second episode:family 第5話「家族」

 second episode:family 第5話「家族」



「なになに?地下には未知の生物が暮らしている可能性があるというのが明らかになった。

 五十年以上前に突如、歩道に現れた人が目撃されているという。

 目撃証言では、本当に突如現れ、そして消えたらしい。

 証言を確かめるべく、我々はこの未知の生物について調べてみることにした――」


 学校が、昼休みという長い休憩時間に入ったあと、俺は、図書室で探検部の活動の中心になるであろう、地底人の資料について調べていた。

 地底人なんて見つからないだろうけど……やるからには本気で取り組もう……と思う。

 資料をめくる。

 ちなみに、この学校の図書室は3階にありながらも、かなり広大な広さがあって本はおよそ1万冊は完備されているらしい。

 椅子と机もかなりの数があって、3年生はここに勉強することが多いらしい。一応、 進学校だということだろう。

 いつものことながら、図書室は静かで調べ物をするには丁度いい。

 そんなことを考えながら資料を見ていると、後ろから声がした。


「あなた、何してるの?」


 その声に振り返る。

 声の主は俺をキツメの目で見てきている、幻無高校の現生徒会長――未風 時(ミカゼ トキ)先輩だった。


「未風先輩……何してるって言われても本を見ています」

「まぁ、図書室にいるならそうでしょうね。大方、古風 愛瑠に頼まれて調べているんでしょう?」


 嫌味ったらしく言ってくる。

 実際、嫌味ったらしくなるように言っているのだろう。少しムッとするがこらえる。


「別に愛瑠さんに頼まれたんじゃありませんよ。ただ、調べにきただけです」


 俺がに返すと未風 時先輩は、短い黒髪を揺らしながらこちらにやってきて、隣の本棚から「地底の民」と書かれた本を取りだした。

 自分の持っている本のページを捲るのを止めずに、未風 時先輩の話しを聴く。

 相手も同じことをしているようで、ページを捲る時の紙と紙が擦れる音が静かな図書館に響き渡る。


「へぇ、地底人……ね。本当にいると思うの?」

「いない、と思います」

「そう。変ね、それなら、何故あなたは調べにきてるのかしら?古風 愛瑠が作ろうとしている部活のためかしら?」


 一体どこでそんな情報を仕入れたんだ。

 愛瑠さんはそこまで話すような人じゃないだろうし、むしろ聴いてきたらそっけなく、突っぱねるタイプだ。

 あの人、知らない人とはあまり喋らなくて、その理由を1度聴いた時ははぐらかされたな……今度聴いてみよう。


「そんなところですかね。入るならやることはやろうかと」

「そう、やるからには努力するっていうのね。

 そういうところがある人は……そうね、好意を抱くけど、古風 愛瑠にこれ以上近づかないほうがいいわ」


 今まで会話しながら何気なく捲り、ページを流し見るのを止めて、未風 時先輩を見る。相手はまったくこちらを見ておらず、本を凝視している。

 距離的に、けっこう近いところにいたらしく、目と鼻の先のようにも思えた。

 本人は嫌なのかもしれないけど、近くでみると本当に愛瑠さんに似ている。決定的に違うのは目がツリ目だというところだけだろうか。


「……どうしてですか?」

「あら、近づかないようにするのに理由が必要なのかしらね。古風 愛瑠という女は……最低よ」

「最低ってどういう意味ですか?」

「言葉通りの意味よ。そうね――」


 未風 時先輩が、言葉をさらに紡ごうとした時、話しを強制的に終わらせるように学校の予鈴がなった。

 それを聴いた未風 時先輩は、読んでいた「地底の民」とデカデカと表紙に書かれた本を本棚に戻した。


