In old days episodeⅠ
In old days episodeⅠ
それは遠い過去であり、限りなく近い過去のお話。
凛は本に囲まれたタタミ一畳分のスペースで一冊の本を捲っていた。乾いた音が室内に響くたびに一ページ進む。
その本のタイトルは、In old days episode。
凛、愛瑠、優衣、核の思い出が詰まりに詰まった本であった。
ページを捲る手は止まらない。思い出を上流から流れる川のようにずっと凛は見続けていた。当然、下流に行った思い出は消えているも同義である。
「みんな……ごめん……ね」
その声は震えて、今にも泣き出だしそうだった。
「でも、私はちゃんとするから……やり遂げて、見せるから」
……
俺たちがまだ一年生の時、凛もいなくていつの間にか優衣や愛瑠さんや谷風とつるみ始めた夏の時期――。
「よっしゃあ! これで終わりだ!」
隣の女子が悲鳴にも似て非なるような声をあげた。俺は呆れてその女子を見上げた。
「優衣、まだ補習中だろ……静かにしてろ」
「どうしてだよ!? あたしの勉強は終わったんだぜ! だったら遊んでもいいんだろ!」
「まぁ落ち着けよ、お前が本当に終わったとは思えない。先生に見せてこい。それにもしお前が終わっても俺たちはまだ遊べないぞ」
「なんだ……と!? 核はまだ終わってないのか! 早く終わらせろよぉ!」
「はいはいわかった。とりあえず先生に見せてこいよ」
「おーう」
今にもスキップしそうな勢いで優衣は先生に補習のプリントを見せにいった。丁寧な優衣らしくもなく、机に椅子を入れてもいない。
先生って生徒には甘そうに見えるけど本当にこういうのは厳しいからな……優衣はきっと無理だろう。
あいつ自身の勉学能力は低空飛行をする俺とはほぼ同じなのだから、正解できるとは思えない。そんなことより、俺は自分のプリントを再開する。
「夏休み」
なんと読むでしょう……ってこれバカにしてるのか!? 小学生の問題じゃないか!
「なつやすみっと」
楽な問題は歓迎だが、さすがにバカにされているようなものは看過できずに何か先生に言うかと思っていたところ、後ろから絶望に包まれた声が耳に自然と入ってきた。
「何だよ……これ、なんて読むんだよ……ちくしょう!」
当然、声の主は谷風だ。
えらく絶望しているようで、しきりにうーんと唸っている。難しい問題を出されてこんな感じにはなりたくない俺は進めて早く終わらせることに努める。
「えーと次は……? ん!?」
教卓にいる先生がなんだ? といった目でこちらを見る。「いえ、なんでもないです」と言ったら先生は優衣のプリントに視線を戻した。
隣で優衣が随分ご機嫌で笑っている。俺も早く終わらせないとといけないな。
もう一度プリントに視線を映す。
あなたの初恋の人は誰でしょう。
プリントには、そう書かれていた。
ああ、初恋の人ね。俺の初恋の人……つまり初めて好きになった人だろ?
そうそう、初恋は叶わないって言うよな。俺にもそんなことが――。
「……あるかー!」
俺は盛大に声を荒げながら、椅子から立った。
「初恋の人って誰だよ!? なんで答えないといけないんだよ!」
「問題だからじゃね?」
「いや、谷風。そういうことを言いたいんじゃないんだよ。そもそもこんな問題を考えるほうがおかしいだろ!?」
「まぁ、待て、神風」
「なんですか」
先生はやれやれと言った感じで、教卓を離れてこちらにゆっくりと歩いてきた。
教卓の傍では、優衣にプリントの結果が出てしまったらしく、落ち込んでいた。
どうしてあの答えで正解だと思ったんだ。ちなみに優衣がやっていたのは理科基礎と呼ばれる部類に辺り、太陽はなぜ燃えているかという問題だった。
正解欄に書き込まれていたのは、気合で燃えているだったわけで。
当然、この答えは不正解だ。
太陽は、熱核融合反応によって光り輝くエネルギーを生み出している。
「初恋の人ってのはとっても大事なんだぞ。自分の運命を変えるくらいには……な」
どこか遠くを見つめるように、先生は言った。
「いや、初恋が大事ってのはわかりますし、今まで恋したことないってそいつは女に興味がないんじゃないでしょうか」
「……お前も初恋の人がいたりするのか? 意外だな」
「なにぃ!? 核の初恋の人だとぉ!? 誰だ! 言ってみろ! けしからん!」
谷風がプリントを破り捨てる勢いで放り投げ、ずかずかと近寄ってきた。
夏なんだから寄るな。空気が暑くなる。
「いねぇから黙って座ってろ!」
「えー、初恋もまだとかお前大丈夫かよー。お前男かよー、それでも思春期の男子かよー」
「いや、初恋なんてしなくても別に大丈夫だろ……そうですよね、先生?」
「どうだろうな……俺にはわからん」
戸惑いを含んだような先生の声が、場をしんとさせる。
なんだ……? なんでこんな寂しそうな顔をしているんだ、先生は。
初恋の人に振られたとかだろうか。
そんな先生のことはお構いなしに、谷風は叫んだ。
「俺にはわかるぞ! 初恋は青春の味で、叶わないからこそいいんだよ!」
谷風、それは随分悲しくないか。
「谷風……」
先生は、谷風を可哀想な人を見る目で見据え、頭を撫で始めた。
先ほどのような、先生から感じられる戸惑いは消えていた。
「え? いや、先生。男に撫でられてもうれしくねぇんすけど……」
「お前も辛い思いをしてきたんだな……泣けてきたぞ」
「……」
なんだろう、この空気。
あとの補習授業はこんな空気がずっと続いた。
優衣と俺も結局夕方になるまで帰してもらえなかった。いつもまじめに励んでればこんなことには……次こそは頑張ろうと決意するのだが、やっぱり低空飛行で済ますんだろうなぁ……。
……
「核はどうして、この学校にきたんだ?」
補習を散々行ってからの帰り道。
優衣と一緒に無機質なコンクリートをコツン、コツンと足音を立てながら淡々と歩いている時だった。
横から見ると一瞬少女かと思うほどのあどけない顔が瞳を向けていた。
「どうして……? って言われてもな――あれ? どうして俺は来たんだろうな……ま、高校はでておかないといけないとかそんな理由じゃねーかな」
また優衣を見ると彼女は正面を向いていた。いつも快活な彼女らしくない、随分と沈んだ表情だ。
「……だよな、覚えてないよな。そう、質問を変えよう。核は昔のことは覚えてるか?」
「覚えてないな。ま、そんな問題でもないだろ、優衣だって五歳とかそんな昔のこと覚えてないんじゃないか?」
「そうだな。昔のことなんて覚えてないよな。記憶なんて曖昧で、改竄されてしまうもので……そうだ、核喉渇いてないか? あたし買ってくるよ」
