クレモンとトラブール-フランス・リヨンの19世紀の物語

ふじりじん

第1話ヴォラスの中庭

フランス第二の都市、または第三の都市と言われるリヨンを特徴づける歴史的建造物と言えば、まちがいなくトラブールが挙げられるだろう。


中庭で背中合わせになっている二つの建物をつなぐ、抜け道、近道である。語源はラテン語にあると言われ、「Trans(貫いて、向う側に)」と「Ambulare(移動する)」の二つの言葉の合成語だという。


リヨン市内に300とも400とも言われる数のトラブールがあるという。主に、中洲にあたるプレスキル地区、旧市街のあるサンジャン地区、そして19世紀にシルクの織物職人カニュが居住したクロワルッス地区に集中している。


そのクロワルッス地区でもっとも有名なトラブールがヴォラスの中庭だろう。クロワルッス地区自体が丘になっており、川岸へ向かうには坂を下りなければならない。したがって、トラブールも上から下に降りる構造になっているものが多い。ヴォラスの中庭は、アーケードと呼ばれる廊下の前面に、右肩下がりの階段が上から並行して6階分並んでいる。その美しい縦横斜めの平行線が、丘ゆえの土地の高低差を利用して見事な景観を成している。


住居としては人のうらやむようなアパートではない。むしろ薄暗く、古臭い。

高校一年生になったクレモンは、今でもこのヴォラスの中庭にやってくることがある。幼なじみのクロエが住んでいるからだ。小さい頃は、親同士が仲良しだったせいもあってよく一緒に遊んだが、クロエが私立の小学校に入ってからは家に来ることはなくなった。


しかし何の因果か、それぞれの中学で成績優秀だった二人は同じ高校に入学することになった。しかも、高校に入ってから、これまでご近所さんと言う以外つながりなどなかった二人に、意外なところから共通点が生まれた。


それは第三外国語の日本語だ。


高校では言語を三つまで選択できる。第一外国語は英語、第二外国語はドイツ語、スペイン語、イタリア語から選択、第三外国語にロシア語、中国語、そして日本語から選択となる。お互いに日本に関心があるなど知らなかったが、最初の授業以来、二人の挨拶は「おはよう」で始まるようになった。

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