第3話

博多は憂鬱である。

本日はアンケートを回収する日である。男子の分を回収しに各学年、各クラスに顔を出す必要がある。しかし、それが嫌だというわけではない。むしろ顔を広く知ってもらういい機会であると思っている。生徒会副会長という肩書きだけでなく、よく(回数のこと)顔を見てもらうことで好感度が上がると言われている。テレビ番組での芸能人やアイドルがその典型例である。単純接触効果といった名前であったはずだ。

では、博多が嫌だったのは何か。

アンケート結果である。

アンケートは1位から3位まで優先順位をつけてもらう様式にしていた。競技はバスケットボール、サッカー、バレーボール、ソフトボールの以上4つであった。


クラスマッチは、活躍し、皆の好感度をあげる場であると考えている博多は、自身が所属しているバスケットボールが1番よかった。しかし、男子のアンケート結果はバスケよりもサッカーが多い、という結果になった。

博多はサッカーは、苦手なのである。


…どうしようか。

今から練習しようか…

しかし、バスケ部の練習は20時までは必ずあり、しかも、最近は練習試合にもスタメンで使ってもらえるようになってきた時期であるだけに、練習は休みたくはない、手を抜きたくもない。


クラスマッチは先ほども話したが、他のクラスに自分を売り込むいい機会である。また、1年のクラスの中でどのような形でも勝敗がつき、勝てばよりクラスが結束する、負けたクラスに対して劣等感を多かれ少なかれ与えることができる。それほど、1年生のクラスマッチは大きな意味を持つのである。


「では、競技についてー」

しかし、今は会議中である。とりあえず時間稼ぎをしたい。

「すみません」

「はい、博多くん。なんでしょうか」

「休憩挟みませんか?俺もお手洗い行きたいですし」

「そう…ですね、もう1時間半も作業していましたし、休憩を取りましょう。あの時計で15分になるまでの10分間休憩ということで」

なんとか思考する時間を作れた。博多は急ぎ足で教室を出る。

とりあえず、1人になれるところで思考したかった。



糸島は休憩なんかいらなかった。

すぐにこの案件を終わらせたかった。しかし、他のメンバーのパフォーマンスが下がるのは今後の会議進行に差し障るのか、と自分を説得した。なら仕方ない。

持参した水筒を開け、コーヒーの香ばしい香りを部屋に漂わせる。ミルクが入っていなくてもコーヒーは最強だ。特にこれから集中したいときには無糖コーヒーという相棒は欠かせない。

「コーヒー好きなんですか?」

と、これから相棒と戯れようとしたその時、1年書記ちゃんが話しかけてきた。少し瞳孔が開いていた。コーヒーに興味あるのか。

「…ええ、コーヒー好きなので」

思っている言葉を出したというのにどうも素っ気ない返答になってしまった。

「私も勉強前に飲むんですよ。私はー」

なんで俺に話しかけてくるんですかねぇ。他にメンバーがいるだろうに。と、ほかのメンバーを見る。しかし、1年会計ちゃんは2年会計さんと話をしており、また、会長は2年副会長と話をしている(仕事の話のようだ)。2年庶務さんと2年書記さんは教室にいない。そして1年書記ちゃんは奥手のように見える。会計同士の会話の中に入っていけなかったのだろう。

すると、消去法で1人でいる糸島に話をしに来たのだろうと推測できる。1人でこれから1年間生徒会でうまくやっていくのは難しいと想像できる。


1年書記ちゃんが話しかけている様は、コーヒーのことというよりも、糸島の反応をうかがっているように見えた。

「ーなんですよね。最近はー」

しかし、糸島は1人でいることは平気な人間である。ここで書記ちゃんを突っ撥ねることもできた。貴方の話は興味ありません、早くコーヒーをゆっくり味合わせてくれと。

思い出して欲しい。糸島は、仕事として生徒会に来ている。そう認識している心が、糸島の首を前後に振る、まるで相槌のような仕草を他動させた。だが、目は死んでいる。

「そろそろ時間です。席に着いてください」

首の前後運動の終了時間になった。1年書記ちゃんは「あっ、ではまた」といい、自分の席に戻っていった。…コーヒー、味わえなかったな。


5分前に遡る。

博多は手洗いをしていた。腹は決まった。

男子の票数では、サッカー、バスケットボール、ソフトボールと続いていった。しかし、女子の得票数と合わせると全体ではバレーが圧倒的に多い。これを利用する。

男女で同じ競技ではどうかと提案する。理由はどうとでもつけることはできる。

と、思考していると隣に先輩がやってきた。2年庶務の…確か香椎先輩だったはずだ。

「なんだ、ぼーっとして。好きな女の子のことでも考えていたのか?」

そんなことで悩んでいるように見えたのだろうか。

「いや、クラスマッチのことですよ」

「真面目だな」

そう言われて、「そうじゃないですよ」と反撃する前に、あることを思いついた。この先輩は目線や表情から、おそらく会長や他の女子の生徒会メンバー目当てでここに入っているひとだろうと推測できていた。このひとを利用することはできないだろうか。いや、そうすべきだ。

