路に冷たい風が吹き抜けてきて、飯塚タモツは首をすくめた。通路の左右に並んでいる建物には空き店舗が目立ち、余計に寒さを感じさせる。

<こりゃ、フェニックスタウンじゃなくてゴーストタウンだな>

 自分でもうまいことを言ったと思って、タモツは頬をゆるめた。

 フェニックスタウンモールは、福岡市西部の埋立地に建設されたショッピングモールだ。プロ野球の「福岡フェニックス」の本拠地であるフェニックスドームが隣接しており、一大レジャーパークとして人気を博す……ハズだったのだが。

 周囲に競合施設もなく相乗効果が期待できないし、地下鉄の最寄り駅まで徒歩15分と立地も悪く、すこし足を伸ばせば「天神」という九州最大の繁華街がある……などなどの理由から、客足はまったく伸びず、次々とお店が閉じていき、いまでは開いている店の方が少ない状況になってしまったのだ。

 タモツは、屋根のないエリアを足早に向けて、屋内施設に入ると、スマホを取り出して、時刻を確認した。

 午後4時。

 発券開始までは、まだ少し時間がある。シアター入り口で待ってようか、それとも……と思いをめぐらせたところで、タモツのお腹がぐぅと鳴った。そこでようやく、お昼を食べ損ねていたことを思い出す。天神で腹ごしらえしてからシアターに来ようと思っていたのだけれども、初売り客が予想より多くて、さっさとバスに飛び乗ってしまい、まだ食事を済ませていなかったのだ。

<軽くなにか食べてから、チケットを発券しよう>

 タモツはそう決めて、しぶとく営業しているファーストフード店に足を向けた。

 ゴーストタウンと化しているフェニックスタウンモールの中で、唯一人を集めているのが「ハカタGSガールズシアター」だった。

 ハカタGSは、国民的アイドルグループ「アキバGSガールズ」の姉妹グループとして、5年前に誕生した。GSグループが、ほかのアイドルと違うのは、専用劇場を用意していることだ。専用劇場で毎日公演をし、成長して、芸能界へと羽ばたいていく……それが、GSグループのシステムだった。

 10年前に誕生したアキバGSは、名古屋を拠点とするサカエGS、大阪を拠点とするナンバGSと姉妹グループをつくり、3つ目の姉妹グループとして誕生したのがハカタGSだった。

 タモツは、そのハカタGSの「新春特別公演」を観に来たのだ。半年ぶりに当選したとあって、昨夜はなかなか寝付けないほどだった。

 GSグループは、シアターで毎日公演をしている。その中には、当然テレビや雑誌でよく見るメンバーも含まれているから、

「あのアイドルに、毎日会える」

 がウリ文句だったのだが、実際問題、売れっ子のメンバーは、忙しすぎて劇場にはほとんど出てこない。だが、特別公演となれば、話は別だ。それを狙って、タモツは半年間、劇場公演に応募するのを控えていたのだ。

 実際のところはどうなのか知らないが、ファンの間では、「応募していない期間が長いほど、当選確率が上がる」というウワサが流れていた。

 GSグループの公演チケットは、事前申し込みの抽選制である。有名なメンバーが出演しなくても、グループ自体の人気は高いので、公演はいつも満員御礼だ。有名なメンバーが出るとなれば、さらにその倍率は高くなる。

 タモツが推しているのは、「穴沢チサト」というメンバーだった。ハカタGSのキャプテンも務めている、人気メンバーのひとりである。どうしてもチヒロの出る公演が観たかったタモツは、毎年恒例の新春特別公演に狙いを定めて、半年間、通常の公演への観覧応募を控えていたのである。

 その甲斐あってか、見事新春特別公演に当選し、フェニックスタウンモールに足を運んだ――というわけだ。

 商品の乗ったトレーを受け取ると、タモツは奥の座席に移動した。席は半分埋まったか埋まってないか……といった程度だった。チケット発券時間を過ぎると、間違いなく満席になり、入場列の整理が始まる時間になると、一気に人がいなくなる。

 この店は、ハカタGSシアターの来場者によって成り立っている……と同時に、公演を観に来るファンにとって、貴重な情報交換の場でもある。なんせ、ほかにくつろげるお店がないのだから、仕方ない。