俺の言葉を聞く間もなく、優衣が何かを振り切るように走りだしたのが記憶に残っている。
ジュースを買って帰ってきたあとの優衣はいつもと同じ快活な彼女で先ほどの、悲壮な彼女はすぐに思いだせなくなっていた。
……
夏休みは激動。
プール開きで俺と谷風は愛瑠さんや優衣の友達である兎風 凛と出会ったり、中間テストへ向けての勉強会で波乱があった日々も遠い過去になり、季節は紅葉を感じられる季節になっていた。
そう、この行事さえなければたとえ中間テストがあったとしても夏休みの余韻には少し浸ることができただろう。
そんな俺を尻目にテンションが無駄に高い二人がいた。
「うおぉぉぉっ! 体育祭! 年に一度のすばらしい日だ!」
谷風と優衣、俺の親友である。大変恥ずかしいからやめていただきたいものだ。
時期は九月。夏の暖かさと冬の寒さが交互に押し寄せてくる体調を崩しやすい期間だ。
「なんであの子たちあんなにテン
ション高いのかしら……それより、この学校なんでブルマなのかしらね……」
愛瑠さんはきつそうに食い込んだブルマを艶やかに直していた。なんでいちいち動作を色っぽくしてるんだろう、この人。
「さぁ……」
俺はというとさほどテンションは高くなく、むしろ夏休みが終わったことに多少の憂鬱を感じていた。
「お前らテンションあげてけよぉー! 体育祭だぜ! 年に一度のイベントだぜ!? 他クラスと運動しあう、青春って感じじゃないかー!」
優衣は優衣でテンションが天元突破していて、いまにも体育祭をむちゃくちゃにしそうな勢いだ。
「テンションあげるのはいいが、あんまり暴れるなよ。困るのはお前だぞ? それに体育祭なんて楽しいイベントでもないだろ?」
「なにいってんだよ! 皆の運動能力を高めあっていくのがいいんだろ! めちゃくちゃ楽しそうじゃないか! 明日筋肉痛になるまでやるぞ……!」
「そういうもんか?」
「そうだよ!」
谷風が張り切った声をあげる。お前に聞いたんじゃない。間を空けると谷風が可哀想なので構ってやることにする
。
「何がそんなに嬉しいんだよ? ただ疲れるだけだろ」
笑みがこぼれ出るほどの顔をしながら、谷風は肩に手を置いてきた。なんだなんだ、いつも大変気持ち悪いときがあるが、今日はそれを凌駕している気がする。
女性陣に聴こえないように、との配慮をしてか低い声。
「だってさ、あれだぜ? ブルマだぜ……? それに競技ともなればブルマに包まれた高校生の艶やかな肉体が披露されるんだぜ? 愛瑠姉さんのあの体を見てみろよ」
そういわれてつい愛瑠さんの方を向いてしまった。愛瑠さんはとても疲れたように表情を曇らせていた。
なんでも、動くと汗をかくのと面倒だからやりたくないらしい。
「あの体って言っても……それがどうかしたのか?」
確かに、愛瑠さんのスタイルはとても整っている。顔はシミひとつなく綺麗で、肉体も男心をそそるものだろうが、いまこの瞬間には関係がないものと思う。
「おまえ……だってあの体が走ってみろよ!? あの二つの果実が揺れるんだぞ!? たゆんたゆんだぞ! それに汗で濡れてみろよ、透けるだろ」
いかん、こいつはやくなんとかしないと……。
「そりゃお前の言ってることはわかるぞ? だが、体操服に欲情するのはどうなんだ」
「最高のシチュエーションだろ、あと間違えるな、ブルマだ」
「知らんわ!」
俺たちの会話が聴こえたのか否か、愛瑠さんが意地悪い顔を浮かべているのが視界に入った。
「おい、谷風そろそろだま――」
「谷風くん」
「なんでしょうか! 愛瑠姉さん!」
谷風はご主人の要請に喜んで現れる犬のように愛瑠さんに顔を向けた。後ろに尻尾がついていて嬉しそうに振っているのではないかというほどの従順っぷりだ。
「私を見て何を想像してたのか言ってみなさい?」
どうやら標的は完全に谷風らしい。助かった。
「す、すいません……よ、欲情ッしましたッ!」
震えた声で、そして尚も素直に表す心は大変男らしいと思うが、人がいるところで言ったのがまずかった。
「なに、あの子……」
「さすがにないわねぇ」
「やだ……男らしい」
「え!? あんたあんなのがいいの!?ないわ~」
「私だったら隣に居る子かなぁ~なんていうか子供心が残ってそう~」
「二年生のアイドル古風さんと一緒ってどういうことだよ!なんなんだよ、あいつ!」
「だが、待ってほしい、あの笑顔を見てほしい。それをあの犬が引き出したんだとすれば……」
「ま、まさか!?」
周りが中々騒がしくなってきた。春頃から愛瑠さんと一緒にいて初めて気づいたが、どうやら二年生の中で愛瑠さんはとても人気があるらしい。
チラッと愛瑠さんを盗み見る。……うん、いいスタイルだ。いかんいかん、これじゃ谷風と一緒だ。まだ朝だぞ、いや夜ならいいってことじゃないんだけどさ。
ある程度間をおいてから愛瑠さんの一言。
「本当に、谷風くんは変態ね」
「あふぅぅぅ!」
「あひぃぃぃ!」
「ひぎぃぃぃ!」
今まで体のウォーミングアップをしていたらしき優衣が汗をタオルで拭きながらくる。
「なんだ? なにがあったんだ、そこら中の男子生徒が倒れてたぞ! なんだなんだ!? 私のいない間にドラゴンでもやってきたのか!」
「うん? あー、そうだな。ドラゴンだよ、ドラゴン。赤くて、火をボーッって吐いてる奴。男だけを気絶させる咆哮ってのであいつら気絶してるんだ」
「な、なんだってー!? どうして教えてくれなかったんだよ! お前それでも男かよ! 女に教えるもんだろ! 戦えって!」
「ちげぇよ! むしろ女に逃げろって言うのが男だろ! なんでそこまで戦いたがるんだよ!」
「だってさ、ドラゴンなんだぜ?」
「ドラゴンか、ドラゴンなら仕方ないな」
「うん。で、なんだっけ?」
「わからん」
優衣と言い争っている間にボルテージは最高潮に達したらしく愛瑠さんのテンションが上がってきたらしい。
「もっと罵ってぇぇ!」
「まったく、あなたって最低の屑ね!」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「まもなく~開会式が始まります。選手の皆さんは地獄に落ちるためにとっととグラウンドに集合しやがってください」
何かおかしい日本語が聞こえたが、そんなこんなで、体育祭開始の合図がアナウンスされる。
「よし! 核いくぞ! 一年生チームとして頑張るぞぉー!」
優衣が楽しみにしているようだし、仕方ない。俺も久しぶりに本気でやるか……!
