16日目

16日目


 今日は耕した畑に種を蒔いた。1~2ミリほどで細長い茶色い種だ。稲のように苗床を作らないので、おそらく麦類だ。均した地面にパラパラと蒔くだけなので私でも簡単に手伝うことができた。

 ここ数日は気温が上がってきているように感じるから、たぶん春蒔きだ。

 同じ畑で休みなく作物を育て続けていると、地中の栄養素が不足したり偏ったりして、作物が上手く育たなくなる連作障害が起こる。連作障害による収穫量の減少は、ジルク村のような小さな集落にとっては致命的だ。それを避けるために、積極的に畑焼きをしたり森から腐葉土を運んできたりしているようだ。

 ただ、それでもイモやウリ類と麦類の二毛作では地力は徐々に衰えていくはずだ。クローバーなど地力を回復させる緑肥作物も併用した輪栽式農業を行っているのかもしれない。


 全ての畑の種まきを今日だけで終わらせたので、子供たちの授業開始が遅れてしまった。ただ明るい時間が伸びてきたので、予定していたことは教えることができた。

 子供たちは昨日で一桁の計算をマスターしたので、今日はいよいよ二桁の計算だ。私はまず縦に書いての筆算を教えることにした。

 今まで横に「1+1」と書いていたものを


    1

 +  1

 ――――

    2


 と書いて計算してみせる。

 初めて見る形式に戸惑っていた子供たちだけれど、私がいくつか計算してみせると、すぐに理解してくれた。余計な知識が入っていないので、形式をそのまま憶えてくれる。こういうのをスポンジが水を吸い込むようにと言うのだろう。

 全員が新しい書き方に納得してくれた所で、いよいよこの筆記方法の力を見せる時だった。


   1

    6

 +  7

 ――――

   13


 と、桁上りを込めた書き方を実演してみせる。ユエンや年長の子供たちは、すぐに分かったようだ。小さな子供たちが桁上りの「1」が少し分かりづらいようなので、また石を使って説明した。「6個と7個」の石を合わせて「13個」、それをさらに「10個と3個」の石に分けて、13の下に並べた。もちろん1回で理解しなくても良いので、違う問題も出して何度も繰り返して年少の子供たちに教えた。

 その間に、年長の子供たちに対して「19+13」など二桁の計算を、やり方を教えずに出題しておいた。ユエン達は相談したり石を使ったりして、自分たちで答えを導き出した。

 普段は大人しいリームが活躍ていた。リームは計算が得意で、どの問題を解くのも他の子供達よりワンテンポ早かった。コツを掴んだ彼に三桁の計算問題を出すと、すぐに解いてしまった。

 そこからは年長組には問題だけ出して、リームに解き方を任せた。そのお陰で、私は年少の子供たちを集中的に教えることができた。教師としてなら失格かもしれないけれど、重要なのは子供たち全員が計算をできるようになることだ。効率優先で良いということにした。

 丁寧に教えることができたので、小さな子供たちも二桁の足し算までなら自力で計算できるようになった。仕組みを理解することが重要なので、計算自体は少しぐらい時間がかかってもいい。時間制限有りのテストがあるわけではないのだから、生活の中で徐々に慣れてスピードが上がっていけば良い話だ。

 明日は引き算を教えることにしよう。桁下がりをどうやって上手く教えるか考えなければ。


 それはそうとして、子供たちの授業で悩むのも重要だけれど、自分の今後についても考えなければならない。収穫と種まきが終わってしまい、畑での農作業はしばらくすることが無い。小作人である私はほぼ失業だ。子供たちへ計算を教えると言っても、三角関数や微積分は必要ないから掛け算ぐらいまでだ。集中して教えれば、基礎だけなら4、5日で終わってしまう。そうなると教師も失業だ。

 農閑期でも村の人達には織物や、森へ入っての狩りや林業がある。単純労働の割合が強い畑作と違って、織物も狩りも専門技能が要求される。ズブの素人の私はただの足手まといだ。

 一応、明日からは「タセリラ」という作業?をするらしい。私が「タセリラ」の力になれるのか、「タセリラ」がどれぐらい続くのかもわからない。


 いつまでもユエン家の世話になっているわけにもいかない。なにより私には帰るべき場所がある。

 ジルク村は良いところだけれど、私が欲する情報を手に入れることはできない。別の場所へ、ガイスが教えてくれた「ジクルス」を目指すべきだろう。

 そういえば、昨日はフードを被った旅人らしき姿を見たけれど、新しく村を訪れた人間はいないようだった。焦っているから、期待を込めて考えてしまったようだ。


 私は「ジクルス」という場所だけを盲目的に信じているわけでもない。そもそも、教えてくれたガイスからして自信がなさ気だった。

 期待しているのは、この世界に存在しているらしい魔法のような技術体系、あるいはその原理法則だ。私の身に起こったのは、物理学などでは説明できない超常的な現象だ。つまり、こちらの世界の何らかが原因だと考えられる。それを探っていけば、いずれは元の世界に戻る方法が見つかるかもしれない。


 かもしれない、なんて弱気ではいけない。実際に起こったことなのだから、明確な原因があり、それを支配する原理原則が存在する。

 その原理原則を解き明かせば絶対に帰れる。そう確信している。


 不思議な力が存在する世界なら、言霊だってあるはずだ。

 だから何度でも、帰れると声に出し、日記に書きつけよう。


 そうだ、きたるべき出立の日に向けて荷物を確認しておこう。


 鞄

 筆記用具

 プリントの入ったクリアファイル

 携帯電話 電池は30%程度

 財布

 ノート 4冊

 電子辞書 単三電池2本入り

 ポケットテッシュ 1つ

 タオル

 ハンカチ

 空きペットボトル

 大樹の果実の種 2つ

 ビニール袋 1枚

 ユエンの母に貰った着替え

 火を出せる木札


 村を出て「ジクルス」を目指すとなると、お金が欲しいところだ。さすがにこれだけ世話になっているのだから、畑仕事のアルバイト代を貰おうなんて無理な話だ。むしろ仕事の時給と食事代や家賃を相殺したら、私が支払わなければならないだろう。

 となると、もう少し大きな町?にでも行って所持品を売るしか無い。少し詐欺っぽいけれど電池切れかけの携帯電話でお金を稼げそうだ。


 目標は確認した上で、今は教師の真似事だ。

 ジェルガと約束したのだから、きっちりとやり遂げなければ信義に反するというものだ。途中で投げ出すような不義理はしたくない。

 そもそも慕ってくれる子供たちを裏切るなんて、私には絶対に無理!

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