FACTOR-5 赤光(B)
4
「はあ……」
手首をさする遥。
感触がまだ残っている。海外ではたびたび見てはいけない現場を目撃して捕縛される事はあった。そのたびに救出体や警察のお世話になる事が多い。なので、拘束される事もある意味慣れている。
だが、拘束から解放された後に残る痛みにはどうにもなれない。思わず拘束痕をさすってしまう。
だが縄や手錠のように跡が残っているわけではない。その代わりベタリとした気持ち悪い感触だけは残っていた。もちろん、それは錯覚。
だが、あの時の感触は本物のはずだ。
遥は両方の首筋を触ってみる。
「あ……」
そして片方の首筋に確かにそれはあった。二つの穴。
「いツッ」
触ると染みるような痛みがあってほんのわずかに腫れている。触っていなくても、少々冷たい感じがする。
確かに、遥は翔に血を吸われた。
そのおかげで遥は死の淵から救われ、人間として目を覚ました。そして翔も、力を取り戻した。だとしたら、一つ気がかりな事がある。
翔は恭平が消えたところで何かを見つけたのか、それを拾い上げて眺めている。
「……?」
見たところ紙か何かのようだが、暗がりでよく見えない。
すると翔はその眺めていたものを持って遥の方に近づいてきた。ちょうど良かった。気がかりな事は翔に聞けばいいのだ。
「ねえ、翔」
「ん?」
「私の血、吸ったんでしょ?」
「ああ」
「死ぬんじゃなかったの?」
「……?」
「ほら、私に言ったでしょ?死ぬ覚悟があるんだろって」
「ああ、そうだな」
「じゃあ何で――」
「殆ど無いらしいぞ」
「へ?」
それを聞いてつい変な声が出た。
「殆どないって――」
「絶対死ぬなんて言ってねえだろ、俺は」
つい溜め息が出て力が抜けてしまう。「死ぬ覚悟はあるか」。即ち「死んでしまう事があるらしいが、大丈夫か」と言う意味だったのだろう。
だが、あの時の言い様があまりにも怖かったもので、遥は勝手に「吸われたら死ぬぞ」と言うような解釈をしてしまったのだ。
死ぬかもしれない事など、いつも世界を回る中でやっていることだ。可能性と言う範囲なら怖くない。
何故か騙された気分になってしまった遥は顔を赤くして――
「じゃあ最初っから――ッ」
「ほら」
突っかかろうとしたところ翔が手に持っているものを遥に差し出す。
「お前のもんだ」
言いたいことを途中で遮られ、遥は不機嫌になりながらも差し出された物を受けとる。どうやら写真だったようだ。暗くて見えない。後日見ようかと思った時、ちょうど日の出を迎えたようで倉庫の出入口から太陽の光が直接入り込んだ。写真が良く見える。
「……」
その写真に映し出されているものを見た時、遥の頭もすぅ……と冷めていく。代わりに胸からこみあげ締め付けるものがあふれ出て来た。
「何でだろうね……」
目元がぼぅと熱くなってくる。
心が大きく揺さぶられる。写真に映し出されたのは、かつての同窓会のメンバーたち。昨日集まって互いに進んでいった道を語り合おうと思っていた者達だった。恭平の言う通りなら、おそらくこの写真に写っている十数名ほどのメンバー全員が、グレイドルの手に掛かっている。もう、声も話を聞くことも叶わない。出来たとしてもそれはもう人間ではない者。翔のような魔法使いや、ユニコーンのグレイドルみたいに人間として生きようとしている者もいるかもしれない。だが、その様には思えなかった。ここ最近の遭ってきた目を考えれば当然そうなる。
そう思ったら、膝から崩れ落ちて嗚咽を漏らしてしまう。
「どこで間違ったんだろ、私たち……ッ」
恭平が凶行に及んだ所からか、
恭平が凶行に及ぶきっかけを作ってきた遥の中途半端な態度のせいか、
それとも、ずっとみんなで一緒に居なかったことだったのか。互いに自分の道へと進んでいってしまったことなのか……。
皆がみんな、この選択が間違っていないと思いながら進んだ結果が今だ。
「分からないなら、分かるまで生き続けろ」
「……ッ!?」
そんな、気の利かせたつもりの言葉を翔が吐くなんて思ってもみなくて、思わず翔の顔を見上げる。
「生きて考えるんだ」
「翔……」
こちらを見下ろす翔の眼は、赤く染まっているわけではない。が、それでも尚目に宿る力に吸い寄せられるようであった。
「生きて、考える……?」
