第23話 バグと破壊

 研一は雪の後ろに見える、その陽炎の様な歪みを睨みつけた。そしてそのまま本能に任せるように背中に手を伸ばすと、その「筒」から人の背丈ほどある、細長い物体を取り出した。


「危ない、みんな離れろ!」


 まるで3段ジャンプのように、1つ、2つと軽くジャンプをした後、最後にとびきり大きくジャンプをした。その跳躍は辺りの人々の頭上を遥かに上回っていた。

 まるで天から飛び降りてきたような研一は、そのまま雪の背後の「ゆらめき」めがけて大きな「刀」を振り上げた。


 辺りが一瞬真っ暗になった。


 次の瞬間、突如現れた暗雲から大きな稲光がその天を指す「刀」に向かって降り注ぐ。

 その稲光を浴び、電閃を放つ刀は、ぼやけた陽炎に向かって全力で叩き付けられた。


 ほんの一瞬静寂があったような気がする。


 それも束の間、地面への振動は店全体を大きく揺らす地揺れを引き起こした。

 その大きな地震に辺りは騒然となり、しばらくは何が起きたのか誰しもが理解出来ないでいた。

 やがて再び辺りが明るくなると、そこには袴姿の「壱」が一瞬浮かび上がった。

 「壱」が刀で叩き付けたその先に、ねずみ色の粘土のような物体が、ぴちょん、と弾け飛ぶ。


 スティールバグ。

 アバターなどに忍び込んで、カード情報などをスキミングする、違法プログラムだった。


「危ないところだった」


 しばらくして、街はざわつき始めた。


 ——あの人、「壱」じゃない? 

 ——うそ、じゃああの刀、伝説の名刀、天叢雲剣あめのむらくも? 

 ——それって、あのオルタナクレスト決勝戦で、対戦相手のバケモノを一発で仕留めたっていう?


 辺りを察知した研一は、即座に「壱」のアバターを再び解き、名刀天叢雲剣あめのむらくもを背中の筒に収めた。そして唖然と床に座り込む雪を引っ張って、全力で走り出した。


 ほとんどよろけながら、引っ張られた雪は

「ねえ、ちょ、ちょっと待って」

 そういう雪をよそに、研一は黙って引っ張り続ける。


「ねえ、離してって、ちょっと」

 どれほど離れただろうか、

 やっと喧噪から逃れられそうな場所までくると、雪はおもいっきり研一の腕をふりほどいた。

「もう、やめてって!」


 雪は今まで見た事がないほどの怒りに満ちた表情で、研一を見た。

 その視線にたじろく研一。


「何なの? もう、よくわかんない……」

「スティールバグがお前を狙ってた。もしあのまま放っておいたら、カード払いをした、お前のカード情報が盗まれていた」


 辺りはザックタウンからだいぶ離れ、ユーザーもまばらな町外れの場所だった。

 背景の飛行船が、無造作にゆらゆらと揺れ、二人の横を流れる小川がキラキラと輝きながら流れていた。

 そんな中、雪はただただうつむくばかり。


「聞いてんのか? 本当に危なかったんだぞ?」


 研一はやっと、雪のその異変に気づいた。


19:41:25

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