「よっしゃあぁぁー! いっくぜー!」
「おっ、ノリいいな! うぅぅうっしゃああー! やっるぞぉぉぉーッ!」
…
かくして、体育祭は開催された。主な種目はオーソドックスなものだった。
「うーん……500m走、玉入れ、騎馬戦、借り物競争。普通だな」
ふともらした一言に優衣が反応する。
「んあ? おっおぉぉ! これが競技の名前か! 楽しそうだなぁ」
きらきらとしか形容できない目が手にしたパンフレットに注がれている。
「なぁ、なぁ! 騎馬戦って上に乗ってやるんだよな!」
「ん、ああ。一クラスから六組ほどの騎馬が出場できて、騎馬は四人一組。三人は下で一人を支えて上に乗った一人が他クラスの上に乗っている人が巻いている紐を奪い合うんだ」
「ほー面白そうだなぁ、わくわく」
目のキラキラは競技の説明をするたびにまぶしくなる。言葉でわくわくなんて言う奴久しぶりに聞いたぞ。
「次は~500m走かよッ! あ~めんどくせぇ」
「ほ、ほら、早く行って! 時間押してるんだから!」
「あ~、はいはい。わかってますよ先輩。迅速かつ速やかに500m走選手の皆さんは集合場所に集合しやがってください。繰り返します」
粗暴な言葉を使う割には繰り返してくれる体育祭運営委員には感謝の念を覚えずにいられない。
この学校はやっぱり変な奴が多いな……。
「うーっし! 俺の出番だな!」
谷風が、体操服の貧相な袖を腕まくりして勢いよく椅子から立ち上がる。
ちなみに、グラウンドはかなり広く、マンモス高であるが故に三千人ほどはゆうに入れるスペースが確保してある。
そのほかにもトイレは各クラスごとに二つずつ設置してあり、保護者観覧用のところは冷暖房完備。外からの熱気や寒さは一切カットだ。
この学校に出資している人がどれほどいるのかという規模だ。
ちなみに、教師陣はというと俺たちと同じように各クラスごとに存在している。別のところで優雅に休んでいるということはないのである。
「おーし! 頑張ってこいよー。貧血とかあったらすぐに知らせろー」
先生はかなり手馴れているらしく、テキパキとしている。
「谷風ー面白いこと期待してるぞー」
「おう! 期待して待ってろ!」
冗談で言ったことなのだが、なぜか良い返事が返ってきた。
「あいつ、何する気だ……」
「なんだろうなぁ、で、あたしの出番まだかー!」
「まだだな。えーと……ふんふん。ん?あれ?お前どこにも書いてないぞ!?」
優衣が驚きの声をあげる。
「へっ!? どういうことだおい! 本当に書いてねぇじゃねぇか! だ、誰だ! あたしの出番盗ったの!」
ぐるるとでも言いそうな険しい顔で、クラス全員を優衣が見据える。
「あー……そういや、優衣休んだ時あっただろ。九月の初め」
少し考える素振りを見せてから優衣。
「えーと、あー! うん、確かに休んだ。その日はちょっと用事があったしな」
九月の初め、優衣は家庭の事情だとかなんだかで学校を休んでいた。そういえば愛瑠さんも同じ理由で休んでた気がする。
「んじゃその時だ。体育祭で出場する競技が決まったの」
「マジかよ……あたしもどれかでれねぇ?」
話を聞いていた先生に問いかける。
「そうだな、今日休みの奴がいるからそこに入るか?」
「お! その競技はなんだ!?」
「騎馬戦だな。えー休んでた奴の抜けたところに入るなら神風と谷風と山風がいるところだな」
「ほっほーいいな! 先生、騎馬戦やるよ!」
「わかったわかった。エントリーを伝えてやる。頑張れよ、初の体育祭」
「おう! 見ててくれよな、先生」
競技に参加できないと知った時とは違う段違いの目に見える。騎馬戦への参加に胸を躍らせているようだ。
「お前ら準備完了したな? したな? OKだな? うっし、はじめっぞー。糞野郎どもとっとと並べー」
「ちょっ、あんた運営委員でしょ!ちゃんとしなさいよ!」
「あっ? お前は黙ってりゃいいんだよ、俺に任せろ! 男らしいだろ?」
ドヤッという顔が浮かんできそうな声だ。さすがこの学校の体育委員。たぶん、ついさっき選手を招集してた奴と同じだろうが……。
そろそろ天罰でも下るんじゃないだろうか。
「……」
「は、ははッどうしてそ、そん、そんなこ、怖い顔してるんだよ、お、おれに任せてくれればいい……から……」
しどろもどろになりながらの声が全校生徒に流されている。
強気な口調をしていたのは男で、同じく掛け合いや注意をしていたのは女だったし、これまでの経緯からいけば男が女を引っ張っていたと思っていたのだが、どうやらそれは違ったようだ。
「……選手の皆さん、少しお待ちください」
逆らいたくならせないほどのドスが効いた声が会場に静かに重く聞こえる。
どうやら、いまの声でビクンビクンと気絶してしまった男共がいたようだ。ドM七割、恐怖からの気絶三割程度だろうか。
俺も愛瑠さんに常日頃弄られていなければ危なかった……。
「お、おい! やめろって、ど、どこつれていくんだよ。あ、あぁぁぁぁ……ぁぁあぁああ――」
強気になっていた男が、断末魔をあげてつれていかれる。場所は定番に体育倉庫裏とかだろうか。
南無。
…
体育祭が開始してから、時計の長針が半周ほどした頃にアナウンスが流れ始めた。
「ひ、ひぐっ。みな…様、お、おまだぜじました。これから競技を始めざぜてやる」
「……ねぇ、お仕置きが足りなかったの?」
「ひっ。す、ずいまぜん。始めさせていただぎます」
「よろしい」
涙声で、怯えている声が生徒全員に晒される。これを受けているのがもし俺だったらと思うとぞっとする。学校にはしばらく恥ずかしくてこれないな……。
男のほうはどうやら完全に尻にしかれてるようで、これからの彼の動向が気になるところだが、気を取り直して、と前置きしてから女の声が言葉を紡ぐ。
「それでは、第一走者一年一組、谷風 治也さん~、続いて――」
「おっ、谷風じゃないか。一番手とは燃えるな~!」
我関せず、というより今までの事柄に興味がなくただ準備運動をしていたらしき優衣がこちらにやってくる。
「また運動してたのか……?」
「当たり前! やるからには全力だからな! やっぱり一番手って燃えるとおもわねぇか?」
「どうだろうなぁ。俺的には最後でズバッと気持ちよく決めてくれたほうが燃えるかな」
「そっちも燃える!」
「なんでもいいのか!?」
「なんでも良い訳ないだろー。ちゃんと燃える展開があってこそ、だ! お、見てみろよ、核! 谷風がでてきた……ぞ?」
「ん? どうしたんだ、あ……あ?」
突然テンションが変わった優衣に疑問を覚えながらもグラウンドへ目線を移動させるとそこには――。
「……」
「……」
俺たちは呆然。たちとは言ったが会場全体ではなく新任した先生を除く先生と二年、三年は至って平常。
唖然としているのは今年学校に入った面子のみである。
状況を確認するとグラウンドに走者が入ってきたのはよかった。そこまでは普通だったのだが、谷風がどうにも異形の者に"変身"していた。
「なんだ、アレは……」
谷風が何に変身したのか説明しよう!
体は生身から銀色の追加装甲に覆われており、マッシブさをアピールしている!
背面にはロケットバーニアと思われる部分がついており、現在尚浮いている!
そして極め付けに胴体前面の装甲には谷風 治也と名前がついている親切設計!
つまり谷風はロボットに変身していたのである。
驚愕している俺たちに代わり、体育委員は冷静な言葉を放つ。
「あ~、今年ロボット研の恩恵を預かったのは一年一組谷風 治也くんらしいですね~。
ロボット研とはロボットを製作している部活なので興味のある方は部活を覗いていってくださいね~とのことです」
「な、なぁ、アレ去年――」
「お座り!」
「は、はい! ワン!」
体育委員の男はもうダメかもしれん。
「ほあー……」
だらしなく口を開けて優衣は呆然としている。俺も似たようなものだが……谷風はどこでロボット研との接点を作ってたんだ。
「まぁ、あれはな――」
俺の言葉を塞ぐように優衣が息を吸い始めた。
「かっけぇぇぇ――! 谷風! お前、いま輝いてるぜ!」
大音量の声に思わず、耳が震える。
「声でけーよ!」
「だってよー! 超、かっこいいじゃん!」
優衣の言葉に反応してロボット谷風がこっちに手を振る。
なんというか、顔だけが素のままのせいで、浮いているというか気持ち悪い。
「かっこいい? かなぁ……」
「おっ手振ってくれたぜ!頑張れよー!」
「皆様にお知らせします。谷風 治也さんの走者順位を最後にさせて頂きます」
「うっおぉぉぉ! 最後かぁー! がんばれよぉぉ!」
優衣はどうやら走る順番はどうでもいいらしい。
変更の理由は注目を集めているからトリに持ってくるらしい。
というわけで、その後は一年の各クラス、二年の各クラス、三年の各クラスから一名ごとに走者を出し、計30試合ほどが行われ、いよいよアイツの出番が回ってきた。
「さて、いよいよ一年が行う500m走も終盤に差し掛かりました! ここまで別に白熱した試合もありませんでしたが、一年一組の新生がやってくる!