「――話しはまた今度ね。あなたも早く戻らないと授業に遅刻しちゃうわよ」


 そういって、身をひるがえし短くありながらも、綺麗に揺れる黒髪を揺らして未風 時先輩は去った。


……


 図書室からでた時には、すでに授業開始1分前でなんとか授業開始直前までには教室に入ることができた。

 定位置の窓際の席に座ると同時に、数学の授業担当である女性教師先生が入ってきた。

 俺は板書をしつつも、今朝あったこと考えていた。

 こんなことしてたら授業を聴いてるとは言えないんだろうな……。

 いつもこんな風に考えていたら、注意してきて笑ってきてくれた奴もいたような気がするんだけどな。

 谷風がそんなことするわけがないし……朝から感じてる、この"誰か足りない"って感じはなんだろう。

 窓際ということで外に目を映す。

 空は晴れ晴れとした晴天で、雲ひとつ見当たらない。俺の心は絶賛降雨状態なのにな。

 その降雨状態の心の一部元凶である、愛瑠さんたち――3年A組は外で体育の授業中のようだ。

 心の中でなんとまぁ……と言いたくなるような組み合わせで、授業をしている。

 体育の授業は高校では当たり前だと思うが、当然男子と女子が分かれて授業を行っている。

 ちなみに、谷風は入学早々にこの事実を知った時にはこの世の終わりかと言えるほどの顔をしていた。

 まぁ谷風は置いておいて、授業内容というのがここから見える限りでは二人三脚なのである。

 当然、二人三脚でペアを組んでいるのは、愛瑠さんと犬猿の仲である未風 時先輩だ。

 体育の先生は何を考えてこの組み合わせにしたんだろうか、2人とも授業中とあってか露骨に相手に目線を送ったりはしないけど……。

 谷風辺りなら、見れたらウヒョー!とか言いそうな光景でも、今の俺にはあの2人が一緒なだけで不安材料ばっかりだ。

 愛瑠さんは特に感慨深そうもなく、未風 時先輩は少し煩わしそうに走っている。

 遠くとはいえ、並んでいるのを見ると似てるなぁ……双子だったりするんだろうか、あの2人。

 でも、俺が知る限り愛瑠さんに妹か姉がいるという話は聞いたことがないし、凛からも聞いたことがないってあれ?

 俺はそこまで凛と長く一緒にいるわけでもないし……なんだかいつもと違うような気がするとか今朝思ったけど、そんなことはないような……。

 よく考えたら凛と一緒にいたのは、学校が始まってからだから、1ヶ月も一緒にいたわけじゃないし、愛瑠さんが友達よって紹介してくれたんじゃなかったけか。

 んーむ。よくわからないな……どうして――凛とそんなにいるような気になるんだろう?

 そんなことを考えていると、外で走っていた愛瑠さんと未風先輩が転んだ。息が合わなかったんだろう、やっぱり。

 けっこう派手に転んだようだが、愛瑠さんはすぐに立ちあがり、短パンについているであろう砂を払うこともなく、未風先輩に手を差し出している。

 未風先輩はその手を一瞬取ろうとしたらしく、手を伸ばしたがすぐに跳ね除けて自分で立ちあがった。

 今朝会話した程度の……感じだけど、未風先輩はきっと人が行う善意を無下に断るような人じゃないはずだ。

 ついさっきの手を伸ばしたのを跳ね除けたのにはやっぱり訳があるんだろう。

 中間休みに未風先輩が言っていた「古風 愛瑠という女は最低よ」という一言。

 愛瑠さんが、人に本当に何かして謝らないってことはないと思う。

 愛瑠さんは、ノリがいいし遊びも分かっている人で、ちゃんとケジメはつけるタイプだから。

 じゃあ、愛瑠さんと未風先輩の間に何があったんだ。

 やっぱり考えてるだけじゃ拉致が明かないんだろう……次部室にいく――放課後に聞こう。

 俺はそう心に誓ったところで、授業終了のチャイムがなった。

 何も板書してねぇ……あとで優衣にでも――あれ?優衣……って誰だ……?

