第6話アレット ドゥ ポワッソン(魚の骨)

そうこうしながら、ヴォラスの中庭、つまりクロエの家に帰ってきた。クロエの両親は離婚している。クロエには兄と弟がいるのだが、二人とも父方についていった。母の仕事では二人の息子を私立に行かせられなかった。クロエも私立中学に通っていたが、母を一人にするより公立の学校に行って二人で暮らす方が良いと、母のもとに残った。ヴォラスの中庭のある住宅は、明るくもなく、清潔でもない。ここに住むのは嫌だったが、それでも母を助けたかった。


「クロエ、コーラか何か、ある?」


「オレンジーナだったらあるけど。」


「ありがとう。オレンジーナでいいよ。ユーゴは?」


「ウイ、シルヴプレ(はい、お願いします)」


「シルトゥプレ!だよ。ヴは丁寧だから、友だち同士ではトゥ。オッケー?」


「ダコー(オッケー)。シルトゥプレ、クロエ。」


「ねぇ、クレモンには言ったと思うけど、私、あんまりこのアパート好きじゃないの。でも、最近変な話を聞くのよ。なんか、このアパートの下に地下道がある、みたいな。でも誰もその入り口を見つけられないの。」


「へぇ、そんな話があるんだ。ユーゴ、分かる?地下道だって。」


「ウー、ア プ プレ(うーん、だいたい。)」


「魚の骨、って言われてるらしいの。魚の骨の形に地下道が伸びてるんだって。」


「アレット ド ポワッソン(魚の骨)?」


「ほら、魚の身をきれいに食べたら骨が残るじゃない。まさにそんな形なんだって。」


「ふーん。面白そうだね。でも何でそんな話すんの?」


「このアパートに住んでたら落ち込むのよ。私、明るいのが取り柄だと思ってるんだけど、このアパートと私の性格、釣り合ってないみたいでさ。なんか刺激的なことでもないと、ここから飛び出しちゃいそうなの。」


「そんなもんかな。でもクロエがそういうんなら、ちょっと入り口でも探しに行く?どう、ユーゴ?」


「ウイ?アー、ウイウイ。」


「ま、見つかるか分かんないけど、暇つぶしに言ってみようよ。」


「そうだね。」


三人は飲み切ったオレンジーナのコップをテーブルに放っておいたまま、外に出た。


ヴォラスの中庭の階段を下りていく。


「どのあたりだと思うの?」


「分からないわ。地下にワインセラーがあるから、そこに行ってみるつもり。」


「まぁ、その辺りが一番怪しいだろうね。」


ガチャ


セラーへ向かう扉を開けた。そこからは暗い通路が続き、左右に小部屋が並んでいる。クロエの母はワインセラーにしているが、要はただの物置だ。


省エネの間接照明が三分おきに切れる。


パン


「わぁ、暗くなった。スイッチどこ?あ、あったあった。」


パチ


また間接照明がついた。


三人は奥へと進んでいく。


パン


「またね。すぐ切れるわね。」

そう言いながらクロエは胸がおどるような気持ちでいる。地下はアパートの部屋より暗いのだが、なにか非日常の空間にいることで彼女の心に明るい光が差し込んでいる。


パチ


「うわっ!何あれ!?」


人影のようなものが動いたように見えた。

クレモンはだんだん後悔し始めた。来たことのない薄気味悪い地下を歩くだけでも背筋が凍りそうなのに、動くはずのない暗闇が動いたのだ。電気が自動的に時間でついたり消えたりするのは知っているが、三分が異常に短く感じる。得体のしれない何かのいたずらのように思えてきた。


「どうする?進む?何だかちょっと気味悪いよ。」


「でももう行き止まりに近いから、そこまで行こうよ。突き当りまで行かないと意味ないわ。」


クロエは止まらない。もはや帰りたくない。クレモンは足がすくんできた。ユーゴも内心とても怖いのだが、それをフランス語で説明できず、ただ二人の後をついていく。


パン


「まただ!電気電気!」


クレモンが叫ぶ。いつの間にかユーゴがスイッチ係になっている。


パチ


奥に進めば進むほど、左に右にと直角に延びていく通路があり、迷路のようになっている。


「あれ?あの扉、錠前がない。どの部屋も錠前でカギが掛かっているのに。」


「てことは、個人の部屋じゃないのかしら。ちょっと開けてみようよ。」


クロエが先頭に立って扉の前に立ち、扉に手をかけた。


「クロエ、まじかよ。」


クレモンがクロエを引き止めようと左手を出したその時、クロエの右手が扉にかかった。


パン


「あ!切れた!ユーゴ、スイッチ!どこ?」


ユーゴは扉のすぐ横にあったスイッチに気付いて、明かりを付けた。

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