ロボット研の力を借り、果たして彼は一年を勝利に導くことができるのか!?さぁ、登場していただきましょう! たーにかぜぇぇぇはるやあぁぁぁ!」
ロボット谷風が、緩慢な動きで入場する。
おっそいなぁ……走れないんだろうか。あれでどうやって一年が勝てるというのだろうか。
ちなみに、現在の順位は三年が一位、一年が二位、二年が三位だ。勝てる要素としては一年が一位でゴールすれば勝てるのだが……。
「期待できなさそうだなぁ」
ロボット谷風を見るたびに悲壮感があふれてくる。あんなのろまな動きで何ができるというのだろうか。
優衣は相変わらず谷風というより、ロボットのほうに胸をときめかせているようで、反論してくる。
「そんなことねぇよ。きっと背面についてるロケットブースターですぐに一位とってくれる。あたしはそう夢見てる」
夢見てるとか言っちゃったよ。
「それは、大丈夫なのか?」
「夢は叶うもんだろ?」
「セリフがくさいぞ……」
「だってかっこいいからいいじゃないか! 言いたいんだよ!」
「それじゃ、期待はしてみるか。谷風ー、頑張れよー!」
できる限りの大声で、谷風に声を届かせる。それが届いているのか一年一組にガッツポーズを行う谷風。
「お前がナンバーワンだ!頑張れーロボット谷風ー」
一年の全メンバーがどんどん応援を重ねていく。
ここで勝てれば、体育祭のポイント争いにおいて多大なアドバンテージを獲得できる。一年の全期待が谷風に乗っていた。
「うーっし!お前らいくぜー!」
谷風も大声でこちらの期待に返してくる。それを受けてか二年、三年もテンションをあげて、うぉぉぉぉ!と大声をあげている。
「それでは全員準備を整えましたねー!」
さっきから男のほうの声が聞こえないな、ついに左遷でもされたか……?
「第一種目 500m走の最終ステージ、それではいきましょうー!」
いよいよ500m走最後の戦いが始まる……! って言っても体育祭で一番最初の種目なんだけどな。
「よーい――」
「ゴクリ……」
「……なぁ、やっぱりあのロボットかっこわりぃって……」
「だあってろ!」
「すいません……」
優衣に怒られてしまった。
「スタート!」
「さぁ、始まりました500m走!おおっーとー? ロボット谷風くんは何に手間取っているのか知りませんが深呼吸しております! 余裕ということなんでしょうかね~先生」
「ロボット研が作るものは元来から初動が遅いし、エンジンを吹かすのに時間がかかっているんじゃないか」
先ほどまでの体育祭運営委員とその他に俺たちのクラス担任の先生の声が聞こえてきた。いつの間に体育祭運営委員のところに……。
「おっ?動きだしたぞ、核」
優衣の言葉に反応して考えを中断。500m走に没頭する。
三年はさすが上級生だけあってとても速く、すでに100mを走りきっていた。つまり谷風は一周遅れなわけだが……。
「三年はさすがに速いですね~二年もそれに追従しています。現在ワンチャンすらないのは一年でしょうか~?」
「そうだな、普通であれば一周の差なんて覆せるもんじゃないからワンチャンなんてないもんなんだが……この学校の生徒が作ったロボットだ。何か秘策があるんだろう」
先生と体育祭運営委員の解説が行われている間にロボット谷風がスタート。
会場から歓声が沸く。
「うおーっとー!? 谷風選手速い! 圧倒的速さです! さすがロケットエンジンですねーしかし、直線は良くても曲線はどうなのでしょうかー?」
「ロボット研は前回の体育祭で敗戦しているからな。今回は経験を生かしてくるだろう」
「そうですねー前回は曲線が曲がれずコースアウトでグラウンドの壁に激突してアウトになりましたが……おおぉぉー!」
またもや、歓声があがる。隣の優衣はテンションをあげまくっているようでしきりにうおぉぉぉ! とかやれぇー! と言っている。
俺が見た限りでは、背面のバーニアが曲がり、それでグラウンドの緩やかなカーブを走って――いや、違うな、飛んでいた。
「背面のバーニアを稼動させるとは、これは前回の反省点を生かしてきましたねーどうですか?解説の先生」
「背面のバーニアを稼動させることで解決するのは予想していたが、驚いたな。前回よりもスピードをアップさせているのに旋回ができている。このままだと無残の十連敗から脱出か?」
ロボット研って十年近く前からある研究会なのか……十年もよく正式な部活にもならず研究会で存続できたものだ。
谷風はコーナーを曲がり、直線になったところでさらに加速。スピードはおよそ秒速100mといったところだろうか。
かなり速いため、谷風にも相当なGによる負担がかかっているはずだが谷風は笑顔だ。
「おぉっとーまだ加速しますかー!谷風選手にも相当Gがかかっているはずですが……大丈夫なのでしょうか?」
「なにせこの学校のロボット研だからな、安全対策はバッチリだろう。小型化した核シェルターも作れる研究会だからな」
その小型化した核シェルターを作った奴をそろそろ日本は引き抜きにかかったほうがいいんじゃなかろうか。
それ以前にその技術をなぜロボットに転用してしまったのか、ロボット研究会の部員は違う職を目指したほうがよろしいんじゃないだろうか。
「うおぉぉぉー!」
谷風の獅子奮迅の活躍を代表するように気合の入った声が放たれる。
「ん?え?ロボット研が話してなかった問題がある?ふんふん。えぇ!?それは大変ですね!きっと愉快なことになるので放っておきましょう!」
あの体育祭運営委員、いなくなった男のほうより危ないかもしれない。
「ちょっと貸して見せてみろ」
先生がロボットのマニュアルを受け取ったらしく、それを読みあげる。
「えーと何々?このロボットはロボット研が開発した第九世代ロボットであるってこんなところはいいんだ。機能については――
これだな。理論上では光速を超えられる本機体だが、そうなれば操縦者が耐えられないのでリミットを設定してある」
まさか光速を超えられるほどの機体なのか……?先ほどのロボット研究会の部員は違う職を目指したほうがいいというのを取り消さないといけないかもしれない。
先生の機体解説は続く。
「その他にも新機能として背面バーニアの稼動領域を広げ、装甲を新素材に交換し、Gに対する耐久を高めた。。動力は時の流れをエネルギーに変換する新エンジンを搭載。
ロボット制御には脳波コントローラーを使用しており操縦者が思うだけで操作が可能であり感情の高ぶりによってパワーをあげる能力を追加してある。
アドレナリン量がある程度を突破した時、その機体は金色の輝きを放ち……空に旅立つ……!?」
時の流れをエネルギーに変換するエンジンだとかとんでもない言葉が飛び出したが、空に旅立つという言葉に会場の全員が反応する。
「うぉぉぉ!すっげぇロボットじゃねぇか!谷風ー!頑張って金色になれよー!」
待て、優衣。金色になったら空に旅立つというのを聞いていなかったのか。
「おい優衣――」
「うっしゃあぁぁぁ!うおぉぉぉ――!」
優衣の応援を聞いて、谷風はさらにヒートアップ。機体の周囲が怪しく金色に輝いてきた。
「いっけー! 谷風ー! 飛び立てー!」
「俺は、俺は! 飛び立つぞー!」
金色に包まれた谷風の脚からバーニアが登場。
そして間髪いれずに谷風が飛び立った。
「あぁぁぁ――ぁぁぁー」
断末魔にも、愉快な声にも聞こえるそれをグラウンド全体に響かせながら谷風は飛び立った。
「アイツ……星になりやがった……! 私では超えられない高みに!」
「アイツ、いい奴だったよな」
「そうだな……」
グラウンドの全員がうんうんと頷く。
かくして谷風は体育祭の犠牲になったのであった。いや、ロボット研の犠牲、か?
