俺たちに青春なんて向いてない

@rihatyo

開幕

第1話

彼は一目惚れを信じなかった。

目の前に、突然美少女が現れるまでは。

彼女は、舞台袖で入学式の片付けをしている。誰にも見られていないのに、誰に指示されることなく自分の仕事をテキパキとこなしている。

周りが真剣にしていないためか、仕事をしている彼女がより真面目に見えた。

その人形のような容姿に相まって、なんでもない片付け作業がドラマのワンシーンに見えた。

主役は彼女だ。

副会長、と彼女を呼ぶ声が聞こえる。呼ばれた彼女はそちらを向き、ジェスチャーをしながら指示をしていた。

初めての気持ちだった。

心は高鳴っていた。顔は熱くなっている。きっと、顔は赤くなっているに違いない。

彼女に視線が釘付けであった。


ー彼女の横に立ちたい。そのためには。


目をゆっくりと開ける。

彼、博多大樹は生徒会副会長に立候補している。彼の演説は次の番だ。


なぜ、彼が生徒会に入りたいのかは、今回生徒会会長に立候補した元生徒会副会長、飯塚遥華に起因している。

彼が生徒会選挙に出たいと思ったのは、飯塚が会長候補として出馬すると聞いた2週間前のホームルームのときである。入学式の終わり、帰りがけにみた彼女の姿を忘れることができなかった彼は、副会長として立候補することを考えた。

そして、今は今か今かと演説の機会を待っている。

自身の容姿のことはわかっていた。何度も女子から告白された経験を持ち、スポーツマンとしても県代表としての経歴を持っている。自分なら落ちる心配はない。それでも、直前になると人間誰だって不安になる。

そのために彼女との出会いを反芻し、やる気を起こしていたのである。


ー生徒会副会長候補、博多大樹さんの演説になりますー


声が聞こえると博多はゆっくりと立ち上がり、体育館の舞台上に姿をみせた。




結果として彼は見事、生徒会副会長になった。

彼女も生徒会会長になり、ここまでは順風満帆であった。

あとはゆっくりと近づいていくだけだと彼は確信していた。


ー彼が現れるまでは。


「アンケートをとりましょう」

例年だと、昨年まで行っていたことを提案し、それで落ち着くのが高校行事である。しかし、学校側から今年は新しいことをしようと提案され、さらには案も丸投げされた。

しかし、1週間誰も案を出してこない。

このままだと、何もないまま6月に入ってしまう。そんな状態だった。実施は6月第2週の木曜日と金曜日をつかってとのこと。


この学校では、生徒会に会長1名、副会長2名、書記2名、会計2名の他に2名の庶務で構成される。庶務以外は選挙で決まるが、庶務だけは1年生、2年生の各成績優秀者によって選出される。

先ほどの発言は、本日から参加することになった庶務糸島1年生の発言である。


全員が糸島に視線を投げる。


「アンケートですよ。各学年、各クラスに何がしたいのかアンケートを取ります。こちらで実施可能な種目をピックアップしておき、その中から選ばせるのです。こうすれば、先生達へは生徒の声を聞きました、と言い訳できますし、こちらも長々と会議をする必要がなくなります」


ペラペラと、まるで仕事相手にプレゼンをしているかのように話した。

彼が話す前まではお通夜のように静まりかえっていた生徒会室はざわめきが生まれる。

会長はニヤリと笑った。まだ新生徒会が始まって2週間であったが、このような表情を浮かべる会長は初めて見た。

立ち上がり、口を開く。

「あなたは庶務の糸島くんですね。提案ありがとうございます。他に案はありませんか」

他の人は下を向くか、他の人の顔を伺うかのどちらかであった。誰も意見する様子はない。

「では、アンケートで進めていきます。これから詳細を決めましょう。糸島さん、前に出て、提案してください。あなたの案です」

会長はそう言って、自分の椅子に座った。

ー博多は糸島を見ていた。別に糸島は勝ち誇った表情をしているわけではない。むしろ無表情に近い。

それでも悔しかった。


糸島は前のホワイトボードに項目を書き出している。数字を書き、やらないといけないことについて書き出していた。

しかし、博多の頭には何も入ってはこなかった。彼が眩しく見えた。と同時に悔しさが溢れ出していた。会長の視線を独り占めしているためである。会長は期待を込めた笑みを彼に向けていた。