「後悔は何もしてくれやしない。間違っているのが分かっているのなら、何を間違えたのかを考えて糧にするんだ。お前なら簡単な事だろ」
「……ぅぐ……っ」
分かっていた。それぐらい、遥でも知っている。だが、今それから逃げようとしていた。間違いそのものを思い直したくなくて後悔しようとしていた。だが、翔の言葉はそんな逃げようとしていた遥の心を抱き留めてくれた。また間違いを起こさせて後悔させないために。
遥は嗚咽を漏らしながら俯く。
考える。思い直す。
だが今は、
「ごめん、皆。ごめん、なさい……ッ!」
謝りたかった……。
5
半日が過ぎた。
時間はすでに昼過ぎ。
「あの、俺は……」
何を言えば良いのか分からない。
雄司の胸には一抹の不安があった。
「ホントに、いいのかな。俺、君に倒されなくて」
その時D-ファクターの少年、天城翔は呆れたように溜め息を吐いて、
「お前それ何回目だよ」
と吐き捨てた。
雄司はてっきり、戦いが終わったら翔がその手で殺すのかと思っていた。だが、その予想に反して翔は一向に攻撃をするそぶりを見せることは無かった。何度か「倒さなくてもいいのか」と聞いてはいるものの、全て「ああ」や「気が向かない」と断るか、無視していた。
そして今、横須賀の警察署の前に来てまた聞いてようやく違う答えが返ってきた。
「気が向かねえって言ってんだろ」
「いや、でも俺は――」
グレイドルだから。
人間でありたいと願って、もうこの手で誰も殺さないと思っていても、ふとしたことで爆発して誰かを手に掛ける事もあるかもしれない。殺してから、死んでからは手遅れなのだ。
「そんなに殺してほしかったらな、もう少しグレイドルらしくなる事だったな」
「え……?」
自分の言葉を遮るように言ってきた翔の言葉に呆気を取られる雄司。
「人間らし過ぎるんだよ。お前だって、人間殺そうなんて思わねえだろ」
「そりゃそうだけど……」
「死にたいなら、さっき戦ってる時に潔く死ねばよかっただろ」
「あれは――ッ! つい、カッとなって……」
「だからそれが人間らし過ぎんだよ。俺が知る限り、人間がグレイドルになる事に怒るようなグレイドルはいねえ」
「…………」
「今お前殺したら、俺が悪者だろ」
「天城君……」
「だが、もしお前がまた人を殺したってんならそん時は、お望み通り殺してやるよ」
「…………ッ」
なんとなく雄司には分かった。
自分は翔に許されてなんかいない。翔は「罪を償え」と言っているのだ。殺されない事が許されたと言う訳ではない。翔にとっての殺すというのは、グレイドルに対する断罪なのだ。翔が考えるグレイドルの償い方が、「死」。だが、翔は雄司を人間だと見た。人間の罪の償い方、それが「法による裁き」なのだと、翔は思っているのだ。
翔のそんな想いが分かったとき、雄司の胸が締め付けられた。まだそんな事が許されるのかと。
雄司は小声で「うん」と頷き、
「じゃあ、また」
と、雄司は翔達に背を向けて歩き出す。
ここからまた始める。その手に染められた血を贖罪で禊いで、立ち上がる。今を生きることが許されるなら、雄司に迷いは無かった。
警察署の入り口が開き、入る。そのまま受付へと行き、
「あの、俺、人を殺しました」
自分の罪を告げた。
6
ユニコーングレイドル、事、神原雄司は人間らしい形での償い方を行っていくだろう。こちらに向けた背中には今歩もうとしている道に迷いはないと言う意思が感じられた。
「翔、聞いていい?」
「んん……」
何故だろうか。何故か、違和感を覚える。後ろにいる遥の問いかけもスルーしてしまう。
考える……。
「翔ってばっ」
「ああ、分かった……」
と、独り言を呟いた後大きく溜め息を吐いて遥の方を向く。
「お前いつの間に俺の事を名前呼びしてんだよ。しかも呼び捨て」
「いいじゃん、別に!」
「名前呼びしあう程仲良かねえだろ」
「私にあんな顔させといて何をいまさら」
「あんな顔? ああ……」
思い当たる節はあった。あんな顔などという言い方をされると、遥が翔に血を吸われていた時に見せた顔なのだろうというように考えられた。
「あれはお前だって仕方ないって思ってるだろ」
「別に、思ってないし……」
「は?」
「あの時さ、私「もっとやって」て思ってた……」
「え?」
遥は翔の歯型の穴が空いた首筋を撫でるように触る。今は二枚のばんそうこうで傷痕を隠していた。ばんそうこうのガーゼ部分は少し赤みがかかっているが垂れてくることは無かった。