ちなみに谷風が帰ってきたのは騎馬戦前、つまり最終種目前だった……。
…
「遊覧飛行はどうだった?」
空の旅から帰ってきた谷風に対して優衣は素直な疑問を口にした。
「ああ、壮大だったよ。まさか地球が丸くなっているなんてところが見えるなんてなぁ……」
遊覧飛行どころじゃなく宇宙旅行をして帰ってきたようだ。
「よかったな、一生に一度体験できるかどうかの体験だぞ」
「そのおかげでこっちは死にかけたんだよ!」
「いや、お前ぴんぴんしてるじゃねぇか……」
「優衣のおかげだよ!」
「そうだよな。あたしのおかげだよな」
優衣が、ドヤ顔するのもいたし方ない事情があった。
「まさか谷風が大気圏から落ちてくるのを止めるとはなぁ」
そう、優衣は谷風を受け止めたのだ。その時から心に決めた。優衣を敵に回してはいけないと。
愛瑠さんも敵に回してはいけないタイプの女性だ。って……俺たち男の順位低すぎね!?
「ん?どうした?」
優衣が俺の心を読んだように笑いかけてくる。やめてください、その目怖いです。
「ははっなんでもない」
「変な核だな……で、いまの点数は?」
「体育祭の点数な、えーと。玉入れでは優衣が力の限り玉を投げたせいで失格。借り物競争では一番アホな人という名目があったが谷風がいなかったため失格と……」
「ちょっと待て、なんで俺が一番アホなんだよ!?」
「……」
俺が黙って谷風を見ると共に優衣も視線を送る。
「だって、なぁ」
「ああ……そうだな。十+四十÷十ってなんだ?」
「そんなもの簡単だろ。5だ」
「はぁ……」
「え!?俺何か間違えたか!?」
「いや、もういいよ……」
ちなみに正解は十四だ。あの計算式の場合、割り算からやるのが正解を導くために必要なことなのだが、谷風は+からやっていた。
誰とは言わないがみんなも間違えるなよ!
「んで、話を戻すと最後の騎馬戦にかけないと俺たちの遠足がなくなる」
「はぁ!?なんで帰ってきたら絶体絶命の背水の陣で遠足がなくなることになってるんだよ!」
「体育祭の景品、明らかにされてなかっただろ?」
「確かに……」
この学校――幻無高校では、何かのイベントがあるたびに景品が用意されるのである。
そして今回の景品は1位と2位に遠足に行く権利だ。3位は景品がなしである。
「ほー、なるほどな! ようは勝てばいいんだよな? 余裕だ」
「そりゃそうだが……。最後の騎馬戦で1位を取らないと二位を食い込めないぞ?」
「はっ! よっゆうだ! なぁ!クラスのみんな!」
「うぉぉぉぉぉ――!」
クラスに問いかけた谷風だが、一年の大半が熱い大声をあげた。
「ふふふ……」
優衣が静かに声をあげる。
「お、おい。大丈夫か?騎馬戦のプレッシャーでどうにかなったか?」
優衣は騎馬戦での戦力で中核に加えられている。一年全員の希望を背負うという役目なのだから当然プレッシャーを感じているはずなのだが――。
「ふっははは!盛り上がってきたじゃないか! あたしはこの展開を待ってたんだよ! みんな、あたしにすべてを託してくれ! 絶対に優勝に導いてみせる!」
「ゆーい!ゆーい!ゆーい!」
「あたしにまっかせろー!」
「おぉぉぉぉ――!」
優衣の声に鼓動して一年全体が火事のように燃え上がる。
テンションが最高の段階で最高の呼び出しが行われる!
「それでは最後の競技の案内です! 三年生はこのまま独走して優勝することができるのか!? それとも二年生が三年生を抜かしてゴールしてしまうのか……
大穴である一年生が頑張ってしまうのでしょうか!? 三年生は一位であれば優勝です、どの順位であっても遠足にいけることは確定していますが、やはり頑張るんでしょうか?解説の先生お願いします」
「そうだな。あの三年生たちは基本的にプライドが高いのが集まっている、つまり手を抜くことはないだろう。このままいけば優勝かもしれないな
二年生は一位であれば優勝、二位でも遠足は手に入るってところだな。問題は一年生だが……いつものことで新入生である一年生には肉体的ハンデや在学期間に関するボーナスポイントが各種目にあったわけだが……見事に負け続けたため、一位を取らないといけない状況だ
様々なハンデがあるこの場面で一位を取るのはきついが……俺の担当クラスもいるんだ、やってくれると思っている」
「おやー、さすが自分のクラスを押しますねー。はい、では騎馬戦の説明ですが四人一組の騎馬となって戦ってもらいます。
各クラスから精鋭を三組だしてもらって、その三組で他の二学年と騎馬による戦争を行ってもらいます!
基本的なルールは、暴力禁止、下の騎馬を狙うのは罠を仕掛ける以外禁止、応援を頼むのも禁止、武器を持つのを禁止です。ちなみに作戦時間として参加者の皆さんには二十分程度作戦を練っていただきます!