勇気を出していれば、何か案を考えていれば、そこに立つのは自分だったのに。


ー冴えない独りぼっち

糸島に対する博多の評価は、こうだった。

クラス内で友達を作ろうともしなかった。というより、入学二日目にして、熱で休んだため、1週間で出来上がっていた人間関係の中に溶け込めない、というのが正しいかもしれない。

彼は4月、5月ともに1人で過ごしていた。授業で手を上げて発言することもなく、昼休みには教室にはいない。


自分の入学式以降からの自分を思い返してみる。

まず、ステータスが欲しかった。ステータスシンボルというらしい。なぜなら、この学校では生徒会副会長は1年生と2年生の1名ずつ選出される。その際、何人か複数名、1年生でも立候補する可能性がある。理由として、自分自身に箔をつけるためだ。仮に進学するにせよ、副会長をしていた、という過去は人事決定に有利に働く。また、推薦入試も受けやすくなる。他にも点数で同点なら自分をとってもらえる確率があがるなど、オプション付きである。これより、副会長という座を狙うためには1年の中だけでも人気がないといけない。あ、この人知ってる。この人なら妥当だと。


それでなくても、学校生活を送るなかでは『立場』は必要である。立場が高い、つまり発言権がある、というのがイコールで結ぶことができる。まずは、これをいかにして手に入れるか。


この答えは客観的な格の差を得ることである。


例えば、普通に外で1人で歩いている人と、美女を連れて歩いている人。仮にどちらも顔が同じであっても評価が異なる。後者の方が人間的に上のような感覚を覚える。

他には、1人で歩いている人と、後ろに何人か従えて歩いている人。これも後者はカリスマ性があるのか、もしくはリーダーシップが取れるのかどちらかに見える。


では、そのような状態にいかになるのか。

入学直後、もともと同じ中学校の生徒は仲がいいが、それ以外の人間関係はゼロだ。始まってすらいない。

そこで、まずは何人かにすぐに話しかけれるチャラ男を選出する。キーマンだ。

そいつを利用し、誘導し、クラスの女子のなかで1番美人なやつに話しかける。共通の話題(ここで博多はテレビのバラエティ番組を利用した)で盛り上がる。

そのあとに、その女子にくっついている人を巻き込んでグループを形成する。そのグループで日中を過ごし、休日にも何度か遊びに行った。グループであることを認識させるためである。

これにより、女子は美人なやつに萎縮し、男子もそいつを連れている男連中に大きな口を叩けなくなる。

これで、発言権もとい『立場』を獲得する。あとは、そのチャラ男に立場を理解させればいい。

博多はそこまで計算し、懸命に1ヶ月間を過ごした。そして、その計画、目論見は成功した。



比較していた。

冴えない糸島に自分が負けてたまるかと、また、会長を含め、ここで認められるのは自分だと。


「ー以上の3点について、決めなければなりません。行なう競技の選出、期間、用紙回収後に決定するまでの流れです。それでは…」

「糸島さん、ありがとうございます。あとは私が引き継ぎます。それぞれで意見をまとめてください。5分時間を取ります。その後に意見を出してください」

遮るようにいった。必死に声を絞り出したつもりが、意外と大きな声になって生徒会室に響いていた。周りは驚いて博多を見る。視線を感じて博多は周りを見回す。目は合わなかった。

椅子の背もたれに背中を押し付ける。と、そこで会長の表情が気になった。右に首を回すと、会長は驚いた顔をしてくれていた。

「どうしたのですか」

「いや、そんな表情もするのですね。知らない顔が見れたの驚いたのですよ」

博多は勝ち誇ったような表情を浮かべた。

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