 5分程度の休み時間に入った途端にこちらに能天気な顔で歩みよってくる、谷風に「優衣って奴、知らないか」と質問する。

 当然、答えは「は?優衣?誰だよ、それよりノート写させてくれ」とふざけた言葉を言ってきたので、俺はほぼ板書していないノートを見せる。

 その後はご想像にお任せするが、当然の如く、俺と谷風はこっぴどく女性教師に怒られた。

 どうして毎授業ごとにノートなんて提出させるんだ。


……


 放課後。

 夕焼けに染まりかけている廊下を谷風と歩く。


「はーあ……つまんねぇなぁ」


 谷風が妙に大口を開けて欠伸しながら喋る。


「欠伸するか喋るかどっちかにしろよ……」

「で、核よ」


 どうして肩に手を置く、邪魔だ。鬱陶しい。

 谷風の手を撥ね退ける。跳ね除けた手を見て谷風が一言。


「連れねぇなぁ」

「男との趣味はねーよ」

「そりゃそうだ……。で、核よ」

「なんだよ。早く言え」

「俺たちはどこに言ってるんだ?」

「はっ?お前朝もそんなこと言ってたよな……」

「今朝はお前も言ってただろ!」

「え?あーそうだっけか?」

「お前、俺に色々言うけどもうボケでも入ってんのか?」

「いやいや、谷風さんほどじゃありませんよ……」

「いやいや、核さんほどじゃありませんよ……」

「「……っ!」」


 2人で罵りあう取っ組み合いになる。


「あー……何やってるの?カサくん」

「へ?」

「え?」


 もみくちゃになっているところに、腰までありそうな黒髪を優雅に垂らし、こちらを面倒くさそうな眼差しで見下げている愛瑠さんがいた。


「お取り込み中だったかしら?ごめんなさいね」


 そういいながら、愛瑠さんは通りすぎて行こうとしている。

 俺は愛瑠さんの背中に声を絞りだした。


「「待ってください!ってお前一緒に声出すな!」」


 振りかえる愛瑠さん。

 その目は慈愛に満ちているようで、ちゃんと瞳を見ると軽蔑の目に見える。


「……2人で声合わせるなんて……やっぱり2人は出来てるの……?」

「「いやいや」」

「……」

「「ああっ!待って!」」


 部室である空き教室に愛瑠さんはガラッと扉を左にスライドさせ、ピシャッと扉を閉めて入っていった。

 俺と谷風は無言。

 廊下の窓から夕焼けが射しこみ、廊下に無限に続くような綺麗な茜色が広がっている。

 まるでこの時間が永遠だとでもいうように。

 ああ、どうしようかなぁ、なんて言えばいんだろうなぁ、愛瑠さんに、取っ組み合いになったって言っても、信じなさそうだしなぁ。

 本当にそう思っているわけじゃあないんだろうけど……ずっと弄るネタにしてくるだろうし……どうしよう。


「……」

「……」


 無言のうち、心に積もる怒りが膨れ上がり、俺は1つの結論に至る。


「やっぱり……!」

「そうだよな!」

「「お前のせいだぁぁぁぁ――!」」


 2人でハモり、またも罵りあい、しばらく取っ組み合いになる。

 俺がマウントポジションを獲得した所で、目の前の床に茜色に輝く廊下に影が落とされていた。

 影を見るに女性のようで、影だからわからないが、女性のようなラインだ。影から見上げる。

 女制服を着ていて、スカートは膝小僧より少し上な程度な標準的なこの学校の制服だ。

 上着はブレザーを着用している。

 そして1番上まで目線が行った。その瞬間に彼女は口を開いた。


「何してるの……?核くん……」

「……凛……!」


 凄く不審そうな目を向けてくる。なんだ、何をそんな目をしているんだ。

 目が彷徨っているように動いている。

 しばらく無言で目を彷徨わしたあと、ボンッと効果音がつきそうなほど凛が顔を真っ赤にした。

 まるでゆでダコだ。


「え、えっと……」

「ど、どうした?」


 いや、本当にどうした、そんな真っ赤になってしかも後ずさって……。


「ご、ごめんなさい――――!」

「お、おぃぃぃぃ――!?」


 谷風は無言。当然俺も無言だ。

 あれ?俺は凛に何かしたか?えーと……アイツが顔を真っ赤にしたのは目を彷徨わしている時だ。