罠を張るもよし、力でごり押すもよし! 禁止されているもの以外のルールはなんでもありの騎馬戦です!では参加者の皆さんは休憩または作戦を練ってください
二十分後にお会いしましょう!あでゅー」
「アデュー」
……
「さて、まずは作戦を決定することなんだが……」
「おう、作戦なんていらねぇ!力で勝つ」
「たりめぇよ、力がすべて!」
「おう! 力こそすべてだ!」
騎馬戦チームメンバーが荒々しく騒ぎ立てる。
なんだこの脳筋チーム……メンバーを説明すると一番手、美風 優衣、騎馬戦の騎にあたる部分に入る。二番手、谷風 治也、騎馬戦の馬にあたる
三番手、荒風、俺たちのクラス一、力を押すメンバー。脚の馬力に関しては人が彼の上に百人乗っても大丈夫だとか。頑丈とかそんなレベルでもない気がするが、幻無高校だから仕方ない。
四番手、神風 核、俺である。
「だから作戦を……」
「下がれ、あたしがすべて倒す」
「いや無理だから!」
「えーっ……だってぇーあたしの力だけで戦いてぇー」
「だったらなんで騎馬戦にでるなんて……」
「あたしは三人目だから」
「なんでだよ! お前三人もいるのかよ! でも一人たんねーよ!」
「ちぇっしゃーねーなー一緒にやってやるよ」
「それはこっちのセリフだっ!んで、谷風作戦を教えろ」
「はっ!?俺か?」
「そうだ。今までサボってたんだから早く策を練れ」
「サボってねーよ! 宇宙旅行だよ!」
「旅行してんじゃねーぞ!」
「……わぁったよ、確かに楽しかったしな……えーと……相手の股間を蹴るとか」
「ルール違反だ、却下」
「うーん、罠とかは仕掛けてもいいんだよな……だったらこんなのどうだ――」
谷風の提案は想像からかけ離れたものだった。優衣も拍子を抜かしている。
「で、それはどこから調達してくるんだ。それにそんなもの使っていいのか?」
「以前、そう……二十年前くらいに騎馬戦の時に仕掛けた奴がいたらしいぜ。調達のあてはある。だから俺に任せてくれ」
谷風は自信満々に胸を叩く。
「わかった。じゃあ任せた。設置する場所はこっちで決めておく」
「おーう!行ってくるぜー」
谷風は小走りであてがあるという場所に向かった。
「それじゃ俺たちは休憩しつつ場所を整えておくか」
「……核」
「ん?どうした、優衣」
「帰り、一緒に帰ってくれない?」
優衣にしては珍しいか細い声。
「ん、ああ。別に構わないが……どうした?」
「あたしにも色々あるんだよ、それじゃ休憩しよう、な?」
いつもは男っぽい感じなのにこういう時の優衣は随分しおらしく、女の子という感じがある。
でも、俺がいつも抱くのは恋愛感情などではなく俺から彼女に向けられていたのは親しみ。
そう、昔からずっと一緒にいたようなそんな親しみと安心感が無条件で彼女と居る時は感じられた。
……
「ピンポンパンポンー」
「効果音はいらないと思うが」
「いやだなー、先生。楽しいじゃないですか。ってことで、今から騎馬戦始めていきますよー」
「始めてくぞー」
「さすが先生ノリがいいですね~。選手の皆さんは……えーと、グラウンドに集合してますね、ひぃ、ふぅ、みぃ……うんOKですね」
俺たちは休みのあとグラウンドに集合していた。戦場はグラウンド全体。相当広いため、罠を仕掛けるのを推奨されているかのような戦場だ。
「よーし、OKだなー。それじゃあ騎馬を作って一年は西、二年は東、三年は北へ行ってくれ」
指定の位置――グラウンドの西へ移動する。気候は十分、戦うのにはちょうどいい気温だ。まるで春だと錯覚させられるようなぽかぽか。
「うぅぅぅっしーいくぜぇ……はぁはぁ……」
谷風は開始前だというのに声を荒げていた。荒風は悟りを拓いたかのように動かず。
「お前落ち着けよ……、荒風どうした?」
「勝利はこっちに向いている。西風が吹いている……! 勝つぞ!」
「な、なぁ核ぇ……負けたらどうしよう……」
なんでいつの間にかへたれて、滝のように汗をかいてるんだ。
「何がどうしようなんだ? もしかして負けたら一年連中から何かされるとでも思ってるのか」
「当たり前だろぉ……あんなに盛り上げちゃったんだぜ……見てみろよ」
谷風がビッと親指を立てて一年の席を指す。そこには笑顔でありながらも、鬼の形相と形容すべき一年たちが手を振っていた。
「絶対に勝てよー! (勝たなきゃコロス)」
「今日は早く帰れそうねー! (遠足、遠足!)」
「美風さん頑張れー(美風さん可愛いなぁはぁはぁ……)」
「一年はもうダメかもしれんな……」
「核までそんなこと言うなよ!」
「大丈夫だって、お前の仕掛けた罠と優衣がいるんだぞ?」
「そ、そうだな! な、優衣!」
「はぁ……一人で戦いたかったなぁ……」
鬱々しい声を聞いた俺たちは声をハモらせた。
「「えぇー……」」
…
「それでは全騎配置につきましたねー! お待たせしました皆さん! いぇーい!」
「「「いぇーい!」」」
ひたすらテンションが高く、伸びのある声が会場を支配する。体育祭に参加している皆の魂が現れているかのようだ。
「このテンションの中でやることは……ひとつ、荒風」
「……」
「いや、返事しろよ」
「ああ」
「谷風」
「おう!」
「優衣」
「よっしゃああああー! 全員に期待されてる! ここで勝てばヒーローだぞ、あたし!」
先ほどまでの鬱とした声はなんだたのかというほど元気な声が俺たちをさらに元気にする。
周りに元気な奴がいるだけでやはり元気になる。俺もやる気がでてきたぞ!
「全員いくぞぉぉぉ――! 戦争だ!」
「うおぉぉぉぉ――!」
一年の指揮は最高潮を迎えていた。周りを見渡せば、二年も三年もテンションを大幅にあげている。
だが、勝つのは俺たちだ。運命のアナウンスを今か今かを待ちかねる――そして、運命の時は来た!
「……では、全騎完全に配置完了したと合図をもらいましたので、開始させてもらおうと思います! では校長先生最後の競技ですので宜しくお願いします」
「皆さん!この晴れ晴れしい日に体育祭の最後を迎えられて大変嬉しく思います。あまりダラダラするとテンションをさげてしまいそうなので校長としての挨拶はこの辺りで終わりにさせて頂きたいと思います。
それじゃあああみんなぁ! やるぞぉぉぉ! 騎馬戦!」
「うぉぉぉお――!」
二年、三年が最高潮とは言えなかったが、校長の一言で学校が一丸となって最高潮の盛り上がりに!
「それでは始めるぞぉぉ! 遠足にいけるかいけないか、運命のファイナルファイトォォォ! レディィィィ!」
今までの盛り上がりが嘘のように静まり返る刹那の時間――灰色の世界、雲の流れも遅く見え、息を吸う時間は永遠に感じられた。
全員の一汗が落ち――その汗は重力に従い落ちる。風をものともせずに落下するそれは、ゆっくりと時間をかけてその一生を散らした。
「ゴォォ――!」
校長先生の合図と同時に優衣が顔をぱんぱんと二回叩き、最後の掛け声をする。
「うっし、いくぞ!」
「了解だ」
「わかった」
「おいよ!」
颯爽と俺たちはグラウンドへ飛び出す。俺たちに続いて一年の残り二組の騎馬も飛び出す。二年、三年もグラウンドへ突入。
戦場自体はかなり広域であり、地面を見る限り俺たちの罠以外、地面には何も仕掛けられていなかった。
つまり、罠は騎馬自体が持っているといっても過言ではないだろう。
「優衣! わかってるな!?」
「わぁってるよ、あたしの反応速度舐めるなよ?」
「ああ!」
優衣に確認したあと戦域を見通しながら移動。
右に三年の騎馬が三組、前に二年の騎馬が三組、牽制しながら出方を全員窺っている形だ。
こちらには切り札として優衣がいる。優衣は瞬発力、力に秀で、こういう運動系に関しては神がかり的なセンスを持っている。
相手の出場選手を調べていたが、どうやら三年はきっちり部活で好成績を残した人たちを出してきている。
もっとも恐れているのは、ブラックトリニティというグループで騎馬戦に登録しているメンバーだろう。ちなみに俺たちの登録名はユイーズだ。
ダサい名前だと思うだろ? だって優衣がこの名前を譲らなかったんだ……女はどの時代でも強い。
「今回の注目、騎馬選手はなんですかね? 先生。個人的にはやはりブラックトリニティというチームなんですが」
「そうだな。あのチームはかなり平均的な能力が高い。騎馬の馬の部分だけを考えてもサッカー部、バスケ部、陸上部の元主将が勢ぞろいだ。
さらに騎の部分には野球部の元主将と鉄壁の布陣だな。大人気ないと言われてもプライドを捨てる気はないらしい
これに勝てる戦力を持っていそうなのは二年だとホワイトファングか。三年と同じ部の現主将が馬を勤めている。騎も同じく野球部の現主将だ。
一年だとユイーズの優衣だな」
「やはり注目株はそこら辺ですか~私は今回はブラックトリニティに賭けさせ――おっと、オフレコでお願いします」
「……禁止にはしないが賭け事はほどほどにな。当然金は掛けてないよな?」
「あはは! 当然じゃないですかー、私たちがやってるのはちょっとした賭け事だけですよ」
「うちの生徒だから信用するがな」
「信用ありがとうございます。おっとー!? ここで二年が動いたー!」
膠着状態だった戦場に鈴の音を鳴らしたのは二年だった。
「くっ!」
「うおっまぶし」
俺たちの視界を眩く輝く光が支配する。
対戦環境において、一瞬だけだが、視界を奪われた相手は不利。相手も視界を奪われることになるはずだが、そこは当然対抗策を用意していた――俺たちも可能性を考慮し、サングラスを用意してあった。
閃光弾を投げた二年の騎馬たちはこちらに突っ込んできている。閃光弾を投げられた時はサングラスをしろ、と騎馬には言い含めてあるので全員が反応する。
用心深い二年の騎馬一組が左から回り込んできている。もう二組の二年騎馬たちは三年へ向かっているようだった。注目株であるホワイトファングが三年に行っているため俺たちは一気に動きだした。
俺たちの騎馬は、勢いよく砂を蹴って飛び出した。接敵まで二十メートル。
一人の力は少なく、優衣以外突出した戦力はいないが、作戦と仲間の力で切り抜ける!