「あんな……っ、いやらしい、気持ちにさせといて何を名前呼びだとか呼び捨てだ、とか無いでしょ」
「全然意味わかんねえ」
恥じらいで顔を赤くして翔から目をそらす遥。当然、翔はそんな事をさせる気は無かった。
「お前あれワザとやったと思ってんのか?」
「いや、そうじゃないけどさ……」
何かはっきりしない。
きっと自分の血を吸われていた時の事を思い出して恥ずかしさで言葉がつむげなくなっているのだろう。
「ただ、あの時翔が私の中に入ってきたんだなって」
「…………」
「いや、別にそう言った意味じゃないんだよ!?ただ、翔は……命の恩人だから……。赤の他人って感じで接することが出来ない、っていうか……」
「…………」
「私の心に、もう天城翔がいるんだって……」
「ああ、そうかよ」
もはや考えるまでも無かった。ここで遥の気持ちを察してやれない程、翔は朴念仁ではない。だが、
「友達になりたいって言いてえんだな」
「え……?」
「違ったか?」
「えっと……うん。そう、だけど」
「まあ、それだったらいいぜ、俺は」
「……ッ!? うん」
友達であっても嬉しそうな表情を浮かべて頷く遥。
そんな遥の本来の気持ちに応える言葉を吐くこと自体、翔にとってはたやすい。だが、気持ちに応えることは出来ない。遥と翔は、あまりにも違いすぎる。
翔は遥の横を通り過ぎて、自分のバイクが置いている方に歩き出す。
「ねえ、翔?」
「ん?」
「ずっと聞こうと思ってたんだけどさ……」
「なんだ」
「翔って、なんで今まで人の血を吸ってこなかったの?」
その問いかけに翔はゆっくりと遥の方に振り向く。
「吸われた人が死ぬ……。でもほとんどない。だったらあの時私の血を吸えばよかったのに、なんで?」
「なんだ、そんな事か」
あの時、とは翔が枯渇状態に陥った時の事だろう。その時は遥は逃げ出していった。翔が「死ぬ覚悟があるのか」と言ったからだ。
小さく溜め息を吐いて翔は答えを考える。
「血の味が嫌いなんだよ」
「え?」
「あの鉄を溶かした液体みたいな味、俺は一生好きにはなれねえよ」
「そうなんだ……」
遥の思っている答えとはきっと違っていたはずだ。翔も、ウソは言っていない。
もうそれ以上、遥が追及することは無かった。
バイクを駐車していたところまで辿り着いた時、
「ねえ翔?」
「もう何だよ。一気に聞かねえのかよ」
「いや、その……」
「はっきりしろ」
「うん。私のバイク壊されちゃったんだ」
「ああ」
「お金も無い……」
「うん、それで?」
「翔って、一応お金あるんだよね」
「養わないぞ」
「ちょっとッ――!?」
やはりそうだったのかと、また一つ溜め息を吐く。
「都合よすぎるだろ」
「誰が養ってって言うと思ってるの!?」
「お前だろ」
「酷すぎ!!」
「じゃあなんて言おうとしたんだ」
「え、そりゃ……。少しの間、お世話になってもいい、って……」
「それを養うっていうんだよ」
「うぐ……っ」
言葉を一刀両断させ、遥のこれ以上の口を噤ませる。抵抗的な目を向けてくるが、どうにもその様は小動物かなにかと思ってしまう。何故か苛めている様な気がして、いい気分ではない。
「まあ、どっかに送ってやることぐらいはしてやる」
「え?」
翔は予備のヘルメットを遥に投げかける。
山なりに飛んできたヘルメットをキャッチして翔の方を見つめてくる遥。翔はヘルメットを被りバイクにまたがる。
「どうした、いいのか?」
その翔の問いかけに笑顔を浮かべて首を横に振る。
「ううん。じゃあ、お願い」
遥は翔の方に駆けていく。
遥はヘルメットを被って翔の後ろにまたがり、しっかりと翔の体に抱き着く。
「フン……」
素直なのか、反抗的なのか。これが年頃と言うものなのだろう。遥と同じ年頃の翔にとっては興味が無いわけではない。だがそれを考えるのは後にすればいい。鼻で笑い、バイクのスタンドを蹴り上げ、エンジンをかけてアクセルレバーを回す。
エンジンの音が大きく響き、翔と遥は横須賀の地から去っていった。
Going to Next Factor――
ディヴァインファクター-End Age- 嵩宮 シド @Takamiya_Horuru
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