其ノ拾壱 ~邂逅~

 一月が図書室で見つけ出した、『女子中学生変死事件』に関する作者の考察を綴った本。


(信じられない……!!)


 自らの手に汗が滲むのを、一月は感じる。そこには、信じがたい事実が綴られていたのだ。これまで一月が知らなかった、『女子中学生変死事件』の後日談である。

 そこに記されていた内容とは、


『女子中学生変死事件の直後、この鵲村で立て続けに発生している失踪事件。

 小さな子供から、果ては老人。行方が掴めなくなると言う事件が続発しており、警察は懸命に捜索を続けているが、いずれも有力な手掛かりは掴めないままである。

 女子中学生変死事件の直後に発生した、この謎の集団失踪事件。この本を著する私は、単なる『偶然』と言い切る事は出来ない。

 二つの事件には何らかの関係がある、それが私の考えである』


 この時点で既に、一月にとっては驚愕すべき事だった。

 そう、琴音が殺された『女子中学生変死事件』を皮切りに、この鵲村で謎の失踪事件が発生していたのである。

 一月は最初、この本の著者が面白半分にでっち上げた作り話であるという事も考えたが、違った。携帯でネット検索してみると、謎の失踪事件に関するページが数えきれない程に出てきたのだ。

 行方不明になっているという人々の顔写真や氏名、時期も、本に書かれている通りである。


「まさか……!!」


 この二年間、一月は琴音が殺された事にショックを受け、世の中の出来事に関心を向けている余裕など一片も無かった。

 ニュースなど最後に何時見たのかも思い出せないし、一月は新聞も読まない。こんな集団失踪事件が起こっていた事など、彼は今の今まで全く知らなかったのだ。


「……鬼になったことねが、やったのかもしれない」


 隣の席に腰かけていた千芹が、呟いた。

 一月が携帯で本に書かれている内容の裏付けを取っている間、彼女は代わりに本を開き、数秒前まで一月が見ていたページを見ている。


「『やった』って……? まさか……」


 千芹は本を持ったまま、一月に向き直る。


「鬼は、いきてる人を『死のせかい』に引きずり込むことで力を得るから」


 ふと、一月の脳裏にこの鵲村の古い言い伝えが過った。


『鬼となりし負の感情の塊は、行き場のなき想ひを鎮める生贄を求めて生者を襲い、死の世界へと誘ふ。

 死の世界へと誘はれし生者の魂は鬼の負の思念に取り込まれ、思ひ出も記憶も、理性も全て失ひ、鬼の一部となる』


(……!!)


 頭に浮かんだ恐ろしい仮説に、一月は背中に氷水を流し込まれたような感覚を覚えた。

 千芹の言っている事が間違いの無い事実だったら、失踪事件の被害者達は皆、琴音の悪霊に『死の世界』に引きずり込まれた。

 言い方を変えれば――。


(殺された……)


 携帯に移った行方不明者の写真を見つめ、一月は思う。

 この人々は、恐ろしい結果を招くとは知らずにあの廃屋に足を踏み入れてしまったのだろうか。


「鬼が人を死のせかいに引きずり込めば、その人は鬼に取り込まれて、現世から消されるから……」


 千芹は続けた。一月は再び本を取り、ページを捲る。読み進めていくごとに手の平に汗が滲み、口の中がカラカラに渇いていくのが分かる。

 次のページには、 


『そしてもう一つ、気になる事実がある。

 失踪事件に紛れるかのように、一人の老人女性が殺された。

 何と、女子中学生変死事件の被害者となった女子中学生、秋崎琴音さん(当時十四)の祖母である。世間一般には、祖母が殺されたと言う事実以上の事は公表されていないが、筆者が独自に調査を行った結果、数点の驚くべき新事実が浮き彫りとなった。

 まず一つ目は、女性の殺害現状だ』


 一月は再び、携帯で検索して裏付けを取る。結果、このページに書かれている内容も真実らしい。

 確かに、琴音の祖母が殺されたという事以上はネットに載っていなかった。


(……)


 一月は無言のまま、本を読み進める。


『女性の殺害現状は、何と彼女の孫……秋崎琴音さんと全く同じだった。

 彼女も琴音さんと同じく腹部を裂かれ、辺りを血で赤く染め――絶命していた。

 警察は、琴音さんを殺害した者と同一犯の犯行であると見て捜査を行っているが、未だ犯人逮捕には至っていないようである』


(琴音と一緒に暮らしてたお婆さんまで……!!)


