ルール

あきたしょうじ

第1話 月明かりの入る狭い場所から(あきた)

「10年と……11ヶ月――13日か」

 溜め息を出しながら石の破片で、床に傷をつける。

三畳にも満たないその床には、数え切れない線が刻まれ

ていた。回りの壁にも床に劣らない程に。

 月明かりは、入って来る。だがその窓口は、格子がは

められており、手に届く場所に無い。目の前には、扉は

あるが、重厚につくられている。だが、こちらから空け

る取っ手は無い。

 そう、ここはただの家の一室ではないのだ。

 

 ――独房――

 

 罪を負った人が入居する虚無の空間、孤独な密室。

「昔が、懐かしいぜ」

 『丘の虎狼』と呼ばれた男は、そこにいた。だが、昔

の面影はもうない。悠々と長剣を握っていた両の腕は、

痩せこけ木の枝のようであり、髪は簾のように伸びきっ

ている。腹は、外見では気にならないのだが、少し出て

きているのは自覚している。、顔は小皺が目立つ。鏡が

無いのが幸いだ。

(ただ、、年をくった)

 という自分は見たく無い。そんな人生を送るとは、露

一つ考えていなかった。今でも、牢獄に居ることが信じ

られない時がある。

(夢じゃないか?)

 と、考えることもある。しかし衛兵の

 

 カツ、カツ

 

 という靴の音を聞くと、現実に引き戻されのるだ。

(もう何回目だったか)

 夜に響くこの靴音を数えていた時もあった。

 (夢さえろくに見ていない)

 深遠の空間で響く低音が気になって眠れなかった。だ

から、夜は起きる事にしている。その音しか聞こえない

のがなんとも気味が悪く感じるのだ。その分昼間は、寝

ている。外の雑音……

(多分、城の調練なんかだろう)

 そのお陰で、靴の音が聞こえない。それが、いつしか

安堵の念に変わった。不思議と外界の音が、子守唄の様

に聞こえたのだ。ただ、外の世界が恋しいのかもしれな

いが、少しは寝た気になるのだ。

(しかし今日は)

 夜まで騒がしい。勝手も違った。いつも往復する筈の

靴音が、途中で止まったのだ。

「飯の時間には早過ぎる」

 夜は始まったばかりだ。そう思いながら扉の方に近づ

 くと

 「扉から、離れろ」

 と衛兵が低い声で、扉越しに叫ぶ。

 「何なんだ?」

 そう尋ねると、間もおかずに、外からかけてあったで

あろう、錠の外れる音が響く。目の前扉が、重々しく開

いた。それも、数年ぶりに。

 「こりゃまぁ……」

 衛兵が二人立っていた。長身、痩せ型、低い背、太

りぎみという対照的な体格だ。片方の松明を握った長身

の衛兵が、松明を片手に手招きをしているのが目に入る。

言われるまま部屋から出ると、

「釈放だ」

 冷たく、短く言葉が発せられた――孤独な時間は終

わりを告げたのだ。

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