 状況確認。

 谷風と俺は取っ組みあっていて、俺がマウントポジションを獲得している。

 取っ組み合いのせいで着ているブレザーははだけている。そのついでに中に着ていたカッターシャツもはだけている。これは谷風も同様だ。

 この状況を何も知らない人が見たとしよう、俺は拳を振り下ろそうとしているがきっとその人が注目するのは俺がマウントポジションを獲得しているということだろう。

 俺と谷風は女子からは変な目で見らていることがあると愛瑠さんに聴いたこともある。変な目、というのは言わなくてもわかるだろう。というより俺がその単語を口にしたくない。

 つまり、ここから導き出される答えは――!


「やっぱり!」

「お前の!」

「「せいだぁぁぁぁ――!」」


 やっぱり、またボコりあいになりました。


……


「ふふっ何やってるのかしらね。あの子たちは」


 扉の外から見える茜色に染まった廊下ではカサくんと谷風くんが喧嘩をしている。

 喧嘩というより、私こと古風 愛瑠から見ればじゃれ合っているようにしか見えないのだけれど。


「……ふーかちゃん」


 私の後ろにいる、トリちゃんこと、兎風 凛に向き直る。彼女の顔には、こちらに憎しみさえ籠ってそうな目を向けてくる。

 私はしれっと彼女に答えた。


「なにかしら?」

「わかっているでしょう……!」


 トリちゃんが語気を強める。

 理由は当然"知っている"その理由のせいで、彼女がどんどん疲労しているということも……。


「えぇ、でもそれがどうしたの?」

「……っ!どうしたのって何!?まだ続けるの、こんなこと!」

「そう、言いたいのはそれだけ?」

「それだけって……!」

「あなたは逃げているようにしか見えないわ」

「私は逃げてないッ!」

「なら、どうして抗うことをやめたの?どうして、約束を破ろうとしたの」


 彼女の目の瞬きが止まる。

 トリちゃん、あなたこのまま逃げ続けるの?それとも向き合う?私たちが――を救おうとした約束をどうするの?

 それでも、振り絞るように彼女は声をだした。


「これが最善の方法なの。この連鎖を早く終わらせるには、これが1番なの!」

「……そう。本当に、それでいいのね?」


 確かめるように言う。


「そうよ。これで、いいの」


 彼女は重苦しく、そう言った。口ではそう言っているものの、顔は納得していないと言った様子。

 ずっと一緒にいたから、こういうのもわからないでもないし、辛い立場にいるのも分かる。

 確かに私たちを助けるという面で見れば彼女は正しいし、彼女がそう思うことは仕方ないと言える。

 けれども、私は親友たちとの約束を守りたい――ずっと親友でいようと言ったその約束。

 その約束を守るためには、彼女がやろうとしている方法もあるけど私は、立ち向かうべきだと思う。

 絶対的に抗えない、抽象的な存在というならともかく、私たちが相手にしているのは実態がある人だ。

 それなら、なんとかできる手もあるだろう。

 いま、成功させることができるかは分からないのだけれど……それでも――。


「トリちゃん、抗うことは必要よ」

「……あなたが、そうしたければそうすれば……いい」

「そうね、"私は自分の意思で行動"するわ」

「……」


 その後彼女は、ずっと校庭を虚ろな目で見ていた。

 もしかしたら見ていたのは校庭でないのかもしれない。

 ねぇ、トリちゃん。

 私たちは約束したわよね?彼はいなかったけど、親友として救おうって……優衣は少し失敗しちゃったけど、あれもあなたの優しさかしらね……?

 でも、このままだとあなたが救われる側になるかもしれないわよ?

 私はふと、心の片隅でそう思った。


……


 4月15日「探検部 日記」

 先生に日記を書けって言われたけど、探検部ってまだ実質存在してないわけだが、細かいことはいいのか。

 谷風、邪魔だ、覗くな。

 うっせ、あっち言っとけ!

 ふぅ……お見苦しい点がありましたので謝罪します。

 え?なんだって?