相手は驚いたのだろう。ぎょっとして立ち止まっている。
その一瞬の隙があればよかった。
風のようにすれ違った両者の違いは騎の頭にハチマキがあったかどうかだった。
「お……? なんということでしょうー! 二年が一年にハチマキを取られています!」
「これは策に溺れたか。肝心の目的であった三年も一人のハチマキを取るだけになっているな」
「そうですね~これからの試合展開が楽しみです!」
二年は接近していた距離から下がる。三年はそれを追うことはせず、体勢を立て直すため、グラウンドを南に南下。
二年が追いかけなかったのはそれほど技量差があったのか、それとも――三年が南下したと思ったら動きだした。
まさか、気づかれたのか……と思ったがそんなことはなく、こちらを狙いに定めたようだ。どうやら、一年から潰す気らしい。
後退しようとしたが、スピードは狼のように速く、狼のような力づよいパワーを感じる突進をブラックトリニティが行う。三年のもう一組はどうやらブラックトリニティのフォローに入っているらしい。
「逃げられないな……優衣、いけるか?」
「当たり前だろ? なんであたしがいると思ってるんだ?」
「そうだったな……全員、いくぞ! 一組は俺たちのフォローに回れ! 一組は有事の際に頼む」
全員が頷き、正面から狼に挑む。
「ほう、優秀な一年じゃないか、だがそれだけではなぁ!」
組み付いた瞬間から圧倒的攻撃が優衣を襲う。しかし彼女は笑っていた。
まさか男性(しかも圧倒的力の差があるであろう部活で主将だった方)に優衣は競っていた。
「へへっ、楽しいなぁ……! ブラックトリニティさんよ、その程度か!」
「なにぃ!? 俺たちの力を舐めるなぁぁ――!」
予定通りの挑発。野球部の元主将は冷静なタイプではないというのが事前リサーチでわかっている。
こちらは確かに体格、在学期間などの不利はあるものの、一年というのは学校に入ったばかりでしかも部活に入っていない人ならば、能力は未知数。
つまり俺たちは相手に情報が流れることがない。おそらく優衣の力は見ていただろうが、瞬発力などの総合的能力までは図れていないだろう。
これも大きな切り札の一つだった。
優衣の挑発に乗ったブラックトリニティの騎が大振りでハチマキを取ろうとする。
その行動に合わせて、優衣が飛ぼうとする。しかし、大振りで緩慢であったはずの腕が優衣のハチマキに迫っていた。
速すぎる! まさか本気をだしてなかったのか!?
「もらったぁ!」
「うぉぉぉー――!」
「なにぃ!?」
俺たちの間に入るように一組の騎馬が入る。それは有事の際に、と待機を指示していた騎馬だった。
優衣のハチマキに伸ばされる腕に割って入るように柿川が突っ込んできた。ちなみに柿川とは突っ込んだ騎馬の、騎の部分に乗っている男である。
「かきかわぁぁぁ――!」
「頼んだぜ……お前たちに……託す! 俺たちの……未来を……ゴファ!」
柿川の部隊が突っ込んできたおかげで俺たちの騎馬は分解される。
しかし、優衣は柿川の死を無駄にしないように俺たちの手から飛び立ち、ブラックトリニティのハチマキを見事に取る。
超人的な跳躍力で飛んだはいいが、受け止められる奴がいない……。
本来の計画であれば、挑発したあと優衣が飛び立ちハチマキを取って俺たちは再度優衣を受け止める手はずだったのだが……誤算だ。
野球部の元主将がまさか自分の弱点を克服していたとは……くそっ!
俺たちの負けが決定するまでの刹那の時間が経過する――一刻、一刻と刻まれる光景を見るしかないのか――!
負けた瞬間を見たくなくて俺は目を閉じた。
「――! 核!」
大声に目を開ける。そこには真の男の姿があった。
「ふんっ!はあぁぁぁ――目を開けろ! 神風!」
「あ、ああ……」
無意識の間に声が導き出されていた。
圧倒的後ろ姿! すべてを包む男の代表格が鎮座していた。
優衣の全体重を手のひらだけで支えている男は騎馬戦参加者の一人――荒風だった。
例え男といえど、手のひらだけで女性を支えるのは普通は無理だろう、それをやっているこの男はなんとすごいことか。
いつまでも呆けている場合じゃない。
「谷風!」
「わぁってるよ!」
すぐに立ち上がって騎馬をもう一度構成。この学校の騎馬戦のルールでは騎が足を地面につけていなければ問題がない。
「荒風、お前男だったぜ。この谷風 治也、お前を男と認定する!」
「ああ、お前のおかげで助かった」
「いいや、問題ない。俺たちがやらねばならんのは、勝つことだけだ!」
「よっしゃー! いくぞぉぉぉ!」
「荒風、ありがとうな。柿川、お前のことも忘れない。あたしは勝つ!」
残った三年に突撃し、決意の証とでも言うように今まで取ったバンダナを掲げる。
俺がそのあとに続く。
「残った一年!やるぞ――!」
一年全体に宣言すると一年がうぉぉ――と返してきてくれる。これこそが俺たちの力だ。
これまでの戦況を整理すると三年は全滅。二年は騎馬二組を残している。
一年は一騎が倒れたのみ。
まだ切り札を一枚残している俺たちにも十分勝ち筋があるが、これまで油断してくれていたものとは違って、相手も十分優衣を警戒するだろう。
これまで以上に攻めづらいのは明らかだった。
「さぁ、これは大逆転のチャンスですよ~!遠足にいけるのは果たしてどちらなのでしょうか!?」
「かなり意外な展開になったな。優勝候補である三年が真っ先に敗れてしまうとは……」
「両者ともじりじりとにじり寄っています!」
グラウンドの芝生に敷き詰められた砂がじゃりじゃりと音を立てる。
太陽も俺たちを祝福するように熱を発している。肌が焼けそうだがな。
「……」
「核……」
「わかってる」
二年の顔が笑っていた。ホワイトファングたちはポーカーフェイスを突き通しているが、もう一組の二年がそれをできていなかった。
何かをやろうとしているのだけはわかるが、どうしてもその全容を把握することはできない。
二年がゆらっと動いた。
「くっ!」
左右から挟みこむように二年の騎馬が迫る。
俺たちは動きだしていた力量差から言ってホワイトファングを相手するのは俺たちだ。
もう片方の味方騎馬も動きだして二年の一組の騎馬に向かっていた。
接敵――相手が機動を変えた。
左を抜けるように機動を変える。俺たちは真っ直ぐ進んでいたのだから突然の方向転換はできない。
足を踏ん張って、遠心力の勢いで回る。体に負担がかかるが仕方ない。その場で方向転換。
少しの時間だが相手にはそれで十分だった。
やられた。当然こういうもののセオリーではタイマンに持ち込むよりチームプレイが光る。
一対二にすればかなりの優位制を得ることができる。
そんなことはさせるわけにはいかない!