「…先輩、相談いいですか」

「おう、どうした」

「男女一緒にクラスマッチしませんか」

手を洗うために下を向いていた香椎の顔が、博多の顔を見ていることに気がついた。興味は引けただろう。そして爆弾を落とす。

「男女一緒だと、運動している女子を見れますよ。この学校、男女体育離れるじゃないですか。こんないい機会ないじゃないですか」

「…」

考えている。いい傾向である。

「俺が提案します。先輩はそれに乗ってくれればいいんです」

「いいけどよ、それだとバレーボールにならないか?バスケ部のお前はバスケにしたいんじゃねぇの?」

「さすがに、学校全員の生徒の意見を無視して、俺のしたいバスケにするのは抵抗があります。それに他のひとも納得しません。競技はこの際どうでもいい」

嘘だ。正確には、サッカーを回避することができたらなんでもいい。

「…わかった。俺が援護射撃したらいいんだな」

言葉だけでは冷静に聞こえると思うが彼は未成年が見てはいけない雑誌が販売されているコーナーを覗き見した餓鬼のような表情をしていた。要は、鼻の下を伸ばしていた。

これで、サッカーが回避できれば問題ない。



「はい」

会議再開から間もなく、1年副会長くんが手を挙げた。

「男女共同でクラスマッチしませんか?」

周りは突然のことで驚いている様子だ。それもそのはず。この会議始まる前までは、男女別のスポーツを行うことを考えていたのである。その想定で先日の会議では計画を立てた。

「理由を聞かせてください」

会長の言葉である。妥当な返答。

「クラスマッチの本来の目的はクラスを団結させることにあります」

断言したな。確かにその通りであろうが。

「では、男女別の競技で行うよりは、同じ競技であったほうが団結するのではないかと思った、ということでいいですね」

「はい」

「しかし、アンケートの結果では、男子はサッカー、女子はバレーボールが1番多いです。そこはどのようにお考えですか」

いきなり、丁寧な口調になった会長。なにか気に障ったのか、それとも演技か。顔も雰囲気も少し変わった。変わった理由はわからない。客観的事実からは糸島は想像できなかった。

これだから、女は油断できない。

1年副会長くんはビクッと肩が上がった。震えたのかもしれない。しかし、気丈に振る舞う。

「はい、全体の得票数の多いバレーボールでもいいのではないですか?今回、男女別とはアンケートに書いていませんし、説明もしていません」

なるほど。それなら周りは納得させることはできる。成績は芳しくはないと聞く生徒会副会長さんだが、オツムの方はよろしいようである。

「…」

会長は思考する。そう、わざわざ今のプランを変える必要はない。

「俺は博多副会長の発言は賛成です」

この声は、以前俺を睨みつけた下心男、もとい2年庶務さんである。

「男女共同で行うことで、俺ら生徒会の仕事も分担しやすくなる。体育館競技だからガヤガヤしても、地域住民までは届かない。体育館は2つあるのだから、半分ずつコートを利用すれば最大4面使える。魅力的な提案だと思うが」

と、発言すると、チラッと1年副会長の方を見た。これは事前に打ち合わせがあったのだろう。

男子が結束しているとなると…理由は、女子の体操服姿だろうか。この学校は体育は完全に男女別である。体操服姿の女子なんか近くでそうそう拝むことはできない。

ただ、女子が簡単に肯定するとは想像しにくい。なぜなら、今までなかった男子の目を気にして競技をしないといけなくなるためである。


「いいでしょう。確かに、先生方々からは新しいことをしなさいと言われているので、その提案に即している博多副会長の案を取り入れましょう」


予想外だ。

女子にメリットはあるのか?…男子にスタイルの良さをアピールできる機会ぐらいにしか想像つかない。

他の女子の面々の顔を横目で確認してみる。1・2年会計は特に顔の表情を変化させてない。つまり反対意見はなさそうである。あったとしても、女子である会長がゴーサインを出しているので言い辛かろう。一方、1年書記は…嫌な顔をしていた。正確には渋々という顔である。

俺か?特に反論はない。クラスマッチそのものには特に興味がないためである。


それよりも、今朝きた仕事の話のほうが懸案事項だ。早く帰りたいのである。

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