 ここ教えてくれだぁ?愛瑠さんにでも聴いてこい。

 嬉々としてでていきやがった……俺も宿題やらないとな。

 そういやこれ、探検部の日記だったな……愛瑠さんは何を思ってこんな部活を作ったんだ、あの人のことは一生かかっても理解できそうにはないけれど。

 早く探検部メンバー探して探検部をちゃんと作らないとな……足りない部員の候補は誰だろう。

 ふわぁ……眠い。


……


 朝7時、俺は幻無高校へ続く並木道を歩いていた。

 学校自体は部活組がいるため、7時には開いているが、部活がない或いは部活はあるものの放課後からみたいな人以外は早朝から学校には行かないんだが……。

 俺はどうも昨日早く寝過ぎたため、目が冴えてこの時間に登校している。

 谷風はきっと遅刻確定だろう。誰も起さなかったらアイツ起きないし。

 朝7時の並木道は人通りも少なく、かなりゆったりしている。春の気候も相まって気持ちいい。

 そうやって春に浸っているとふと黒服の男が見えたと思ったら消えた。

 んん?どこ行った?

 周りを見渡しても、どこにいるかも分からない。目を擦ってもやっぱりいない。

 見間違いかなというか、朝早くからあんな全身黒服な奴がいるわけがないんだよな、サングラスしてたりしたし……。

 やっぱり見間違いだろう、と結論に至り、俺は自分を納得させてその場をあとにした。


……


 朝から来てもやることがやはりなかったため、図書室へ行く。

 なんでこの学校の図書室7時から開いてんだろうな……。

 人も図書室を管理している先生もいないし、調べ物には最高だろう。そう思って、俺は昨日読んでいた地底人について書いてある本を手に取った。


「……ってなんじゃこりゃ……」


 読み進めた先のページには、

神隠しと書いてあった。文字で目を追う。

 元来、神隠しとは子供などが突然行方不明になって帰ってこないというもので、日本では天狗などの仕業として考えられてきた。

 しかし、私は1つの仮説を立てたい。

 神隠しとは、地底人が行っていたものではないだろうか?この写真のように、大人が子供を抱えて地下に浸透して言っているように見える。

 写真はかなり合成っぽい写真なのだが、大人が子供を抱きかかえていて、大人の足が見えない、見えないというのは足が地上より下にあるように見えているということだ。

 最初から嘘くさかったが、さらに嘘くさくなってきた本を読み進める。

 これだけでは地底人が神隠しを行っているとは思えないだろう。我々もこれ以上の事態は接触したことがない……

 数十年前には1年に3件ほどこのようなことがあったようだが、すべて行方不明で捜査は終了している。

 ここで我々の調査は終わりかと思った矢先に、このような報告が飛び込んできた。

 14年前になんと地底人の少女が歩道に突如現れるという事態が発生しているらしいのだ。

 14年前ってことは、今が2010年だから1996年の時ってことか。俺は3歳の時だ。

 我々はこの時まだ地底人について調査を開始してはいなかったのだが、当時これを見た人は突然人が現れたと言っている。

 瞬きしている数秒の間に、少女が歩道に現れたのだと証言している。さらに歩道に現れた少女は全身血まみれで、ぐったりしていたという。

 少女は近隣住民や目撃者たちによって救急車で迅速に病院へ搬送されたようで、外傷もそれほどではなく血まみれだったのはどうやら、他人の血だったという。

 少女は搬送されてから数時間で意識を取り戻したようだが、しきりにお母さん、お父さん、お姉ちゃんと家族の名前を呟いていたらしい。

 少女の外傷が癒えてから警察は事情聴取を行ったようだが、成果は芳しくないらしかった。断片的な情報は車が大事故を起こしたというものだった。

 しかし、その日起きた事件では車が大事故を起こしたなどということは一切ないのだ。

 警察もそれしか吐かない少女に付き合っている暇もなく、この少女が血まみれで現れるという事件は新聞記事になったもののすぐに取り合われなくなり、事件は謎に包まれたままだ。

