神を左手に移植する

草野原々

第一章 正義の鉄槌≪イビルバスター≫ 前篇

ピカッ! ピビビィィイィィィィイイイィィィィィィィン! ピヒャァァァァアアァァァァァァァァァァァァァアアァァァァン!!


高度一万二千キロメートルの上空で、日本政府が所有する特殊軍事用最高機密人工衛星〈正義の鉄槌イビルバスター〉から紫色のビームが飛び出した。


そのビームは、渋谷道玄坂下のスクランブル交差点へと降下する。


「ぐぁぁぁあ! あぶない!」

慈峰いつくみねは間一髪でそのビームを避ける。ビームは彼のとなりにいた中年男性の頭に直撃する。


「うひょうひょひょひょひょこりょろばばばばばば!」


中年男性は、声にもならない悲鳴をあげ、自身の髪をひっこぬきはじめる。

ぶちゅぶちぶちゅぶちぶちょぶちぶち!

あまりにも早い速度で頭皮を抜いてしまったため、頭皮もろともとれ、あたりには、血の香りが充満する。

中年男性は、それでもやめない。更に、爪を立てて、自分の頭皮をはがし始める。


びりゅりびびびびぐじゅじゅずばばばばりりぃぃん!


男性は、あんがいきれいに頭皮をはがすことができた。自分の頭皮はがしにほれぼれとしたようで、誇らしげに頭皮を見る。彼の頭は、きれいに静脈が残っていた。理科室に標本として飾りたいくらいだ。

だが、慈峰にとっては、それを見物している時間はない。なぜならば、紫色のビームは彼を狙っているからだ。


なぜこんなことになったのか? それは、いまから一日前に遡る……。



一日前! 慈峰はぴっかぴかの高校一年生になっていた。

アイロンのかかったおニューの制服を着て、一日のエネルギー源である朝食を食べていた。

テレビではニュースがやっている。

「お伝えしましたように、政府は昨夜、『イビルバスター』と呼ばれる人工衛星の打ち上げに成功しました。発表によりますと、この衛星は観測衛星であり、軍事目的による打ち上げでは絶対にないということです」


慈峰は、これから学校に行くのだ。入学式である。一生で一回の高校生の入学式。なんとも甘い響のある言葉だが、慈峰は憂鬱であった。最近なんか楽しくない、なにか、なにか、頭がビグッとなるような面白いことはないのか!?


そのとき、慈峰の頭はビグッとした! ビグッビグッ! ビグビグビグビグビグ! 

そして! 啓示が舞い降りた!

俺は、神だ!

そう、俺は神だったんだ!


慈峰は納得した。彼は昔から自分が特別な人間であるという確信があったのだ。それも、社会一般でいうところの平均的な特別ではなく、スペシャルな特別というレベルで!

ああ! ああああああああ! 自分が神であるという実感がこんなにものすごいものだとは! なんでわからなかったんだろう! 俺が神である。それは自明な事実だったのに! こんな自明な事実を認識しただけでも、すごい感動だ!


それから三分間、自分が神であるという人類史上最大で空前にして絶後の発見をかみ締めていた慈峰であったが、ここでふと気づく。この情報を独占していていいはずがない、情報は共有すべきものだ、特に大発見はしかり。と、いうことで誰かにこの発見を知らせなければならない。

しかし、誰に知らせようか。やはりここは、これから三年間を一緒に過ごす仲間たちであろう。仲間には親切にしなければいけない。見返りを期待するわけではないが、こんな大発見を教えるんだ。おやつくらいわけてもらえるだろう。


そういうわけで、学校に登校だ。

慈峰はらんらからーんらんらかーんと鼻歌を鳴らしながら。桜の散る坂道を小走りで下っていった。その先にある木造の古びた校舎が、彼がこれから通う学校だ。


「さあ! みなさん! 大発見ですよ! これから言うことを、よく、聞いてください! 一回しかいいませんよ! わたしは・神・なのです! いいですか、神なのですよわたしは。この学校史上はじめてのことですよ! 喜びましょう! やったぁああああ!!」


