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「ああああ、ちょっと勘弁してくださいよ自滅とか! どうするんですかここまでのヒキ! この空気! あなたちょ……立ちなさい! スタンドアップデイリグチ! 一発だけでもいいから叩き込むんですよ‼︎ 散々大見栄張ってこっちに全部放り投げるつもりですか⁉︎」


『返事がない。まるで屍のようだ……▼』


「…………転職屋の看板に泥ではなく、よりによってゲ■を塗りたくるなんて…………真っ二つに折られたくなければ今すぐ立ちなさい! せめてこの場をなんとかしてから死になさい根性ナシ‼︎」


 いくら叱咤しても起き上がらないデイリグチ。

 真っ白になりそうな私。

 嗚呼……もう、もう私、金輪際人前でこいつ聖剣ですだなんて言わないですからね。


「ハナヤマダさん大丈夫ですか」

「ヴァルヴァロイ様……」


 駄目そうです。

 なんだかもう色々と泣きそうです。

 部下は使えないし。板挟みでやきもきしますし。


「ハナヤマダさんは戦えないのですか?」


 聞かれて視線を九十度逸らす。

 ああ、いえ……。


「なくは……ないのですけれど、皆様も仰るように私は基本この世界では部外者扱いでして……。一度こちらの世界に深く干渉を許してしまうようなことがあれば、システムや、アルゴリズムが……異常をきたすと言えばよいのか、オブジェクトや、生態データが破損する、と言いましょうか……ええと」


 うまく言葉に出来ないのですが、とにかく、とにかく大変面倒なことに発展してしまうのです。


「つまり戦えるけど、戦えない……ということですか」

「ええ、限りなく正解に近いです」


 兎にも角にも禁だけは破れないのです。


 もしやらかしでもしたらと思うと。

 思うと……。


 脇汗が止まらなくなるんです。


「――なあ、そこのあんた! みたところハナヤマダさんのお客さんみたいだが、……頼む! 私たちの力になってくれないだろうか!」

「ぼっ、僕ですか」


倒れた村長様を支えていた初老の男性が、ヴァルヴァロイ様に声を掛ければ、後ろに控えていた女性も杖をついたお婆様方も同様に声を上げる。


「見たとおり村民ではとてもあの者たちにはかなわないでしょう。報酬は多くは出せませんが、必ず満足いくようなんとかしますから、どうか……どうか私達に今だけお力をお貸しくださいお願いします‼︎」

「むしろ金品や特産品なんか盗られてもいいんだ、アイシャちゃんさえ返してもらえるなら! あの子は本当に良い子で、若いのにこの村に留まって羊の世話を一人でしてくれている、健気でとても優しい子なんだ、……あんな目に遭うことなんてないんだよ! せめてあの子だけでも……っ」

「でも、僕は……」


 期待の眼差しをヴァルヴァロイ様に送る彼らを涙を拭ってたしなめる村長様。


「いくらなんでも一人であの数相手は酷じゃ。また数ヶ月前の剣士様の二の舞になってしまう、我らの村じゃ……我らでなんとかしなければならん」

「けど、村長……このままじゃ!」

「いいんですか! アイシャちゃんが連れて行かれてしまいます!」

「もう一度交渉するしかないじゃろうて……」

「しかし蔵にある酒も小麦ももう殆どないですよ! 渡せるものなんて!」

「……致し方あるまい、羊たちを引き渡すしか……所詮この世は弱肉強食、悔しいが力を持たぬものは巻かれるしかない……」


 重苦しい沈黙が流れ広がっていく。

 苦渋の決断を迫られる村の人々。

 俯く私、転がったままのデイリグチ、なにか言いたげに佇むヴァルヴァロイ様。


「これが……正義のすることなんでしょうか」

「ヴァルヴァロイ様……?」

「彼らは先ほど言っていましたよね。正義のために働いていると、ですが、このように戦えない人達を虐げて、自分たちの私利私欲を振りかざして……果たしてそれは真の正義と呼べるのでしょうか……いいえ、きっと呼べないのでしょう。世間知らずの僕でもわかります」


「えっ……お客様」

「魔王だった僕が正義など説けるはずもないですが……なんでですかね、前職の血が騒いでいるのか、少し、うずうずしてきました」


まさか。

もしや。


「戦おうと、仰るのですか、彼らを相手に」

「どこまでできるかはわかりませんが、村の方がそこまで求められているのなら。ほんとうの正義の味方ならば、ここで立ち上がるものですよね。僕でも、――いや“私”でも役に立てるのならば、この牙、喜んで剥かせてもらおうか!」


「ヴァルヴァロイ様……口調がッ」


 というかお顔立ちが、オーラが、おまけにBGMも変わって――!?

 これはサウンドトラック第4934456曲。タイトル『凍結する終曲』。

 インブレス城のラスボス戦に挿入されるガチのBGMじゃないですか──!