 しかし、この少女は実在していて、今でもどこかで生きている……らしい。この少女は地底人なのだろうか、確かめたいものである。

 一旦読んだ本を棚に戻し、目頭を押さえる。普段本読まないし、少し痛い。

 しかし地底人……か、浪漫があるっちゃあるんだろうけどなぁ……愛瑠さんがこんなんに影響されるとは思えないし、何を考えて探検部なんか――。


「あなた、随分早いわね」


 聞き覚えのある、脊髄反射で背を正してしまいそうなほど、凛とした声に振り返る。

 短く揃えられた髪、特徴的なツリ目――未風 時先輩だ。

 隣まで歩いて来て、本棚から本を取って背を向けた。


「悪いですか?」

「いいえ、早起きは三文の得というわ。早起きして図書室で知識を深めようとするのは悪いことじゃない、むしろ良いことよ」

「……」


 未風 時先輩と2人で話すというのはなんというか萎縮してしまう。話しづらいというか。


「あなたもこっちにいらっしゃい」


 彼女はデーブルに座っていま取った本を開いていた。本の名前は昨日と同じ「地底の民」と書かれた本。

 俺は話しづらいなと思いながらも、身体はさっき読んでいた本を咄嗟に棚から取りだし、テーブルに静かに座っていた。


「……」

「……」


 無言の時間が続く。本はさっきの血まみれの少女が現れたという項目で止まっている。こういう時って本を読んじゃいけない雰囲気みたいなのがあるんだけど、未風 時先輩は普通に読んでいた。

 それにしても未風 時先輩の読んでる、地底の民か……昨日俺には地底人がいるかどうか聴いてきたけど、未風 時先輩自身はどう思ってるんだろうか。

 未風 時先輩と愛瑠さんについても気になるし……。


「どうしたの?ずっとこっち見て」


 色々考えていると、俺はなぜか未風 時先輩へ向いていたらしい。

 未風 時先輩はかなり不審そうな顔を向けている。


「いえ……なんでも――」


 未風 時先輩はずいっと顔を近づけてきた。テーブルの両脇からなのに近い。これはテーブルが小さいのか!?


「なんでもないことないでしょう。聴きたいものはまず訊いてみることよ」


 そう言って未風 時先輩は顔を引っ込めた。


「じゃあ聴きますけど、いいですか?」

「どうぞ」

「未風先輩は、地底人がいると思いますか?」

「その前に、私は時でいいわよ」

「それじゃあ、時先輩で」

「それでいいわ。質問の答えだけど、私個人の見解だといると思ってるわ」

「それは、なぜですか?」

「第1に、そうとしか思えない現象が起こっているということ……あなたは1979年に起きた第二次オイルショックを知ってるかしら?」

「石油価格の高騰、でしょう?」

「えぇ、そうね。そしてあなたの知っての通り、日本はオイルショックで被害を受けることはなかった。どうしてだと思う?」

「第一次オイルショックで経験して、学習したからじゃないんですか?」

「それもあるわね、でももっとも大きかった要因は、日本は事前にオイルショックを知っていたかのように、過剰に石油を蓄えていたのよ。まぁ、このオイルショックは長続きはしなかったから、蓄えてなくてもそこまでの被害を受けたとは思えないけれど」

「……それと、地底人に何の関係があるんですか?」

「端的に言うと……そういう論文があるのよ。難しい話しなんだけど1度第二次オイルショックは起きた時は日本は大混乱に陥った。しかし、2度目のオイルショックが起きた時は日本は混乱に陥らなかった」

「第二次オイルショックが2回起きたとでも……?」

「おかしい話よね。1度起きたことは取り消せないのが歴史なのに、海外ではそう記述されて残っているのよ。そして、海外のマスコミが日本へ来日した時に地底人を見ていた……」

「……時先輩はそれを信じているんですか?」

「だって信じるしかないじゃない。日本にもどれだけ地底人についての文献が残っていると思ってるの?40年前頃の本を探してみなさい、そこら中に地底人、地底人って書いてあるわよ

