4日目
4日目
今日は朝からどんよりとした曇りだった。太陽が見えないとおおよその方角も掴めなくてとても困る。携帯電話の電池は節約したいけれど、仕方なく何度かコンパスアプリに使った。ちなみに時計の時間は深夜の3時を示していてあてにならない。
1時間ほどぐらい歩いたところだろうか、森の木々がざわめいた。ポツポツと雨が降ってきたのだ。
雨足が強まるなか、私は大樹の下に身を寄せた。大樹は葉が茂っていたので、幹の近くまで寄るとほとんど雨を受けることはなかった。
軒先を借りた大樹は背こそ高くは無いけれど、幹は太くがっしりとしていた。大人10人が手をつないでも一周できないだろう。さらに二本の太い枝を突き出し辺りを葉の陰で覆っている。幹の表面は樹皮がうねっていて、年月を経て刻まれた深いシワのようになっている。まるで祖父の両腕に包まれているような安心感があった。
進むことはできなくなってしまったけれど、雨は僥倖だ。葉から滴った雨を両手で受けると、溜まった水を口に運んだ。美味しいと感じる暇もなく、水が身体に染みこんでいった。生きるためのスイッチが入ったかように水を飲み続けた。滴る雨水を手で受け止めるのすらもどかしくて、大口を開けて直接喉に入れた。気づくと袖や襟周りがビショビショになっていた。身体に潤いが戻ったところで、ようやく空のペットボトルがあることを思い出した。滴りにペットボトルの口を合わせて、雨水を貯めることにした。
衣服が濡れて身体が冷えてきたので、火を起こすことにした。昨日は焚火で炭を作ろうと試みたけれど、それっぽい10センチ程度の黒い木片を少し採取できただけだった。土を盛っただけの簡易な物でも炭焼き窯が必要なようだ。
薪を探してくる必要があった。私は樹の下を離れると、雨に濡れながら、どうにか着火できそうな枝や葉っぱを集めた。地面を掘って乾いた土を出し、その上に枝や葉っぱ、炭の欠片を組んで焚火の準備をした。
湿気のせいで手こずったけれど、なんとか火を起こすことができた。代償としてチョコが残り2枚になってしまった。
慎重に火を大きくしたところで、上着を脱いで鞄に被せて焚火の近くに置く。そうやって乾かしている間に、雨水で手と頭を洗うことにした。さっそく少量の灰を石鹸代わりに使ってみることにした。手にためた水に灰を溶く。泡立つというよりは、膜が張るという感じで少々心配だった。シャンプーよろしく頭髪にかけてシャカシャカと指を動かし、天然のシャワー(微力)で洗い流した。綺麗になった気はするけれど、髪の毛がかなりゴワゴワした。灰のアルカリ性によって、髪の毛や頭皮の油分が分解されたからだろう。心配していた灰臭さみたいなものは残らなかった。
さっぱりした。風邪などリスクがある軽率な行動かも知れない。しかし、精神衛生のためにも洗髪が私には必要だったのだ。
髪を洗い終わると、いよいよすることがなくなった。雨が激しくないとはいえ、食料を集めに森をうろつくこともできない。携帯電話にゲームぐらい入っているけれど、退屈しのぎに貴重な電池を使えるわけもない。
雨の音を聞きながら、水を貯めるペットボトルを眺めていると、小学校の頃を思い出した。雨で体育が潰れると図書室で自習になった。そこで沢山の本を読んだ。手塚治虫の漫画も少しだけど置いてあって、いつも大人気だった。そういえば、ブラックジャックにも漂流する話があった。試験管に溜めた雨水をブラックジャックが金持ちの若者に大金で売るシーンが、今の私の状況になんとなく重なった。ブラックジャックには山の中で自分のお腹から寄生虫を摘出するという話もあったはずだ。生きること、生かすことにこだわる姿勢を見習いたい。
焚火の火で身体も暖められ活力が湧いてきた。生きたいのだったら、少しでもできることをした方が良いに決っている。
まず解決すべき問題は何だろうか。水と食料だ。とりあえずペットボトル1本分の雨水を確保したけれど、晴天が続けばまた干上がる。水場を見つけなければならない。
食料はどうだろうか。残っているのはチョコ2枚とアメが7個だ。果実を取りたい。また蛇を見つけたら、今度は積極的に狩りを試みるべきだろう。
そうなると何か武器が必要だ。遠距離から安全に仕留められるもの。とっさに浮かぶのは槍だ。杖代わりにも使える。木の棒はそこらに転がっているから、その先端を削れば良い。ただ刃物がない。ペンケースを開けても、筆記用具しか入っていない。
私は石からナイフを作ることにした。それこそ石器時代から存在する安心の道具加工だ。
黒曜石のように、見るからにガラス質の石が落ちていれば良いのだけれど、そんな都合よくいかない。とりあえず適当に落ちている石同士をぶつけて砕いてみることにした。
十数個ぐらい試したところで、破砕部分が刃状に剥離する淡青色の石が見つかった。その淡青色の石に、別の石を細かく打ち付けることで端を削り、刃の形を作っていった。
完成させた石ナイフの刃はかなりデコボコしていた。私は原始人よりも不器用なようだ。
次に長さ1.5メートルほどの木の棒を拾ってきて、余計な枝を落とした。その先端を石ナイフの刃でなんとか削っていく。私の腕が悪いのか、石が脆いのか、石ナイフの刃は頻繁に割れた。木の棒が木の槍に変わる頃には、石ナイフは2本目で、それも小さくなってしまっていた。。
作業に集中していて気付かなかったが、いつの間にか雨が止み、夕日が周囲を赤く染めていた。
今日はこの場所で野営することにした。
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