「あんた、頼んだけど本当にやる気なのかい⁉︎」

「ちょっと! よく見たら装備もなにも整っていないよ! この人ほぼ無装備だよ!」

「おい! 誰か倉庫からクワ取って来い! 斧でもいい! はやく! このままじゃあ怪我じゃ済まなくなるよ……!」


 そのままずんずんと前のめりになって進んでいくお客様に、慌てる村の方々。しかし、ヴァルヴァロイ様は威厳のある表情で一言。


「このままでよいのです。むしろ武器があると加減がききませんので。それと……この一件が終わったら私のことを、どうかみなさん構わず忘れてください…………ああその前に、報酬代わりでいいんで羊、だっこさせて下さい」

「あんたは……一体──」

「なに。見ていればよくわかりますよ。私が――何者であるか」


 BGMだけでなく。風向きも変わり、ぽかぽか陽気は暗雲に閉ざされて、今の季節設定では考えられないほどに冷えていく空気。

 感じたのは村人だけでなく、勇者一行も突如フィールドに現れた異変に驚き周囲を見回す。


「なんか……イキナリ寒くなってねえか」

「なんだよこれ、嵐じゃ……ねえよな」

「おい、なんかあのオッサンこっち向かってくるぞ」

「ハッ⁉︎ まさかあのふざけた初期装備で俺たちとやろうってんじゃねえよな! ゲロ野郎に続けて、ナニ、おちょくってんの? ふざけんのも大概に――」


 剣も盾も持たずになにを考えているんだと、ある意味で刮目する彼らだったのですが。

 ヴァルヴァロイ様がギルドの射程圏内に入った途端、その半数が開いた口を閉じられなくなってしまうという現象が発生。


「リーダー……? どっ、どうしたんすかその顔。なんすか、その汗……」


 どうやら、名の通る前衛組は気がついたようですね。


「なん、なんだ……」

「あいつの…………尋常じゃねえ」

「あのステータスの伸びよう……ありえねえ!?HPバーが視界から見切れてやがるだとッ――!?」

「あんなもん見たことも聞いたこともねえ! なんだあの数値は‼︎ バグなのか! それともオレの目がバカになってんのか⁉︎」


 規格外の数値に気圧されて後退していく前衛組。わけがわからず戸惑う中衛と後衛、あれよと言う間に隊列が乱れていく。

 そんな前列アタッカーたちにギルドリーダーである黄金統一勇者が剣を振り回し叱りとばす。


「てめえらは馬鹿かッ! よく見ろ! あいつは武器も持ってねえんだ! いくらHPが高かろうがロクな攻撃できやしねえ! しかもこんだけの数いンだぞ! いくらステータスが飛び抜けてても一斉攻撃すりゃあコンボ効果が付加されンだ‼︎ なんか一発かます前にこっちがフルボッコにしちまえば、あんなふざけたハゲ頭ワンターンで落ちるわボケが‼︎」


 たかが一人に怖じ気づくなと言うそばから彼のこめかみにも大粒の脂汗が滲み出て、それを仲間に悟られぬ前に後衛の魔法剣士勢に指示を出す。


「あいつは闇、氷属性だ! 上級魔法連射で一気に攻め落とせ! 貫通すりゃこっちのもんだ! あとは物理で殴りゃあいいンだよォ‼︎」


 命じられるまま、全体の四分の一を占める魔道士、魔法剣士クラスが杖を掲げ、光と炎の混合魔法を一斉に放ち。

 中衛枠の弓使いたちが便乗して無数の火矢を天に打ち上げる。


「ヒハハハハッ‼︎ 一人でこれ全部受け止めきれる訳ねえだろぉお……‼︎」


 光と火炎が宙で混じり合い、花火のように弾け、晴天を埋め尽くし降り注ぐ。

 文字通りの集中放火。

 最大火力の炎の豪雨がヴァルヴァロイ様に――、いえ、この広範囲攻撃では村までもが火の海に沈んでしまう――。

 これが勇者のやることなのでしょうか……ってそんなこと考えている場合じゃないですこの状況!

 襲い来る天災に悲鳴があちこちからしきりに上がって、村はもはやパニック状態。

 流石の私も、もう禁則事項云々言ってられませんよこれ⁉︎ こうなったら……致し方ありません。


「チートコードを使うしか……ッ」

「いいえ……ハナヤマダさん。此処は私ひとりで充分です」

「お客様……けれど!」


 いくらなんでも相手が無駄に多すぎるんですと声を投げても、ヴァルヴァロイ様は逞しい背をこちらに向け仁王立ちしたまま。


「防ぐ必要などありません、このままで良いのです」

「ですが、それでは……!」


 この村の方達が!

 貴方様が──‼︎

 そう言ったが最後。


 爆風がヴァルヴァロイ様を容赦なく包み込み。


 赤く太い火炎柱が私の眼前に立てられました。


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