 他にも、昔のニュースは連日地底人が現れただのなんだので盛り上がっているわよ」

「40年前に……ってことは今はどうなんですか?そこまで地底人に関する本も、ニュースもやってないみたいですけど」

「そこがおかしい所ね、35年前にピタッと地底人と呼ばれるものについて聴かなくなったらしいわ。マスコミも、全員が次第に、闇に葬り去られるように忘れていった。

 今じゃちょっとしたホラー番組とか地底人を探そう!とかいう番組が細々と数年に1回ある程度ね。

 おかしいと思わない?なぜ急に地底人と呼ばれる言葉がピタっとなくなったのか、その前までは月刊誌が組まれるほど盛り上がっていたのに」

「本当にいないって分かったからじゃないんですか?」

「……それもあるかも知れないし、ないかもしれない。それでも私は信じたいのよ、地底人はいるって――」

「俺は、やっぱり信じられません」

「そ、信じられなければ信じなくてもなんの問題もないわ……」


 俺は時先輩に、いま持っている本を見せるようにテーブルに置く。

 記事は血まみれの少女がいきなり歩道に現れたという話。


「ここに書いてある歩道に血まみれで現れたって女の子の話。こんなものまで書いてあったら信じられませんよ、でっちあげられた話しにように聴こえます」

「――と――ん」


 俺の耳に聴こえるか聴こえないかで入ってきた言葉。なんだ?時先輩、どうしたんだ?


「どうしたんですか……?」


 少し目をテーブルに伏せて、時先輩は声を振り絞るようにだした。


「なんでも、ないわ――そうね、こんな話信じられる人のほうがどうかしてるわ」

「え?」

「早く教室へ行きなさい、授業始まっちゃうわよ」


 スッと立った時先輩は図書室から早々に立ち去っていった。


「なんだったんだ……?って……時先輩、本も片付けずに」


 本を取ろうとして、ふと濡れたような紙質に気づく。

 涙でぬれたように、ぽつぽつとある、円形の濡れたあと。


「これは、涙……?」


 本棚へ本を返したあと、俺は急いで図書室からでて廊下を走っていた。

 あの本が濡れてた跡、涙で濡れているようにしか見えなかった。

 俺、何かしてしまったんだろうか。時先輩の様子がおかしかったのは、あの歩道に現れた血まみれの少女という話を聴いてからだけど……まさかその女の子が時先輩?