足をしっかり地面につけながらトップスピードで走る。
一年のもう一組の騎馬は相手が来ていることに気づかず相手に接敵しようとしている。
この状況では後ろからホワイトファングを襲うのが定石だが、相手もそれを読んでいるだろう。
ならば残された選択肢は一つ。
ホワイトファングが一年のハチマキに手を伸ばす。
それと同時期に俺たちは二年の騎馬のハチマキに手を伸ばしていた。
先ほどのポーカーフェイスをできない顔といい、二年のもう片方の騎馬が油断をしていたのはわかっていた。
この先きつくなるかもしれないが、二対一よりはマシということで俺は二年の騎馬に向かった。
ホワイトファングはこの結果を予見していたのだろう。どうやら味方をそこまで信用していなかったらしい。
「騎馬戦も最終局面です! 残ったのは期待の一年チームユイーズと歴戦の二年チームホワイトファングです!」
「これは勝負がわからなくなってきたな。どちらも実力的には同じように見えるが……いや、優衣以外の能力が平均的に低いであろうユイーズが危ないか?」
まさしく先生の言うとおりである。俺たちの騎馬はほとんど優衣によるワンマンアーミー。
谷風と俺はもちろんのこと男を見せてくれた荒風はパワーは強いがスピードは普通だ。
優衣は全体的に身体能力が高くまとまっており、強い。
ホワイトファングは突出した力を持つものはいないが、全体的に身体能力が高くまとまっている。
部活動の現主将なのだから当然なのだが、それとタイマンしなくてはならないとは……。
もう言葉は不要と全員が言葉を交わさない。
二年のホワイトファングと一定の距離を置く。誰も踏み入れたことがない地帯に足を置く。
遥か上空の太陽が雲に隠される。
グラウンドが影に覆われ、試合の開始を待つように俺たちは太陽が現れるのを待っていた。
最後の切り札を使う時を――。
「ごくり……」
「別にSEをつける必要まではないんだぞ」
「気分でものがあるんじゃあないですか。つばをごっくんしたって言うわけにもいきませんし」
「そこは何も言わなくていいんじゃないのか!?」
「だって最後のバトルなんですよ! 盛り上げたいじゃないですか!」
先生と体育祭運営委員のコントを聞きつつ時間が経過するのを待つ。
その時は来た! 太陽が照りつける瞬間、眩しさによって目が霞む瞬間にユイーズとホワイトファングは動きだした。
足を蹴ってトップスピードでグラウンドを駆け抜ける。
最初の接触。双方足を止めることなくすれ違う。そのすれ違いの間にも優衣と現野球部主将が争う。
トップスピードを維持し円を描くように回転しながらまたすれ違う。
双方とも決定打を見つけられないまま、次の状況に推移した。
ホワイトファングとユイーズが組み合う。
「おっとー!? 今まですれ違っていた両者が組み合っております! 両者ともかなりの勢いで手を繰り出すがそれを阻まれています!」
「さすが幻無高校の騎馬戦だな。手が分身してるようにしか見えん速度だ」
「先生は相変わらず冷静ですが、テンションあげられない人なんでしょう。さて、少し押されて参りましたのはユイーズです!
少しずつですが退却を余儀なくされて戦場の端へ端へと寄せられています!
ちなみにルール上では戦場と規定された場所と戦わないといけないため、このままではアウトになってしまいます!」
「これは……ほう、なるほどな」
「先生、何か掴んだんでしょうか!? ただ押されているように見えますが……」
「よく見ておけ……」
俺たちは押されていた。
二年との力量差は優衣だけで覆せるものではない。
それだけ相手は強い。だから切り札を切る。
優衣が追い込まれていたのは、決して演技ではないが、準備は完了した。
俺たちは戦場の端に追いやられてる。
そして目の前にはホワイトファング。その周囲には俺たちが設置した罠――谷風が合図を受けていなくても以心伝心の勢いで手に持ったスイッチを押す。
瞬間的に、地面が爆発する。
「なんということでしょう! 地面が爆発しました! 中の様子をうかがい知ることはできません! グラウンドの芝生もすべてが吹き飛び土が吹っ飛んでいます!」
爆発したのは地雷だ。ちなみに威力は据え置きbyロボット研究会だそうだ。あの威力を見ると信用はできないが……人へ向けて使ったものではないのでいいだろう。
二年はおそらく呆然としているはず……だから、俺たちは次なる一手を打つために吹っ飛んだ土に突っ込む。
真ん中にはホワイトファングが呆然といった形で立ち止まっていた。
しかし、その呆然も長く続かなかったらしく、次第にこちらを認識。
後ろから近づいているため、こちらに回転は無理と判断したのか、ホワイトファングの馬たちは騎を上空に飛ばす。
その可能性も折込積みだ!
すぐに優衣が飛び立つ体勢に入り、馬に当たる俺たちはできうる限りの力で優衣を押し出す!
「「「うおぉぉぉ――!」」」
地面が震えるほどの足の力と腕の力で優衣を押し出した!
「取ったぜ!」
まさか追いついてくるとは思わなかったのだろう。ホワイトファング、現野球部主将はハチマキをガードしようと手をクロスさせるが――
「おそい!もらったあぁぁ――!」
刹那の時間。
優衣は圧倒的瞬発力でハチマキを取った。
そして俺たちの手にしっかりと着地。
同時に土が重力に従って落ちたあと、視界が開けた。
「やったぞぉぉぉ――みんなー!」
優衣が取ったハチマキのすべてを掲げる。
会場は歓声に包まれ、幻無高校一年の体育祭は華々しい終わりを迎えた。
……
「いやー楽しかったなぁ! なぁ、核?」
体育祭の終了後、優衣と約束をしていたので寮に帰るまでのアスファルトを二人で歩く。ちなみに谷風はロボット研究会に顔を出しに行っている。どうやら気に入られたらしい。
愛瑠さんも用事があるとかで居なかった。
隣を歩く優衣の顔は清々しく、笑顔に満ち溢れている。
どうやら、勝てたのがそれほど嬉しいらしい。
「ああ。楽しかったな」
「もっともっと遊びたいなぁ……」
「何言ってるんだよ。まだ明日もあるだろ」
「……そうだね」
優衣の声のトーンがいきなり少女っぽくなる。彼女が本当の時々に見せる姿だ。
懐かしい、ような気がする。
「俺たちって昔に会ったことあるか?」
「……」
無言のまま前へ出る優衣。制服のスカートを翻し、こちらに向く。
「どうだろうな、会ってるかもしれないし、会ってないかもしれないし、でも今は楽しいだろ?」
「取っても楽しかったよ。本当に」
「そうだよなっ。あたしもそうだ! これからももっと遊ぼうな、核」
「何言ってるんだ? 当然だろ?」
「……うん。じゃあ――寮に帰るまで競争だ!」
「ちょっ! って優衣フライングだぞ! 待てよ!」
「あははは! 追いつけるのなら追いついてみろー」
少し男っぽい女の子、優衣と親交を深めた、そんな一年の体育祭の思い出。
In old days episodeⅠ オワリ
In old days episodeⅡに続く
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