金切り声でそう叫ぶと、自分の席に座り、天を見上げる。今まで我慢していたけど、やっぱりこの大発見をしたという快感に浸りたいのだ。


それから、数時間が経過した。慈峰は何も話さず、腕一つすら動かさず、快感に浸っていた。

生徒や教師はそんな慈峰を気持ち悪がり、遠巻きに見ていた。


慈峰の脳内は快感だけであった。その快感は急激なものではなく、非常に眠いときにふかふかのベッドに倒れこむような、ソフトな快感であった。

だが、その快感を邪魔するものがいた。

つんつん、つんつん。なにやら背中が刺激される。快感の海にわずかに忍び込んだ邪魔者だ。


「ぐわぁぁぁあああああああ!」

邪魔者を威嚇するために慈峰は大声をあげながら振り向く。

「ぐわぁっ! ご、ごめん……」

そこには、渡辺がいた。小学校のころからの幼馴染だ。


「なんだなんだ、渡辺君じゃないか。渡辺君! 聞いたかい!? 僕が神になったそうじゃないか、いやーめでたい! めでたい! 帰りにケーキでも食べようじゃないか!」

喜びを全身で表現しながら、幼馴染にグッドニュースを伝える、だが肝心の渡辺のほうは、バッドニュースを聞いているような顔だ。


「慈峰、いいか、心して聞いてくれ」

渡辺が真剣な顔で言う。

「よしっ、心して聞こう、なにしろ君はわたしの幼馴染だからな。ココロシー!」

慈峰は『心して聞く』という言葉を知らなかったため、語尾に『ココロシー』なんてものをつけただけである、決してふざけているわけではない。

「心したな、さあいうぞ」

渡辺は息を大きく吸う。


「慈峰、おまえは頭がおかしい。精神病院にいますぐ入ったほうがよい」


「はあああああああああああ!?」

慈峰は幼馴染の意外すぎる言葉を聞き、あきれ返る。

「ちょっとおい、渡辺君。君もしかして嫉妬してるの? 幼馴染の僕が神になったからって、頭がおかしい!? それどういう言い草なの? 君なら祝福してくれると思ったのに」

「い、いや……、おまえが頭がおかしいというのは純粋なる、客観的な事実……」

「もういい、もういい! もう結構! そーんな御託はケッコウだね!」

バァアアアン! 慈峰が机を強く叩く。


「君とは、長い付き合いだったよ、渡辺君。けどね、もう終わりだ。絶交だ! 二度と僕に近づかないでくれ!」

「そっ、そんな急な……」

「はははははははははははは! なにやら声が聞こえてくるようだなあ! さてはウグイスか九官鳥に違いない! ケケケケケッケケッケケケケケ!」

「くっ、くそう! 今に見てろ! 慈峰、おまえを絶対に精神病院に入院させてやるからな!」

そんな文句を吐くと、渡辺はすごすごと逃げて行った。


それから、授業が始まった。高校生になって最初の授業である。最初の授業だからといって聞いていないと痛い目に遭う。高校になってから、特に理系科目は性質が一変するのだ。個別具体的な知識ではなく、抽象的な方法論にシフトしていくため、最初の最初でその基礎が理解できなければ、後のすべては崩壊する。復習しようにも、なにもわからなくなってしまう!

慈峰は、そのルートに入っていた。授業の最初から上の空。自分が神になったという実感をかみ締めるだけである。最下位ルート直送だ。


数学、歴史、物理、国語、現代社会、英語が終わり。高校生最初の一日が終わった。ペアになって帰るもの、一人で帰るもの、他の教室の友達とあうもの。一人ひとりがそれぞれ帰り、教室には誰もいなくなった。いや、一人残っている。慈峰だ、彼は感動のあまり、授業が終わったことに気づいていないのだ。


ガラガラガラッ、慈峰が一人残る教室になにものかが入ってくる。


「はっ!」

慈峰は、瞬時にその音に気づき。身の危険を感じた。さては、公安かCIAかその他もろもろの機関から来たエージェントだな! 神となったこの俺を実験材料に使うに違いない! そうは行くか!

そう思い、あたりの机や椅子を使い、バリケードを完成させる。これで万事オーケーだ。鉄壁の防御である。


「あなたが慈峰といったか?」

その声は少女のものだ。机の隙間から見ると、この学校の制服をしたすらりと背の高いロングテールの少女がいることがわかる。しかしながら、油断をしてはならない。神を捕獲しようと計画している敵のエージェントはあちこちにいるのだ。あなたの隣にいる友人も、そのエージェントかもしれない。そして、いまここにいる少女がその一人である確率はかなり高いだろう。

「そうだ、俺の名は、慈峰! 今日の朝自分が神であることを発見した!」

慈峰は聞かれたことは正直に答えることをモットーとしていた。


「そうか、あなたが〈選ばれしもの〉か、いいだろう。この地図にかかれているところに来い」

少女は、一枚の紙を床に置くと、出て行った。


さては、爆弾か!? 慈峰は若干パニックになりながらも、机に身を隠し、衝撃を受け止めようとする。

3! 2! 1! さあ、爆発するか……。どうやら、不発だったようだ。紙はなにごともなく風に揺れている。


よしっ。この俺は生きている。神であるから生きているのは当たり前だが、このような当たり前のしあわせをかみ締めて生きていかなければならないのだ。

「生きるって、すばらしい!」

生のすばらしさを再確認したのち、紙をとる。そこには地図が載っていた。グーグルマップの印刷だ。マップの一箇所には、鉛筆でグルグルとマークがつけてあった。住所を見ると、渋谷駅近くの貸しビルの一室だ。

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