猫の陰陽師
雨宮傑
第1話
何を見つめるでもなく、私は呆然と目を見開いていた。夕暮れどき、私は頬杖をついて、随分とマナーを欠いた姿勢で椅子に座る。
周りにはたくさんの猫。教室の中にこれだけの猫がいるのは、日常と呼べない異様な光景だったように思う。彼らはまとまりもなく気の向くままに、身勝手に辺りをうろつき、寝っ転がっていた。教室には私以外に誰もいないから気ままにしていても誰にお咎めをくらうわけでもない。
「また、失敗しちゃったなあ」
ため息をついて、机から飛び出した椅子に目を向ける。そこには先程まで落書きのような文字が描かれていた。そう、描かれていた。単なる羅列で意味を持たない文字が、先程までチョークで描かれていた。
でも見て。
今そこには何の痕跡もない。じゃあ、その文字はどこに消えたのか。
私だけがその答えを知っていた。そう。彼らこそがその文字の正体。周りにいる猫さんたちがその文字の正体。
私の名前は晴。安倍晴。誰か偉人さんの名前に似てるって言われるけど、私にはよくわからない。有名人に似ているのはあまり嬉しいとは思わない。
至って普通な女の子、と言いたいところだけど、やっぱりちょっと変わってる。私は特別だ。
簡単に言ってしまうと、私は陰陽師だ。言葉を力にし、具現化できる。私はさっき、たくさん「猫」という文字を書いた。それこそ猫という文字で猫を描けるくらいに。そしたら、猫さんが出てきた。私は別に驚かない。私にとってそれは普通だったから。
陰陽師、という言葉を正確に知った頃には既に陰陽師としての才覚を発揮してはいたらしい。家は代々、陰陽の家系あると聞いた。でも、これができるからといって、普段の生活で得をしたことはない。
だってそうだ。人前で使うことを禁じられているのだから。
しょうがないから私はこうやって人気のない時間を見計らって、たくさん猫さんを描いて遊んでいるのだ。
どうして猫かって?
好きだから、じゃダメなのかな。まあ、それだけってわけでもないけど。
私は近くにいた猫さんを抱き寄せた。猫さんは嫌がって宙ぶらりんの状態で脚をバタバタとさせていたけれど、そのうちに諦めて私の膝の上で落ち着いた。
柔らかく、暖かい。抱き心地がよく、そのまま布団にして眠ってしまいたいくらいだった。そのまま瞼を閉じてしまえば、夢の世界に足を踏み入れてしまいそうだった。
けれど、一陣の風が私の眠りを妨げた。窓の方に目を向けて、そういえば窓を開けっ放しにしていたことを思い出した。そろそろ、下校時間だし、帰らないと。
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