 次々と露わになる新事実に、一月はただ驚愕するしか無かった。

 千芹は何も言わず、本を読み進める一月の事を見つめている。


『そして、もう一つの興味深い事実。

 何と、殺された琴音さんの祖母は霊能者であったと言うのだ。

 生前、彼女は鵲村の人々が抱える霊に関する悩み――例を挙げるなら、子を亡くした母親が子の亡霊に悩まされていた時には、浄霊の儀を行って救ったという。

 現実離れしていると言われても仕方のない話であると思うが、彼女が霊能者だったという事に疑いの余地は無いと思われる』


 オカルトめいた話になって来たな、と一月は思う。

 しかし、彼は記述されている内容を疑おうとはしなかった。


『その根拠は、この本を著する私自らが琴音さんの祖母に霊に関する相談をした人々に接触し、裏付けをとったという事からである。

 相談した人々は皆、琴音さんの祖母の女性に感謝の意を表明しており、彼女の霊能者としての資質を認めていた。

 鵲村の人々が示し合わせて嘘を吐くとは思わないし、第一そんなことをしてもメリットは何も無い筈である』 


 一月はページを捲った。

 次のページに記述されている内容は、作者の考察のようである。


『正直私は、この女子中学生変死事件が単なる殺人事件とは思えない。

 少女とその祖母が全く同じ殺され方をしたと言う事に加え、相次ぐ謎の失踪事件、二人の人間を手にかけたにも関わらず、警察に手掛かり一つ掴ませない犯人』


 次に記されていたのは、さらに現実離れした内容だった。


『これから記すのは、あくまで筆者の仮説であることをお忘れなく。

 村民ならば知らない者は少ないかも知れないが、この鵲村にはある古い言い伝えがある。ここに、その内容を原文のままの形で掲載する。


 人が死を迎ふる時、その肉体は土へと帰るが、生前にその者が抱きたりし想ひは現世に残る。


 怒りや恨み、憎しみ、嫉み。現世に残されし死人達の負の想ひは連なり、寄り添い、やがて『鬼』となりて形を成す。


 鬼となりし負の感情の塊は、行き場のなき想ひを鎮める生贄を求めて生者を襲い、死の世界へと誘ふ。


 死の世界へと誘はれし生者の魂は鬼の負の思念に取り込まれ、思ひ出も記憶も、理性も全て失ひ、鬼の一部となる。


 何が言いたいのか、と問う読者の為に、筆者は単刀直入に書く。

 この事件は、人間によって起こされたものでは無いのかも知れない。

 掲載した鵲村の言い伝えにある、『鬼』という存在がもたらした、という可能性も配慮出来ない。

 馬鹿げた話であると言われるのは、覚悟している。

 だが、では犯人は一体誰なのか?

 二人の人間を無残に殺したにも関わらず、警察に何の手掛かりも掴ませない人間など、居るものだろうか?

 失踪した人々は、何処へ行ったのか?

 筆者は、この女子中学生変死事件とそれに伴って起こった連続失踪事件に、何か人智を越えた存在の関わりを感じてならない。


 一先ず筆者は、ここでペンを置いておきたいと思う』


 その次のページには、作者の名前が記されていた。


『著・黛 玄生』


 この本を書いた人間の名は、『黛 玄生』とあった。


「あっ!?」


 その名前を見た瞬間、一月の表情が驚きに染まる。


「いつき?」


 隣で千芹が一月に声を掛けるが、もはや一月の耳には入らなかった。見間違いなのかと思って一月は何度も著者名を見直すが、見間違いでは無い。

 その名前は、一月にとって非常に縁のある名前だったのだ。


「黛……先生……!?」


 雨音が鳴り続ける図書室の中、まるで絞り出すかのように一月は呟いた。





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