 ってそんなわけないか。馬鹿なこと考えてないで急ごうとした時、声をかけられた。


「カサくん」

「愛瑠さん?」


 聞き覚えのあった声にすぐに振り返る。

 屋上へ続く階段の側に愛瑠さんが、長髪を垂らしてたっていた。

 「少し付き合ってくれる?」と言って愛瑠さんは、屋上を指差した。


……


 屋上へ行くと風が強く愛瑠さんの見事なまでの長髪が揺れている。


「少し風がキツイわねっと……」


 屋上に申し訳程度に備え付けられているイスに腰かける。よく公園で置いてあったりする長細いイスだ。


「ほら、カサくんも」

「はい」


 俺が一番右に座って、愛瑠さんは一番左に座っている。


「未風 時と話したのでしょう?」

「ど、どうしてそれを!?」

「ふふっ私が知らないと思った?まぁ、たまたま見かけただけなんだけどね」


 あの話しを聴かれてたらどうしようかと思った。いや、別に聴かれてても聴かれてなくてもいいかもしれないけれど

 地底人が存在しないと思っていると俺が知ったら愛瑠さんは嫌だろうし……愛瑠さんは無理やり人を巻きこんだりするけど

 なぜかそれで罪悪感を持ってしまうような人だしな……あとで自己嫌悪に陥るタイプだと言えるかもしれない。

 どうせ、愛瑠さんがこう言ってくるなら、ほとんど会話は筒抜けだったんだろう。


「俺は、地底人がいないと思ってるんですが、愛瑠さんはどう思ってるんですか?」

「ぶっちゃけた質問ね。そうね、私も正直言うと信じたくないわ、いないほうがいいとすら思ってる」

「え……?なら、どうして地底人を探す部活なんて?」

「そうねぇ……確認のためかしらね。約束の……」

「約束……?誰かと約束したんですか?」

「そうよ、いつか、救おうって……地底人に囚われてる彼を」

「彼……って」

「あなたもよく知っているわ。むしろ1番知っているんじゃないかしらね……」

「だ、誰なんですか!」

「秘密よ」

「愛瑠さんが秘密というからには秘密なんでしょうけど……あっ1個聴きたいことがあったんですけど、いいですか?」

「いいわよ」


 愛瑠さんか時先輩に聴こうとしてたけど、愛瑠さんに聴いてみよう。


「愛瑠さんと時先輩って……何かえーと――」

「関係……かしら?」

「はい。愛瑠さんと時先輩は見れば見るほど似てるなって思って、それで……答えたくなければ答えなくていいんですが」

「いいえ、いいのよ……。結論だけ言えば、私と未風 時は双子……それも生き分かれた双子ね」

「え?」

「え?ってなによ」

「い、いや、生き分かれた双子……?」

「そう、ある事件でね」


 事件と聴いた途端、俺が思い浮かんだのは、あの血まみれの少女が歩道に現れたという事件だった。

 もしかして――。


「もしかして、車関係の事故だったりします?」


 愛瑠さんが立ちあがる。そして虚空を見つめるように空へ向いた。


「その通りよ。私が6歳の頃、お母さんと双子の妹とお父さんが運転するで遠出しようとしてた時の話。

 私たちは普通に談笑を楽しんでいたわ……本当に普通にね。

 車がカーブに差し掛かったところに、大きなトラックが直進して来たの……咄嗟にお父さんは私を、お母さんは妹を庇うように覆いかぶさった。

 そのあとは言わなくても分かる通り、私は助かったわ、でも、病院で目が覚めた時お父さんとお母さん、そして妹はいなかった」

「……」

「そんな顔しないで、カサくん。私は元気にいままで育ってきたんだから」

「でも……」

「あ、そうそう、大きなトラックを運転してた人ね、飲酒して寝てたらしいわ……当時はお父さんを返して、お母さんを返して、妹を返してって散々言ってたものだわ。

 いまは、そんなこと絶対にないけど、心の傷は時間が癒してくれるっていうのは本当だっていうことね」

「愛瑠さん……」

「私がこの学校に入ってから、すぐに未風 時が妹だっていうのは気づいたわ。幼い頃は本当に似てる姉妹っていうので通ってたから……でも、なぜかしらね、妹は私に憎しみの目を向けてきた。

 きっと……まだお父さんとお母さんが生きてると思っているの。妹はお父さんとお母さんが死んでいることすら知らないのよ。

 私はずっとお母さんとお父さんと育ってきたって思ってるんじゃないかしらね」

「じゃあ……なんで、言わないんですか……」

「お父さんは生きてる、お母さんは生きてるって思ってるほうが、きっと幸せよ……真実なんて知らなければ、知らないほうがいいのよ」

「……でも、真実を知らないっていうのは……寂しいですよ」

「寂しい……?」

「はい……どんな真実でも、受け入れて進めるのが人間だと思いますから、伝えてあげたほうがいいんじゃないですか……」

「ねぇ、カサくん。真実は、正しいだけじゃないの、歪んだものも秘めてるのよ。もし、歪んだものだけが秘められているなら、あなたは知りたいかしら?」

「俺は……俺はそれでも、真実を知りたいと思います」

「そう、でも私にはそれはできないわ、妹が哀しむところなんて見たくないから……私には、できないわ」


 そう言い残し、愛瑠さんは屋上から去っていった。


「……俺はやっぱり真実があるなら、偽物を掴まされてるより……真実を知りたいです。それに、憎しみ続けるのはきっと辛いことだと思います……愛瑠さん……」


 second episode:family  第5話「家族」オワリ


 第6話「愛瑠」へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る