 なにはともあれ、腹ごしらえ――と、タモツがハンバーガーにかぶりついたところで、隣の席に座っている二人組の会話が耳に入ってきた。

「そういえばあれ、聞いた?」

「え、なになに?」

「ここ、売却されるらしいよ」

「マジ!?」

「しかも、ここを更地にして、再開発するって話」

 それを聞いて、一瞬タモツは、口を止めた。が、盗み聞きされているのを気付かれないよう、そのまま口を動かし続け――できるだけ自然に、スマホの電源ボタンを押した。

 そんな大ニュースをスルーしていたなんて……。

 とはいっても、それも仕方のないことだった。

 タモツは年末年始、特別手当のために、働きづめだったのだ。タモツは、コンビニで契約社員として働いている。コンビニは年中無休だが、年末年始はパートの主婦やバイトの学生も、休む人が多い。だから、その穴埋めにタモツがシフトを入れまくったのだ。

 10連勤は正直つらかったけど――タモツにとっては、「願ったり叶ったり」でもあった。アイドルの応援――オタ活は、お金がかかるのだ。特別手当が期待できる年末年始は、タモツにとっても「稼ぎ時」なのだ。

 だから、仕事に精を出しすぎて、ニュースをチェックするどころではなかったのだが、その間にまさか、そんな大きなニュースが出てくるとは……。

 ろくに味わう暇もなく、ハンバーガーを飲み込んで、コーヒーを一口すすると、少し気分も落ち着いてきた。

<まだ決まったわけじゃない>

 タモツは、自分に言い聞かせた。

 フェニックスタウンモールには、幾度となく売却話が出ていた。いや、実際数回、転売されている。さいわい、転売はされても、そのまま営業は続いているのだが、「全店舗入れ替え」とか「大規模スーパーに建て替え」といったウワサが出たこともあった。

 だから今回も、そんなウワサ話のひとつだろう……とタモツは思ったのだ。

「それ、どこまで信憑性あるの?」

「九州新聞の新春スクープだからね。確率はかなり高いんじゃない?」

 九州新聞は、福岡に本社を置く九州新聞社が発行している地元紙だ。歴史ある新聞だけに、地元の人からは、絶大な信頼を得ている。

 その新聞社が、新年のスクープとしてとりあげたのだから、「決定したも同然」と思われても、仕方のないことだった。

 タモツは、そ知らぬふりをして、スマホでニュースを検索した。――確かに、大きなニュースになっている。

 どこが買うかも、現状での営業がいつまでで、次の新しい施設はいつオープンで、どんな施設になるのかといった、具体的な計画も記事になっていた。「明日にも正式発表」とまで書いてあるから、これは憶測とか、ウワサ話の類ではないように思える。

<フェニックスタウンモールが、なくなる!?>

 ということは、ハカタGSシアターもなくなるということでもある。シアターがなくなれば、ハカタGSの公演が観れなくなってしまう……。

 ファンにとって、劇場は特別な存在だ。確かに、握手会やコンサートで会うことはできる。でも、劇場での公演とは違う。

 ハカタGSシアターは、収容人数300名の小さな劇場だ。手を伸ばしたら届いてしまいそうな距離で、憧れのアイドルたちが、歌ったり踊ったりしている。そして、小さいがゆえの臨場感やファンの一体感は、大きなコンサート会場では味わえない。

 だからこそ、有名なメンバーが出ていなくとも、抽選をしなければならないほど、応募が殺到するのだ。

 そのシアターがなくなってしまう――。

 これは、間違いなく大事件だ。

 記事によると、フェニックスタウンモールの閉鎖は3月末だという。――あと、3ヶ月しかない。

 実は、新しいシアターが用意してある――のかも、しれない。けど、もし用意できなかったら、しばらくシアターでの公演は観れないし、それどころか、シアターでの公演そのものがなくなってしまう可能性だってある。

 シアターで公演を見るのは、タモツにとって、貴重な「癒しの時間」だ。メンバーが歌って踊っている姿を観れば、どんなに疲れていてもストレスがたまっていても、一気に吹き飛んでしまう。

 そんな貴重な「聖地」がなくなってしまうなんて……。

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